第二十三話
「さて、訓練の成果を見せるとしますか」
ローラシア級が配備されてあまり時間が経っていない。つまり俺達は戦艦からの出撃に関しては経験が少ないことを意味する。今まで格納庫から直接出ていたんだけど、正直味気ないと思っていたんだ。やっぱりMSと言えば、戦艦からの発進シーンは欠かせない。
「~~♪」
ジンがリニアカタパルトに移動させているとついテンションが上って鼻歌で西川さんのSEED第1期OPを歌ってしまう。ストライクじゃなくてジンだけど、やっぱり気分が違うな。んー、人目がなかったら出撃シーンを録りたかった。さすがに軍事機密だから個人撮影も許可がいるし、何より趣味だから許可は出ないだろう。残念だ。
『アイマン機、定位置への移動完了。補助電力ケーブル正常、リニアカタパルト磁場形成正常。進路クリア。発進どうぞ!』
「ミゲル・アイマン!ジン、出る!」
くぅっ、さすがリニアカタパルトの最大加速だ!低能コーディネイターなら意識が飛んで終わりというのもわかるな!格納庫にあるやっつけ感があるカタパルトとはかなり違う。ちなみに周りでは俺とハイネ以外はこの加速で発進するやつはいない。未熟者め。ついでに言えば今はローラシア級も試験運転中であるため確認事項が多いが、実戦投入する頃にはもっと手順が省略される。
「さあ!更に加速だ!」
メインスラスターを吹かして更に加速させて仮想敵がいる方向へ一直線に進む。
「あのスピードはなんだ?!」
「おいおい。あの怪獣、調子に乗りすぎて自爆したのか?あんなスピードを短距離で加速すりゃ意識飛ぶだろ」
「………………バーニアで姿勢制御を確認」
「ハァ?!あれで意識があるってのか?!冗談だろ?!」
「そんなこと喋っている場合じゃないぞ。あの速度だと射程まであまり時間が――」
「……更に加速を確認」
「死ぬ気か?!」
キャリア組をしても自殺行為にしか見えないスピードに動揺が走る。だが、それでもさすが赤服候補。素早く訓練通りにフォーメーションを組んで常軌を逸した高速で接近してくるミゲルへと各々、マシンガンを向ける。
銃口を向けられたミゲルの操るジンは変わらず猛進を続け、互いにマシンガンの射程に入ると同時に引き金を引いたのはキャリア組だ。
いくら速度が速くとも直線的な動きであり、しかも自分達に向かってきているのだから猛スピードで自分達に突っ込んできているプレッシャーがあれど、こんな状態で未来の赤服が弾を外すわけがない……はずだった。
「な、なんだ?!」
「機体が横に跳ねた?!」
ミゲルは模擬弾を全てを躱した。しかしキャリア組が驚いているのはその結果に、ではなく、その不可思議な回避方法に驚いていた。ジンは横向きに移動することはできないことはないが、姿勢制御バーニアと移動方向とは反対側のウイングバインダーの片翼によるものになるため直進するのに比べるとどうしても動きは緩慢だ。にも関わらずミゲルは明らかに直進と変わらないような速度で横へと移動した。マジックの種は――
「ウイングバインダーの可動がなんで内側曲がっている?!」
そう、メインスラスターであるウイングバインダーが移動方向側の片翼を内側へと向けることにより横移動の速度を飛躍的に向上させているのだ。このウイングバインダーの可動域は本来ジンには備えられていない機能であるが、ミゲルの弟、ラファエルによってもたらされたものだ。ラファエルは新しいスラスターの開発をしていたが完成は時間がかかりそうだと思い、その場しのぎに解決案としてウイングバインダーの可動域を広げることで全方向に対しての機動性を向上させた。ただし、力技が過ぎる代物であるため――
「ぐぅっ!弟様の愛が重いっ!」
対G?なにそれ?な仕様であるため、身体の頑丈さに定評があるミゲルでも堪えるものだった。何より人間というのは前や後ろ、下向きにはある程度耐性があっても横向きや上向きへの力に対してはほとんど耐性がない。一応宇宙育ちだと無重力になれて上向きにもある程度は慣れるが、横向きに対しては変わりがない。それは真のコーディネイターを目指す(?)ミゲルにおいても変わりはしない……ことはないのだが、既にかなり加速した上での急激な移動方向の変更であるためにミゲルに襲いかかるGは並大抵のものではない。それでも自身の中の人が歌うSEED第1期OPを鼻歌、時には口遊みながら――
「第1増槽の残量も残り少ないか、パージっと」
推進剤を派手に使うミゲルの戦い方を補助するようにラファエルが務める開発局が用意したのは使い捨ての増槽だ。宇宙空間は外部から受ける影響が少ないため速度は1度得れば減速しようとしなければ速度低下はほぼないため、そんな増槽自体はそれほど多く必要はない……が、第1というだけあってミゲルの機体には後2つほど増槽が備えられているあたり、どれだけスピード狂なのか。
「さて、挨拶を貰ったし、こちらも挨拶するのが常識だよ、な!」
ミゲルは両手に持つマシンガンを構えて射撃体勢に入る。
「散開っ!」
それを見て取ったキャリア組は密集気味だったフォーメーションを崩して回避行動を取る。
「この距離で俺から逃げれると思うなよ!」
スラスターの出力を更に上げ、バラけたキャリア組の1人を追いかける。その速度は明らかにミゲルの方が速く、このままでは少しずつ距離が詰められてしまう。それに――
「さすがキャリア組!よく躱す」
片手に持ったマシンガンを3点バーストで速度を落とすために行く手を阻むように射ち、時には本気の一撃を交えるが見事に躱す。このあたりはさすがキャリアである。
もう片方のマシンガンで最も近いキャリア組へと連携を阻止するように牽制して邪魔はさせないようにする。とは言っても牽制相手は1機であり、追いかけている機体を合わせて2機にしか過ぎず、他の4機は何とかミゲルに食らいつこうと追いかける。
「挑発が思ったより効果がなかったみたいだが――」
突如、ミゲルに追いすがるキャリア組の1機に模擬弾が1発、2発と命中し、そしてとうとう撃墜判定が表示された。この立役者はミゲルの相方ハイネである。
「俺のことを忘れるなんて失礼な奴らだ。ミゲルの機動をみたらわからなくはないけどな」
始める前に挑発をしたのは意味があるのかわからないが、とりあえず当初の作戦通りに動き、見事1機は脱落することに成功した。そしてまさか味方が突然堕ちることになるとは思いもしなかったキャリア組の1機が意識をハイネに割いたところをミゲルが感じ取り、命中重視ではなく、速さ重視で精度が悪いフルオート射撃で射ち込みをしたが、なんとか半数が命中して撃破することに成功した。
「油断大敵ってな。後4機か。さすがにこの調子で行けるとは思わないが順調か」
同時にキャリア組なのにこの程度の腕前で大丈夫か、とミゲルは思ったがすぐに追い払う。少なくとも隙以外の銃撃は命中していないのだから腕が悪いというわけではないのだと考えたのだ。
「ここからが本番か」
敵の数が減った程度で油断はしない、とミゲルは更に意気込んだ。