第二十八射 己を弾丸に
「なぁ、お前等狙撃手って知ってるか?」
これはかつての大戦中の小話である。
とある連合軍の戦艦乗りの間で行われた会話の一節から。
カツンカツンと、金属製の廊下を渡る武装した兵士二人が、こんなたわいも無い会話をしていた。片方の兵士は焦げた豆の苦汁(コーヒー)の入ったカップを持っている。
「狙撃手だ?狙撃する兵士だろ?それがどう「違う違う」あぁ?」
相方の言葉を遮ってまで否定するもう一人の兵士。
首を横に何度もふり、手を軽く広げてそう言った。
相方の兵士は少し機嫌が悪くなった。この程度で、というが実際は戦時中であり常にピリピリ、しかも現場は現場で色々厄介なことがあり、その相方もそうとう参っていたようだ。
「これは噂なんだがな……」
「……」
兵士が真面目な顔をする。
相方もその顔に呑まれてしまった様子。
彼らは一般の兵士と言えども、戦争を経験し今も生きているものたちだ。
少なくとも&やばい&空気とそうではない空気の違いを見分けることは出来た。そう、相方が感じたのは&やばい&空気だ、その噂が連合において非常に厄介だと、経験が告げていた。ゴクリと喉を鳴らし、兵士の言葉を聞いた。
「帝国にいるんだよ、その噂の狙撃手がな」
「噂……」
あぁ、と兵士は相方に返した。
相方もここまで来れば何のことは理解できた。
兵士の言う狙撃手が何者かは知らない、しかしその狙撃手は連合にとって&やばい&奴だと。しかし相方は同時に思う、やばいと言えばこちらにも『紅き翼』の連中がいるのだ。
そこを口に開こうとしたが、その前に兵士が答えた。
「なんでも『紅き翼』と直接交戦して、逆に撃退したらしい」
「マジかよ!?」
彼ら一般兵士でさえ『紅き翼』の異常さを直接見たことがある。特に赤髪の魔法使い。
彼の放った砲撃魔法が敵の戦艦を貫通していたのはもはや笑い話の領域だ、嘘か誠かという意味で。
兵士の言葉は『紅き翼』の連中と互角、いやこれは願望だろう「互角であってほしい」という。
『紅き翼』の連中以上に&やばい&奴がいる、それも味方『紅き翼』よりも……。
「おいおい、ってことは……」
「あぁ、最近はソイツのせいだろう」
最近、という言葉はその兵士が言った。というのも&最近&戦況が芳しくなかったのだ。
連合VS帝国、と簡単に一言で言えるが実際は超大国と小規模の大多数国家の集まり、帝国が有利に見えそうだが実際はそうでもない。
兵隊を動かすのは金がかかる、そういう意味では国家別に動かそうと思えば同時に多面攻略が出来る連合は強い。もっとも、小規模程度の国家で人間よりも強い亜人の、その亜人の頂点になったヘラス族が治める大国には敵うわけもないのだが。
そんなわけで、当初はガンガン押されていたわけだが、そこで『紅き翼』の面々が参上した。
あっという間に帝国の軍を押さえ込みあまつさえ大撤退させるという極めて上等な戦果。
参加当初には「戦争が長引いた」と平和主義の兵隊も嘆き悲しんだが勝利という存在が見えたところでその不満の声は消滅。
さて、そこで噂の&彼&が現れたのだ。
「噂ってのは、戦艦が既に100隻ぐらい落と「ブーーッ!!」うお!汚ねっ!?」
相方は理解不能な発言のせいで呑んでいたコーヒーをぶちまけた。
正面には兵士、そこは惨状だった。だが、その気持ちも大いにわかる。
戦艦100隻と一言で軽く言うが、その気になれば小国を落とすほどの大戦力だ。
それから考えればどれほど&ヤツ&が恐ろしい存在か、すぐに想像出来る、理解出来る。
「ゲホッ!ゲッホ!うぇ……気管に豆汁が……」
「おい大丈夫かよ」
胸をドンドン叩く相方を心配し、背中をさすってやる兵士。
よくある兵士の日常の一節だ、次の光景が無ければ。その瞬間戦艦内部に赤いランプが点灯し、音が響く。
ビーービーービーー!!
「な、なんだ!?」
「第一種戦闘配置!?今からかよ!?」
ごちゃごちゃ戦艦内部が急に騒がしくなる。
今まで初めのことかもしれないだろう。
突然第一種戦闘配置、つまり臨戦体制、いつでも戦闘できる体制をとれと警告されたのだ。しかし、兵士や、その相方も周りの兵隊も、準備すら終わっていない緊急事態の中の緊急事態。しかし&この映像&を見ているものはすぐに理解できたかもしれない。
「おい!痛ぇな!気をつけ」
そして映像はここで終わった
○
「(雨に紛れて、か……、喧嘩売ってるつもりか?)」
ガラス越しに外の様子を見ながら狙撃手は思考する。
外ではシトシトと長くいやったらしく重い雨が降っている。時折見える雷光と、その都度聞こえてくる雷鳴。
梅雨らしく非常に湿っぽい空気、火器を扱う彼にとって、それは大敵とも言えるだろう。
現に彼は珍しく顔を歪ませて「あ、私フキゲンなんですけどー」な佇まいをしていた。
「(この気配、悪魔か?)」
そんな不機嫌な狙撃手だったが雨に紛れ込んだ愚か者の気配をしっかりと感じとっていた。
雨で若干気配が薄くなるとはいえ、気配を探ることにある意味特化している狙撃手にとってそれは廊下ですれ違うことにも等しい、と本人は述べている。しかし、悪魔、しかも気配からそれが上級——制限されてさすがに全力は出せないだろうが——であることも看破し、疑問に思うのが学園側に対応だ。
「(ジジイが気付かない?……気付いて放置か?悪魔の狙いを知っている?)」
そこまでいけばそのジジイが犯人かもしれない。むしろそうであってほしい、まったく積もっていない恨みを晴らすいい機会だ、と狙撃手は呟いた。
ただ一つ余計に困惑するが…学園長が犯人ではない場合の時だ。
「(学園の人間、上級悪魔を内部で召還し気付かないという学園側のマヌケっぷりを披露するつもなのか)」
それはありえない、と否定する。
世界各地より集まっている魔導書しかり世界樹の護衛のこともある。
気付かない、などと巫山戯た言い訳をするほど莫迦ではないのだ。
「(外部の人間、有力候補だが……。可能性は低いが学園長が気付かないほど隠密性に優れているのか、それともやはり気付いていないフリをしているのか)」
十中八九外部の人間による行動だろう。しかし目的がやはり不明だ。
幸い、上級悪魔が学園を片っ端から破壊という行動に出ていないことを考えると何かそれ以外の目的のために動いているのだろう。
まさか悪魔を本の回収というお使いをさせるわけでも、この麻帆良を占拠させるつもりもないだろう。
「(気付かないだけならば、それはそれで厄介だ。まぁ、それでも俺が動く理由にはならない。時間的に考えて)」
夕飯時だ、契約上彼は深夜の警備にて、学園長の要望があって初めて行動出来る。
そういう点もあり、彼は学園長からの指示が無い場合ほとんど動かない。
彼が住む家と、別の方向を進んでいる悪魔、つまるところ狙撃手の彼が目的でもない。ならば?
「ネギ・スプリングフィールド」
ボソリと本人以外誰もいない部屋で呟いた。電気をつけておらず真っ暗な部屋、時折輝く雷光によって、一瞬だけ内部の様子がわかる程度。
夜になり街灯から照らされる真っ黒な雨雲からまだ雨が降っていた。狙撃手はただ、真っ赤な目を持って電気の灯りで輝く夜景を見つめるだけで、首をコキン、とならした。
「(正しいのならば、元老院か……?)」
考えるならば元老院の一派である可能性もある。
実際の真偽はともかく、奴らはウェールズのとある村にて悪魔を召還し襲わせた。しかも中には上級の存在もいた。
目撃者は結局生き残ったスプリングフィールドの名を持つ二人のみ。
本当に悪魔かどうかは不明だが、そのウェールズの村は高位魔法使いの巣窟とも言える場所で上級悪魔を直接降臨しない&限り&滅ぼされるなんてことも無い、そう考えていた狙撃手である。
「(……アーウェルンクス?)」
彼らが相当しぶといということを狙撃手は知っている。
狙撃でバラバラにしたといえど、人形というのならば人間よりも容易く修復しやすいのだ。
現にナギ・スプリングフィールドは戦時中、最後の戦いにおいて一体、そして10年前にもう一体と計2体を破壊している。狙撃手がその&三番目&のアーウェルンクスを破壊しているとしても&四番目&の可能性がある。
「未だに時代に喰い付く気か老害共が……ククッ」
狙撃手は見えない元老院共に罵倒を浴びせ、そして英雄である己自身のことを含めて失笑を漏らした。
狙撃手は深い思考から戻って来れば、既に感じていた悪魔の気配が世界樹あたりと被っていた。しかしそれでも動き気になれない狙撃手はハァとため息を吐く。
「(テオドラよ、お前ならどう動く?どうでもいい存在のために弾丸を放てと言うか)」
主のことを想うと、何故か無性に自害したくなる(結局死なない)狙撃手はそう思った。
魔法界での話ならば、彼の評価はそのまま主であるテオドラへと繋がる。しかし今はどこだ?日本という旧世界の東の端っこ、その小さな島国のとある都市での話なのだ。
例え「英雄ナギの息子を助けた」という美味しい展開がぶらついているとしてもナギの息子の存在を知っている人は極端に少ない。
「(あー、超死にてぇー会いに逝きて〜。そして今の俺は三六倍だ、愛が)」
ガチャン、と突然両手にもたらされたガンブレードに弾丸が挿入される。
トリガーの部分でグルングルンと景気よく回し、一振り、二振り、ピタッと静止させたか思うと数秒後、窓のガラスをぶち破ってそのまま暗闇の空へと飛び出した。
もう既に雨は止んでいて、千切れ千切れになり始めた雲のスキマから星々の光が差し込めていた。
——雲海つき抜け、己を弾丸に……
○
そのことは突然起きた。
悪魔の襲来だった。しかも例え制限され、力の大部分が出せないとは言え爵位持ちの上級悪魔だという。
その上、この悪魔はネギ・スプリングフィールドの大いに関係していた悪魔だった。数少ない爵位持ち上級悪魔の一体として、その悪魔は呼び出され、そしてウェールズの、ネギが育った村を壊していったものたちの一匹であり、村人を次々と石化させていった犯人だったのだ。
「クっ、君たちの勝ちだ……」
そのことを知ったネギは魔力を暴走させた。
もとより魔力のコントロールが少し苦手であった少年は、その暴走によって発揮された己の力に驚愕する。しかし気付いたときには遅く、悪魔の光線がネギを襲おうとしていた。だが、その悪魔に追われていたいつぞやの狗族の少年『犬上小太郎』が間一髪で救助、そしてネギは本来の落ち着きを取り戻した。
かくして、共に戦うことになったネギと小太郎の連携もあり、悪魔『ヘルマン』は徐々におされ、そしてネギの魔法『白き雷』を貰い、魔界へと還ろうとしていた。
「いいのかね?私にトドメを刺さなくて…」
しゅう、と音を立てながら徐々に消えていくヘルマン。彼は魔族であり、召還という契約をもって現界する。
トドメを刺さなくてもヘルマンは消えるが、それは倒したことにならず召還という立場が消え、魔界へとただ帰るだけになるのだ。さすがに現界してからのダメージは受けるものの、傷を回復すれば問題ない。
もとより人間より遙かに頑丈な生物なのだから。
「……僕はトドメを刺しません」
ハッキリとネギは言った。その表情には迷いの言葉の欠片もない。
再度ヘルマンに、問われるが、それでも答えに変わりは無かった。そのネギの答えに大きく笑うヘルマンはとても愉快で、歓喜に満ちあふれていた。
彼は悪魔といえど、少しはマシな部分があるのかもしれない。
「いつか絶望するかもしれんぞ?」
「それでも……です」
答えは変わらない。ヘルマンの小馬鹿にしたような笑いは鳴りを潜め、満足そうにフフ、と鼻で笑った。
「まったくつまらん、ヘラス帝国第三皇女 テ オ ド ラ の護衛君とやらも出てくるかと……お…もった」
そう、そのことは突然起きたのだ。
満足の笑みから一点、まるで化け物を見た子供の如く、彼の目は大きく開いた。
同時に空気が変わったことを誰もが感じた。俗に言う「嫌な予感」とも言えたかもしれない。
嵐の前の静けさ、と表現も出来るほど空気が変わった。そして……
ガンッ!!っと一本
ガンッ!!っと二本
ガンッ!!っと三本
ガンッ!!っと四本
「ぐぁぁぁあああ!!」
空から剣が振ってきた。
それぞれヘルマンの手足の先に突き刺さり、無理矢理&還る&ことを妨害したその剣。
深く深くステージに、その悪魔の肉体にまるで拳銃のような構造をしている剣が刺さっていた。
ヘルマンの表情の全ては痛み。
最後の力で動こうとしても、剣から血を巻き上げるだけで動けない。そして、彼の眼は&最期&にそれを捉えることになる。
空から人が落ちてくる、その人は口を開けて本来声が届かないはずなのに、それでもヘルマンの耳に確かに届いた、届いてしまった。
「な?絶望しただろ?」
悪
魔
の
思
考
は
そ
こ
で
終
わ
っ
た
。
下向きに剣先を向けてそんまま落下してきた&狙撃手&。
その剣は見事に悪魔の頭部を貫いていた。
あまりに突然、そして冷酷で無慈悲な一撃。
「(やれやれ、なんというヤツだ……あのヘルマンとかいう悪魔も運が無い)」
遠くからその様子を見ていたエヴァンジェリンはその光景を見た。自分ですら彼の登場は予感することも感じることも出来なかった。そこで、ブルブルっと寒気を覚える。
人が歩くように狙撃手が剣を突き立てたことに、もしかしたら恐怖を覚えたのかもしれない。
「し、シックス……さん?」
「ん?なんだ莫迦餓鬼。トドメを刺したかったか」
何のことかわからない、と空気を読めない様子の狙撃手がネギに振り向きもせず淡々と答えた。
側にいた小次郎も、かつて戦ったソレとはまったく異なる彼の表情を見てしまい、ガクンと膝を曲げた。なんてことはない表情、いつもの無表情だった。
——死を石ころと見ているような、そんな無関心て無気力で、無謀な目の
「違います!……確かに彼は悪魔で、トドメをさすべきだと思います。でもなんで……!?」
「いーい質問だ、莫迦フィールド」
「え?(莫迦フィールド?)」
その質問にご機嫌な様子を表した狙撃手だった。
手を大きく天へと広げる。しかし声の恐ろしいこと。アクセントも何も無く、機械音声の如くただ台本を読んでいるだけのような。
狙撃手は嬉しそうに顔を&歪め&て、悪魔だからどう、とかそういう話を聞いてないように答えた。
「答えはいつも一つ、コイツがテオドラの名前をイヤらしく口にしたからだ。ん?あぁ安心しろ、おまえ達がどうテオドラを呼ぼうが"おまえ達"には何もせんよ」
ゾクリとネギは背筋が凍る思いだった。
彼の側へ捕まっていた少女達が集まる。
それぞれの顔には困惑、批難、ネギのことを想う顔、目の前で命が無くなったという現実に驚く顔、様々であった。しかし誰もその感情を口に出すことは無かった。
「ハハハ」
と狙撃手の乾いた笑い声がステージに、少しだけ響いた。だが、そんな時にようやく力を振り絞って彼に声をかけた存在がいた。
「ねぇ、シックスさん」
「なんだ神楽坂嬢」
神楽坂明日菜だった。
チリンと鈴をならし、神妙な顔で彼と向き合った。
そのときに見えた彼の真っ赤な目に少しも怯えた様子も無く、狙撃手はその肝の太さを褒めるべきか、それとも共にテオドラへの愛を語ってくれるのかという歓喜か、半々と言ったところだろう。
「そんなにテオドラって人のことが大切なの?」
ピシリと空気を止まった。
「あぁ、勿論だとも神楽坂嬢。彼女は俺の全てだ」
「その人を幸せにしたいの?」
「無論だ」
狙撃手は嬉しそうに答えるが、明日菜は疑問を覚えた。
疑問というよりも違和感。
確かな違和感だった。
ペンギンの群の中にガン○ムがいるぐらいの違和感。
まるでその言葉は彼の腹の中のスピーカーから出ているのではないかという、そんな不思議な感想を覚えた。
「じゃ「止めろ神楽坂明日菜」エヴァちゃん!?」
空気がまた元に戻る。
灰色の世界だったが、色が蘇った。
明日菜の声を遮ったのはエヴァンジェリン。
その隣には従者の絡繰茶々丸もいた。
「止めろ、と言ったんだ。お前"達"にはコイツの思考は理解出来ん」
でも、と声を上げる明日菜だった。
彼女は狙撃手の何かに気付いたのだろう。しかし、それではあまりにも…ひどすぎる、彼のその考えがまさか「彼自身による考え」では無いということなど。
問われなかった問いだが、&シックス&はフルフルと頭を振って応えた。人間のように、先程とは違って感情のこもっている声だった。
「まぁそうだろうな、まさしくそうだろう。……だから何?」
やれやれ、と息を長く出しながら&シックス&はそう言った。
明日菜はあまりにも普通に「だから何?」という返しに何も言えなくなかった、まるで子供みたいな言い訳、だけどとてつもなく的を得ているという矛盾。
エヴァンジェリンですらそうだった。
エヴァンジェリンにとってはある意味予想できた答えだが、その思考をふまえて、そういう答えを出すとはさすがに予想外だったのだ。
だから、だからこそ、これだから、シックスは強いと。
もはや尊敬の値するレベルでエヴァンジェリンは思った。
「俺は銃だ、兵器だ。誰かに使われないといけない。目的あってこそ俺だ。まぁ少し……壊れているがな」
苦笑しながら狙撃手は答えた。
それをハッとし聞いて謝ろうと口を開いた神楽坂だったが、それは口に出ることはなかった。
なによりも謝る相手が手で制してきたからだ。
「問題無い」とハッキリ述べ、シックスは影の中へと沈み込んでいた。
「(さすがだアスナ姫。お前がNo.3だ)」
言うまでもなくNo.2は自分で
もちろんNo.1はテオドラである。
To be continued