第三話
トレーニングジムに通って2年が経って8歳となった。
これだけ年月が経てば何にしろ知る機会が増える。
その中にはやはりどの世界(本当の意味での世界でも、業界という意味での世界でも)にも天才、エリート、努力家はいて、それがコーディネイターとなればそれはもう前世とは別次元の強さだという情報もある。
それでも身体能力はともかく技術が成熟されていないのが見て取れるのは俺の方が才能が上なのか、それとも彼らの伸びしろなのか。
どちらにしろ現状の俺よりも上位であることは変わらず、いい感じにトレーニングをして疲れた身体に休息を与えるついでにテレビを見ていたんだが――
『青き清浄なる世界のために!』
その声……声というより感情の発露と共にテレビの画面は灰色となり、無音に包まれる。
「え、何?テレビ壊れた?」
一緒にテレビを見ていた母が数秒遅れて突然のことに慌て始める。
今テレビでやっていたのは生放送番組、そして最後のあの言葉から察するに……嫌なビジョンが浮かぶ。
わかっていた……わかってはいたが、現実となった瞬間を見ると改めてナチュラルとコーディネイターの溝が深いことがわかる。
起こったのはおそらくコーディネイターを目の敵にしているナチュラルで構成されているブルーコスモスによって行われたテロ……しかもあの言葉が音として拾えるほどに近い場所で発せられたということはおそらく自爆テロ。
ブルーコスモスが過激派が多いってのはアニメで知っていたが、アレは戦争中だからそうだった……というかお互い血のバレンタインとエイプリルフール……なんだっけ?ニュートロンジャマーを地球にバラ撒いてエネルギー問題と情報の遮断をした作戦のせいで過激派が増大して深刻化したのかと思っていたんだが、そうじゃなくて元々過激派の集まりだったのか。
そういえば始まりのコーディネイターこと諸悪の根源ジョージ・グレンが暗殺したのはブルーコスモスだって話があったな。もしかして事実なのか?まぁ自爆テロなんてするぐらい恨んでるんなら不思議ではない……のか?正直自爆テロは宗教系以外に使った例を知らないからなんとも言えない。
「でもなんであんな所で自爆したんだ。映像見る限りでは人も少なかったし大した施設はなかったはずだが」
「ミゲル?なんか言った」
「なんでもないよ母さん。それよりテレビ大丈夫そう?」
「他のチャンネルは映ってるからどうも番組側みたいね。良かったわ」
危ない危ない。母親の前でうっかりこんな独り言なんて……聞こえたらやばかったな。さすがにテロの場所がおかしいなんて言ったら不気味がられる。
いい加減トレーニングジムに通うことに不思議そうだったし……それに加えて大人とも互角に渡り合う8歳児というのは異端だからな。これ以上は怪しまれない、不気味に思われない程度には自重……できたらいいな。
それにしても自爆テロか、ちょっと飛躍しすぎじゃないかブルーコスモスさん。
テロというのは順番があると思う。
大体は誘拐や襲撃などから始まり、爆弾テロ、そして最終的に行き着くのが自爆テロってイメージだ。
誘拐や襲撃、爆発テロなら死刑が確定したとしても所属がブルーコスモスなら執行される前に救出される可能性もあるが自爆テロには生き残る可能性はテロ失敗しか存在しない。つまり傍迷惑な自殺をしているのと変わらない。自殺ってのは志という名の洗脳or自己暗示でもしないとなかなかできない。
そして大部分のナチュラルはそれほど追い詰められているわけではなんだから自爆テロなんてできるはずがないんだがなぁ。
「ミゲル。母さん、ちょっと買い物行ってくるからお留守番お願いね」
「押忍!」
「フフッ、すっかり小さい格闘家さんね」
幸い今の発言通り俺がトレーニングジムに通うことに関しては不思議そうではあっても嬉しそうだ。ご近所さんによく自慢しているのも聞くし……弟のラファエルのことは外では話さないし、ご近所さんに触れられると帰ってくるまでは猫の皮を被って、帰ってきた瞬間に不機嫌さを隠そうともしない。
育ててもらっているし愛してくれているのはわかるけど、どうもウチの親はメンタル面で親になりきれていない部分が見受けられる。そろそろ成長してもいいんだぞ?
ちなみにラファエルが病弱だということは言ったと思うが、ブラコンと言われるかも知れない病弱なだけで頭の出来は俺よりも優れている。もっと具体的に言えば創造力豊かで思考が柔軟だ。
対して俺は既存の概念に沿った思考は早いが1から何かを創造するのは苦手だ。
わかりやすく例えるなら普通のクイズだと俺が、ひらめきクイズやなぞなぞだとラファエルが強いって感じだな。
その創造力は今の段階では他の子供より優れているのだが……問題は多くの人間は俺のようなわかりやすい能力の方が評価しやすいという点だ。ラファエルの素晴らしい才能に気づかないとは人生の半分は損している。
ただ、将来的な話をするこの手のひらめき系の才能は年齢とともに減退してしまう場合が多いのでそのあたり気をつけないといけない。特に発想を全否定したり、な。
というわけで俺はラファエルをよく褒めて伸ばすように心掛けている。
俺とラファエルを比較し勝ちな環境であるせいでいつまで仲のいい兄弟でいられるかだけは心配だ。反抗期に入ったなら仕方ないが、そうではない仲違いは遠慮願いたいんだが。
そしてラファエルの才能に助けられることになる。
2年が経ち、10歳になった。
順調に身体も成長して身長も筋肉も増大している。
自画自賛すれば同年代の筋肉美を勝負するなら負けることはないと自信を持って言える。
「兄ちゃん。あの人、なんか変だよ」
母親とラファエルと共に買い物をした帰り、突然ラファエルが歩いていた男に指を指して示した。
「こら、ラファエル。人に指を指してはいけません」
母親は足を止めてそう注意するが、その傍らで俺はその指された男をよく観察する。
基本的にラファエルはいい子だ。病弱であることに罪悪感を抱いているのか、それとも母親にこれ以上嫌われたくないという思いか、それとも別の何かなのかはわからないがいい子であるラファエルが訴えたのだ。
しかも訴えた先は母親ではなく、俺に対して。
大体においてこういう時には俺ではなく、母親に訴えているにも関わらず。
無遠慮に見ているとその男は俺の存在に気づき、舌打ちをする。
相手が子供とはいえ見られていたら気分が悪いこともあるだろうが態度が悪い男だ……いや、ちょっと待て。わかりにくかったが表情にはゴキブリ嫌いがゴキブリを見た時のような嫌悪感と恐怖が浮かんでいた……いや、憎悪も、か?それに呼吸も荒いし、格好も何処か違和感がある。
これはもしかして、ある可能性に行き着き冷や汗が流れる……もしそうならさすがラファエル、ひらめき力もだがもしかすると視野も広いのかもしれない。
と愛しの弟を絶賛しつつ――
「違うことを願うが……」
嫌な可能性を振り払うべく出た声には俺自身が思っていた以上にシリアスな声色であることに更に嫌な予感が増している。
件の男はこちらから視線を逸らして周囲を見回しているその瞳に映るのは通行人で、そして……感情には変化は割合が変わってはいても本質的には変化が見られない。どうやら子供嫌いであるという可能性は潰えたようだ。
となると――