第二十八話
もう何度目かわからないパイロットスーツに袖を通し、スーツ内のいらない空気を追い出し、手が問題なく動くか開いて閉じてを繰り返して確認……問題なし。
『これから行われるのは我々コーディネイターがコーディネイターとして、人として生きていくための戦いである!』
クライン議長の演説を聞きながらヘルメットを被り、接合に問題ないかチェック……問題なし。
『理事国は宇宙で放牧し、働き続ける我々を家畜としか思っていない!その証拠にブルーコスモスによる爆発テロが起きてもブルーコスモスが裁かれることはなく、それどころかどんなに我々が苦しんでいたとしても救いではなく更なる要求をしてくるのみ!』
いつの間にか無意識にまた西川さんが歌うSEEDのOPを口ずさんでいた。自分では気づかなかったがもしかして緊張しているのか?……いや、武者震いだな。サトーさんに暴走しないか心配って言っておきながら自分が暴走していたら世話ない。気を引き締めなおさないと。
『そして食料という我々を縛り付ける鎖を断ち切るべく働く我らに理事国は武力を持ち出した!もう我慢の限界である!』
格納庫へ続く廊下を泳ぎ、途中でハイネとサトーさん、そしてヒルダ達と合流する。
『長く辛い屈辱的な時代はこの時をもって終わる!新たな時代を我らの手で創り上げていこうではないか!!』
艦が大きく揺れるのを感じる。それだけ船員が盛り上がっているということの証左だ。その盛り上がっている人間の中にはサトーさんとヒルダ達も含まれていた。皆若いね~。(サトーやヒルダ達は全員ミゲルより年上である)ハイネは……うん、いつもどおりだ。
『では諸君、コーディネイターの未来のために!』
あちらこちらでコーディネイターの未来のために!やZAFTのために!プラント万歳などの声が上がる。……サラッと流しかけたけどZAFTのためにってセリフ、初めて生で聞いた。原作で結構印象的なセリフだけど……思い返してみれば1話以外に言ってた記憶がない。それにZAFTってプラント全体のことを指すんじゃなくて現状は軍事組織の部分だけを指すからプラントのために、の方が違和感がない。アレか、パトリック・ザラの方を指示しているのかナチュラルを敵視しているから軍事組織を信奉しているとかそのあたりか?サトーさんを見ているとそう間違っていない気がする。
『指揮はZAFT代表パトリック・ザラに委任する!奮闘を期待する!』
『了承しました。期待に応えてみせます』
コックピットに座って最終チェックを行っている時に流れたこのやり取りを聞いて驚いた。え、通信でこのやり取りをしてパトリック・ザラが指揮するってことは……この艦隊の中にいるのか。死んだら原作崩壊確定……と考えたけど、原作なんて気にしていないけどな。
『クライン議長が語ってくれたので私から多くは語らない』
『勝つぞ』
宣言通り短い言葉だった。それでも間違いなくその言葉の意思は伝わっただろう。
そして――
『ヒルデ隊、出撃お願いします』
オペレーターからコールが入る。それは事前の打ち合わせ通り黒い三連星もどきことヒルデ隊のものだった。俺達の出撃は戦闘が始まって少し経ってからとなっている。だからと言って予備戦力や母艦の護衛というわけじゃない。ただ単にその機動性の差によって同時に出撃すると他の部隊を置き去りにして更には俺達だけ孤立してしまう。さすがに開幕直前に孤立してしまえば集中砲火を受けて撃墜される……はず。だから俺達は開幕に参加せずに戦闘が始まってからの出撃予定だ。
「サトーさん。遅れないでくれよ。戦場でそれをやると最悪死ぬぞ」
「……努力する」
ジンのスペック自体は俺達小隊は統一されている。主に俺の機体に合わせて。にも関わらずサトーさんは遅い。ハイネは俺より遅いが指揮することもあって若干遅れてしまうのは仕方ないし問題ない程度で済んでいる。でもサトーさんはちょっと遅すぎる。機体は同じなのにな。
「ハッ、なんだアレ。人型兵器?コーディネイターは兵器じゃなくて子供の玩具を作ってたのか」
「上の連中もこんな奴ら相手に2個艦隊も出す必要はなかったんじゃないか?まぁ数はそれなりに揃っちゃいるようだが」
連合軍のメビウスを操るパイロット達はMSを見るやいなやほぼ全員が嘲笑を浮かべる。再構築戦争、もしくは第3次世界大戦と呼ばれる前大戦から既に60年が過ぎ、指揮官はともかく、前線に立つパイロット達は戦争未経験者。となると新兵器に対して警戒より先に嘲り笑っても不思議ではない。所詮は実戦経験のない新米パイロットばかりなのだから。
当然戦争経験をしている指揮官クラスは警戒の声を上げるが、どうしても人型兵器というのは非効率で、アニメやゲームの世界の兵器でしかないというイメージが拭いきれない。ある意味MSを開発した者達にとって予想外の効果を齎したと言える。
「コーディネイターとは言っても所詮は素人ってことだな」
それがパイロット達と一部指揮官達の感想だった。警戒している戦争経験者である指揮官達も少なからず心の隅で思っていた。
「攻撃を開始せよ!」
その声と共に、両者の艦隊から砲撃やミサイルが放たれ、ここにナチュラルとコーディネイターの戦争の始まった。
戦艦の数に勝る連合軍に対してZAFTは距離を置くことで対処する。いくら技術が発展しても物理距離が開けば途中で迎撃することもできれば命中率そのものも落ちる。そして何より、自分達が開発したMSに自信があり、そしてその自信は現実に反映されることとなった。
「何だ。やけにミサイルが迎撃されるな」
「対艦ミサイルがあの人型兵器に落とされています!それに人型兵器の旋回性が高すぎてミサイルの誘導が追いつきません!」
そもそも既存の誘導ミサイルが想定しているのは機動戦力は戦闘機の延長線で開発されているモビルアーマーであるメビウスのような兵器である。そのため新兵器であるMS相手には誘導が甘くなってしまっているのだ。