第十九射ェ
「刹那ちゃん!何が起きたの今!?」
突然の出来事にもほどがあった。
自分達が戦っていた、もう一歩の処で逃げられそうになっていた敵、そして突然巨大な石柱が呪符使いを護るかのように遮ったという事態、何か叫んで帰っていった新手、説明するとしても支離滅裂な流れであったのだ。
桜咲刹那もある程度予想はつくかまさか麻帆良で狙撃をしていた人物とシックスが同一人物だとは思うことはなかった。
「恐らくシックスさんが狙撃したんでしょう…しかしあの白髪の少年が」
あの狙撃を妨害した、と付け加えた。
あの麻帆良での狙撃と同じならば、それを察知して防御した白髪の少年の実力はどれほどのものなのか。
どこから狙撃したのか気になる神楽坂明日菜だったがその疑問を口にすることは無かった。
何故ならそのとき…
「あぁぁぁーー!!狙撃!?赤目!?シックス!?どうみても同一人物じゃねぇかぁーー!!」
未だにボケーっとしているネギ・スプリングフィールドの肩に乗っていたオコジョが轟叫んだからである。
その声でようやくハッと目を覚ましたネギだったが同時に声が耳に突き刺さり大変なことになっていた。
オコジョが彼のことをしっているようなので桜咲、神楽坂両名ともオコジョが知っていたのであろうその彼について尋ねたのだった。
「知っているの?エロオコジョ、知っているなら早く言いなさいよね」
知っていたからこそ彼が&ここ&にいる可能性が極端に低いわけで、彼を摸倣した人物であるほうが限りなく高い。
知らないからこそ神楽坂はそう言うことが出来た。
無論オコジョはその点をふまえて神楽坂に説明しようとした。
「そりゃー姐さんないっすよ。シックスといやぁ魔法世界の帝「少し黙れ」ハヒィ!?」
「ッ!?」
その説明はされることなく中断される。
ネギの影からドロドロと黒い塊を従えながらその彼は現れた。
彼は昼間のようなスーツではなく見るだけで寒気が立つほどの&何か&を秘めているフード付きローブを着ていた。
夜のせいもあるのか、不自然なほど真っ黒なフードの奥から真っ赤な目がギョロリとオコジョに視線を送る。
蛇に睨まれた蛙のようにオコジョは動けなくなるが…
「(悔しい…けどビクンビクン)」
「シックスさん、どうかしましたか」
ターゲットを抱え込んだ刹那がシックスに尋ねた。
答えは返ってこない。
しかし刹那は彼がすこぶる不機嫌だということをなんとなく理解していた。だが理解していたのはさすがに刹那だけ、刹那の言葉を無視したと思った明日菜は声を上げる。
「ちょっと!無視はひどいでしょ!?」
「黙れ」
「う…!」
その場の空気に重圧がかかった。
その暗闇の中から真っ赤な目がただ浮いているように見え明日菜はカタカタといつのまにか肩を振るわしていた。
シックスがコツコツと近衛木乃香のもとへと歩きだし手を添えた。すると幾何学的な紋様が近衛木乃香に次々と浮かび上がった。
白く発光したその魔法陣が近衛木乃香の全身を包み、そしてフッと突然消え去った。
「No problemだ」
刹那達の疑問は消え去った。
全身に異常が無いか見ていたらしい。光が消え去り静寂が戻る。
シックスは首をコキンコキンと鳴らしたと思うとすぐさま影の中に沈み込んでいった。
残ったのは微かな風がながれる音、消え去った後ようやく辺りを支配していた重圧が消え去った。
「な、なに?今の…?」
「ありゃ解析の術式ってんだ姐さん、それにしても生シックスだぜ!?一生自慢できるっすよぉ!」
明日菜の疑問に答えたのは震えていたオコジョであった。しかし明日菜の疑問に答えたのはいいがそれは50点というところだろう。
彼女としては影に沈み込んだほうが異常だと思っていた。
さすがに魔法に慣れてきたとは言えど実際見たことのある魔法使いはネギとエヴァンジェリンだけであり、その二人が決闘したときは別の魔法を見せたのだ。
ある意味攻撃用の魔法よりも奇妙な感じがする転移魔法だろう。
「カモさん、生シックスって…。彼はそんなに有名人なんですか?」
刹那は学園長に直接雇われ、そして『紅き翼』のタカミチと交流があることを思い出した。
今思えばそれなりに名が広い人物だと気付くことが出来たはずだった。
まだまだ未熟、と自身を戒める。
「一部じゃあの『紅き翼』よりも有名っすよ」
「えぇ!?」
そこで一番驚いたのは何よりネギ・スプリングフィールドだった。
名前からわかるとおり彼は『紅き翼』のナギ・スプリングフィールドの実子である。
世界で最も有名だと思っていた父とその仲間達より有名な奴がいるとは思いもしなかった。
何より有名ならば魔法学校で何かしら教えられるはずだ。
「彼は魔法世界のヘラス帝国の英雄っす。大戦時に連合の戦艦を200隻以上叩き落とした人なんすよ?その御陰で連合側の人間からしちゃ今でも怖れられるような人ッす」
なるほど悪い意味でか、と刹那は思った。
確かに彼は何か恐ろしいことをやっているような雰囲気だった。
明日菜も驚いていたのだがそれはシックスとはまったく関係の無い事に対してであった。
魔法世界のことである。
ファンタジーの結晶のような単語で出てきたためか、夜中だというのにテンションが登りに登った明日菜が大きな声を上げて、ツインテールがピョコピョコ動いていた。
「ん〜…なんやぁ?」
「お嬢様!?」
色々ありすぎて一時と言えど大切な彼女のことをスッカリと忘れてしまい、穴にでも入りたくなった刹那である。
しかし、その後は幸運か不幸か今まで遠かった彼女と刹那の距離が少しだけ近くなったようだった。
「も、申し訳ございません!馴れ馴れしくなんということを!?」
走り去っていく刹那を不安そうに見やる近衛木乃香だったが、ポンっと彼女の親友である明日菜が肩に手を置いた。
刹那の後ろ姿を見ていた木乃香は「また明日」と走り去っていく刹那に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「(なんというラヴ臭、妬ましい)」
転移しても気になったのか、旅館の屋根からその様子をバッチリ捉えていたシックスがボソっと呟いた。
今、彼は深刻なテオ成分不足に悩まされていたのだ。
ホームシックスと冗談でも言えない状況だった。
思わず引き金を引っ張ってしまいそうなほどに…彼の手は震えていた。
「(これが愛の試練か…なんという…)」
○
非常にムカツク、アーウェルンクスがいたということは思い出したがまさか彼処で出てくるとは思いもしなかった。
俺というイレギュラーが入るにもかかわらず少し楽観的すぎたな。
あそこで狙撃に成功しておけば全て解決したというのに!というか失敗…圧倒的敗北…しっぱい…しっぱいぱい…だと…!
「おぼぉわーー」
何気にショックだった。
例え神から与えられた能力にチートボディと言えど、それなりに訓練を施した。
戦場も歩いたし(本当に歩いたわけじゃない)制限を付けた極限状態でも勝って来た。だがまだどっかで慢心があるのだろう。
慢心せずして何が王か、なんという言葉はマジ必要ないから。
命が複数あって中々死なないが造物主以外から命を削られたこともない。
落下して一度死んだのはノーカウントだ。じょ、冗談じゃ…
「狙撃したみたいだけど…な、何があったんだい?」
「五月蠅ェ近寄るな」
今の俺の状態は手と膝を地面(屋根)につけてガックリとなだれている状態。
かなりやばい状況ということを皆にも覚えて欲しい。というか近づくなって言ったのに俺の隣に「やれやれ」な感じで自然に座らないでくれるかな?
「殺す、絶対に殺す。アーウェルンクス、絶対に抹殺だ、クカカ」
「(あぁ、狙撃失敗したのか)」
まだチャンスはある。
そうまだ今は一日目だ。
明日明後日アイツはターゲット奪還に必ず現れる。
その時が貴様の年貢の納め時というわけだ。なんだか失敗しそうなフラグが乱立しているがその程度俺には通用しない。
ここまで怒ったのは何時以来か。『紅き翼』の莫迦共にテオがいるというのに豚小屋に案内された時以来か。
いや…ラカンがテオを莫迦にしたときか…。
…テオがくじ引きでハズレたときだったっけ?まぁ…なんでもいい。
「(こりゃものすごく怒ってるね、でも対人だとなかなか良い成績を残せないのがいつもの師匠なんだよね)」
なんだか俺全然ダメなような気がした。
なんだろう…俺を構成する歯車共がギシギシ言っているような気がする。
もういい、寝る。寝て考えよう。
明日には明日の風が吹くんだ。
ククク、覚えておけよアーウェルンクス、認めよう、君の力を。今この瞬間から君はレイヴンだ。
「貴様の首をテオのもとに届けてやる、フヒヒ」
「(届けたら大問題だよ、毎度ながら少しずれてるなぁ)」
「なんだ文句でもあるのかマナ・アルカナ」
「なんでもないさ師匠、そろそろ私は寝るから」
あぁとっとと寝てこいや莫迦弟子。
俺は今限りなく忙しいのだぞ。
緊急用のテオ成分補給回路(妄想)の起動じゃ限界があるが、無いよりはましだ。というか俺も寝るか。
精神的に疲れた。
寝るのが一番テットリ早い解決法なのだよ、カカカ。
——あぁ、それにしてもなんとも不甲斐ない
気付いたら朝になっていた。というのもしょうがない。
寝たのはだいたいの予測だが3時ごろ、起きたのは6時だ。
つまり寝たのは3時間だ。
学園にいたころは太陽が昇るあたりに寝て、太陽が降りる辺りに起きていた。
なんというニート、素晴らしい1日だな!
「実に美味し」
いつものように3ーAの莫迦どもがギャーギャー騒いでいるが食事の出来の良さを考えるとどうでもよくなってくる。
味噌汁、ご飯に焼き魚、ほうれん草のおひたしに付け合わせの漬け物、ジャパニーズフードは世界最強だと思うんだ。
食って食っても太らないアラ不思議。
なによりうまい、英国の焼くか煮るしかない料理は全然違う、もっとも英国は紅茶とケーキだけならば随一だが…
「(うぜぇ)」
目の前を桜咲とターゲットが通り過ぎていった。
何をやっているのか莫迦共が、食事処で追いかけっこするんじゃない、ゴミが飛ぶだろ。
それに加えて見れば莫迦餓鬼に群がる学生共。
どうやら自由行動を一緒にまわろうとしているみたいだが、互い互いが牽制しあってどうにもなっていない。
一方俺のほうは特に関わろうとしていないためか、一部の変な視線を除きなんということもない。
楽で結構、どうせ高所でターゲットの近辺を見渡すだけだ。
それにしても…
「他人の恋模様ほど撃ち滅ぼしたいものはないな」
「「「ッ!?」」」
周りの人間達がビクッとしたような気がした。
狙撃手たるものこういう細かいことにも気を遣わなくてはいけない。
俺にとってなによりも孤立無援が当たり前なもんで…いや、俺の武器の特性上援護があったら困る。
特に近接タイプの人間は非常に必要ないのは昨日の件でもお分かりだろう。
へたをすれば味方ごと撃ち殺すもんだが、ただの狙撃銃ならばなんとかなるが…これまた強力な魔法使いだとすぐさま察知されて弾丸を叩き落とされる。
まぁそこは数で勝負すればいいのだがな。
「(昨日の奴らの気配は無い、と…まぁ昨日今日、しかも朝早くからはないだろう)」
500メートルぐらいなら人数を把握するまでに達したこの異常感覚にも感謝せねばいかん。
御陰で帝国城のどこにもいてもテオの居場所がわかるため…今すぐ愛(会い)に行けるんだな、コレが。
○
「(圧倒的心眼!)」
龍安寺という物を知っているだろうか。
枯山水で有名な龍安寺だ。
枯山水、石ころで池や川の流れを表した日本庭園の形の一つである。
目で見るのではなく心を通して見る、八百万の神を信仰してきた日本人だからこその感覚であり、何より龍安寺の枯山水は『心』に深く関連している。龍安寺の石庭は15個の石を一見無造作に5か所、点在させただけのシンプルな庭であるが…
「(これが日本、日本の心!)」
幾分日本について勘違いしてきたシックスである。
典型的な日本通の外人を見ていつぞやと同じ、その場はなんともほのぼのな空間だったという。
さて、話を戻すが龍安寺の石庭には先程言ったとおり15個の石がある。
15は完全な数字だ、十五夜という月が満ちることから15を完全としているという見方だ。
この石庭では必ず石が1個隠れて14個しか見えぬという。
修行に修行を積んだ僧は、いつか心眼で最後の1個を見通す。それが龍安寺の石庭である。
「(それにしてもぶっ飛んだ考え方だ、水を感じるため水を抜くという)」
日本人の感性が外国諸国とずれているのがよくお分かりだろう。
日本には八百万の神がいるというが…エル・ニーニョもびっくりな神様軍団である。
こんなシックスが遙か遠き前世の祖国、日本に感動している中、3ーAの人間達は大変なことになっているのだが、それは割愛しよう。
ネギ少年が告白されたり野次馬がいたりその勇気に関心したりと、実にどうでもいいことである。だがシックスも&一応&程度には理解しているため、定期的な桜咲刹那との連絡は忘れなかった。
(桜咲ィ、こっちは問題ない。そっちは?)
(同じく)
何度目かの定期連絡も問題無かった。
どっこい正太郎と立ち上がるシックスは再び歩き出す、思いっきり観光を楽しむつもりの彼だが仕事とプライベート辺りを両立出来ているのやら、出来ていないのやら。
普段通りの外出用スーツを着こなした一見マフィアな外人である彼を避けるようにしている観光客の様子に何時気付くのか。
「(そろそろ昼か…精進料理でも食っていくか)」
ガイドマップをペラっと開き料理の欄を見やる。
前を向いて歩いてないのだが周りの人が自然に避けていくためぶつかることはない。
シックスとしては「なんだか空いてるねぇ」と内心思っていたのだが、やはり自身の格好については何も思わないらしい。
「(食った後は二条城でも行くか、かの徳川栄枯盛衰の理である城になぁ、フヒヒ)」
案外テオドラがいなくても大丈夫かもしれない彼だった。
To be continued