第二十二話
「ちょっと?!俺までか?!」
問答無用で仲間が関節を外されて宙に漂わせたなら普通の軍人なら仇を取ろうとするか恐怖で固まるなり退くなりする。そしてZAFTの赤服候補達が恐怖なんてものを抱かない、もしくは抱いたとしても肥大化したプライドか精鋭として鍛錬を積んできた自信がそれをねじ伏せて行動する。
そして哀れにも仇として認定されたのは俺だけではなく、近くにいたハイネにも及んだことだろう。相手は5人。おそらくローラシア級のMS搭載機数が6機、そしZAFTは現状1MS小隊は基本3機編成としていることから目の前にいるのはローラシア級に搭乗する2個小隊か、つまり低能コーディネイター集団の時は10人だったから半分となるわけで、しかもその時はハイネはおらず、1対10だったが、今回は2対5。数字的には楽になっているように感じるが――
「さすがにお遊び程度の加減では少し厳しいか」
やっぱりキャリア様は拳一発で沈んでいった低能コーディネイター集団達とは雲泥の差だ。ちゃんと俺の拳を躱している。これで万が一受けでもしたらハイネと初めてスパーリングをした時のように当てた後で地面に叩きつけてやるところだったんだが。
「ハッ、強がり言ってんじゃねぇぞ!!今のがお遊びなんていうレベルかよ!」
強がりじゃない。お遊びレベルでないと怪我、最悪後遺症が残る可能性もある。絡んだ程度で一生の傷を負うのなんて嫌だろ。
「じゃあこれからはお遊びを抜けるから頑張って耐えてくれ」
「ガッ?!」
お?凄い。今のアッパーを直前にブーツのマグネットを手動でオフにして無重力に身を任せたか。これだと大したダメージはないはずだ。復帰されると面倒なので遠く離れていく前に致命傷にならない程度に蹴りを叩き込んでおく。宙を泳いでいたので派手に吹き飛んだがコーディネイターだからあの程度は大丈夫なはずだ。俺ならダメージよりも蹴られたことによって生まれた慣性を殺すほうが面倒な程度のものでしかないので大丈夫だ。
「――!!」
うんうん、いいね。味方がやられたことを意識は多少してはいてもこちらへの攻撃の手を止めるどころか俺が蹴ったことで片足立ちになったのを見て更に速度を上げて勢いよく踏み込んできた。なかなか視野が広いようだ。こういう人は長生き……できなそうだ。なぜなら視野が広い分だけ味方に気を配っていることが多い。そして味方の危機となった時、反射的に庇ってしまったり優先して助けようと意識を向けてしまうことが多い。美徳だとは思うけど、戦場でそれをやってしまうと味方を救えたとしても己の命を代償になってしまうことが多い。これはシミュレーターや模擬戦などで得た感想なので実戦だと違うかもしれないが――
「俺が体術に優れているのを見て取ってタックルにしたのは及第点――と言いたいところだが――先に関節を外していたのを見ていたはずだぜ。忘れたのか」
取っ組み合いというのはお互い力が出し難い。そして慣れていない場合は仕掛けた方が有利だ。ちなみに俺はあまり取っ組み合いに慣れていない。大体においてその前に決着がつくからだ――こんな風に、な。
「そっちが冷静になったら嵌めてやるから大人しくしてろ」
「…………」
無口な奴だな。それに表情もわかりにくい。一般人としては短所だろうが兵士としては長所とも言える。ああ、でもMSパイロットにはあまり関係ないか。
「さて、ハイネの方は――」
「もう終わってるぜ。全く、今日は厄日だ。何もしてないのになんで俺が3人相手してミゲルは2人なんだよ」
様子を見るに俺とそれほど変わらないぐらいで片付けたようだ。負けるとは思っていなかったけど、思ったより早かったな。無傷で立つハイネの姿に腕が上がっているようで嬉しいが、パッと見た感じでは相手の怪我が少し多いな。明確な敵ならいいが一応このキャリア様は味方だからダメージは最小限にした方がいい……が、それを伝えるのは後でいいか。今は――
「それは俺じゃなくてこいつらに聞けよ。まぁ迷惑掛けたのは事実だからなんか奢ってやるよ」
「じゃあチョコパフェで」
「ゲッ、もしかしなくてもあの天然物をしこたま使ったくっそ高い?」
「それだな。まさか前言撤回とか……」
「男に二言はない」
別に払えない金額ではない。ないんだが……前世の感覚でいうと至って普通のチョコパフェに8000円も払う気がしないだけだ。天然物たけぇよ。食料を握っている理事国に反発して当然としかいいようがない。輸送コスト掛かっているにしたってボラれてると思っても仕方ない金額だ。
それにしても俺にとってZAFTは居心地がいい組織だ。何度も言うがZAFTは実力主義である。だからこそ、今回のような喧嘩というか暴力沙汰というかが起こった場合、喧嘩を売った側は勝てなければ恥であり、喧嘩を買った側が勝利した場合は無罪となる。普通の軍隊だと騒動を起こした場合、起こした側も巻き込まれた側も連帯責任で処罰を受けることになるがZAFTではやり過ぎなければ強ければ正義だ。もちろん一般市民はそんなことはないぞ。そういうわけで喧嘩をしても注意こそされるが罰らしい罰はなかった。
「いや、これも罰か?」
『一応訓練スケジュール的にはあったから違う……はずだけど作為を感じずにはいられないな』
すっかり専用機となったジンの操縦席でハイネと通信を繋げて現状を語り合う。
先程も言ったとおり注意を受けることになったが明確に罰というものは存在しなかった。だが、3日後にあった模擬戦の予定がなぜか1小隊、つまり3機編成ではなく、実力的に俺とハイネはいつもは別編成になることが多いのに今回はなぜかハイネと2機編成。しかも対戦相手は先日の2小隊の面々……というか普通の肉弾戦ならともかくMS戦で2対6とかおかしくないか。しかもあちらはキャリア様でこちらより操縦技術が上だろうに。
『それはどうだろうな。推進剤の使い過ぎで実機訓練を制限されたのは俺達ぐらいだって話だし』
厳選されたコーディネイターが集まる赤服候補だから強くて当然だろ!
……それにしても最近はブルーコスモスを刈るよりも同じコーディネイターと戦っていることの方が多い気がする。訓練外でも。……俺、ナチュラルと戦うために軍人になったはずなんだけど。
『お前達!この前の借り、返させてもらうぞ!』
突然通信が入ったと思えば2番目の被害者さんじゃないか。
「わざわざ通信入れてこなくてももうすぐ始まるのになんのようだ。負けた時の言い訳でも言いに来たのか?」
『お、おま――』
煩そうだから通信を切ってやった。ちなみにこの態度はちゃんと意味がある。
「じゃ、ハイネ。予定通り頼むぞ」
『ああ、ミゲルが引きつけ、俺が堕とす。シンプルでいいな』
というわけで俺に集中してもらった方がありがたいので挑発したわけだ。ついでに言えば通常はジンの肩にナンバーが書かれているが、俺とハイネは専用機化しているのでナンバーではなくイニシャルが書かれているから対戦相手が俺を識別することは容易だということも計算に入っている。後、ハイネを巻き込んだことへの謝罪も兼ねている。
「俺をがっかりさせるなよ。キャリア様」
最近は己の鍛錬というマラソンが多くなってきて、壁が極端に少なくて乗り越える楽しみが少なくなってきているからつい期待してしまう。