第十八射 狙撃とアーウェルンクス
二人の少女たちと一人の少年の走る音がする。
切羽詰まるような雰囲気を醸し出すその足音が京の街がくぐりぬけ風と共に去っていった、なんちゃって。
走る少女の片方、鈴の髪飾りの橙色ツインテールの&神楽坂明日菜&と黒髪サイドテールの&桜咲刹那&なんだか馬の尻尾が多いような気がするがひとまず置いておこう。10歳程度だろうか、赤毛の少年は&ネギ・スプリングフィールド&という名前であった。
「ねぇ刹那ちゃん、ホントのこっちでいいの!?というかシックス、さんは!?」
思わず自然と呼び捨てにしそうだったが誤魔化した。
先程言ったとおりに走っているのは三人、本来の護衛である桜咲はいるのだが雇われた彼の姿はいなかった。
「ええ!大丈夫です!シックスさんが既に敵を捕らえました!シックスさんは完全に後衛型ですので仕方ありません!」
「(撃ち殺したほうがはやいが…自分のミスは自分で拭えよ莫迦餓鬼共。この程度で終わるなら護衛する価値すらないわ)」
全力で走っているため勝手に声が大きくなる。
彼女たちが走っている遙か遠き後方、具体的に言うならば彼女たちが泊まる旅館の屋根に陣取っている彼の姿があった。
仕事をするときに被る白いフード付きローブ。
魔法世界の人間達を、特に連合の船乗りを恐怖と叩き込んだ英雄の姿がそこにあった。
フードの奥から見える真っ赤な二つの目は&お猿の着ぐるみを着たターゲットを抱え込むメガネの姉ちゃん&をしっかりと捕捉していた。
(桜咲、奴は駅へまっすぐ走っている。十中八九罠だろうが…クク、聞くまでもないな)
「駅へ逃げ込むそうです!急ぎましょう!!」
念話によって敵の位置を知らせるシックス。
彼は本来狙撃手でありこのような偵察兵の真似事はあんまりしたくはないのだが&仕事の完遂&という戦人(いくさびと)の誇りもある。
何より好き嫌いで失敗してしまえば&狙撃主&たる自身の名と主の名が傷つくのだ。
「見つけた…お嬢様ーーーッ!」
丁度駅に入り込もうとしているお猿の着ぐるみを着た人間がいた。
防御に危うい呪符使いが装着している以上、何かしらの術式が組み込まれた武装であることは容易く想像できる。共に走っている明日菜とネギに注意を施し、駅の中を一気に突っ走る。
「人払いッ!少しは準備してきたわけですか!?」
明日菜の「何故駅なのに人がいないのか?」という疑問を口に出す前に桜咲が答えを出した。
人払いとは普通の人を寄せ付けなくする術法の総称であり。今回は人払いの術が込まれ、一定の範囲内に影響を及ぼす呪符を使用したようだった。
「しつこい人は嫌われますえ〜」
止まっていた電車に乗り込むお猿と追いかける者達。
それを遠目で見ていたシックスはため息を吐いた。
彼ならばはしっかりと逃走経路を確保——駅の向こう側に移動用の何かを用意するなど——するのだが、相手さんはターゲットを利用した&何か&に釘付けなのか、焦っている様な感じもしなかったが相手さんの手際の良さに反して準備が整っていない様子に疑問を思えた。
「(勢力の中に極めて優秀な部下、反して不出来な上司…か?)」
もし彼が前世の記憶をまだ持っているのならばソレが誰だが思い出すことは出来ただろうが…20年の、生まれたときから戦い続けた彼にとってソレを忘れるには簡単だった。
それに足して、彼自身この物語のイレギュラーという考えではなく平行世界の一つだと考え&原作&と同じように進む可能性があるわけではないと思っていた。
自身と同じように&何かしら&の追加された敵がいるかもしれないのだ。
「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす〜」
ピッと水行の韻が込められた札を投げつけた。
その瞬間車両の内部を埋め尽くすほどの大量の水が放出された。
札を使う、なによりそれこそ五行思想で戦う呪符使いの特徴である。
西洋魔術師との違いはタイムラグが発生しないということだ。
西洋魔術師は優秀ならば詠唱破棄などが出来るがそれは一部の簡単な魔法限定である、少なくとも上級の砲撃魔法を詠唱破棄する人間は存在していない。
反して呪符使いは逆に強力な攻撃全てが詠唱破棄みたいなものである。
準備、という点では遙かに大変であるが攻撃力は随一を誇るのが呪符使いの特徴である。
「(金生水の利用による大水行、とまではいかないが中々たいしたやつだ…だが、逆もまた然り。土剋水生木剋土、折角だから趣味で作った陰陽弾を喰らえー、うぉ!眩しッ)」
一人でブツブツ言いにやけながら一発の弾丸を放つ。
弾丸は真っ直ぐと電車へと向かい、そして水で溢れる車内の窓を貫通した。
中にいた少年少女達は水でもがき苦しんでいたが、より大きな苦しみを味わうことになるだろう…
——ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
大地は水を濁し水を吸収し水を塞き止める。
水は木を育て木は水を必要とする。
大地は木を育て木は大地を食らいつくす。
三つ巴の状況で全てを相殺させようと考えたシックスだった。
思惑通りに車内の水は盛り上がった大地に塞き止められ木が水を吸収する。
「あれ〜〜〜、敵さんにも呪符使いがおるんかいな」
「水が…ワプッ!?」
木の根っこやらツタやらがうねるうねる。
一見さんならば触○だと思うほど曲がりくねって少年少女達を全身を伝って軽く締め付ける、だがその締め付ける強さは決して生き物を殺すような強さではない。いやらしい強さなのだ、なんという状況。
(メンゴ桜咲、木行がちょっと強すぎたわ)
「シックスさん!!学園長に報告しときます!!斬空閃!!」
力の限り刀を振るう。
飛び出した斬撃が木の根っこやツルやらを切り裂いていき同時に電車の壁を貫通して弾丸が飛んでくる。
弾丸によってボロボロにされていく木はすぐに活動を停止し、そして消え去った。
「はぁ…なかなかやりますなぁ。しかしこのかお嬢様はお渡ししまへんえ」
敵が&このかお嬢様&と呼んだことに驚く明日菜とネギ。
その二人は相手の正体の謎が浮き彫りとなり、桜咲に質問する。
彼女は相手が呪術協会の人間で、今攫われているターゲットの魔力を利用し呪術協会を牛耳ろうとしているという可能性を説明した。
スケールの大きさに再び驚く二人。三人は更に追いかける。
「はぁ…よーここまで追ってきやしたなぁ」
階段の登った向こう側に相手はいた。
お猿の着ぐるみを脱ぎさりその全貌をあらわにする。
丸メガネに長い黒髪、誰もが大和撫子と言える容貌だった。目が怖い以外は。
「せやけどこれでお終いどす。お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」
「うわっ!?」
巨大な火柱が桜咲たちの道を閉ざした。
大文字型の巨大な火柱の向こう側に笑いながら消え去ろうとする相手に、シックスは「これまでか」と、ガチャンと巨大な狙撃銃を構えた。だが弾丸が放つ前に…
「『風花 風塵乱舞!』」
ネギ・スプリングフフィールドの魔法が炎をかき消した。
巨大な炎を容易く打ち消すその風の魔法は、親譲りの魔力と才能だからこそなせる技だろう。
消え去る炎を見て、悔しそうにその少年を睨み付ける呪符使いは地団駄をふんだ。更に地団駄を踏んだのは彼女だけではなかったのは秘密だ。
「(空気読めよ莫迦餓鬼、俺がイケテル狙撃決めるところだろうが)」
「逃がしませんよ!このかさんは僕の大切な生徒で、大事な友達です!」
杖と従者&神楽坂明日菜&の仮契約カードを構えるネギ。
勇ましく従者に魔力を送り戦闘が始まった。
始めて西洋魔術師の従者と共の戦闘なのか、焦りが見える呪符使いだが懐から二枚の札を取り出して迎え撃とうする。仮契約によってもたらされたアーティファクト&ハマノツルギ&という名のハリセンを持った明日菜と刀&夕凪&を抜いた桜咲が飛びかかった。
「(妙なハリセンだ…、それにしてもこのシーンでハリセンとは中々美味しい)」
飛びかかった二人だったが突然現れた呪符使いの式神によって妨害された。
見た目熊と猿のぬいぐるみだが、れっきとした善鬼・護鬼の一種であり強力なのは間違いない。
守りを固めた呪符使いはターゲット&近衛木乃香&を抱えて逃げようとする。
声を上げて静止させようとする桜咲だがそれは無駄なことであり、式神の妨害によって前に進むことが出来ない。だが…
「うりゃっ!!」
パァンと風船が割れるような音がした。
その音がした方向へと見やると、ハリセンを猿にたたき付ける明日菜の姿。そして風船のように散っていく猿。
その瞬間のため足を止めてしまった呪符使いの隙を狙い桜咲が呪符使いに飛び出した。だがそれでも届かなかった。
キィン!!
「何っ!?」
「どーもお初に〜、月詠いいます〜」
桜咲の剣撃を止めたのもまた剣撃。
剣と剣がぶつかる甲高い金属音が響き桜咲は足を止める。
突然現れたその剣士はどうやら呪符使いの仲間らしく、桜咲と剣を撃ち合った。
桜咲は相手のその剣撃——二刀であったが——に覚えがある。
いや無いわけがない。
なぜならその太刀筋はまさしく彼女と同じ&京都神鳴流&そのものであったからだ。
「神鳴流か…」
二刀の小回りのきく太刀筋は始めてなのか苦戦する桜咲である。
最近の神鳴流は対化け物を考慮した野太刀を使用している。
一対一という立場ならば大きな刀と小さな二刀、どちらが有利だろうか。
それも同じ技と同じ動きをする場合ならば…。
「(もう、いいか…。下らん飽きた面倒くさいだるい腹が立つ)」
だが彼女たちの決闘はそこで終わりを迎えるだろう。
あまりにもグダグダであったその戦場を、本当の戦場で歩いた彼にとって不機嫌極まりないものである。
なにより互いがまるで&不殺&でも貫いてるかのような…確かに&不殺&はいいことだ、それはシックス自身ですらよく理解している。だが、目指す道がたかだがその理想程度に負けるのならば…それはただの道化だとシックスは思っていた。
「(俺は英雄ではなくただの人殺し、ならば殺そう何より主のため。そして自身のため)」
殺す殺さないの議論がどれほどくだらないものかもわかっている。だが同じように&わかっている&程度で己の理想は砕かれないのだ。
故に彼は構える。
この世に誕生し、戦場にたった日から撃ち続けたように黒き影が彼の手に伸びる。
影が何かを形作りそして&ソレ&を取り出した。
黒い影はまるで液体のように、中にあったソレをシックスの手元に残して消え去った。
——ガチャン
「I'm a thinker.」
ダァン!!!
銃身が火を噴く。
真夜中で大きな発砲音、それは不自然なほど周りに響くことはなく誰も気付くことはなく、それは下で騒いでいるであろう3ーAの人間達も同じことだった。
ただ一人の関係者はその発砲音を聞き、懐かしい気持ちが蘇ったという。弾丸は真っ直ぐと人間が視覚出来ない速度で飛んでいく。弾丸は真っ直ぐと呪符使いの脳天を…。
「『冥府の石柱』」
カァン!!と弾丸は衝突した。突然現れた黒き石柱に。
シックスは舌を鳴らした。
一度で貫けないならば…貫くまで撃つまでよ、と再び爆音と言ったほうがよい発砲音。だがその石柱を作った術者は次にシックスがすることがわかっているのか防御を堅め弾丸を貫けないようにする。
本来ならば石柱関係なしに焼夷弾やら徹甲弾を放つのが、そこは市街地であり、傍にはターゲットがいるわけで…下手に強力な武器を使うと任務失敗である。
「新入りはん!?一体何が…」
突然ことで新入りと呼ばれた白髪の少年以外は誰も動けないでいた。
唖然とする呪符使いはこの出来事のせいか近衛木乃香を地面と落とし、桜咲と二刀の神鳴流剣士&月詠&もその剣撃をかわすことをすっかりと忘れていた。
「千草さん、ここは撤退するよ。『狙撃主』に狙われている」
「なんやと!?」
旧世界で、その旧世界の端っこである日本で狙撃主という言葉を聞くとは呪符使いを思いもよらなかった。そして理解している。
彼に狙われているといことは死ぬ確率がマッハで赤信号だということを。
地面に落としてしまった近衛木乃香を恨めしそうに見やる呪符使いだが、まだ作戦は始まったばかりだと、そう無理矢理納得して大人しく撤退していくのだった。
「チッ、命拾いしましたなぁ!」
「(…アーウェルンクスか。まさかここで弾かれるとは…。次はその顔面を砕いてやる)」
狙撃に失敗したシックスは無表情の顔を崩していた。
それはもう眉間に皺を寄せ恨み潰すように、タバコを吹かし月夜に向かってタァン!と一発弾丸を放った。特に意味は無い、だがなんとなく放たないと気がすまなかった。
「(狙撃手ってまさか…!間違いない!こいつぁトップニュースだ!!)」
そして真実にたどり着いたオコジョは一人ではしゃいでいた。
何気に彼のファンだったオコジョである。
To be continued