第二十一射 敗因はごく単純
「I'm a thinker〜」
ご機嫌いいように見える外人っぽい人が京の町を歩く。
思考を深めさせるような歌を隣にいてやっと聞こえるような音量で口ずさむその姿には、やはり人の視線を集めてしまうものだ。
そもそも目立つような格好をしているのだがそれを外したとしても——外見ははずことは出来はしないが——目立ってしまうものだ。
一見日本に来てうかれている外人さんに見えるが…中には歩き方などから&タダモノ&ではないということを理解してしまうものがいる。
特に京都では神鳴流を主とした数々の対魔の一族がいるためすぐにわかるだろう。
「(私は狙撃手〜徹底的に討ち滅ぼせ〜)」
修学旅行三日目の午前。
適当にブラブラと歩いているようだが気付くものは気付くかも知れない。
白髪グラサンスーツの男が歩いている、歩いてるが&何か&を中心にしてぐるぐると回っていることに。
中心の&何か&は言うまでもなく彼の今回の仕事、護衛対象である近衛木乃香である。
大和撫子を体現したような彼女であるが、彼女の祖父である妖怪ジジイと本当に遺伝子的に繋がっているのか不明、故に学園の七つじゃない七不思議の一つとして数えられる。しかしそれ以前に『なぜ学園長の後頭部は長いのか?』という疑問があるという事態、さすが麻帆良と言うしかないだろう。
「(京都まで来てGame Arcadeとは、なかなかわかっている莫迦餓鬼共だな)」
うんうん、と何かに納得する彼の背中からは謎の哀愁が漂っていた。
今彼の脳内ではテオドラ第三皇女とのデート模様が放映され先日明確に裏切ったシックス4を洗脳の作業に入れ込んでいるのだろう。
脳内シックス十常侍の中で一番凶悪な&滅殺&を司るシックス4の裏切りは脳内派閥に大きな影響を与えた…という話はまた今度にしよう。
今彼から見えるその光景、決してターゲットとオマケの集団からは見えない距離から見ているソレは誰が見ても仲の良い集団にしか見えない。
「(まだプリクラとか合ったのだな)」
女7に対して男1という世の中の定理を破壊したその光景を見やる。だが結局彼の思考の行き先は『テオと行きたかった』であるためその光景を目撃したとしてもダメージはない。
転生とも憑依ともとれる出身なため、かつての常世を思い出す。
既に擦れたひと昔の映画のようにボヤけている存りし日々。そしてその常世にテオの存在がいないことに絶望するがそれを表に出すことは無い。
かつての日々は西暦で数えたとしてもだいたい十年後、ある場所では20年ぐらい科学が進んでいる部分もあるが…時代の流れを感じとれずにはいられないシックスであった。
「(……莫迦か?まぁいい、か)」
ゲームセンターの中で和気藹々としているのだろう、ネギ・スプリングフィールドに神楽坂明日菜というある意味中心人物達も楽しそうに遊んでいる。
彼彼女らはまだ子供だ、いちいちその程度で護衛云々言うわけもなく&やれやれ&と言った感じで見やる。
そこまではいい、だが妙な形になっているニット帽の少年を見逃すとは如何なものか、とシックスはため息を吐く。
それは失望だけはなく、無駄に妙な期待をしてしまった自身への戒めでもあった。
「やっぱ名字スプリングフィールドやて」
簡単に背後をつけ回すことが出来た。
どこかの海王の如く背中にピッタリとくっつき呼吸を共にし、狙撃手として鍛え上げた隠密性の効果もあったためだろう。
見事にその少年は敵の一派であることが判明。
シックスは脳内で設計図を片っ端から引き上げ、影の倉庫の眠るあらゆる兵器の撃鉄を上げる。
京都という敵のホームであり、アーウェルンクスという魔法界でも上位どころか最上位の一人である魔導師が存在しているのだ。
負けはしない絶対に、という気持ちは持っており、どう動いても勝利の光景が見える。
先程アーウェルンクスを最強の魔法使いの一人として数えたが、それはアクマで魔法界での話。だがここは現実世界とも言える場所であり、派手な魔法を使うことは出来はしない。
それは彼自身も同じことであるのだが……。
「やはりサウザントマスターの子供やったか、まぁ「千草さん」なんや新入り?」
「コタロー君、敵につけられるとはやってくれたね。まぁ相手が相手じゃ無理もないけど」
「なんやて!?」
コタローと呼ばれた先程のニット帽の少年だけではなく、メガネの呪符使いも驚きを隠すことは出来なかった。
つけられることを想定外として数えたつもりはない。だからこそ強力で広範囲な人払いを張ったのだ。
なにより『すぐ後ろからつけられる』ことが無い限り辿り着けないような迷路まで仕組んで。だが一番驚いたのは白髪の少年、かつて大戦時において『紅き翼』と『帝国の狙撃手』達と殺し合った存在であるアーウェルンクス本人だった。
「出てきなよ、狙撃手」
一言で言うならば&ありえない&だ。
どこの世界に背中にピッタリとくっついて人をつけ回す存在がいるものか。どこの世界に&ソレ&を実行し、なおかつバレることが無いという状況を作り出す存在がいるものか。だが今そこにその存在はいた。
アーウェルンクスの言葉に従うかのように、フッと現れたかのように見えた白きフードを深く被った空の支配者がそこにいた。
「あれまー、狙撃手さんですなぁ。ここでドンパチ始めるつもりかいな〜」
ウフフフ、と白目黒目が反転している少女が笑う。
彼女にとって今彼らの立場にいるのは何より&殺し合い&をするためであり相手が強者であるならば尚更良い。
彼女にとって帝国最強とも呼ばれる存在が目の前にいるのは千載一遇のチャンスとも言える、小刀を抜きこすり合わせ金属同士、しかも肉を切り骨を断つために鍛え上げられた匠の金属刃がシャキンと鳴る。
「へっ、人の後ろをこそこそとつけ回す卑怯モンが俺に勝てると思うなよ」
狙撃手って何?と思いながら指を鳴らすニット帽の少年。
どこから仕入れてきたのか謎の学ランを見事に一昔のヤンキーのごとく着こなしている姿はサマになっている。なお、こういう世界において服装について語るのは危険極まりない行為のため気をつけよう。
「『立派な魔法使い』では一番好ましい奴やけど、ウチらの邪魔するなら容赦しまへんでぇ」
肩がはだけたやはりどこかおかしな服装の呪符使いが札を放つ。
出てきたのは鬼、善鬼と呼ばれる呪符使いの護衛だ。筋肉隆々のその姿は一目見て&鬼&とわかるだろう。更に五行の力を封じ込めた札を構える。だが彼女としてはやはり今現在での戦闘は避けたいところであった。
彼女の目的はアクマで関西呪術協会と関東魔法協会であり、その目的を達成するとある手段を実行するためのタネが近衛木乃香である、ただそれだけである。
彼女の故郷でもある京の街を破壊したくはなかった。
「見敵必殺の意味、わかるか?なぁアーウェルンクス?」
「…出来ればここで相手したくはないのだけど無駄なようだ、ね!」
白髪の少年が言葉の終わりともに石の槍を放つ。
六方晶の灰色の槍が真っ直ぐとフードの男へと向かうが、そのフードの男の足下から伸びた漆黒の鞭が切り刻み無に返す。だが切り刻む直前に飛び込んだ剣士月詠がいた。
二本の小刀を振りかぶり切り刻もうとする。
石の槍が刻まれた瞬間のことであった。
故に月詠は必勝の文字を思い浮かべる。
人を斬ることに特化した彼女の刀を受けてしまえば、たとえ小刀と言えど…だがこれは裏切られる結果となった。
ガキィン!!
金属同士がぶつかり響く音がする。
狙撃手である彼の右手に存在するのは歪な形の刀剣類。
唯一彼の属性がカバーする剣である&ガンブレード&そのものであった。
柄の部分が回転式拳銃という構造をしている剣は俗に言う震動剣の作用を持つ。
「ガンブレードやなんて、珍しい得物どすな〜」
震動すれば震動するほど切れ味が増すという話を聞いたことがあるだろう。中には震動熱によって焼き切る武装も存在し、その威力は凶悪である。しかしこれは勿論再現に至っては非常に困難な武装である。
敵を斬り殺せるほど強力な震動を発生させる武器を人間の腕が扱うことが出来ようか、いや出来るまい。
その震動を剣として扱える範囲内に抑え、尚かつ威力を増大させる。特に今の彼が所持するガンブレードは敵を切り裂く瞬間、弾倉に込めた弾丸を破裂させ震動させるという構造である。
「そら、もう一本だ」
ガキィン!!ガァン!!カァン!!ダァン!!
斬る瞬間引き金を引く。だがそれに至って人間の指は耐えれるだろうか…それほど扱う人間が少ない武器をあまつさえ二刀。
刃が自身の身長ほどあるそれを片手で軽々を振り回し、破裂させ、震動させ、敵を切り裂こうとする。
小刀の利点は扱い易さだ。
小回りの効くそれは一見攻撃力不足に見えるが、実際の殺し合いを経験した人間ならばわかる。
全てを急所にすれば問題は無い。むしろその攻撃の速さによる連撃はまさしく死を誘う踊りであるのだ。
カァン!!キィン!!ガァン!!
だが今の状況を見てはどうだろうか。
自身の身長ほどの、刃だけでも1メートルを越える鉄の塊をただ腕を振るうかのごとく。
小さな刀の役割を最初から否定するその行為に月詠は例え剣の天才だとしても、自身が今持っている武器では勝ちめは無かった。だが…
「俺を忘れんなや!」
スッとシックスの隣に割り込んで来た黒髪の少年。腰を低く落とし正拳を放つ。
シックスは特に驚くことも無く、鈍い音とともに左手のガンブレードを盾に防御。しかし気を強化された少年の拳の威力はダメージを与えるほどではなかったが、シックスを飛ばすには十分な程であった。
浮き上がり無防備になるシックスだったが相変わらずの無表情は変わらず、それが黒髪の少年の怒り具合を上昇させる。
「そら、行きますえ〜」
追撃。
彼の上空に待機していた呪符使いが鬼の肩に乗っていた。
真っ赤な鬼はその手に持つ巨大な棍棒をシックスにたたき付けようと振り下ろす。——直撃、しかし肉が爆ぜるような音はしなかった。
つまり彼が障壁にて防御を実行し、彼を殺すには至らなかった証拠でもある。
地面を陥没させ棍棒の先がシックスごと埋まる。
瞬間に変わる攻守、映画でもお目にかかれないような戦闘がそこにあった。
——ここまでの戦闘で5秒もたっていなかった
ダァン!!
「ッ!?そう簡単に逝ってくれまへんか!」
地面にたたき付けられたはずであった。しかしシックスは&そこ&に何事も無かったかのように&横&に立っていた。
それこそ彼が身につけているフードには破れている箇所も無く、地面にたたき付けられたハズであるのに汚れなども無かった。
白く白く純白のローブには何も無かったのだ。
そこが地面と思わせるほど自然にビルの&横&に立っていた彼が放った弾丸が鬼を一撃で還らせた。
最初の連撃でダメだとわかった呪符使い達は一斉に散らばる。
一撃必殺の弾丸を降らす彼を正面に集まるなど愚の骨頂である。
「街を破壊するわけにはいきまへんなぁ〜」
「千草さん、待って」
空間隔離の結界を張ろうとした呪符使いに待ったをかけるアーウェルンクス。
疑問に思う彼女だったが彼の説明を聞いてなるほどと納得する。
空間隔離した時こそ大量破壊を得意とするシックスが本気を出す一番の機会だからだ。
今でこそ、彼が一斉に散らばった彼女たちに投合してくる鉄製の単純で無数で無骨な刃で牽制しているが、彼の本領である&兵器群&が飛び出したら…アーウェンルクスは最低でも自身がズタボロ、他の人間は皆死ぬことになる、と予測をつけていた。
「チッ!?撤退しますえ!」
「させんよ、莫迦猿」
黒い塊を空中に浮かび上がらせそれを足場にピョンピョン跳びはねるシックスは、ほんの僅かな時間で彼女の後ろをとる。しかしガキンッ!と次は石の剣と鉄が押し合う。
瞬間で数撃刃を交わしたかと思うとシックスは黒い塊を利用し後ろに下がる。下がりながら飛ばしてくる刃を魔法の射手で撃墜する。
爆煙が巻き起こり視界が隠される。しかし爆煙の向こう側ではまた刃を交わす音。恐らく月詠と撃ち合っているのだろう。
「今のうち、クっ!」
「……」
転移魔法を使おうとしたが全て無駄であった。
爆煙の向こうから伸びてきた影の槍が襲い掛かり妨害する。
強力な貫通能力を保持しているのを一瞬で見抜いたアーウェルンクスは呪符使いを思いっきり引っ張り戦線を離脱させる。
呪符使いは扱い様に文句でも言いたかったが目の前に突き刺さった黒い槍が口をふせいだ。
「(これはまずい)」
アーウェルンクスは既に今回の作戦の失敗が確定していることを予感していた。
例え今逃げられたとしても、疲労により作戦続行はきつい。
何より今の戦闘が彼らにとって何よりも危険なモノである。
端から見れば4対1という構図なため彼らが有利に見える。しかし実際はどうだ。
一人は未熟、帝国の英雄に手も足も出せない。
一人は武器、速度もリーチも違いすぎた。
一人は準備不足、何より&アレ&を召還するために戦闘は極力しないようにしていた。
一人は制限、未熟な前衛のため強力な魔法も使うことが出来ず、例えいなくても町を破壊するという行為に繋がってしまうため使うことは出来ない。
「(極地による戦闘とはね、まさかここまでとは)」
シックスが追いつめられているように見えて実際は彼らが追いつめられている状況だった。
&投影&というある意味無限の補給力を持つシックスだからこそ、極限における戦闘能力の保持を可能にする。
彼が街を破壊することは無い。
彼が投げた刃は何かに当たる瞬間に陽炎のように消え去っていくのだ。だが自身の横を通りすぎるときは、間違いなく存在している本物の刃であることは間違い無かった。
「(そして何より……)」
相手は時間を稼ぐつもりはないだろうが…時間が立ては立つほど彼らは不利になる。
ネギ・スプリングフィールドが持っている親書を奪うという行為も、失敗しても次のフェイスに問題無く移れるとしても必要なことである。
ネギ・スプリングフィールドへの妨害が今回の作戦でも非常に優先されるべき内容であるのだから。
更に増援が来るという可能性さえも浮かび上がる。
これだけは避けなくはいけない。
「そら?どうした?隔離しないと俺を倒すことは出来ないぞ?」
言ってくれる、とアーウェルンクスは舌打ちをする。
もはや彼はこの京都における作戦の成功失敗のことは頭に無く、今後どうするか、それしか無かった。
撤退するにしても遠距離転移は作戦完了後の撤退用、今この時に使えば最初から作戦を否定することになる。だからといっててっとり速く短い転移をすればどうか?4000メートルの狙撃をする彼の目から逃げることは出来るかどうか、五分五分な処である。
「言ってくれるね、隔離した瞬間、戦争でも起こす気かい?」
「(テオドラへの愛を込めて)戦争ね、それもいいかもしれん、がナンセンスだ。アーウェルンクス」
アーウェルンクスにとっても狙撃手シックスの存在と思考を好む部分はある。
正義だの悪だのよりも、何よりも自身と自身の大切なものを守るため。
殺す殺されるをどうでもいい言い訳で濁すというわけでもなく、全てを背負いそして生き抜くという目標は実に素晴らしい存在である。故に彼は欲しかった。
『完全なる世界』の一員として彼が欲しかったのだ。
彼と戦い彼のことはよく理解しているつもりだった。
彼の行動の基準は全て&テオドラ&であり、次に自分、残る存在は全て&それ以外&として扱う存在なのだ。
もし彼に「テオドラと永遠に一緒にいられる空間」を提供する代わりに仲間になれ、という取引をするならば…
「Border of life そろそろ踏み越えるべきじゃないか人形」
彼の言葉によって思考が遮られる。
狙撃手が白髪の存在を知っていようが今は関係無い。
今は何をどうやって、千里の狙撃主から逃げのび戦力を整え、そして本来の目的、失敗がすぐ側にいる作戦をどう遂行すべきか、であるのだから。
「お前達の敗因はたった一つだ…」
「テオドラを愛している俺に出会ったことだ」
「(いや、その理屈はおかしい)」
To be continued