第十七射 京都かと思ったらアスナ姫
「(なんたる醜態…)」
狙撃手は激怒した。
恐らく一般市民が今の彼ほど激怒しているのならば般若やら鬼やらと言われることだろう。
常に無表情である彼の顔が幸いしてその怒りを周囲にぶちまけることはなかった。
彼の眼前には京都に観光に行けばだいたい通る木造の建築物、その建築物から見る京の街は実に素晴らしいものである。そう清水寺にいるのであった。
「(なんだよ噂の飛び降りるアレって)」
黒髪の活発そうな女の子の言葉に呆れる。
その言葉に続いて小学生としか思えない体型の双子が飛び降りれと煽る光景を見てしまったのは、シックスにとってどれほど屈辱的なものか想像出来るだろうか。
はしゃぐ中学生たちの傍らにはオデコな中学生がガイド顔負けの解説をしている。
彼の頭の中には&魑魅魍魎&というまったく関係の無い言葉が揺らいでいた。
「(へー、生存率って85%なんだ。思ったより低いな)」
普通の人間の場合のみの数字のため微妙に勘違いしたまま妙な雑学が脳内フォルダに詰め込まれていく。
解説をしていくオデコな中学生の話を聞いて驚いたり頷いたり、ギャーギャーと騒いだり、そんなハイテンションな女子中学生に引っ張り回される子供先生は先生たる威厳の欠片も無かった。もはやただの友達、もしくは友達の弟的なポジションだ。
「(ほぅ、恋占いか。テオのために108周ぐらいまわるべきか…)」
目の前で妨害かと思われる所業——丁度恋占いの石に挑戦していた金髪とピンクな中学生がカエル入り落とし穴に嵌っているという——を見てはいるが、特に気にすることもなく助けることもなく何より一番大切な人のことを考えていた。
彼にとってテオドラ>俺>その他という不等号が成り立っていた。
「シックスさん」
「…まぁ様子見程度だろ」
隣にスッと入り込んできた黒髪サイドポニテの少女が言葉をかける。
彼女は&桜咲刹那&シックスが今回頼まれた仕事である、とある人間の本来の護衛だ。
背中に担いだ竹刀袋を見る者が見れば本物の得物が入っていることには気付くかもしれない。
一言言葉を交わすだけだったが、それで意思疎通が出来ることをシックスは関心していた。
戦場において無駄口は死に繋がる、戦場(けいけん)を知っている証拠である。
「(音羽の滝か。確か右から友情・努力・勝利だったか)」
一番左の滝に群がる少女達をみて思う「お前達は何に勝つ気なのか」と。
実際左の縁結びの滝であり、勝利という言葉もあながち間違っていないのだが…シックスもテオドラのために飲んでもいいのだが彼はこういう神頼みということは少し遠慮したいタイプだった。
自分の努力などを神の御陰にするということは努力を無にかえすことであるのだから彼にとってテオドラとの将来は自分で掴むものであり神などが間に有ってはならないと、そう思っているのだ。
「(そして何より上にある酒樽がな…安い酒を飲んでも致し方あるまい)」
遠くからその光景を傍観の立場で見やるシックス。
隣にいた桜咲刹那も思わずため息を吐くほどひどい惨状だった。
安い酒と言えど酒は酒、中学生どもは滝に仕込まれた酒の味を気に入ったのかガバガバ飲み酔いつぶれていた。
慌てる子供先生は他の先生方に悟られることのないよう必死に誤魔化した。なんとか全員バスに押し込めたのは3ーAのメンバーが異様に身体能力が高い御陰だろう。
「最初から無いやる気が1番の紙ヤスリのようにゴリゴリ削られていくな」
「1番の紙ヤスリはもはや紙ヤスリじゃありませんよ…」
番号の数はおおむね1㎝四方にある粒の数である。1番の紙ヤスリはただ大きな粒が乗っている紙である。というか削れるかどうかさえ不明な一品だ。
もちろん現実にはそんな物品は存在しない。
工場に頼めばもしかしたら作ってくれるかもしれないが決して頼まないように!
○
「えーーっ!?私たちが変な関西の魔法団体に狙われているですって!?」
京都嵐山、大堰川のすぐ側にあるとある旅館にて。
京都らしく和風のその旅館にひっそりとツインテールの少女の声がチリンという鈴の音ともに響いた。それに対して詳しく説明をする肩にオコジョを乗せた子供は今まで黙っていたことをとりあえず謝った。
「んも〜、しょうがないわね。いいわよ、ちょっとぐらいなら力を貸してあげるから」
ふぅっと一息吐きながら子供に協力をするという言葉に、その子供はどこか感動している様子だった。
だが、協力するにあたっても問題なのが敵対する人間のことだ。その子供の肩にのっていたオコジョが疑わしき人物の名前を言う。
「そうだ姐さん、うちのクラスの桜咲刹那って奴とあの白髪のシックスって野郎が敵のスパイらしいんだよ!何かしらねーか?」
突然のオコジョの根拠も無い言葉に驚く少女であったが、彼女自身の親友である近衛木乃香の昔の言葉を思い出す。
「でもねー、このかがええーっと、桜咲さんでしょ?その子と幼なじみって言っていたの聞いたことあるわよ。ん〜〜、でも二人がしゃべっている様子見たことないな…」
幼なじみ、という言葉に何か気付いたオコジョである。
このかは京都出身であり、その彼女の幼なじみということは彼女も京都出身、つまり関係者の部類で考えるのならば関西呪術協会の一人である可能性がとても高いのだ。
同じようにそれに気付いた子供はとあることを思い出しクラス名簿を開いた。
「あーー!京都出身って名簿に!?京都…かみなるりゅー?」
間違いなく京都の出身であることがわかり、ますます彼女、そして側にいた不自然な修学旅行に参加したシックスへの疑惑の感情はますます増えるばかりであった。
オコジョは彼女たちが間違いなく敵だと断言するがツインテールの少女&神楽坂明日菜&と&ネギ・スプリングフィールド&はまだどこかで違うのではないか?という気持ちだった。
「でもこのシックス?って人は怪しいわね」
「だろ!?(ただの偶然?だよなぁ)」
だが神楽坂明日菜もまだ少女である。
実際怪しいわけだが個人的の好き嫌いで相手を評価していた。
オコジョはシックスと聞いて『とある事』を思い出すが、その可能性は極端に低いわけでただの思い過ごしと、ただの偶然と思いその思いを胸に隠した。
「ネギ先生ーー、教員の方は早めにお風呂済ましておいてくださいねー」
「ハヒッ!?」
突然後ろから声をかけられ驚き変な声を出したネギ・スプリングフィールド。
魔法使い関連の話であるため一般人(と思われている)へ聞かせるわけにはいかず、聞かれたかな?とヒヤヒヤするがそんなことはなさそうだったのでひとまずホッと安心する。
ここで話を区切りネギ・スプリングフィールドは風呂へと足を忍ばせた。
○
「(なんという…なんというものを…!?)」
京都と言われれば何を思い出すだろうか。
それは人それぞれであろうが大抵共通点が存在する。
さて、処変わってここ、祇園新橋通へと足を伸ばした狙撃手&シックス&は一応一時教員的な立場にいるのだが、それをサボっていた。
「(これが白川南通…だと…!?)」
太陽が落ち空は真っ黒。
ライトアップされた桜の花びらが舞い散る様子をしみじみと見やるシックス。
彼はまわりにも感動していて、見た目外人のヤクザっぽい格好(黒ピッチリスーツ+オールバック+サングラス)のせいなのか人に避けられていることに気付いてなかった。
「(あまりにも感動…!生きててよかった…!)」
主のために戦うこと以外に生き甲斐を始めて感じたシックスはまた一つ大人への階段を上り精神的にレベルアップしただろう。
ファンファーレが聞こえきそうな彼の姿を見ていた観光客は『怖そうな外人さんが日本に感動していて可愛い』と思いながら頷いていた。
「(今の俺なら愛の結晶を投影できるような気がする)」
もちろんそんなことは出来ない。
シックスはどこから取り出した超巨大なカメラ、この日のために金をかけた世界最強1億6000万画素のカメラを撫で回し、その祇園新橋通りの光景を写真に収めまくっていた。
あまりに巨大なカメラのため人が避けていた彼の周りにも自然と人が集まるようになってきた。
「(邪魔くせぇ…ラブビーム出すぞこら)」
主第一主義であり、他の存在は最低限でしか無い彼でも常識を守ろうとする良心(1分程度)はある。
珍しいカメラで記念に撮ってくれ撮ってくれと言葉をかける観光客には最後の砦として。
「Ich verstehe Japanisch nicht」
美しいドイツ語で丁重にお断りするのであった。でも舞妓さんと一緒に映ったりする当たりがいやらしい。だがそれも、端から見れば日本にはしゃいでいる外人の一人として埋もれていくのだろう。
古き町に溢れる現代の人間たちはその古き良き景色に癒され記念とする。
「(祇園新橋通か、日本もまだ捨てたものではないな)」
今では少なき木造の建築物。かつての姿を保ったままのそれらはひどく美しく見える。
真夜中が暖色の光で色づけされているようで、そこは旧世界の日本でありながら幻想的で、何よりも現代的だという不思議な矛盾を抱えていた。
「テオと一緒に来たかったな」
どんなに感動しようが興奮しようが一番大切なもののことを考えて一気に萎えていくシックスであった。そして「日本語いけるじゃん!?」と思った周りの観光客達であった。だがやはり怖いので何も言えずただいるだけになってしまっていた。
しょうがないさ、人間だもの。
○
「すまねぇ姐さん!?俺ぁてっきり敵かと…」
お風呂でのエロゲーでもなかなか無いイベントを過ごしたネギ・スプリングフィールドと桜咲刹那は色々あって誤解を解くことに成功していた。
素直に謝るオコジョとネギをひとまず置いておき、彼女から敵対戦力についてのレクチャーが始まった。
「敵は関西呪術協会の強行派の一部。陰陽道の呪符使いがいるようです」
呪符使い?という感じのオコジョとネギに対して親切にも説明を行う桜咲。
どうしてだろうか、日本を知らない外人に日本のことを説明するときの高揚感があるのは。
それはひとまず置いておき説明を続ける桜咲。
「彼らの特徴は西洋魔術師と同じように、従者を従わせているように呪符使いには善鬼や護鬼といった強力な式神を使うのが基本です。それらを破らない限り攻撃は届かないと考えたほうがいいでしょう」
ネギと明日菜は後方になにやら余計なイメージを抱いたが敵が"とりあえず結構強い"ということは理解したらしい。
「そして何より私のような京都神鳴流がガードについている可能性もあります。もともと京都神鳴流は京を護るためため、魔を討つための武装集団ですから」
京都神鳴流と言えば彼女桜咲も当てはまるということを言うネギと明日菜だが、桜咲自身の発言である「裏切り者」のと幼なじみである人を「ただ護りたい」という言葉に思わず感動した二人だった。
湿っぽい話を逸らすため桜咲はこちらの切り札的な人の話をした。
「しかしこちらには、学園長自ら雇った強力な傭兵がます。彼がいる限りよっぽどのことですら負けることはないでしょう」
「傭兵?」
ネギは首をかしげる。
明日菜も同じようなものだったが、あまり&傭兵&という言葉に良いイメージがないせいか顔が微妙な感じだった。
「シックスって奴か?」
オコジョはその人間に心当たりがあったのかその人物の名前をポツリと呟いた。
それは正しく桜咲はコクリを無言で頷く。
一度彼と戦った桜咲だからこそわかるものである、焦っていたとはいえ神鳴流の刀を軽々と避けてタネは理解不可能だがガトリングガンを所有している彼が強いということを。
「…その頼りになる彼はどこなの?」
写真で見たとおりの彼の様子を思い出す度に何かもどかしい苛立ちを感じるがそれで怒りをあらわにするほど愚かでもない。
護衛として雇われているのならば近くにいるはずなのだが白髪という目立つ分だけにいないということがしっかりとわかっていた。
「彼はその…見回りに(嘘ですけど)」
桜咲は思い出す。
この旅館に着いたとたんに「あぁ桜咲、俺ちょっと祇園新橋通に言ってくるわ。え?護衛?お前でなんとか出来なかったらなんとかするわ」と言ってのけた。
彼の実力は学園長となにより『紅き翼』のタカミチが保証しているが彼のやる気の無さは如何なものか。
「僕も見回りに行ってきますね!」
突然頼りになる仲間が増えたせいか元気よく飛び出したネギを止めようとした明日菜だが、彼にその言葉は届かす見えなくなってしまった。
不安になる明日菜だったか近距離での護衛を担当すると桜咲が言いなんとか納得した。
「(あぁ、これが京都か。なんとも素晴らしい)」
そんなときにガラーっと自動扉が開いて招いたのはシックスだった。
スーツをピッチリと着こなし渋み成分が醸し出され明日菜の好みであるが、やはりどこか苦手な様子だった。
「あ、シックスさん。お帰りなさい、どうでしたか?」
少し威圧を込め、暗にサボるなという言葉を送った桜咲だったが返ってきたのは意外な言葉。
思いっきり京都を楽しんで来たという。いく前はダルダルな彼が今ではピカピカの新入社員のように輝いていた。
そんな彼は明日菜と目を合わすと、あぁ、と納得したように頷いた。
「何ですか?」
「まぁ護衛の件は適当に期待してるさ。あの莫迦餓鬼にも。何より神楽坂嬢にな」
嫌味的なものだと思ったのか不機嫌な様子で尋ねた明日菜に、手を振り返すシックスの顔は先程の輝く顔とは違いいつもの無表情へと変わっていた。
一瞬、その顔をどこまで見たことあるような気がした明日菜だったかそすぐにそのような気持ちは消え失せた。
「時に桜咲、見事に侵入されているがどうしたのだ?」
そこには最後には「それを特定は出来ないけどな」と付け加えるシックスと「何それ?」な顔をした桜咲と明日菜の二人だけがいた。
ピューと風が吹く。
そこには自動販売機を動かす電気の音しか聞こえない。数秒後ようやく解凍され…
「えっ」
「え」
「なにそれこわいです」
何かの片鱗を感じた。
To be continued