第二十六射 真祖と究極
『箱庭』という魔法がある。
それは文字通り箱庭を作り出す技術にて魔法技術者達の最高峰である『ダイオラマ魔法球』たるマジックアイテムを目指す処である。
『箱庭』とはまさしく、現世界と架空空間を切り離すという大魔術にも等しいものだがそこまで深く考える必要はない。
特定の土地を切り抜きそのまま魔法球の中にツッコムことも出来るし、ある程度制作者の想像によって作ることも出来る。
まぁ想像して作るならば大量の魔力と高度技術が必要不可欠なため、やはり切り取ったほうが早い。
『ダイオラマ魔法球』の特徴としては、大規模の土地をある程度の大きさの球体(直径1メートルほども無い)に圧縮でき、持ち運ぶことが出来るという点、中の気候を変えれる点、そして最も大きな利点である『時間制御』という点だ。
「ククク、よく来たな狙撃手!」
「(うるせぇ)」
例えば彼女『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』が所有する通称&別荘&は外の1時間を中では24時間に変えるという。
もっとも時間による矛盾を減らすために、中で24時間立たないと外に出ることは出来ない。
これは彼女のような不老の存在が使うことで最大の能力を発揮する。
時間の概念が存在しない彼女だからこそここを大いに利用し、最強の魔法使いの一角として魔法世界中に恐れられることとなったのだ。しかしシックスとしては、吸収した命の分だけ寿命があるとはいえ、あんまり多用したくはなかった。
そのため彼が帝国に置いてきた『狙撃練習用ダイオラマ魔法球』は時間変動を起こしていない。
もとより彼が製作当初において力不足というのもあったが…
「(なんでギャラリーが、……ハッ!?巻きこんで殺す気か、さすがだな)」
「フハハハ、よく見ておけぼーや!世界最強同士の戦闘を!……おい聞いているのか狙撃手」
聞いてはいるのだが、このロリババァの対処具合に困惑していたシックスは敢えて無視をしていた。
見て見ぬふり、もとい聞いて聞かぬふり。しかしエヴァンジェリンは怒ったかと思えば、何故かご機嫌がいいせいか高笑いを始めて流した。
さて、ギャラリーとしている者は、ネギ・スプリングフィールドを初めとする愉快な仲間達。
何故彼らがエヴァンジェリンの別荘にいるかというと、それはネギ・スプリングフィールドが彼女に弟子入りをした御陰であった。
その修行の一環として本物の殺し合いでも見せたいのだろう。
所詮ロリでした、と結論付けるシックスは仕方が無く動いてやることにした。
学園長としてもネギの成長を希望しているらしく、微少ではあるがお金を貰ったせいもある。
仕事と割り切れば、テオドラ以外の事にもなんとなくやる気を出せるのだった。
まぁ結局テオドラのために鍛錬するということが後押ししたのだが。
「茶々丸とチャチャゼロは引いておけ、壊れるやもしれん」
ですが、と従者『絡繰茶々丸』は食い付こうとするが、本来戦闘狂のはずのチャチャゼロ——エヴァンジェリン最初の従者である殺戮人形のこと——が素直に引き下がったのを見て口を閉ざした。
チャチャゼロとしては戦いたい、しかし戦えば恐らく&死ぬ&ことになることを直感していた。
例え&例示&としての戦闘だが、相手はあの『狙撃主』でこちらは『闇の福音』であり、互いの牽制程度で並の魔法使い達を殺す最強種の戦いなのだ。
「いい判断だエヴァンジェリン。生憎手加減が出来ないのでな」
フードを被ったシックスが首をコキッとならす。
思いの外やる気はあるみたいでエヴァンジェリンは思わず武者震いがした。
密かに従者を下がらせたことを安堵し、次は語る必要は無かった。ただ今は互い殺し合う生き物、ただ今は己を刃と弾丸に。不老不死と究極生命体の戦争(しあい)が始まった。
ダァン!!!
始まりの合図など戦争(しあい)には無かった。
突如狙撃手の弾丸がエヴァンジェリンを襲いかかる。
卑怯?否、これは卑怯にあらず。もう既に戦争は始まっているのだから。
エヴァンジェリンは跳躍し回避する、足下を通った弾丸の風圧を感じますます震えが止まらなくなる。
「ハッ!どこを狙っている!!」
空へと飛び上がったエヴァンジェリンを追いかける狙撃手。
足の筋力&のみ&で空へと舞い上がりローブをバサリと……
「『固定・弾性・影玉』」
鋼のイメージだろうか、彼の声は。
ローブの中から大量の黒い影の球体が空中のあらゆる処に分散し、そして空中にて静止した。
これは彼が空を飛ぶ技術を会得していないため、使うことにしたただの空中の足場であり、彼の&フィールド&とも言えるだろう。
縦横無尽、固定された影玉を足場に三次元的軌道を持ってエヴァンジェリンへと襲い掛かった。
「『魔法の射手!!氷の119矢!!』」
だがエヴァンジェリンがそれで倒れるほど甘くはない。
影玉の間をすり抜けるように飛行する彼女は魔法の射手を放つ。
氷の矢が同じく影玉の間をすり抜け、狙撃手へと襲う。狙撃手は手に持つ銃を放ち&全て&撃墜した。
次々と飛んでいく100以上の矢を&ほぼ同時&に弾丸で撃墜、それどころか彼の軌道は止まることなかった。
ギィン!!!
互い互いの魔力、武器は必殺の威力を持っている。
狙撃手の右手にもたらされたガンブレードでエヴァンジェリンに斬りかかり、エヴァンジェリンもまた右手に構えられた相転移魔力剣『断罪の剣(エクスキューショナーソード)』を持って相殺する。
剣と剣がぶつかりあった瞬間、周りの空気が振動した。
衝撃を飛ばし斬撃を与え攻撃を為す二人の空中に展開された剣舞。
時折聞こえるガンブレードの爆発音がテンポを1個ずつ、1個ずつ引き上げ剣撃の嵐となった。
「(なんという重さだ、これで"魔力強化"していないだとッ!?)」
「(真祖の吸血鬼か、どんな化け物か)」
声を上げ断罪の剣を振るうエヴァンジェリン。
フードの奥から覗く真っ赤な目がそれを確実に捕捉し、超常の力を持ってガンブレードで対応する。しかし精練されつくしたエヴァンジェリンならまだしも、狙撃手が振るうガンブレードはアクマで通常の鉄塊。限界がくるのも無理は無かった。
均衡し合っていた剣が、断罪の剣がガンブレードを斬り倒し、狙撃手の胸元を斬った。
——血飛沫
——衝撃
衝撃に襲われたのはエヴァンジェリンだった。
ワケがわからない状態で&腹に何かが深く抉りこまれた&原因を探す。
答えはすぐに見つかった。
斬った、確かに斬った狙撃手の胸元。そして抉り込まれている暗緑色の腕のような&何&か。それが斬った部位から伸びていた。
狙撃手は斬られた瞬間、肉体の再生を始めた。血飛沫を上げたものの超再生を保有する彼には命を微塵も削ることは出来ない。肉体を再生するために、盛り上がった&生命体&はそのまま正面にいたエヴァンジェリンへと殴りかかったのだ。
「ぐぅ!!(なんだ、コイツ!?)」
エヴァンジェリンはジュルジュルと&蠢く&その腕を見てしまった。
頭、手、翼、尻尾、角、あらゆる生物の部位が根底を為し、一本の何かになった腕を。
獣達の悲鳴か、それとも&使われた&ことによる歓喜か。エヴァンジェリンは恐怖と尊敬を覚えた。
彼はまさしく『化け物(モンスター)』だと。
そして本来英雄に狩られるべき敵が、大英雄とまで言われる存在に昇華したことに尊敬したのだ。
「『歯車・起動』」
ガチャンと確かにエヴァンジェリンの耳に届いた、生き物が連結する音が。
生あるものの、部位を歯車とし、命で部品を作り、存在を持って連結し、群を持って個と為す。
それが狙撃手シックスの正体であり根源であり、生物としての到達点。
——究極生命体
その言葉がエヴァンジェリンの脳内を横切る。
最強種とも、幻想種としても、例え今目の前の存在にとってはただの&命&であり、故に彼は化け物で英雄で、何よりも尊く、醜く、醜悪で、神々しく。それは生命の起源で諸悪の根源。
「それが"お前"か、化け物め」
だからこそ口が開いた。
彼の魔法が発動し、例え全方向から小銃、重火器、兵器、あらゆる&部品&に狙われているとしても。
狙撃手はとくに驚く様子も無く、己の正体に気付いた彼女に怒る気配も、かといって感心するわけでもなかった。
「あぁそうだ、……それで?何だというのだ?」
戦争が再び始まった。
エヴァンジェリンは己が持つ真祖の肉体によるアドバンテージと、多大な魔力、そして誰にも到達出来ぬ600年の練磨を持って魔法を発動する。
彼女の周りをぐるぐる回る無数の魔力球。
その軌跡はまるでカイコの繭のように連なり、そして解放された。
「『魔法の射手!!連弾・闇の999矢!!』
「燃やせ貫け殲滅せよ」
機関銃を鉛の雨ごと漆黒の矢が喰らい、炎をまき散らす火炎放射と黒い雷光が互いを破壊し、弾丸がエヴァンジェリンを貫き、兵器を喰らう闇と崩れ去る重火器。
誘導連鎖爆発を幾重も起こすその光景は&せかいのおわり&と比喩されてもおかしくはないほどの光景だった。
遠くから見ていた彼らは驚愕を隠せなかった。それはネギの師となった彼女の強さ故か、それともそんな彼女と均衡する狙撃手のせい故か。それともその鉄と火薬と魔力による戦争の光景のせいだろうか。
答えは一つ、全てだ。彼らはその全てに目が惹かれていた。
「『闇の吹雪』」
爆煙の向こう側に確かに響いた詠唱。
そして爆煙を蹴散らして迸る漆黒のブリザードが狙撃手を襲った。
障壁を持って防御する狙撃手、しかしその防御は破られる。漆黒が狙撃手の全身を包み、破壊し、まき散らした。
黒いモヤを立てながら水面に落下していく&死体&を見て、それでもエヴァンジェリンは&追撃&の手をゆるめなかった。
「『氷神の戦鎚!!』」
空中に鎮座するエヴァンジェリンの右手が高く振り上げられた。
手の先には巨大な巨大な氷塊。大人一人がゴマ粒に見えるかというほどの巨大な円錐状の&杭& だった。
敵を撃ち抜く巨大な杭が真っ直ぐと狙撃手へと振り下ろされる。真祖の吸血鬼の腕力を持って行われたそれはあらゆる存在を貫くだろう。
バキィッ!
それが&狙撃手&へと迫ろうとしていたその時だった。
ビキビキと杭は粉々になり空中で消え去ったのだ。
黒い塊となった狙撃手から伸びた謎の線、どうみても線としか言いようのない黒き&槍&が氷神の杭を貫き、破壊し、そのままエヴァンジェリンを貫いた。
首の付け根に大きく穴の空いた彼女は吐血する。が、彼女もまた再生能力持ちだである。
「殺しきるか、さすがだエヴァンジェリン。"死"んだのは久しぶりだったぞ」
ボロボロになった彼の肉体は既に全て回復していた。
海に落ちていったかと思われた彼は、桃色の竜『ドラグーン』に乗り空に浮かんでいた。
エヴァンジェリンも狙撃手も、互いが軽く笑いあうと再び死合を始めたのであった。
ダァンダァンダァン!!
彼の弾丸がエヴァンジェリンの肩と腹を喰う。彼女の魔法がシックスの胸と足を吹き飛ばす。そして再生。
影の向こう側から伸びてきた光学兵器の光が彼女を焼き切ったかと思えば、黒いブリザートが彼を砕く。
徹甲弾が彼女を襲ったかと思えば最強種たる彼女はその高速の砲丸を回避し、彼女の空を覆うような魔法を彼の影の手が全て叩き落とした。
「それで終わりか!?狙撃手!」
「ハッ、沈んでろ吸血鬼。貴様には水底がお似合いだ」
左手に銃、右手にガンブレードを装備した狙撃手。右手に断罪の剣、左手はバチバチと魔力の渦が今にも撃ち出されようとしているエヴァンジェリン。
超接近戦による必殺の剣撃と、超接近距離で行われる魔法と弾丸の応酬。
右の剣で斬り合えば、左の弾丸で敵を討ち滅ぼし、左の魔法で敵を撃ち抜けば、右の剣で防御する。
「『歯車・起動』」
空中に姿を現したのはアーモンド状の何か。あまつさえ狙撃手はそれをエヴァンジェリンのほうに蹴り飛ばし、いつのまにか構えていた巨大な銃で撃ち抜いた。
その巨大な銃こそ彼が大戦時から使い続けたハルコンネン。
術式で徹底的に強化され、大戦時のときと比べてかつてのソレを&玩具&と言いのけるほどの強力なものだった。
ハルコンネンにより広域立体制圧用爆裂焼夷擲弾弾筒ウラディミールがアーモンド状の何か…&ミサイル&を貫いた。
——爆音、轟音、重音
火と火炎と爆炎がまき散らされた。
狙撃手にも襲いかかる灼熱、しかし彼が焼かれるような気配は無く、フード付きのローブのみが灰となり空へと消え去っただけだった。
狙撃手の普段隠されている本体が露わとなった。
異常なほど白い体躯に、灰色の装備品。腰から下を全身かくすような革製のズボンに、膝と肘を覆うプロテクター。
彼が普段装備しているものなのだが、それを相手に&見せる&ことになるのは初めてだろう。
もっとも、今はまき散らされた煙で当事者以外は見ることの出来ないものだったが。
——ブシュ
「余所見は厳禁だぞ?」
縦に切り裂いた。
縦に真っ直ぐと…彼女の右手にもたらされた断罪の剣が彼を頭から股間まで切り裂き、彼を左右半分に切り分けた。
黒目と白目が反転しているエヴァンジェリンがその600年の年月を経てきた威圧を解放している。
空中にふらふら漂う右半身、左半身。勝利か?とエヴァンジェリンすら思ってしまうほど綺麗に決まった。しかし……
ガシッ
右が右を、左が左を。それぞれの半分の体がエヴァンジェリンの腕を掴んだ。
再生しきっていない、しかしそれでも動く彼の姿はまさしくモンスターだろう。
バラバラになっている右手と左手から術式が解放された。
封印の力を込めた術式を直接撃ち込まれたエヴァンジェリンの動きが止まってしまった。
魔力も気も封印するほど強力に練り込んだそれは、別荘の中でありながら麻帆良の結界内と同格の能力を保有する。つまり今は、彼女はただの少女となってしまったのだ。
——グジュル
「残念」「はずれだ」
右半身から左半身が生え、左半身から右半身が生えた。
互いが互いの言葉を補う。そして&二人&の狙撃手が自らの力を持って、同時にエヴァンジェリンの頭を蹴り殴った。
腕を固定され、封印され対処も出来るはずが無いエヴァンジェリンは真っ直ぐと、真っ直ぐと、真っ直ぐと飛んでいき、ギャラリーが見守る広場へと直撃し、広場を破壊する。
「「トンデモ設計だなこれは」」
それぞれの右手と左手が合わさり、分裂している細胞の様子を逆再生するかのように一つになった。
狙撃手は遠い場所である、崩壊していく広場を見やった。
エヴァンジェリンが起きる様子も無く、よく見れば目を瞑ったまま動く気配が無い。
気絶したのだろうか、と。崩壊が収まり、従者を始めに次々とギャラリーたちがエヴァンジェリンへと集まっていた。
「(なんという強さだ、これが真祖……二度と戦いたくはないものだ)」
造物主の戦い以前も、以後も&死ぬ&ことが無かった彼はため息を吐いた。
20年の間において死んだ原因の9割9分が造物主であるのにも関わらず、彼女は己を数度殺し斬ったのだ。
特に最後のアレには彼は対処することが出来なかった。
介抱されるエヴァンジェリンを遠目に、縁起でもないご冥福(死んでない)をお祈りした。
「当然の結果だ。撃ち負けはせんよ、当るのであれば」
真祖の吸血鬼と言えど、ある意味それを越えるべくして生まれた究極生命体のスペックには届かなかったということだろうか。
己のズタボロになった姿を見て、フゥと息を吹き彼は影の倉庫から再びローブを取り出した。
「(否、今回ばかりは油断しただけか。伝説、伊達ではなかったか……)」
狙撃手を斬った直前にエヴァンジェリンが再起動していれば戦闘は続行していただろう、と予測した。
彼女の魔力が尽きるのが先か、彼の命の貯蔵が尽きるのが先か。それはその時が来るまで永遠にわかることは無いだろう。
To be continued