第二十七射 サー・シックス
「ケケケ」
小振りの人形が刃物をカチカチ鳴らしながらその光景を見ていた。
隣にはその光景の一つとなっているエヴァンジェリンの従者であり、その人形の妹的存在『絡繰茶々丸』もいた。
その従者は何も言わずただその光景を脳内へと納めていっている。彼ら彼女らは見ていたのだその光景を。
「すごい…」
サイドテールの少女が思わず呟いた。
その言葉に異存を唱えるものはいない、出来ない、出来るはずがない。
誰も何も言わず、喉を鳴らし息を飲み、彼ら彼女らの網膜にただその光景は映る。
飛び交う死と交差する暴力、そして競われる武と攻め合う業。超常、これが最強、理解不能、それだけに尽きるかもしれない、その光景は。剣撃から小さな牽制程度の大魔法、戦争(しあい)というより、むしろ舞踏と言ったほうがいいかもしれない。
ダダダダダァァン!!!
シックスの周囲からまき散らされる鉄塊、それを破壊していくエヴァンジェリンの魔法。互いが互いが一撃必殺の乱舞を行い、交わし、そして&耐え&しのぶ。
死を体現した狙撃手の弾と、技を持って乗り越えるエヴァンジェリンとの死会い(せんそう)は熾烈を極めていた。空中を文字通り跳びはねる狙撃手の、その移動方法から斬撃銃撃爆撃狙撃あらゆる攻撃に至るまで異常だった。
彼の手に握られている銃も、彼の周りに浮遊している銃も、銃声を止まらせることは無かった。
「ね、ねぇ。今手足吹き飛ばなかった?」
誰かが言ったであろうその言葉。あまりにも異常すぎるその戦争故か。それともそれは真実で、信じたくない故か。それは定かでは無いがただ一つだけ言えることがある。
例え手足が吹き飛んだとしても魔法の矢に抉られようとも&まだ&戦闘は続いているということだ。
闇と氷の矢が無数、それは天を覆い尽くすほどの量で狙撃手に迫るとしても破邪の力を持った銀弾が推進したとしても、闇と氷が弾丸を喰らい、鉄と影が魔法を潰す。剣と剣がぶつかり、爆音が響き轟音が走り回る。
「………」
ネギ・スプリングフィールドも例外では無かった。
むしろ、彼が一番それを熱心に見ていただろう。
なぜならば、彼はエヴァンジェリンと戦ったことがあったからだ。
麻帆良に修行に来て、学年を登り新しい春の季節、彼と彼女は戦った。
結果としては有耶無耶、魔法に打ち勝ったという点を考えればネギの勝利だった。だが、今胸をはって彼女に勝てた、と言えるだろうか。
戦った時と比べるのが無礼になるほどの戦闘密度。自分と戦った彼女と同一人物なのか?そういう疑問がただ脳内に浮かび上がる。
そしてその彼女と互角以上に戦う、英雄であるナギ・スプリングフィールドと同格以上の存在と言われた彼を奇妙な心情で見やるネギ・スプリングフィールドだった。
「な、なにこれ……?」
何故かネギの肩に乗っているオコジョとその光景を何度も交互に指を差しながら言うのは『神楽坂明日菜』だった。
彼女はネギ・スプリングフィールドが教師としてやってきた初日に魔法の存在を知るという幸運か不幸か、とりあえず知ってしまった彼女はある意味古参と言えるかもしれない。
エヴァンジェリンとの決闘の時も彼女が駆けつけた。まだまだ未熟だが魔力の補助があればマシな戦闘を行うことも出来る。
——だが、これはどうか?
目の前に展開される戦争(しあい)を見て思う「本当に彼らは魔法使いという分類にしていいのか」と。
それは彼女がある意味優しい性格から来たものであり特に言及はしない、彼女は二人がどれほどの化け物(モンスター)かまだ完全には理解していないのだ。
特に狙撃主シックスに関しては、その化け物性がどれほどのものか、まだエヴァンジェリンですらその片鱗しか感じとってはいない、まだ数ヶ月程度の魔法に慣れた程度で理解することは不可能と言っておこう。
「(ネギと全然違うじゃない!)」
内心で叫びたい気持ちだった。
彼女にとって魔法とは標準になるべくしてなったネギの魔法である。
目の前の光景は、彼の魔法とは比べるほどのないほど完璧で、強力だったのだ。
まぁ、彼女の性格のためか「だから何?」という原点復帰をするのだが実にどうでもいい限りである。
ダァァァァァン!!
爆音が別荘内に響いた。
彼や彼女達はその爆発がどういうものかは知ることは出来なかったが、その驚異だけは知る、理解出来る。
超近距離での超高速で超機動による超密度の戦闘だ、例えば『古菲』などはなんとなくその光景を捉え(言うまでもないがものすごくすごい事)目の前の存在がそれほどのものか理解していた。
しかし大抵の人間は戦闘による副産物としての、外部への影響、爆発やら剣撃の音とかから推測するしか無かった。
「テメーラニゲロ!!」
人形が叫んだ、動けた者は少なかった。
絡繰茶々丸古菲や桜咲刹那、一歩送れてネギや神楽坂明日菜。
ドォオン!!!
動けた人の御陰でその&結果&は避けることは出来た。
その広場に直撃した結果、煙がはれる。それが露わになる。
黒を主体とした服は既にボロボロ、しかし体には傷一つとも無いエヴァンジェリンがそこにいた。
起きない様子から見ると気絶しているようで一部の者は理解し駆けつけていった。
駆けつけた後、ようやく戦闘が終わったことに気付くほど、その直撃は急だったのだろうか。
「(今シックスさんが縦に……まさかな)」
&その光景&が爆煙のせいで誰にも見られなかったのが幸いとも言えたかもしれない。見てしまえば、まさしく人を見る目が変わってしまっただろう。
それに誰も信じるはずがなく、信じたくもない。まさか「人が縦に割かれて、そのまま二人になる」ということなど。
○
ガチャ
「むぅ?」
数刻後、もう既に太陽が沈み静寂となっていた。
そのころに彼女は目を覚ました。
音がしたほうを見ると彼女の従者が丁度料理を置いたところだった。
従者は色々言葉をかける、しかし返ってきた言葉は
「フハハハハハ!!!」
高笑いだった。
さっきまで気絶していた主の奇行にただオロオロするしかない彼女の従者。
ベットに仁王立ちする幼女という極めてレアな光景をなんと表現したらいいだろうか。ボロ布になっていた服も従者が着替えさせ、今は幼女な寝間着を着ている。
腕を組んで仁王立ちの様子と合ってなさそうで妙に合っているというか、取り敢えず突然笑い出したエヴァンジェリンに絡繰茶々丸はどう対処したらいいものかサッパリわからなかった。
「マスター!起きたんです……か?」
ドアをバン!と景気よく開けて入ってきたのネギ。
エヴァンジェリンの弟子となってマスターと呼ばせることにしたらしい。だが、入ってきたのはいいものの…気絶していた幼女が突然起きて高笑いをするという状態に息を飲んだ。
「マスター……頭でも打ったんですか?」
「黙れ!」
恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら枕を&全力&で投げ飛ばすエヴァンジェリン。
放たれた弾丸(まくら)が向かう先はネギ・スプリングフィールド。
まぁ避けれるはずもなく、枕にぶつかって数メートル飛ぶというビックリ仰天な惨事を起こしたりと、その後入ってきた神楽坂明日菜を初めとする少女達と一悶着あったりと先程まで戦場で戦っていたエヴァンジェリンとは思えない様子だった。
「処で狙撃手はどこいった?」
「サー・シックスでしたらお食事中」
「……まて、早速言いたいことが二つ出来たぞ」
従者の言葉を遮ってまで言いたいこととは一体何なのだろうか。
それはエヴァンジェリンにしかわからないことだろう。しかも二つ、従者の僅かな言葉で一体何を考えついたのか。凡人には理解の出来ぬ、それは600年の研磨の末の結果ではないのだろうか。
「まず最初だ、「サー」とは何だ?」
なるほどそっちか、と従者は頷いた。じゃどっちだ莫迦ロボ、とエヴァンジェリンの言葉があったが片っ端から無視して説明しだした。
また従者の顔には「そんなこともわからないんですか?」みたいなドヤ顔をしていて、エヴァンジェリンは青筋を立てながら我慢して話しを聞いているものだった。
「サー、とはナイトの称号を持つ人の敬称ですよマスター。日本語では勲功爵、勲爵士、騎士爵、士爵などと言われますね。オマケ程度ですが、ソ○ー本社社長にも与えら「まて」はいなんでしょう?」
「騎士ということはわかっている。だが何故今更狙撃手のことを、そう呼ぶんだと聞いているのだ!」
血圧上がりますよ、とたしなめる従者の御陰で更に血圧が上がりそうなエヴァンジェリン。
絡繰茶々丸のどこで覚えてきたのかわからないボケに疲労困憊。
もっとも戦闘の後というのもあったが、とりあえず肩で息をする。
息を整え、彼女は従者と正面から向き合った。
向き合った、向き合ったが説明が来ない。
エヴァンジェリンがどうした?という風に首をかかげると、従者も同じように首をかかげて……
「さぁ?」
エヴァンジェリンがツルン、と滑って建物の白い壁に後頭部をぶつけた。
非常に痛そうな光景に周りの少年少女(少年1に対して少女多数)は少し足をひき、同じように後頭部をさすっていた。
余談だが、その直後治療しようと近衛木乃香がアーティファクトを呼び出したという、真祖の吸血鬼もお茶目なものだと思う。
「ハァハァ、もういい!次だ!」
「ハイ」
「食事だ!なんで狙撃手は人様の家で勝手にくつろいでいる!……いや、招待したの私だが、妙に納得がいかないというか」
従者はとりあえず案内するようなのでゾロゾロとみんなで付いていくことにしたらしい。
久しぶりの骨のある戦闘で、そのストレスを発散出来てご機嫌だったエヴァンジェリンだったが既に新しいストレスを植え付けられているという。
ベットの上だけの上機嫌(上だけに)をもう少し噛みしめたかった、とエヴァンジェリンは思った。思っても思っても、上手くいかないのが世の中である。
「エヴァンジェリンか、死んだかと思ったぞ」
夜景が一掃(?)出来るホールの真ん中に彼はいた。
蝋燭の炎がゆっくりと辺りを照らし、満天の星夜が色を付けている。
細長いテーブルの一番奥、狙撃手がどこかの特上のフランス料理を彷彿させるような、豪華な食事を優雅にナイフ&フォークで次々と消化していく。
「おい」
「今食事中だ、見てわからんか莫迦吸血鬼」
今日で一体何回目だろうか、彼女のコメカミに青筋が浮かび上がったのは。
目の色が反転したり、戻ったり。邪気眼を抑える選ばれし者達(age14)のごとく、そんなご様子のエヴァンジェリンを尻目に黙々と食べ続ける。
赤色の上品なワインを、コクリ、ゆっくりと味わって飲み干す。満足そうに頷く狙撃手の目にかなったらしい。空になったワイングラスを…
「お注ぎします。サー・シックス」
「ご苦労」
これだ、エヴァンジェリンが言いたいのは&このこと&なのだろう。
細長いテーブル、よくある貴族の食事を思い出せばいい。
食事、先程も言った通り極上のフランス料理だ。従者、貴族っぽい風景には決定的だろう。ならば問う、どうしてエヴァンジェリンの従者達が主を崇めるかのように彼の後ろ左右にいつでも動けるよう待機して、隣にはこれまたいつでもワインを注げるようにワインを抱えて立っている計三人の絡繰茶々丸の姉妹ゴーレムたちだった。
「実に美味い」
「感謝の極み」
ペコリとワインを抱えている従者がお辞儀で返す。
エヴァンジェリンの怒りの震えを知っているのか知らないのか、知っているがあえて無視しているのだろうか。
「そんなの関係ねぇ!」と言わんばかりに流され、そしてこれが当たり前かのように自然に。あまりにも&ハマ&りすぎて「え?何か問題ある?」とか思ってしまうほど…
「貴様等は何をしているんだーー!!!」
怒りの爆発、エヴァンジェリンの背後にはヴェスヴィオ火山噴火のビジョンが流れている。
何を?という風に——やはり姉妹は似ているのだろう——互い互いに目を合わせて……首をコテンとかかげる。そして何かを確認するように、一斉にエヴァンジェリンへと振り返るゴーレム達に、まぁ無理も無いがエヴァンジェリンの雷が落ちた。
「(実に騒々しいな)」
「あんっ!そこはッ!?……あ、ひぁん!そんなに!だ、だめぇ!」←エロくない
巻いてはダメです巻いてはダメです、と連呼している姉妹ゴーレム達と、またであるが…今日何度目かの異常光景に呆気取られて完璧に忘れさられている彼ら彼女ら。
片っ端からネジを巻いていくエヴァンジェリンとどこか幸福な顔をしている姉妹ゴーレム。そしてその光景を、どこかの喜劇でも見るかのように「ハハハハ」と笑いながら食事を続行する狙撃手。恐らく誰もが空気になりえるであろう。
ついでにワインの引き継ぎはいつのまにか絡繰茶々丸がしていた。
勿論彼女もエヴァンジェリンの標的となったのは言うまでもない。
「(あ、これはマスターが大事に保管していたロマネコンティ1964年ものですね)」
飲む者が最も少なく、語る者が最も多い王道的最高級ワイン"ロマネコンティ"のルビーのような赤色が、狙撃手の手に握られたボルドーのワイングラスの中で波打っていた。
「おい茶々丸!今度はお前か莫迦ロ…あぁ!それは!?」
○
そんなドタバタしていた日から数日たった。
狙撃手ことシックスの生活は今まで通りに昼は適当に過ごし、夜に警備をするというスタイルに戻った。
エヴァンジェリンが最も大切にしていたのであろうワインを空けて飲むわ、ついでにワイン保管庫の中のコレクションがいくつか紛失するという事件が起きるわ、彼は見事に出入りを禁止された。
それどころかエヴァンジェリンの家に近づくなという有り難い言葉も貰っている。
「飲まないワインはワインではない、まったく本質が見えていないな」
その日のことを思い出し、少し愚痴っぽい言葉を吐く。
空を仰ぎながらタバコの煙を鼻から吸う。
シックスは吸われなかった煙を、ふと目で追った。空へと続く病気の塊、その先には今にも雨が降りそうな厚い雲。
梅雨の季節が来たのだからしょうがないことだが、シックスは自身の武器のこともあり雨は、というか全体的に水は嫌いだった。
「ドラグーンで蹴散らすか……、いや、こんなことで使うのはな」
テオドラとの契約によって手に入れたアーティファクトだ。
もう少し愛のある使い方をしなくてはならない、というシックス独自の理論によって梅雨撲滅大作戦は決行されなかった。
本気でやったのなら、恐らく周囲に多大な被害が出たであろうが、中止になったのは幸いなことだろう。雨天中止と言えばいいかもしれない。
「むっ」
ピク、とシックスの耳が動いた。
限られた時間の上、雇われているという狭い範囲での警備だが彼は学園結界との接続を許可されている。
侵入者がいるのならこういう風に&わかる&のだ。やるか、と腰を上げた途端にやる気を失ったシックス、再び座るという奇行だったがそこは狙撃手の家の一部であり目撃者はいなかった。
「(まだ明るいしなぁ、どうせ野良犬か何かだろう。やっても別に金が貰えるわけじゃねーし)」
出来るならばやらない、でもどうせするなら金を貰う。それが彼のスタイルである。
貰った金は生活費以外全て数日で消え去るという荒い使い方のように見えるが7割はテオドラへ貢ぐという結果である。
実際、帝国にある彼の通帳には0が10個&ぐらい&並んでいるいるわけで、彼にとって警備で手に入る金は——本人も多いと自覚はしてはいるが——たったの少しでしか無いのだ。
「犬より猫だよな、……でも狐が一番だな」
To be continued