第四話
ゆっくり母親達から離れ、男の死角から近寄る。
今は母親がラファエルに注意しているからいいが、あまり長い間足を止めてはいないだろう。
中途半端な距離には移動したくない――――と考えた瞬間、男は動いた。
徐に上着のポケットに右手を突っ込み、何かを取り出しながら――
「青き清――」
ちっ、これほど予想があたって嬉しくないことはないな。
敵意と殺意をふんだんに含んだ宣誓とこれから行うことが失敗した時のことを想像して背中がぞわぞわするのを堪えて距離を詰める。
自爆テロなんてさせるかよ。
乱れそうな呼吸を整え、あくまでトレーニングジムの時と同じように対処すれば問題ないはずだ。
自爆テロというのは弱者の戦法である以上実行者は実力もなく、無学なはず……わざわざ戦闘能力を有して学問を修めるほど金が掛かった存在を使い捨てることはしないだろう。
もう少しで届く――
「――浄なる世――」
よし、男に気づかれず間合いに入った。
そして――
「フッ!」
起爆スイッチであろうものはスイッチ部分は赤く、親指で押すという典型的なものに見えたのでとりあえず親指を掴み――
「ギャッ」
へし折る。
続いて男としてはあまりやりたくないけど……悲しいけど、これ戦争なのよね。
「――――――ッ!?!?」
何をとは言わないが間違いなく潰す勢いで股間を蹴り上げる。
自分でやっといてなんだけどヒュンッってなった。
しかし、自爆テロをする覚悟がある相手だ。手抜きなんてしていられない。とりあえず股間への衝撃で落としたスイッチを確保して、既に白目を剥いて口からは泡も吹いているし鼻水も涙も出ているので問題ないとは思うが念には念を入れて――
「フンッ!フンッ!ヨッ!ホッ!」
「ミ、ミゲル?!」
母親の悲鳴とも怒声ともつかない叫びを聞き流しつつ、男の肩の掴んで引っ張り、関節を両方外し、次に膝を抱えて関節も外しておく。
これで完全無害化できた……いや、ちょっと待てよ。こういうのでお決まりがあるよな。
「ちっ、やっぱりか」
泡を吹く口を無理やりこじ開けて観察してみると明らかに差し歯入れ歯の類ではない機械チックな何かが奥歯の代わりに植え付けられているのが目に入った。
しかしどうする……これ、強引に引き抜くことはできるが、引き抜いて起爆なんてことになったら洒落にならない。だからといってこのまま放置するのは――
「ミゲル!何やっているの!」
やっと母親は脳内処理が終了したらしく俺の行いに対して問い質してくる。まぁ叫び声は一部しか聞こえなかったし、仕方ないな。
あ、その前に――
「ここもやっておくか」
手刀で顎の付け根を叩いて顎の関節も外しておく。これで完璧っと。
ああ、でも時限式か、遠隔操作で起爆する可能性もあるか、この後は警察に預けようと思ったけど、引き渡し後にボンッなんて遠慮したいし……しかも下手をすると俺がテロの仲間って疑われる可能性まで……いや、さすがに10歳のコーディネイターがブルーコスモスの一員なんて疑うわけない……はず。
それより母親に俺がどう思われるかの方が心配だ。
精神年齢だったら前世を合算すれば中年を超えるから虐待やネグレクトなんかをされなければ寂しくはあるが問題ない。
1番心配なのは俺がこんなでラファエルが病弱ってことで母親が精神的に追い詰められないかってところだ。
せめて愛護対象がラファエルに移動するなら……というかそっちの方が望ましいな。将来軍人になる予定である以上、独り立ちはかなり早いし、文字通り命懸けの仕事だ。
あまり心配させるのも悪い気がする……今のうちから嫌われておくというのも選択肢としてアリか?――ってそんなこと考えている場合じゃないか。
「コイツはテロリスト!ブルーコスモスの一員だ!無力化したが自爆を目論んでいた!念の為離れてくれ!繰り返す――」
普通に考えれば子供の戯言にしか聞こえない内容だな。しかし、さすがに目の前で男を……テロリストをボコボコにするというシュールな絵面はそのシュールさゆえに逆に現実味を帯びた……のかどうかは知らないが、多くの人が逃げるという万が一を想定して逃げることを選択してくれた。それにブルーコスモスのあの合言葉が聞こえた奴もいただろうしな。
もちろんコーディネイターとナチュラルが緊張状態であり、テロまで起こっているがコロニーが違えば被害がないため平和ボケしていて、スマホで動画や写真を撮っている愚か……ゴホン、頭が悪い人間もいる。
ちなみに母親とラファエルは、この場に残っていた。
幸いなのが俺が狂ったんじゃないかと疑われていないことか、ありがたいことだ。
「母さん、話は後で……このあたりで避難用カプセルはないかな?このコロニーには初めて来たからわからないんだ」
プラントでは子供でも居住しているコロニーの避難シェルターや避難用カプセルの設置場所を覚え込まされる。
しかし、説明したとおり残念ながら今いるのは俺達の住んでいるコロニーではないため把握できていない。
「カプセルならあっちに10基あるはずよ」
疑問に思いつつも答えてくれたことにありがとうと返してテロリストを抱える。
意識を失った人間というのは重いがトレーニングと思えばなんてことはない。
「母さん達はどこかに避難しておいて。俺はこいつを避難カプセルに叩き込んで宇宙に流してくるから」
そう、俺はテロリストを避難カプセルで宇宙へと流すつもりだ。
自爆テロで失われるものが個人用の避難カプセルなら文句を言われることはないはずだ。避難シェルターの方は大人数用だからコストも掛かるだろうし、無駄にするのはねぇ……税金の無駄だろ。まだ俺は税金払ってないけど。
避難カプセルに辿り着き、手順に沿って解錠していく……あまり使用する事態にならないし、イタズラされたりするのを防止するのはわかるけど緊急用と考えるとちょっと手順多いのはどうなんだろうな。
「よいしょっと!」
蓋の開いたカプセルにテロリストを放り込む。
そしてカプセル内で環境設定を手早くする。
ちなみに設定は必要最低限の生命維持を優先するエコモードにした。テロリストに快適環境も人権も必要性を感じないし、空気が勿体ないだろ。
「よし、射出っと」
無事排泄完了を確認して溜息が漏れた。
「ハァ~疲れた」
さすがにこんな形で実戦を経験するとは思いもしてなかった。
それに今更だけどあの男爆弾を持ってたんだよな。今になって冷や汗が止まらないぜ。
「ミゲル?」
あ、事態が一段落して母親が――
「ミゲル?」
――めっちゃ怒ってらっしゃる?!
めちゃくちゃ怒られた。
後悔も反省もしないけどな。
そして俺は警察から取り調べを受け、無謀な行動にめっちゃ注意され……表彰された。
改めて考えれば当然のことなんだがその時俺は――
「なんで当たり前のことをして表彰されないといけないんだ」
とマジで言ってしまったことでまた説教を受けることになった。絶対懲りてない、再犯必至という意味で。
残念ながら懲りることはないのだが。
とはいえ、警察、将来的には軍人を目指す上でこの表彰はいい名刺と言えるかも知れない。
10歳の子供がテロリストを取り押さえる、と随分とマスコミに流れている……というか祭り上げられているという表現ができるほどだ。
コーディネイターの希望、小さな警察官、小さな英雄、小さな格闘家、小さな最終兵器などと称されている……小さな小さな連呼し過ぎだろ。10歳にしては平均だぞ!どこぞの鋼の、に聞かれたらブチギレ間違いなしの所業だ。