第十一話
あれから大変だった。
さすがに母親は我が子が人殺しをしたというのは衝撃的だったようで卒倒し、そして過去一の説教を喰らうとともに心配された。
実際あの事件の夢を見ることはある。しかし、皆が心配しているようなものではなくて自分の対処が拙く、ラファエルが殺され、そして俺が殺されるという内容だ。
つまり、殺すことに対するものではなく、殺されることに対しての恐怖が強く残ったようだ。
これはある意味良いことではあるかもしれない。臆病者こそ長生きというのはよくある話だからな……ただ、逆に臆病者は肝心な時に死ぬような気もするからなんとも言えないけど。結局は敵と運次第ってところではある。
ボブはボブでやはり俺にエアーガンを渡したことを気にしているし……本当の意味で渡したのはボブじゃなくてケントなんだけど……ちなみにその渡した張本人は全然気にしてないみたいだ。ボブほど繋がりが強くないからかもな。
幸いラファエルは殺す瞬間も死体も見ていないからPTSDはないようなのが救いだ。しかし、そうなると次は今回と同程度以上であることを考えると同行は少し厳しい……と考えているとは俺だけではなくラファエル自身もそうらしく、2人で話し合っている。ちなみに今回の1件で母親は断固反対派で対抗派閥と化したのは無理がないことだろう。
「捕らえた強化兵と呼ばれる存在の情報が手に入ったぞ」
「明らかに機密情報だけどいいのか」
「功労者には教えとこうって上の判断だ」
「翻訳すると『またやり合う可能性があるんだから教えておこう』ってことかな」
「それは言えないな」
「大人らしい曖昧な回答ありがとう。それで?」
「あの強化兵は対コーディネイター用の歩兵育成を目的として開発されたものらしい」
……そういえばMSはまだこの世に登場していない、それどころか戦争状態でもないんだから歩兵やMAのパイロットぐらいにしかコーディネイター対策が必要ないのか。そして犯罪者と化したコーディネイターの厄介さは元ナチュラルの俺ならよく分かる。だからこそ歩兵や特殊部隊みたいなコーディネイターと直接戦闘することを前提とした強化兵を開発したようだ。
「戦った感想はどうだった」
「それなりの手強さだとは思ったけど、正直コストに見合うとはとても言えないと思うけど」
「いや、アレをそれなりって言える坊主はさすがだとは思うが、自分自身の評価はもうちょっと正しく認識した方がいいと思うぞ。採算が合わないって意味には同意するが」
「その言い方だともしかして戦ったか?」
「ああ。一応軍需企業の試作品って被疑者は言っているわけだから顧客は連合軍だろ?なら実質連合軍の兵器なんだから調べておく必要があるからな!」
「連合軍の兵器、ねぇ」
「なんだ。含みがあるものいいだな」
どうもプラントの住人の大半はどうも勘違いしているんじゃないかと思うことがある。
コーディネイターとナチュラルが敵対関係であるためか、連合と連邦の違いを理解できていないように思えるんだよな。
連邦は、連邦そのものが国として成り立っているのに対して連合は複数の国が同盟関係で成り立っていて、その実、各々の国によって思惑が違う。実際原作でもこの世界でも大西洋連邦とユーラシア連邦とは地球連合内で主導権争いが活発に行われている。ちなみに原作では全然記憶にないんだが東アジア共和国というプラント理事国も存在する……本当にこんな国あったか?俺みたいな転生者が作った国……なわけないか。政治家になるぐらいはできるだろうけど国を作り出すのはなぁ。それに転生者がそれだけの国を作ったならコーディネイターをもう少し優遇するはず……はず?
話が逸れた。
ともかく、ナチュラル=ブルーコスモス=連合全体なんて考えるのは木を見て森を見てないに等しい行為で、強化兵が連合の新兵器であるというのは間違いないが正確でもない。 原作知識的に言えば3馬鹿と同類な段階でロゴスもしくはアズラエルか大西洋連邦の可能性が濃厚だが少なくともメビウスや戦艦などのように連合で共有化されないだろうから『連合軍の新兵器』ではないはずだ。
「細かいことだけど気をつけないと足元をすくわれることになる……かもしれないぞ」
「むっ、そうだな。覚えておこう」
「それで捕まえた連中はどうなるんだ?」
「指揮していた2人は連合……坊主に倣うと大西洋連邦から引き渡し要請が来た。そのせいで引き渡すことになりそうだが強化兵の方はさすがに表立って動くのは拙いと思ったのかこちらで裁判に掛けることになった」
人体実験なんて表沙汰になった日には大バッシング間違いなし。その点、プラントで裁判に掛けられて有罪判決が下ったところで、コーディネイターが仕組んだこと、コーディネイターの非人道的人体実験の被害者、自作自演乙!などと情報操作するに違いない。
「俺のことはどうなった」
「連合からは特に言及はなかったからこちらで対処することになった。というわけで近い内に事情聴取を行って、しばらくはカウンセリングには通うことになるだろうが実質お咎めなしだ」
セーフ。俺、セーフ。
いやー、ここのところこれからどうなるか心配で1日5食、8時間睡眠、12時間トレーニングしかできなかった。
「十分だからな?!それ、アスリートレベルだから?!」
「コーディネイターは伊達じゃない!」
「なんかかっこよく言っているけどコーディネイターってそんなに進化しちゃいないからな?!ナチュラルの一回りかもしくは二回りぐらいだからな?!」
「もちろんわかってるって」
ナチュラルの世界記録の一回り二回りだろ?まだまだ余裕余裕。確か重量挙げの世界記録は275kgだっけ?これは前世の記録より良いんだけど、100m走は9秒68だから前世の前より遅いんだよなぁ。前世の世界最速の人、マジ凄いんだと思う。
ちなみにコーディネイターという存在が広まってからは世界大会の記録がコーディネイター一色になったことでコーディネイターは世界大会に参加することができず、世界記録も削除されていたりする。仕方ないと思う反面、こういうことをすると両者にヘイトが溜まることになる……が、規制しようがしなかろうが結局は同じようになるだけなのが救いのない話だな。
それはともかく、まだまだ伸び代あるってことは確実だ。
「帰ったらまた鍛えるか」
「このガキ、全然人の話を聞いてねぇ?!」
「兄ちゃん」
ラファエルが真剣な表情で俺を呼んだ。
この前のテロリスト襲撃から今まで云々と悩んでいたがとうとうラファエルの中で答えが出たみたいだな。
兄として助言をしようとも思ったが、明らかにこれからのことに関わることだ。少々早い気もするが自分で将来のことを決断するのは良いことだろうと堪えていた。
「兄ちゃん。僕……もう一緒に行かない」
何に行かないか、主語が抜けている……が、わからないほど鈍感ではない。
間違いなく青秋桜狩りだ。
「僕、悪いやつを見つけられて嬉しかった。嬉しかったけど……この前みたいな状況になったら――兄ちゃんの足手まといになっちゃうから」
涙声で訴えるように紡がれた言葉をしっかり受け取った。
多分だが、ラファエルは怖かったんじゃない。いや、怖かったのもあるだろうが、何よりも悔しかったのだろう。
あの店内にいた青秋桜に銃口を向けられた時、俺はラファエルの前に出て自身を盾としつつ超反応によって殺すことができた。しかし、ラファエルの目線では命がけで守られた決定的瞬間だった。つまり――青秋桜狩りを始める前、今よりずっと病弱だった頃にあっただろう無力感と足を引っ張ってしまっている罪悪感が蘇ったんじゃないかと思う。
「それに僕は兄ちゃんみたいに超人にはなれないから……」
……俺の弟は俺を一体なんだと思っているんだろうか?至って普通のコーディネイターだぞ?精神年齢詐欺を除けば。
「だから僕は――」
しかし、ラフェエルの目に諦めの色はなかった。