マナ あいのうた
●
「なんだ莫迦幼女?」
私と彼が出会った場所も時期も、何より第一印象も最悪だっただろう。
何しろ場所は紛争地域、それも戦争まっただ中という時期だった。
弾丸が飛びかよい死肉まき散らす硝煙の世界だった。
私が従者として主がそういう場所で活動する、とあるNGO団体に所属する魔法使いだったからしょうがないことでもあったが。
「ハッハァ、NGOねぇ。しかもそれで『立派な魔法使い』に?そりゃ立派なことで、せいぜい戦争屋の後始末として頑張ってくれたまえ」
私の主、コウキは質問した。
所属等を聞いたのだが、まず基本として先に私達のことを話す。しかし返ってきた言葉はこのような物、勿論コウキがその人物に怒る。
何しろ目の前の存在は自分達の、特にコウキの正義という存在価値を否定し笑ったからである。客観的に見ると私のことを莫迦幼女と言ったのが半分以上かもしれなかったが。
私はそんな目の前の存在に銃口を突きつけたままだった、そもそもその男(声からの推量なのだが)はこんな日が強いアフリカの砂漠地帯だと言うのに、自分から魔法使いですよ?と言わんばかりの白いフードローブだった。
いや日差しをふせぐならわかるが、魔法使いなら障壁があるし…そのローブの背中側に金字で刺繍されているマークをどこかで見たことあるような気がする。
敵という可能性は十分にあった、むしろ敵であってほしい。
「まぁいい、さ……俺にはまったくこれっぽっちも関係…、む」
パァン!と銃声が響く。
魔法使いっぽい相手が使うのは私と同じように珍しく銃器だった。だが今はそれどころじゃない。
コウキはその&惨状&を作った目の前の男に詰め寄る。
彼が放った弾丸は私たちが負っていた魔法犯罪組織の一員に直撃した、その人物は過去の存在と成り果てていた。
私は驚くことしか出来なかった、なにしろ彼は&こっちを見ていて私たちと話していた&からだ、銃口だけ右を向け&躊躇無く&引き金を引いたのだ。
そして放たれた弾丸は敵の上半身を喰らった。
銃の威力はもちろんそれを抑える腕、敵の察知の速さ、そしてその精度。どれもが私と同じ銃器使いとは思えない、まさしく魔法のようなものだった。
「あぁん?こっちはわざわざ魔法界からちょっかいかけてきた莫迦の抹殺命令を受けてんの、生死とかどうでもいいし」
コウキだってあの連合が作った奇妙な『正義の魔法使い』のようなことをするわけではない。
ただ純粋に救いたいから救っていったのだ『立派な魔法使い』として。
だからこそ彼は最低でも話し合いを行いたかった。だが目の前の存在は一体&何&だ?殺すという行為に何も感じていないのか?警告も無しに、敵を撃ち抜いた?
「あぁそう、俺には関係無いことだ……お前達はお前達の道を往け」
怖かった、彼の目が。
フードの奥から見える戦場でも映したかのような真っ赤な目が怖かった。そしてその目が私たちを、コウキをまるで道ばたに置いてある石ころのように見る目が。
私はこのとき直感した、私は彼を絶対に好きになることはないだろう、と。
…ま、まぁ恥ずかしい限りだがそれは間違うことになるのだが。
「……何?」
振り返り金の紋様を揺らしながら帰ろうとする男に「待て」とコウキが声を上げる。
放っておけばいいと思うのだが、それが出来ないという彼の性格をよく知っているわけで。
私はとにかくコウキをいつでも守れるようにすればいいだけだ。
そういえば、やはりこの金の模様をどこかで見たことが……
「あぁ立派なことだ、俺にはとてもとても、何しろ深海魚なもんで」
彼の言葉にはコウキどころか私すらもポカンとしてしまった。
深海魚という言葉がただの比喩ならば、だとしても比喩の向こう側の意味がまったくわからない。
では事実だとしたら?魔法使いがいるんだ、亜人がいる。ならば深海に関する亜人?砂漠に?水中生物では無いが深海にすむ亜人が砂漠にはちょっと…そんな頭をひねる私たちに気付いたのか、彼は答えを教えてくれた。
その時の彼の真っ赤な目はでまるで「小さな子供が迷子になってしまい、そして泣きじゃくった後の目」のようだった。
「戦場という深海でしか生きられない、ってことだマギステル」
その言葉にハッとなる。
コウキも気付いたのだろう目の前の存在が、どういう環境にいたのか。
彼は甘さや『立派』や『正義』がまったく通用しない場所に生きているのだと。
だとすれば、私たちが彼に言う言葉は結局彼にとって「持ってる故の悩み」みたいな舐めたようなものであるのだから。
「せいぜいもがけ、或いは届くやもしれん」
●
「ふふふふふ、あぁ久しぶりだ」
「マナ、ご機嫌アルな!」
そこは戦場だった。
人と人が争うような戦では無いが…褐色肌の腰まで届きそうな黒髪の少女とチャイナドレスを着込んだまんま中国人が背中を合わせる。
そんな彼女たちの周りには映画やマンガでしか出てこないような変な集団。
角が生えていたり一つ目だったり、はたまた狐のような尻尾や耳を持っていたり、鴉のような羽が背中にあるなど…ところがどっこい、これは現実…………!
「ご機嫌になるしかないさ、何しろ師匠と同じ戦場にいるんだ」
ウフフフ、と笑う褐色の龍宮真名が笑う。
可憐な少女そのものの笑い声だったが手に持つのは鉄塊。
それも敵を殺すという明確な使命を持った兵器&銃&であり、その銃の中でも使い手がただの人間以外、という極めて阿呆らしい銃器『ケルベロス』だった。
両手に持っているそれは銃身に赤と白の十字架が施され、その巨大差は普通の拳銃とは違う。
「ななな、なんで龍宮さんが!?っていうか銃!?」
彼女たちがそこに降り立つ前から戦い続けていたツインテールとポニーテール(サイドテールとも言う)の少女。そして言葉を出したのはツインテールの少女だった。
「図にのなるよ小娘共……」
しかしその疑問に答える前にマナ達を取り囲む人外達。
楽しそうな声を上げる中国人の少女だったがマナのほうはフゥっと鼻で笑い、ガチャンとハンマーコックを倒す。彼女の脳内にあるのはただ一つ、彼女の師からの言葉だけだった。
「おお、怖い怖い。なにしろ私は腰抜けだからねぇ」
彼女のそんな言葉を人外共は聞くことは無かった。なにしろ彼らは既に首から上が存在していなかったからである。
剣を振るう鴉の羽が生えた人外も、その剣ごと撃ち滅ぼされていく。
巨大な体躯に筋肉の鎧を被った鬼達も為す術なく無限かと思われる弾丸に滅せられていった。
まさしく隕石のごとき鉄の雨、必殺の弾丸が空中を駆けめぐった。
「(腰抜け!?)」
「(マナがよく言う口癖なんです!)」
どこが?と素直な疑問を口にするツインテールの少女に対してマナが返した言葉はごく単純明快だった。
見る見る減っていく人外共を背中にガチャンと銃器を鳴らすマナの姿は、それはもう美しかったそうで、ツインテールの少女『神楽坂明日菜』はその姿をどこかで見たことがあるような気がした。
「何故?それは私が『狙撃手』で『狙撃主』の弟子だから、だよ」
「(狙撃手の弟子?シックスさんのことかな?)」
守り、という言葉を否定するその必殺の弾丸が戦場を舞う。
狙撃主から授かった誇りと狙撃手たる信念。
そして何よりも越えたい存在であり、いつか背中をまかせてくれることを願う彼の言葉。
彼女は腰抜けの意味をよく知っている。
確かに彼女は師は何よりも腰抜けだった。
それはもう…
「私のリロードはエボリューションだ!」
地獄の番犬が吠える。その咆哮はまさしく地獄へ誘う死を体現していたのであろう。
●
そうだ、私は彼の弟子になった。
それまで私は彼のことが嫌いで嫌いで…とにかく何よりも嫌いだった。下手をすれば親の仇レベルだったかもしれない。
戦場で渡り歩くという行為のせいか彼と出会うことはよくあった。そして彼の背中の刺繍のことも思い出したものだった。驚いたよ、とても。何しろ彼は紛れもない&英雄&だったから。
「なんだ莫迦幼女?」
いつぞやと同じその言葉、しかし&今&は私にとって何よりもそれが救いだった。
私はただ泣いていた。
隣にいるのが憎い彼ということを忘れて。
今考えると私はそこまで彼のことを嫌いでは無かったのかもしれない。彼の言葉は全て正しく、何よりも眩しかったから気付かなかっただけかもしれない。
「……見ろマナ・アルカナ。これが『立派な魔法使い』の結末だ」
これは後になって気付いたことだったが始めて彼が私の名前を呼んでくれた出来事でもあった。出来事?あぁ、私の主、コウキが死んだんだ。
それも彼が話し合おうとしていた途中にいきなり襲われて…覚悟はしていたつもりだった。
こういう世界で生き私も人を殺したこともある。だが、思ってしまった。
私が殺した相手も、こうやって泣いてくれる相手がいたのかもしれない、と。
「英雄も、正義も、悪も、死ねばただの肉塊だ」
帝国の大英雄『ダブル・シックス』それが私たちの目の前の存在だった。
狙撃の代名詞、帝国の守護神。
テオドラ第三皇女の護衛。調べれば調べるほどわんさか彼の詳細が出てくる。
彼が『正義の魔法使い』の対極にいるということも。故に彼に対する意見も対極、それは今葬式に来ている&僅か&な同僚達の様子からでもわかった。
帝国では『偉大なる狙撃』、連合では『最低最悪の化け物』と
「ならば、何故お前達はそれに殉じて死ぬのか、俺にはわからんよ。まぁそれが"人間"というものであるのだろうが……」
疑問に思った。
人間という言葉に違和感を覚えたから。まるで彼が自身のことを人間ではない、とでも言うかのように。
その疑問は現在でも解決することは無い。
ただ、彼の弟子となり連れ回された時、テオドラ第三皇女がいつか教えてくれるという言葉を貰った。まだ私は彼の側に立つことを許されないらしい。
いつか、その日が来るまで私は師匠と同じように&歌う&だけだ。
「私を、弟子に、ヒッグ、して…下さい!」
泣きながら彼の真っ赤な目を見た。やはりいつぞやと同じ真っ赤な目。フードの影に浮かぶ血の湖。しかし映していたのは戦場でもなく血肉の赤でもなかった。まるで夕日のような、暖かさを抱いた母の腕の中のような。とても恥ずかしい限りだ、こういう感想を持つなんて。
テオドラ様には目を見開いて驚かれたがね。「妾以外に見せる…じゃと…!?」なんか顔がすごかった。
具体的に言うと毎週腕が増える化け物と戦う主人公みたいな…。
「貴様はこれから狙撃手となる、なによりも腰抜けの狙撃手に、な」
わかったか莫迦弟子、とやはり私の名前を呼んでくれなかった。
まぁその分時々呼んでくれる名前がとても嬉しいものになっているのだが。
スナイプ・オブ・インペリアル。
ただの英雄でありながら皇帝の名を持つ大英雄。
座右の銘は&テオドラ命&だそうだ、非常に悔しい。けど最近反応が良い感じになってるような気がする。
連合ではすこぶる嫌われている、まぁそれも連合の一部なんだけども、英雄、それはもう我が儘な英雄だった。
「I'm a thinker.I could break it down.」
「I'm a shooter. A drastic baby.」
何よりもテオドラ様テオドラ様、あのダーク・エヴァンジェリンが掲げた『誇りある悪』も連合のジジイどもが言う『正義の魔法使い』も、彼にとってはただの違う考え方。時には危険に見えるテオドラ道を真っ直ぐ進んでいる師匠だけど、いつかマナ・アルカナ道を進ませて……ゲフンゲフン。
「なんでお前が…」
「そりゃ師匠いつも歌っているからね、弟子としては覚えないと」
その英語の歌は文法もわけのわからない典型的なよくある歌だった。
歌詞が歪で悲しいこと以外は。
日本語でその意味を言うのは難しいが…理解できる、歌の意味を。
その歌こそ師匠の全部だと思ってしまうほどの、私には彼を表していると思ってしまった。
戦場を歩くとき、引き金を引くとき、彼はいつもその歌と共にあった。私は歌う、師匠が歌うのと同じように、しかし意味はまったく異なるラブソング。
私は彼を、彼は弾丸と彼女をただ想う。
「「Sound of jet, They played for out……」」
私は思想家、壊すことしか出来ない愚か者
——俺は思想家、壊すことしか出来ぬ愚か者
私は狙撃手、ただ敵を撃ち抜くだけ
——俺は狙撃手、敵を滅ぼし進もう前に
心乱れ、向こう側に飛び越えようが
——例え心が乱れようが、向こうまで滅ぼして
ただ私は思うのみ
——貴方のためを想い
そう、私とともに戦場を
——戦場を渡り歩く俺は深海に
私は深く潜る者、いつまでも貴方を愛している
——俺は深海魚、いつまでも貴方を愛している
私の想いは何よりも貴方へ
——俺の想いは貴方が全て
誰かが待っていようとも、貴方の側に
——誰かが待っていようとも、貴方の側に
銃声を鳴らそう、貴方のために
——ジェット音響き、やがて戦場へと渡ろう
「ねぇ莫迦師匠…」
「なんだ莫迦弟子」
「……なんでもないさ」
「撃つぞ」
まったく師匠には落ち着きだとか、そういう言葉は消えてしまっているのか。ロマンとか色々欠如してしまっているね。
まったくいつになったら…気付いてくれるんだろうね?いや、もしかしたら師匠気付いていてワザとそうなのか…まぁ、諦めたりはせんよ、勝つまでは。
To be continued