第二十五射 穴
「(やはり火星か…&ナギ&も厄介なものに首をつっこんだな)」
パタン、と本を閉じるローブの男。
日光が燦々と降り注ぎ、白きローブは一層と輝いている。
フードを深く被っておりそのものの姿は見えない。しかし、不自然なほどハッキリと見える目だけが赤く紅く朱く、太陽光に反射した血の湖のごとく鈍く輝いていた。ミシリ、と堅い表紙を握る彼の指がプルプルと震える。
「(バレないとでも思ったか元老院が……)」
そうそこに彼はいた。
フードの背中全体を覆う金の文字で描かれたヘラス帝国の紋様。それは例え皇族を護る近衛兵ですら身につけることの出来ぬ偉大なる紋様。
それを身につける彼の名前は『ダブル・シックス』という狙撃手の王。ヘラス帝国第三皇女テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミアの護衛であり最強の大英雄の名を持つ生きる伝説。
金の紋様を身につける彼は皇族に&最も近い&存在である証拠であった。
帝国において20年連続『カッコイイ男』『抱いて欲しい男』『最も強い男』の全てにおいてNo.1の三冠を保持しつづけたその男は忌々しそうに天井のガラス越しに空を見上げた。
「(幻想、か……、だから何だってんだろうな)」
「おや……やはりあなたでしたか」
ガチャっとその小屋に扉を開けてきたのはスーツの男。
老けぎみの黒髪の『近衛詠春』だった。そうそこは京都。前日ネギ・スプリングフィールドが訪れたナギとその仲間達『紅き翼』の別荘、という名の隠れ家である。
修学旅行から帰ってきたシックスは数日の休暇を貰い、気になることもあってこの場所に来ていた。
「来るならネギ君たちと来ればよかったのに」
「わざわざ俺が顔を出す理由もない、俺はここの書物に用があったのだからな」
そう言うが詠春は嬉しそうな感じだった。
彼も彼も、十何年ぶりになるという古い知り合いであり、時には背中を合わせて戦った仲であり、そして何よりも得難い死合を交わした宿敵とも言える間柄だった。
一方、シックスは相変わらずの無表情。こればかりはテオドラや某弟子のように見分けることは出来ない詠春だった。
「あの馬鹿の馬鹿魔力で暗号化された本を?」
その家の本は詠春も言う通り暗号化されている。
普通の人が見れば奇怪な外国語で書かれたただの難しい本だが、見る者が見ればそれは重要な魔導書となり、非常に危険な存在になる。だが実際中身を解読し会得するためには暗号を解かなくていけない。
これはかつて魔法が『個人技能』であった時代の名残であり、己の研究成果を残す、残すが他人には見られないようにするためのものである。
暗号が複雑なほど、術者は優秀、つまり中身に記されている内容も非常に価値が高いというわけだ。
「フン」
「ははははは」
フン、と鼻で鳴いた彼は手元にあった魔導書を一気に複合した。
手元の魔導書全体に幾何学的な紋様が浮かび、尚かつそれらの周りの空間にさえそれは及ぶ。模様を映し出した光がバチバチと数度なるかと思うと、丁度鍵穴のようなものが生まれ…シックスの右手にもたらされた輝く鍵がそれに刺さる。
ガチャン。ロックをはずす音が響いた。
中身を早速見たシックスはこれまた早速ため息を吐く。こんな本いらないだろ、と本を閉ざす。
「これはハズレだな、官能小説だ(狐耳ものとかなかなかわかってる)」
ギクリ、と詠春が震える。
もちろんシックスは見逃すはずもないのだが眼球だけ詠春のほう見やり、そして何事も無かったかのように再び魔導書、もとい官能小説を今度は己による暗号化をかけ本棚に戻した。
少し詠春がソワソワしていたような、とシックスは思うが同じように無視、シックスが結構楽しんでいたのは言うまでもない。
「調べ事ですか?」
「まぁ、な。お前には関係の無いことだが」
『紅き翼』の隠れ家にある物で調べ事でそれはないだろ、と叫びたい詠春だった。しかし出来ない、彼は先程弱みを握られたようなものだったからだ。
時間が経てば意味が無くなるが今その瞬間だからこそ本領を発揮する弱みだった。
それに、詠春は彼のことを信用していた。故にシックスが&必要無い&と言えば、それは本当に&必要無い&ことだと詠春は思っていたのだ。
「そうですか、調べ事が終わったらウチに寄っていきませんか?良いお茶菓子を出しますよ」
「(何も言わないか、本当に出来た奴だ)あぁ、行こう。それにもう終わった」
シックスは思う。
このように詠春、かつてのアルビレオ。そしてジャック・ラカン。
この三人は特にこういう空気を本当に肝心な時は読む奴らだったなぁと、ガトウは仲間という意識が強すぎた節があり、こう上手くはいかないが…例え&物語&においての主人公の面々といえど、当時はまったくと言っていいほど信用も信頼も寄せていなかったシックスだったが、わざわざ家に寄るとは、と彼は一人で「ありえねぇ」と内心で愚痴をこぼした。
「なぁ」
「なんでしょうか」
「……俺はこれからも守れるのだろうか」
「守るのが貴方の役目でしょう」
「ハッ」
なんでもない、とシックスは&笑い&ながら扉を開けて外に出た。
彼は特に意味も無く、体の歯車を回し音を立てた。いや、本当は意味があったのかもしれない。しかし、例えあったとしてもそれは本人しかわからぬことであろう。
それを見ていた詠春は、かつての&仲間&の成長に驚きを隠せず、あとで狙撃手に追いかけ回されることになるのだが、これはまた別の機会に語ろう……
「それにしてもなぁ」
「なんでしょう」
前を歩いていたシックスがゆっくりと振り向きそのまま詠春に尋ねた。
詠春としては彼から会話を持ち出すことも少なかったせいか、彼と会話のタネをまったくも予想を立てることができず(一つを除き)何事か、と心を引き締めた。
もとよりテオドラのことしか考えてない彼がわざわざ他人と話す、なんてことはやはり珍しいものだった。
「お前老けたな」
「……ええ、仕事が」
ククク、とフードで顔を隠し笑うシックスを見て、目元をひくひくさせる。
確かに詠春はこの言葉をある意味予想はしていた、それは予想ではなく確実に至るレベルで。しかし今はどうだ。わざわざ『紅き翼』の隠れ家で調べ事をするという、一見緊急事態に近い状態でありながら、まさかこのような質問するとは詠春は思いもしなかった。
タイミングが違う、だが思えば…シックスだからこそこういうタイミングて言うのではないか?
「(テオドラ以外のことは何も考えてないようですね)」
「俺の弾丸を切り裂くお前が懐かしいな、そのまま火炎放射で消毒したくなるぐらい」
シックスの危険な発言のことすら耳に入らず「やはりコイツはこうだった」とかつての戦争を思い出す。
戦争が終わり京都で嫁を貰い今の立場になった彼は事務系統の仕事に追われることとなり、結果として「鈍って」しまった。
そして修学旅行において本拠地の結界を破られあやまつさえ油断、そして石化の呪いを受けてしまうという失態。
旧世界のサムライ・マスターとまで言われた彼が無惨な姿をさらしてしまった、もちろん老けたということも含めて。
「いや、それではぬるいか。さすが詠春、大陸間弾道弾にくくりつけても余裕そうだな。HAHAHA」
「(そういえば彼は何故日本に……帝国は?)」
再び歩き出す男達。
独りでにしゃべるシックスは詠春の無視っぷりに怒ることすらしなかった。
別に聞いても聞かれなくてもやはり、どうでもいい(特に天敵たる詠春には)存在だった。
詠春の思惑はますます深まるばかりだが…思考が分割されていない時点で中々やばいということを気付いてほしい。
周りが見えなくほど集中するのはいいが戦場だと死に直結する。だが「そこまで鈍ってしまうのもしょうがない」などと少しも思わないシックスは少しばかり薄情と言えるのかもしれない。
「何故あなたは日本に?」
思考がまとまった詠春だった。
考えても考えても彼の日本にいる理由は依然として見つからなかった。で、考えて結論が出ないならば直接聞けばいいじゃない。ということで早速聞いてみることにした詠春。
それはあまりのことだった。突如首を横に90度傾け非常に嫌そうな顔をするシックス。
肉体が固定され基本無表情のはずの彼が地獄の底を描いたような憤怒に染まっていた。
思わず半歩引き下がる詠春はそこで気付いた、気付いてしまったのだ。
「(地雷…?)」
「そうかそうか"詠春"もそう思うか、ふむふむ……」
先程の半歩程度では収まらない光景を見た。
首を傾けたまま一人でブツブツ言い出したシックスが背後に血の涙を流している黒い後光の仏様のビジョンを映す。さらに加えてそのブツブツ言っている内容を聞いてしまったのだ。
出来れば聞きたくない、可能ならば逃げたい、神様がいるならば…ッ!
「——テオ——だってよ——ドラが———テ———ラの愛が——滅———殺——絶——」
「(うわぁ)」
いつぞ来た彼からの手紙が子供に見える。
向こうは二行、こちらは二秒。
呪詛レベルに達したテオドラへの想いがぶちまかされていた。
詠春としては彼がいるということで、そのテオドラも日本に来ているのでは?と思ったがどうも違うみたいだった。
捨てられた?違う、捨てられたならば「お前を殺して俺も死ぬ」 ENDだろう。
長期任務ならばどれほど長く日本にいるのか。語り合った(刀と銃と巫女で)仲としては、互いに背中を任した彼がこんな可哀想な姿に、ただ同情するしかなかった。
「もういい!お前は頑張った!もういいんだ!!やめろ!」
シックスを抱きしめ肩を叩く。
もう止めろ、もういい、と何度も何度も言う。しかしシックスの言葉は止まらない。
それでも詠春は言い続けた。なによりも友のために。
「光がっ!?AMSが逆流するぅぅぁぁぁあああ!!」
※AMS(貴方のことが 抹殺したくなるほど 好きです、の略)
ぎゃああああああああああ、と叫びながら走り出したシックスに手を伸ばす詠春。しかしその手は届かなかった。
地面に倒れ込み詠春は己の不甲斐なさに嫌悪する。
気で強化しまくった拳がコンクリートの地面を粉砕し、詠春の涙が大地を潤した。
「また守れなかった!!あの時誓ったのに(第36回巫女会談ダブルシックス記念にて)俺はッ!?」
その後二人はありふれた高級玉露とお饅頭で何事も無かったかのように優雅な一時を過ごしたそうな。補足程度だが巫女に囲まれて
○
「シックス様、マスターがお呼び「No thank you!」しかし…」
再びここは麻帆良、麻帆良で最も高いマンション(高級)の最上階全てを住居とする狙撃手は休暇を満喫しようとソファに寝転がり惰眠を貪っていた。
しかし、彼は思った。「エヴァンジェリンに呼び出されるようなことはしていない」「なぜこのロボ娘はここにいる?」「そもそもなんでこいつは俺の家を知っている?」等とそれはもう色々思考が回っていた。
「鍵は?」
休日の真昼、突然玄関のチャイムが鳴ったかと思うと、次の瞬間に鍵をゴリゴリする謎の音。
シックスがセキリュティについて考えている間にそのロボ娘『絡繰茶々丸』は彼の部屋に入ってきた。
勝手知ったるなんとやら、客人のように靴をビッシリ揃えて脱ぎ、パタパタとシックスの前に構える。
パタパタとかお前どこの新婚さんだよ、とかシックスはその思考の厚さによって思考が鈍っていた。
「マスターが壊しても良い、と。あぁいえ、私は反対したんですが、その……」
シックスはもじもじするロボ娘に若干イラ立ちながら質問する。
銃を撃ってもいい、撃ってスクラップしてしまえば…シックスの脳内会議が開幕する。
ここで撃てば休日は&今&救われる、そう今だけだ。後でエヴァンジェリンが怒るに決まっている。
例え封印されたょぅι゛ょ と言えど怒らせるのは面倒だ。
シックスとしては基本的テオドラ>損得>>>善悪の順番で思考の方向が定まっている、今はテオドラがいないことを考えると次は損得。
ここは今耐えて、明日を生きよう。そして崇めようテオドラ様を!とシックスの心情世界に光が差し込めていた。
「修理は?」
「後で私が」
「なんでここを?」
「マスターが学園長にキリキリ吐かせて…あ、学園長には秘密で」
無茶を言うな莫迦ロボ、ですよねー、とシックスとロボットらしい無表情での会話、しかし何故かオロオロしている絡繰茶々丸。存外相性がいいかもしれない。
何はともかく昼(太陽が昇っている時間)には絶対に働きたくないでござる状態のシックスは絶賛お断り中、しかし絡繰茶々丸も負けてはいない。
主の命令を従うとい従者たる信念があった。
「シックス様がロリコンだという噂を流すとマスターが……」
ニヤリとする絡繰茶々丸、彼女と念話して指示をしているエヴァンジェリンも同じような顔をしていたのだが…これは作戦ミスと言わざるを得ないだろう。
なにしろ、彼がシックスであるからだ。こういう噂話など、テオドラに関わらない己への評価など非常にどうでもいいことだった。
「あぁ、そうか。まぁ頑張れよ。ロリ代表エヴァンジェリン」
エヴァンジェリンも念話の向こう側で己の失策を感じ取った。
思えばそうである。そもそも彼は普段太陽が昇っているころは動かない、基本昼間に行動する普通の人間からの噂など通じるはずもない。
それに旧世界の端っこの国である日本での、それはもう限られた地区の評価など本当に彼にとってどうでもいいことであった。
例え国家権力の狗が襲ってこようとも、彼はそれを打ち倒す力があるのだ!(良い子はマネをしてはいけない)
「一応聞いておくが目的は?(というか直接念話も送れないのか)」
「本気で戦ってみないか、と……」
エヴァンジェリンは600年研磨し続けた自分だから、という下らない理由で直接送らないだけだが、それを知ることも無い。
戦闘の言葉を聞いてシックスのまとう空気が変わる。
シックスにとってエヴァンジェリンが何を本当の目的としているかわからないが戦闘という言葉には結構惹けるものがあった。
テオドラを護るために力を研磨することはいいことだ、とシックスは結構ノリ気だったが…生憎それだけホイホイ付いていく彼ではない。
「三分10万で動いてやる」
(巫ッ山戯るなーー!!今すぐ来い狙撃手!!ええい早くしろ!茶々丸、無理矢理にでも連れてこい!)
「無茶言うな、でありますマスター」
ガタガタと扉の修理を始めた茶々丸を無視して詠春に土産としてもらった煎餅をボリボリ食べる。
途中茶々丸がお茶を入れてくれたことになんとなく感謝し、そして大画面で時々大きな騎士が戦うゲームを楽しんでいた。
切れたエヴァンジェリンからの念話を一方的に拒否しているせいもあり実に静かで、修理しているロボ娘と煎餅食べながらゲームをする英雄、それはまさしく資本主義社会の模式図のようで……。
「(直すなら壊すなよポンコツ)」
「(直すなら壊さなければよかった)」
お互い作られた存在なためか、案外思考回路が似ていた
To be continued