第十三話
とりあえずハイネ君とスパーリングをやることになった。
俺は手は肘まで、足は膝まで覆う特注の分厚いミットを着け、ハイネ君はヘッドギアだけという外から見ると滑稽な、馬鹿にしたような光景だ。
「その格好は何なんだ!俺を馬鹿にしているのか?!」
「いやー、この前挑戦者を危うく殺しかけ――病院送りにしちゃって、こんなことになったんだ」
「言い直しても酷い?!」
あれは焦った。毎度の挑戦者だったんだが、それがなかなかの強者で興が乗ってトントン拍子でギアを上げ続けた結果……俺の見積もりよりも挑戦者の実力は足りなくて、対処が追いつかずに見事にクリーンヒット。皆知ってたか?首の骨が折れても人間って死なないんだ。(親戚に実際いるので事実です)
ちなみに手足に着けているミットは卵の下に敷いていたら車で轢いても卵が割れないとかいう謎のクッション材でできている。さすがプラントの技術力。ちなみに俺の蹴りはそれでなお骨を折る!さすがコーディネイターだ!(ミットを着けても)なんともないぜ!
マジレスすると衝撃が一点集中だから、打撃には回転が加わるからなどの要因があるので軽減率が低下しているって話だ。
しかし、さすがに原作キャラを殺っちゃうのは問題が……いや、原作キャラ云々以前スパーリングで殺っちゃ拙いんだけども、ちょっと怪我をさせるのは問題がある。変に原作へ影響が……って言いたいけどよくよく考えたら俺がいるし、既に会っちゃってるし、そもそもハイネがSEEDに登場してない段階でどういう役割なのかわからないんだ。とりあえず挑戦者相手にするのと変わらない対応で問題ないか。
「準備はいいか?……では――」
カーンッとゴングの音がなる。
鳴ったはいいが……挑戦者の割にはハイネは自分から攻撃を仕掛けてこない。てっきりこの格好を見て馬鹿にされていると思って勢い込んで攻めてくると思ったのに。
「君が強いことは知っているからこそ挑むんだ。侮るなんて以ての外だよ」
「いい心がけだ。ならこっちから仕掛けさせてもらうかな」
宣言通り、間合いを詰める。ただしその速度は歩きよりも遅い。そして脚が届く間合いに入った瞬間に至って普通の中段蹴りを放つ。
ハイネはそれを前に出ながら両腕受け止めてる。クッションのこともあって大してダメージも与えられなかった上に、流れるように脚を脇に抱えて更に強く踏み込んできた。動きから察するに片足を取ったことでバランスを崩させ、転がして寝技を仕掛けてくるつもりなんだろう。
俺達ぐらいの年齢で寝技なんてマニアックだな。寝技は経験の比重が大きいから未熟な俺達では大人に勝つのは難しいためどうしても後回しにすると思っていたんだけどな。
「あっ」
という間抜けな声を発したのは間違いなく俺達のスパーリングを見ていた観客のものだ。おそらく俺の狙いがどういうものか理解したからこそ出た声だ。そしてその意味を初対戦のハイネは当然察することができない。
「ふっ!!」
「えっ!アッ?!」
抱えられた脚は死に体……だなんて誰が言った。腰を回して体重を乗せ、スピードが0となっている脚を加速させ――ハイネの身体は耐えきれずにバランスを崩したが、さりとて脇に抱えている以上は離すこともできずに俺の狙い通りに――
「カハッ!」
――地面へと叩きつける。
「相変わらずエゲツねぇ。なんで足抱えて崩しに行った方が力負けするんだよ」
「というかミゲルの攻撃を受けたら大体この展開だよな」
そう、これは既に俺のお決まりパターンとなっている。
今回は蹴りだが普通に殴ることもあるが、とりあえず相手の様子見に大して一般的に鋭いと言われるが普通の範疇程度の攻撃を加え、相手が受けを選択した場合はヒットした瞬間は受けれる程度の威力で、そしてその後、力で叩き伏せる。これなら相手に致命傷を与えないという俺なりの対処法だ。
ちなみにこの後は実力がある相手なら叩き伏せたところをサッカーボールキックを見舞うんだけど今回はさすがにしないでおく。同年代仕様じゃなくて基本的に大人仕様、特に対警察官仕様だからな。
……ところでハイネが動かないけど大丈夫か?
「おい、ハイネ。大丈夫――あっ、すまん」
「ぐっ?!」
どうやらハイネ的にまだスパーリングは終わっていなかったようだ。迂闊に近寄り、様体を確認するために俺は手を伸ばしたんだが、ハイネは俺の胸ぐらを掴もうとしてきた。俺の油断だからこの程度の不意討ちはいいんだが、問題は油断のために反射的に手抜きをすることがなく、その腕を掴んで手首と肘の関節を外してしまったことだ。もちろんスパーリングでこんなことをしないぞ?さすがに俺もそこまで非道じゃない。あくまで俺が油断したせいだからな。
「一応弁明しておくけど、不意討ちへの腹いせにこんなことをしたわけじゃないぞ」
いらん言い訳をした気がする。逆に怪しさしかないぞ。
「だ、大丈夫」
いや、涙目で言われても。
「とりあえず嵌めるぞ」
外す訓練をして嵌める訓練をしていないわけがない。技量だけでみると関節の嵌めるのは医者より上手い自信がある。実際ボブ達に褒められている。(その分練習相手として外しまくってたのでイーブンどころかマイナス判定)
「おお、さすが小さい英雄」
パパパっと嵌め直した手首と肘を軽く動かして問題がないことを確認しながらつぶやくハイネにツッコミを入れる。
「一体いつの二つ名だよ。さすがに今は小さくない」
あえて口にしないがハイネの方が身長が低いのは見てわかる。つまりハイネに小さい呼ばわりされる謂れはない。むしろ最近急激に身長が伸びてきていてそう遠くない未来180を超えそうな気がする。あくまで予想だけど。
そういえばコーディネイターは遺伝子操作している関係上、身長や太りにくい体質、アンチエイジング……正確な表現かは知らない……が施されている場合がある。
ただ、このあたりは施術の際にいくら掛けるかによって大きく変わるんだが……まぁ俺はナチュラルコーディネイターだからわからないけどな。コーディネイター同士でもコーディネイトはできるんだが、ウチの財務状況的にできるわけがない。
「それでどうだったよ。本物は」
「期待を通り越して期待以上でした。昔から憧れたままの強さです」
ボブがハイネに話を振り、それに答えているだけなんだが……恥ずかしい。そういえば挑戦者は数多くいたが憧れられたと言われたことはなかったなぁ。
「ぜひミゲルさんに師匠となって欲しいです!」
……コズミック・イラに師匠とか弟子なんて概念があったのか、それにハイネってそんなキャラだったか?と他人事のような妙な感想を抱いていると周りがざわめく。
「おい、ミゲルに鍛えてもらうって……まじかよ」
「死にはしないがストレスでハゲそうだな」
「正気か?病院を紹介した方がいいか」
「哀れな子羊よ。早まるでない。生きていれば良いこともあるだろう」
なんか外野に好き勝手言われている俺、可哀想だと思わないか。俺は思う。まだ未成年者なのに大人が虐めていいわけがない!後で休憩トレーニングを付き合ってもらおう。ん?急に黙ってそっぽを向いているけど、俺の放つ空気を察したのかな?だがもう遅い!
「俺もまだまだ未熟者だ。教えるなんて偉そうなことができるほどの実力があるとも思っていない」
また外野から「ミゲルのやつ、どこに向かってるんだ?」「現役警察官なのにボコボコにやられた俺の話聞く?」「前のテロ騒動の時に素手で車を廃車にしたって聞いて何処の格ゲーのボーナスステージだよってツッコんだ俺は間違ってない」とかなんとか言っているが気にしない。人生とは終わりなき修行道。終わりとはすなわち死なのだ!
あ、それと車を廃車にした件はあくまで軽自動車だったからコーディネイターなら成人してればできて当たり前だ。(定期)
ハイネは断られると思ってか表情が沈んでいる。
「教えるのではなく、共に学ぶというなら喜んで――」
「よろしくおねがいします!」
こうして俺は初めて同年代の仲間を迎え入れた。