テオ こいのうた
「テオドラ様、シックス様からいつものお手紙と、やはりいつものお荷物が」
魔法界ヘラス帝国帝都帝国城某第三皇女の部屋、お付き従者がいつのもの手紙を持ってきたようだ。
従者が入ってくる前まで部屋の中をソワソワ動いていたり鏡に向かってなにかをしていたりと妙に落ち着かなかった様子が一転、従者が入ってきた途端にシャキーンと身なりを整えた。
従者はもちろん、そんな第三皇女の様子をしっかりと把握しており手紙を食い付くようにみている様はさしずめ犬、尻尾があるのならばブンブン振り回しているだろう。
生憎、角はついているのだが…
「おお!……ゴホン。そ、そうか。……荷物?また何か送ってきたのか」
そう&また&である。
シックスからの贈り物は沢山あるのだ。しかし、今回ばかりは何かが違っていた。
それは毎週送られてくる手紙や時々それに付属してくる荷物(奉納品)をテオへ送り届ける熟練の従者が(性別では女性の)その何かが入っている箱の&重み&を感じ取ったのだ。
木目が美しい大きめ箱に入ったものが気になる第三皇女は、チラチラそっちのほうを見ながら妙にニコニコしている従者から手紙を受け取った。
「やれやれ、マメなヤツじゃのう、フフ……、お主まだおったのか?」
「はい」
微笑みを漏らしたが従者に見せるつもりは無いそうだ。とはいっても、帝国内の特に侍女達の間では二人の関係のことをよく知っている。
シックスが毎週手紙を送ってくることも、奉納品が時々付いてくることも。
昔からじゃじゃ馬第三皇女のことをしっているベテランの侍女からは涙を流されその成長に感動したという。
本当にありそうだから困る。
「む」
「どうかなされたので?」
&邪念&がこもってそうな封筒を破ろうとしたとき、皇女は何かを思い出したようだ。
手の動きをピタっと止めると、その日の日にちを確認し納得したように頷いた。
従者も同じように日にちを確認するが、さすがになんのことかわからなかったらしい。
「そういえば、シックスが来て21年目じゃ」
「なるほど。ようやくシックス様も21歳ということですね」
「……アイツ妾より歳下じゃったな」
シックスの生誕に関することは徹底的に隠されている。しかし、この従者はあの日、生体兵器エックスが見つかったその場にいた従者であり、シックスと皇女の間をよく知っている間柄で二人もこの従者を信用している。
シックスの出生・年齢などは帝国でも今では重鎮の一部それこそ俗に言う&良い奴&ぐらいしか知っていない。
実はかつての艦長もその中の一人だ。何故か出世街道を音速機でかっ飛ばすぐらいの勢いで凱旋し、今では妻子持ちのヒャッハーァ人間になっている。
「そうか、あれからもう……」
昔のことをゆっくりと思い出す皇女。
彼女は頭が良い、いや、良くなくてもその日のことは全て思い出せるだろう。
それぐらい、印象深く、まさしく運命(Fate)というヤツなのかもしれない。
●
「おい!お主!しっかりするのじゃ!」
妾とソイツの出会いは最悪じゃった。
まぁこの後、よく考えた結果気付いたことじゃったが。なにしろ……シックスは裸じゃった。いや、まさかあんなに…それは置いておく。
最初が真っ裸であった出会いという最悪じゃったがその出会いそのものは最高と思う。
今後のことを考えてみると実に恥ずかしいがの。
緑色の液体が入ったガラスのケース。&実験動物&と言っても違和感が無いほどの状態。
普通ではなかったの。
「調子はどうじゃ?」
「悪くは、ない」
次の日のこと、速くもそやつが目を覚ました。
内心その回復力に驚きながらも、それでもやはり声が少し擦れておった。
どれほど長くしゃべってないかケースの中で育っていたのか、あんまり想像はしたくはない。
研究レポートを見る限り苦痛も伴っていたみたいじゃ。
そやつはキョロキョロと忙しく周りを見渡しかと思うとこちらをジッと見たりと好奇心旺盛でなによりじゃ、フフン。妾の美貌に釘つけというわけじゃな。
…今でこそ敵が多いので油断ならんがの。
「サーティシックス…いや、ダブルシックスでいいか」
正直名前を聞かない方が良かったと思う。
明らかに&36号&に関する名前じゃった。じゃが、説明を聞いたところ記憶は消し飛んでいたはずじゃ、だとするとその名前はよっぽど印象深いことなのか。しかし、そやつの顔を見る限りその名前に嫌な様子は見せなかった。
そこで妾が名前に関することを言っても、むしろ記憶を刺激すやもしれん。
「む、そんな名でいいのか?いやお主がそれでいいと言うのならばそれでいいのじゃが」
そうじゃ、そやつが前に進もうとしているならばそれでいいのじゃ。
正直内心焦っておったが口ごもることもなかった。
皇族という人々のご機嫌取りを受けるためかぽーかーふぇいすが得意でよかったよかった。さすが妾、痺れるのう。
そういえば、その後にそやつが妾を護ってくれると言ったのじゃったな。
阿呆な騎士が表面上でするのではなく、心から……すまぬ、ここカットで。しかもじゃ、そやつは……シックスは記憶をもっておった。
昨日の報告から色々整理して思い出したのじゃろう。
本当は、帝国はシックスから恨まれるはずなのじゃが、それでも、それでも言ってくれたのじゃ。
「俺には戦うことしか出来ません。けれども…貴方だけは守ってみせます」
●<もげろ
「う〜う〜」
「顔に出てますよテオドラさ「見るな!」oh……」
恋に焼かれている真っ最中でもがき苦しんでいた皇女に、あえて空気を読まない従者の冷酷な一声。
ただでさえ真っ赤な顔のテオドラ(with ニヤケ)が更に真っ赤になる。
照れ隠しに従者に向かって手元にあった枕(もらい物だが誰からかは言うまでもない)を従者にぶん投げた。
一方従者は上半身のみでその枕を回避、冷酷なことにその枕は空中を切った。その動きは全ての攻撃を回避するぐらいの勢いだったらしい、残像だ。
「(なるほど、これがシックス様の言ってた『萌え』ですか。さすがです)」
「チッ」
乙女らしからぬ舌打ちをする皇女。外見ではボンキュッボンの美女の彼女はもう三十路、といっても長寿族であるヘラス族の年齢である、人間に換算するとまだ十代である。これは美味しい。
微笑ましい皇女の様子を見ながら、その皇女の状態を今日本で死にかけているであろうシックスにどう伝えるべきか、非常に悩んでいる従者だった。
「そんなことより……て、手紙じゃ!」
誤魔化すように、声を張って封筒を切る。
なんの変哲もない便箋13枚。ところどころ力のいれすぎて黒い穴が空いているのはいつものこと、便箋13枚のうち12枚が近況報告とまったく関係ないことも復習程度に覚えておいてほしい。
12枚のピンク色を通り過ぎてもはや暗黒色になっている便箋に目を通し、笑ったり、顔を赤くしたり、その手紙の中に「莫迦弟子」の四文字が入っていて微妙な顔になったり、次にはその莫迦弟子を「異魔神(イマジン)」とか書いてあってざまぁとか思ったり。
「ふむふむ」
「(フヒヒ)」
ガタっと立ったかと思うと、その12枚の便箋をどこからか持ち出したファイルに挟み込み呪文を紡ぎ封をする。
門外不出の暗黒ファイルの誕生である。
シックスが手紙を送るようになって、だんだん暗黒色の内容も増えてきたのだ。テオドラ曰く「こ、これは封印して邪念を取り払って処分するんじゃ!勘違いするのではない!」とのこと。
封印(ファイル)ごとその邪念オーラを放っているのは気のせいらしい。
「えーっと、どれどれ」
〜拝啓 親愛(略)テオドラ様へ
(さらに略、暗黒便箋12枚分のお経)
この腐った日本という国では夏に近づいてまいりました。
いっそのこと絶対零度魔法をかけながら走り回りたい気分です。
そうそう、前回報告しましたように、京都という古都へ行ってまいりました。
そこで安くて良い土産があったので購入しましたので、送らせて頂きます
次はテオドラと一緒に京都へ行きたいものです。
さて、報告というものではないのですが……
京都にて『完全なる世界』のウンコ共が活動している節がありました、死ね。
アーウェルンクスとかいう三番目のシルバニアファミリーもいましたが撃退。
とは言っても生物(なまもの)ですので
生きたままそちらに行く可能性があります、死ね。
今日も元気だテオ可愛い。
〜敬具 シックスより
「(これはひどい)」
ツッコミどころが満載である。
勿論暗黒便箋のほうにも沢山あるのだが皇女にとってその部分は封印指定のどうでもいい存在だという。
こんな普通に『完全なる世界』のことをサラっと言ってのけるあたりがシックスだと、改めて実感した皇女。
そして所々にある『死』という単語には必ず穴が空いている。どれだけ憎しみを込めたのか考えたくもない。
「(シルバニアファミリーって……)」
アーウェルンクスのこともある。
それなりにやばい事態だといのにシックスからの手紙には重要度がシルバニアファミリーという単語以下に見えて、重要度の上下の変動が激しくて困るのだ。
シックスの&中身&のこともありただでさえ普通に考える優先順位がバラバラになっている彼だ、今頃日本の麻帆良学園で高笑いをしながら銃器を磨いているころだろう。
「(毎週毎週、マメなヤツじゃのう)
定期的に送ってくる手紙だ、内容を考えるのも面倒になるかもしれない。しかしシックスはちゃんと送ってくるのだ。
帝国を旅立った日「もう来ねぇ」とか言っておきながら、翌日には速達で「帰っていいですか」などと巫山戯たことを言う彼。
彼にとってはそんな面倒なことも第三皇女のためならば!とその気になれば三日に一度のペース配分を行うことも出来るだろう。
「土産……これか」
「どうぞ」
まだいた従者にビクっとしながらも、よく考えたらいつものことなので放っておくことにした。
手紙を読み終えた皇女は、すこしばかり落ち着いた赤い顔で従者から土産を受け取る。
従者は自ら手紙の内容も見ようとはしない優秀な存在だ、実に有望でもある。木目の箱、金色の文字が書かれているがテオドラや従者にはなんて書いてあるかわからない。
「布……?羽織る服か?」
「これは着物ですね」
ほうKimono?、と従者の言葉に感心する。
木目が綺麗な箱の中に入っていたのは皇族である彼女ですら口から声が漏れたほどの&おーら&を放つ地が黒の着物。
シックスが送ったのは日本の和の心の結晶であり、文化の極みである着物。その中でも&大振袖&と呼ばれる袖が長いタイプの着物だ。
黒を地とし、桃色や紅色の花が描かれ、アクセントとして金の刺繍。
テオドラは知らないが、帝国の紋様らしきものが俗にいう&五つ紋&として、それに加えてある薄い桃色の帯が目立っていた。
「着物?」
「そういえばシックス様は日本に行ってたんですよね、その日本の礼装ですね。その種類だと……婚礼?」
ボンッとテオドラの顔が(より)赤くなった。
もちろん従者はそういう反応を期待してニヤニヤしているわけだが、あながち間違ってもいない。
シックスがどういう意図で送ったのかはサッパリだが…従者はその眼力で大振袖が皇族が着ても恥ずかしくない、むしろ相応しい一品だと見抜いた。
ひっそりと入っていた領収書には桁が全部で7桁の乱数字、もう少しで8桁に届こうかというぐらいだ。
最後には通貨を表す言葉、従者といえど相場はわからなかったが、雰囲気がすごかった。
「ニャーー!ニャーーー!!」
「ふむぅ、ですが着方がわかりませんね。こういうのは帯の結び方やらなんやらが決まってますから……専門家を呼びましょう。うう、ついにこの日が」
「いや、しかし……お主がどうしてもと言うなら……うふふ、そうじゃろ?……だ、ダメじゃ!まだ日が……」
話し合っていたはずなのに、従者は皇女を無視してその専門家に連絡を取り始め、皇女の頭の中で&何か&が起きていた。
いやんいやんと手を頬に当てながらクネクネしている様子と、妙に張り切っている従者は感動の涙で前が見えなかったという。
●
「I'm a thinker.」
シックスが歌っておった。
いつもいつも歌う歌じゃったな。
聞けば旧世界の言葉らしい。
通りでまったく意味不明じゃったわけじゃ。
まぁ例え知っていたとしても歌というものは大抵文法やらを無視するのがアレじゃからな。
歌う人聞く人によって意味が変わってくるもんじゃ。
特に思考回路が違うシックスだと、それは尚更大きく出てくるものじゃろう。
「I could break it down.」
そんな妾でも一つ気になることがある。
どうしてこやつはその歌を…悲しい顔とも違う、しかし嬉しいわけでもない。とりあえず不思議な顔をして歌うのじゃろうと。顔、というより目なのじゃがな。
いつもの真っ赤な目がフードの奥から覗いておる。普段は不透明の血色なのじゃが、この時ばかりは半透明であり、しかし底が見えない沼のような……。
「なぁシックスよ」
「なんだ」
「お主は何を想うてその歌を歌う?」
正直に聞くことにする。
シックスの中身のことはある程度理解しておるつもりじゃが戦後からもう長い。
壊れておった思考も大分回復してきおてる。
学習ぐらいはシックスでも出来るし、何よりシックスにとって刺激的な日々じゃったから。
……やつは&空&だった。
目的という液体を注ぐ空っぽの存在。
中身をつめるのはあたりまえじゃろう?問題はいくつ目的が入るかどうかじゃが、さて。
まぁ無理矢理詰め込んでもいいの、多分大丈夫じゃろ。
「そうだな、9割がテオドラで1割が……」
「1割が?」
珍しく口を閉ざした。
聞けばなんでも話すしなんでもしてくれるシックスにとって非常に珍しいことじゃった。
まぁ正直予想は出来ておるのじゃがな。
こやつは&兵器&として存在する。目的を達成するための道具として、持ち主(妾)が使いこなす道具…まぁ「だから何?」な話じゃな。
世の中には考える道具もあるのじゃぞ?インテリジェンス何とかという奴。
いつか、自らで目的を見つけ、自ら生きてほしい。それが妾の今のただ一つの願いじゃ。
「壊れた俺はどこに行くのだろうか、ってな」
「壊れた道具は直せば良い、改造も出来るぞ?」
結構ひどい会話だと思う。
シックスが己の存在について考えていることも、それが&だから何?&という風に考えておきながらそれに縛られるしかないことも。だからこそ妾は正直にシックスを&道具&じゃと言った。
今更じゃな、20年たった今では互い互い遠慮することも無いじゃろう。それに…
——この程度で嫌いになったら泣いてやるのじゃ
「ふむ、善処しよう……I'm a shooter. A drastic baby.」
一瞬だけ、目を大きく開いて驚いておった。が、すぐに笑い(結構かっこいい)また歌いだす。
狙撃手としてのあり方と、狙撃主としての誇りと、シックスたる概念で、シックスたる価値の、奴が奴を示す恋の歌。
意味はまったくわからんし、知ろうとも思わない。
なぜならば伝わってくるから。その歌こそシックスで、シックスとしての全てがその歌に。
「「All are as your thinking over.」」
これでも皇族じゃ。言葉の違いなぞ越えてやるのが普通じゃ、多分。
I'm a thinker.
——妾は考える
I could break it down.
——その巫山戯た思考回路をぶち壊すため
I'm a shooter. A drastic baby.
——その体撃ち抜いてでも……
「そうじゃシックス」
「ん?」
お主のためならどんな壁でも越えてやる。
妾にここまでさせるのじゃ、少しは……ゲフンゲフン。
お主が深く暗い深海まで行くと言うのなら、残念じゃろうが妾もついて行くぞ、戯けめ。
そうすればいつでも話すことも出来るし、いつでも妾の肩を抱けるのじゃ!
「祭りがあるみたいじゃが」
「いつでもお側に」
お主の歩く音、戦う音、生きる音。
妾に全て聞かせてもらうのじゃ。ん?だって妾皇族だもん。まだまだ満足しない、こやつとはもっと一緒にい…その前に、こやつをちゃんとした生き物に調きょ…教育しないとな!
少し不満じゃが、外を見てくるようにさせなくてはいけない。
ふむぅ、現地妻でも見つければ解決しそうじゃがなぁ。もちろん反対じゃがこいつが見つけれるかどうかは微妙じゃが、寄ってくる阿呆はいそうじゃな、マナとかマナとか。
——満足せずして何が皇族か
To be continued