第二十二射 最強の敗北
所謂ピンチ、という処ではないだろうか。
前門の狼、どころか後門ごと突貫しそうなイノシシ。狭
い道を広げようとすればイノシシも一緒に大きくなるという、これほど面倒な相手はいない。
彼、フェイト・アーウェルンクスは思考する。
今、目の前でガンブレードを振り回し、離れれば影の槍やら鉄製のバールのようなものが飛んでくる。
それを回避したとしても空中に固定された影の球体を跳びはね瞬時に背後を取る。
魔法で飛行していない人間が三次元的戦闘を行うその姿はある意味芸術であった。
「(倒す、あれを?逃げる、あれから?どうやって……いや、あるにはあるが。まったく面倒なもんだよ)」
自身が得意とする必殺とも言える石化の高位魔法で援護する。しかし結果は目の前で元気に跳びはねる狙撃手の姿。
最初こそ彼の腕を石化したりすることは出来たのだが…トカゲの尻尾のごとくブツリとリアルに嫌な音を出し腕を切断、かと思えばニョキニョキ生えてくる。
次には石化の魔法が効かなくなると言う状況、大戦時でさえなかなか見れないあまりの光景にアーウェルンクスはまだ慣れているが仲間達はどうだろうか。
呪符使いに限っては口元をおさえ、黒髪の少年の時間が止まった。しかし剣士だけはキラキラと子供らしい瞳でまるでヒーローを見たかのようにはしゃぐ。でもってより激しく斬り合う。
どちらかというと呪符使いはこちらの剣士のほうに引いていた様な気がする。
「余所見か、アーウェルンクス?」
「それだけはないね」
ガキィン!!と互いが持つ得物のせめぎ合う音。
方や数度も扱われ既に刃こぼれしてヒビが入ろうとしているガンブレード、方や魔力によりつくられし灰色の石剣。数撃後には狙撃手が持っているガンブレードがガキンと音を立てて崩れ去る。だが、それを好機と見て剣を振るえばどうか。砕け消え去る右の剣か、まだ扱える左の剣か、答えは簡単だろう。しかし狙撃手に限っては違う。
砕けたはずの右手のガンブレードは&いつのまにか&新品のごとき輝くガンブレードを持ち再び襲ってくるのだ。
「レアスキル"投影"か、相変わらず卑怯な能力だね」
やれやれと言った感じで言うが、言葉が交わされる空間の間には死の剣撃が舞っていた。
「なぁに、所詮殺す道具さ」
「違いない!」
「俺を忘れんなやぁ!」
黒髪の少年がアーウェルンクスを援護する。
打ち合っている脇から出てきたかと思えば狙撃手は一気に後退する。
一番これがいやらしいと彼らは思っていた。
満足に撃ち合わず、しかし未熟な戦士が前に出ればどこからか取り出した鎖を用いてまで接近戦に固執する。
現在、その空間は強力な人払いを張っており一般人が来ることは無い。しかし人が来ないだけであるため街を破壊すれば色々面倒なことになるのだ。
魔法、あるいは別の神秘を使うものにとってよほど&頭が悪い&のでなければ干渉をしようとも思わない。故に強力な魔法を使うことは出来なかった。
そして離れない前衛、下手をすれば魔法で巻きこんでしまうという。
「ウォォォォォ!!!」
「莫迦犬が、吠えるだけしか出来ないか」
ならば空間を隔離すればどうか?確かに出来る、そこならば現実の世界を傷付けることなく、最大攻撃力が売りの魔法使いの本領を発揮することが出来る。しかしアーウェルンクスが使うような『石』の魔法は魔力による威力ではなくどちらかといえば質量による純粋な破壊力を保有する。
では狙撃手はどうだろうか?彼も同じである、質量と純粋なパワー、それも魔法という神秘の結果によるものではなく——確かに製造には魔力を消費するが——普通の人間でも知っているあらゆる兵器を用いることにある。
それこそ一人で戦争という現状を作り出すことの出来る大量破壊の英雄『帝国の狙撃主』であるのだ。
「にとーれんげきざんがんけーん!!」
「残像だ」
剣士と打ち合っている狙撃手は現状況では狙撃の言葉は思い浮かべることは出来ない。むしろ接近戦を主体とする剣士とも言えるだろう。
影と金属を扱う攻撃の殆どが必殺の狙撃手。制限され、作戦のこともあり焦り始める彼女たち。
その時点で勝負は見えていた。
アーウェルンクスは今回の作戦の遂行完了のため、とあることを思い浮かべる。
隠す必要は無いがただの逃走方法だ。
「(…彼らと似たようなことでやりたくはないけどね)」
「(俺から逃げるつもり、か。博打とはな、良い響きだ)」
いや、思い浮かべるという言葉は間違っており言うならば最初からその作戦は脳内にあった。しかし実行するか実行しないかの問題であったのだ。
しょうがない、とアーウェルンクスはその作戦を口に出そうとする。しかし丁度吹き飛ばされ彼のすぐ側に弾き飛ばされた剣士、月詠がその作戦を口にした。
「フェイトはんと千草はんでお逃げやすぅ〜、後はウチらでなんとかしてますから〜」
「……わかった」
月詠は&二枚&のあらかじめ用意していた撤退用の遠距離転移符をアーウェルンクスと呪符使いに渡す。
一枚は彼女自身の、もう一枚は黒髪の少年&犬上小太郎&の物であり、狙撃手にぶん殴られながらサムズアップしていた。
勿論狙撃手は撤退などを許すワケがない。
影の槍を飛ばしながら肩に武器を背負ったその武器は直径70mm、全長953mm、重量7kg。戦争地帯にいれば必ず目をするメジャー兵器RPG−7。
逃がすより一部街を破壊して妨害したほうがより良い、というわけである。
「やらせん!!」
「『小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ、時を奪う毒の吐息を 石の息吹』」
これは決して狙撃手を石化させる目的では無い。
やらないよりやったほうがマシの部類であるただの目眩ましである。
同時にアーウェルンクスは障壁を全力て展開する。
ここで温存しそのまま負けてしまうより、全部使い切ってでも逃げのびること。そして&今夜&までに回復に力を注いだ方がいいだろう。
ダァァァン!!!
「(やったか!?なんていうことは間違いなく無いとして……)」
携帯式対戦車擲弾発射筒の弾頭が爆発する。
戦車をも破壊するその威力は目を見張るものであるが高位魔導師の障壁を破る結果にはならなかった。しかし狙撃手が込めた魔力をエサに火力が極端に上がった威力を封じるために使われた魔力も極大である。
夜まではなんとか回復するだろうか現時点における戦闘は不可能であろう。
爆煙を巻き上げ戦場の視界を悪くする。しかしこれはアクマで一般論。アーウェルンクスもどういう状況か&理解&しているし狙撃手にいたっては&見えて&いた。
「いかせんよ、死ぬまでは」
狙撃手は何を企んでいるかすぐにわかっていた。だが、ここでようやく4対1と、街を破壊出来ないという現状の効果が現れる。
前には剣士と闘士。
前に出ようとしても倒すことよりも妨害に力を注ぐ。ならば後ろから、故に彼は空中で狙撃体勢に入る。
構えてからコンマ一秒ほど、弾丸が発射、加速、推進、脳天をぶち抜こうと回転する。だがそこには不運にも彼が最も苦手とする神鳴流の剣士がいたのだ。しかもその神鳴流剣士の中で天賦の能力を保有する月詠がいた。
「行かせませんえ〜」
シュ!カキィン……
抜けたような声であったが彼女の&最後&の太刀筋は異常なものであった。
火事場のなんとやらとでも言えばいいのだろう。しかし近距離という範囲での狙撃を彼女の刃が捉えることは最初は出来なかった。
そう最初だけは。
奇跡、否、それは『人を斬る』という外の道であったものの努力をした彼女の侮辱に当たる。ならばこそ、それはたった一度とはいえ必然言えたのかも知れない。
——多重次元屈折現象
それは反則と言える業、彼の佐々木小次郎が放ったという&燕返し&なる技に具現した超常現象。
この世界の魔法ですら届かぬ平行世界への可能性すら得ることの出来る大魔法である。その斬撃は「二つ」あった。
それは&同時に見えるほど速い&わけでも本当は二刀持っていたというわけでもない。
本当に&同時&に放たれた斬撃である。
二撃目、彼の即死の弾丸を彼女の刃が弾いた。
この光景にはさすがの狙撃手と言えど驚きを隠せなかった。転機、一瞬の隙が生まれた。
それはもう隙とは呼べない僅かな隙間であたった。
「今や!!」
何より狙撃手にとって痛手になったのは刃が弾丸を弾いた瞬間&人払い&の術を解除したことであった。故に微かな隙が少しだけ、マチュピチュの石壁のごとき隙間程度にこじ開けたのだ。
フェイト・アーウェルンクスがそこを突くには容易いことである。
二人は転移魔法陣を発動、一気に戦線から離脱、狙撃手が探知出来ないような場所まで撤退していったのだろう。
未だに狙撃手が放ったRPG−7による爆煙は上がり、動き出した街では異様に目立つ。それはつまり、人が来るということだ。
何より関わることが善悪テオドラ関係なく&タブー&とされる一般ピーポーが。
「うふふ、上手くいきましたな〜」
「我目標喪失也ってか」
「へっ、まだまだだな。兄ちゃんも」
その場に残った剣士と闘士は軽口を叩く。しかし内心安堵の感情が一杯であった。
それは遠距離に転移したアーウェルンクスも同じことであった。
偶然に偶然を重ねた、まさしく奇跡とも言える大博打。
狙撃手が備える『幸運』を力でねじ伏せた瞬間とも言える。
——そもそも最初から彼が黒髪の少年を殺していたら?
たとえ未熟な前衛と言えたが、一人から二人ではまったく違う。
単純な1+1の計算ではないのだから。
——彼が街のことを考えなかったら?
これは有り得ないだろうが彼がテオドラ以外に&最悪&であった場合考えられた。
最低限として行動するからこそ、余計に一般人との干渉を避けるからこその結果。
——彼がもう少し強力な兵器を使ったら?
街のこともあったのだろう。彼は結局ガンブレードか比較的弱い射撃、そして無音の影魔法、そして体術のみであった。
スタングレネードなどの制圧兵器の使用の可能性は十分にある。お互い制限されたからこそ、アーウェルンクス達はボロボロになり、彼らが撤退することが出来たのだ。
——最後の狙撃をふせぐことが出来なかったら?
これが決定的であっただろう。
これにはアーウェルンクスも驚きを隠せなかった。
最低でも弾丸を一発もらい負傷しての撤退が最高だと考えていたアーウェルンクスにとって幸運極まりないことだった。
そんな偶然の偶然、狙撃手は「見事だ」と内心で正直に賞讃する。
結果としては中心である二人を殺すことは出来なかったが…片方の魔力をほとんど削りもう片方には焦りを埋めつけることが出来た。
そして今この場に今にも倒れそうな二人。現状では行動続行の可能性すら疑うことが出来る。
そもそも彼の仕事は&護衛&と&安全の保証&であり敵の抹殺ではない。
ザッザッザッザッ!
足跡と人々の疑問を表すのであろう声が聞こえ始めた。
狙撃手は「だから嫌いだ」と愚痴をこぼす。集団でしか能力を発揮出来ない人間のくせに、好奇心だけは異常に高い。
好奇心猫を殺すとは言ったものであるが&集団&の猫だったらどうしようも無いだろう。
シックスとしては大量虐殺になるためそれは止めておきたい事であった。
「クカカ、アーウェルンクスに伝えろ、『今回は俺の負け』とな。次はその腐った顔面に鉛をぶち込んでやるさ」
故に彼が、曲がり角の向こう側から今に詰め寄ろうとしている一般人のすぐ近くで殺すというリスクを負わなかった。たとえ彼が英雄であろうとも、いや魔法世界の英雄だからこそこの日本の京都における揉め事は避けたい処であったのだ。
「(何より次はテオドラと観光するのだ、立ち入り禁止にでもなったら…)」
ズブズブと影に沈み込むながら——彼らの戦闘からは軽すぎるが——その惨事を見やる。
なんとか動き小さな体で倒れた月詠を抱えて走り去ろうとしている黒髪の少年。彼の頑丈さには目を見張るものがあった。
なによりまだネギ・スプリングフィールドと同じぐらいの子供だから余計に映える。
彼は戦う者に年齢のことは考えないが少年の将来に期待を寄せる。なによりテオドラ優秀な盾となることを。
「The deep-sea fish loves you forever.」
彼こそ戦場という深海にたたずむ深海魚、その戦場(深海)しか生きられない。
何よりも深く暗く、誰よりも上を見上げ渇望した。だからこそ余計に恋しくなるのだろう、光の世界に。
ただ彼にとってそれが誰も愛する彼女だということだけである。
「(今回は僕の負けだよ、狙撃手。やはり君はいい)」
最強と呼ばれた者達の戦闘の結果、最強の者達は互いに負けを認めた。
アーウェルンクスとしても二度とこんな大博打のような逃走劇を送ることはないし、することも出来ないだろう。
○
「———あぁ、以上だ」
戦闘の報告を学園長のジジイにしたところで特に何かが変わったことは無い。
なぜならばアーウェルンクスのことはただ強い敵としか伝えていないからな。
俺としてもジジイに余計な介入をさせて報酬を減らされる口実は作りたくない。しないと祈りたいところだが可能性はある。
既に1000万を&アレ&に振り込むことになっているのだ。ジジイなんて滅びればいいのに
「(回復速度は不明だが……、今夜に来ることは違いない)」
今夜は満月、あるいは満月に最も近い状態だったはずだ。
夜の眷属である吸血鬼ほど効果が現れることは無いが目標がこの京の地に眠る大鬼神だと仮定するとその可能性は益々高くなる。
目測だが近衛木乃香嬢ほどの魔力を扱えば操れるだろう。
召還されたら召還されたらで&食う&ことも出来るし、めっちゃデカイらしいのでただの的になりそうなんだが……。
「(日が落ちるまでおよそ半日、あいつら全員が行動するとしても……戦力の分散の可能性は低い。しかし足止めが必要だからな)」
召還者のすぐ近くでは砲撃魔法の餌食、ならば一端距離を置いた地点で妨害。しかしさすがに疲労はしているだろう。
単騎の妨害は無、ならば増援…式神か。
呪符使いがいるのだから間違いあるまい、最後になるのだから出し惜しみはしないはずだ。だか一番の問題は鬼神がどこに封印されているのか、ということだが…もう少し探知魔法とかの訓練をするべきだった。
感覚での探知だから限界がある。
飛騨の大鬼神とか言われている奴が封印されているのだから龍脈やらに沿っているのだろうが…全然わかんねぇ。
「(封印されていそうな場所……本拠地の真下とかありそうだな)」
これだけははずれてくれることを祈る。
ターゲットがその真上に来ているのだから好機そのものだ。
アーウェルンクスならば不完全でもあそこの結界を突破できるだろう。むしろ&今回&のアーウェルンクスはそれが専門のような気がする。
詠春でもいきなり突破されいきなり襲われたら…微妙だな。突然結界を越えて襲撃、隙だらけになるだろう。
「や、師匠。相変わらず怖い顔だね」
「滅べ莫迦弟子」
桜咲と念話が通じないがどうでもいいか、今頃近衛嬢とイチャラブってんだろうよ。
それにあそこまでボコボコにしたんだから莫迦餓鬼達でもなんとかなるだろうし。結局戦人(いくさびと)の俺が考えた処で何かが変わるわけでも確定するわけでもない。
それに今回の戦闘で妙に神経を使ったからか若干疲れた。
設計図も無いガラクタを速攻で作って速攻で消すとかいう無茶な投影のせいだろう、少々脳内の神経が焼き切れたかな、すぐに治ったけど。おぉ怖い怖い。
To be continued