第二十九射 チャオズ
例えばの話をしよう。
世の中には触れてはならぬものがある。
それを触ってしまったときの話だ。何が起きるのだろうか。
そこで一番問題となるのは&何に&触れてしまったかどうかだ。
触れてはならぬもの、様々だが有名処を上げるならば過去現在未来万物の知識の源泉『アカシックレコード』だろう。
可能性があるかぎりその知識は永遠に無限に増え続ける、そんなものに触れてしまえば人間などすぐに沸騰(しちゃうよぉ!)だ。
そもそも実在するのか実に怪しい。誰も触れることの出来ない眉唾存在であるのにもかかわらず、やはり永遠に誰かが目指す処なのであろう。
いや、もしかしたら……噂されるのだから誰かがソレに接続し、尚かつ生きて帰ってきたのかもしれない。
あれだ、よく怪談で使われる『生きて帰ったものはいない』というあれだ。さて、そんな触れてはならぬ物を上げてみたものの…特に何も言うことは無い。接続して水蒸気になるのもよし、帰ってその知識を披露するのもよし。結論を言うと
「うるせぇ」
そう実に喧しいのだ。
梅雨も明けた、いよいよ暑くなってもうすぐ夏休みぃ。しかし、その前にはこの麻帆良学園には学園祭なるものがある。
学園都市である麻帆良総勢で行われる祭だ、さぞや豪勢なのだろう。しかし考えてみれば祭そのものというのは非常に良い。良いが準備に時間がかかる。
規模が大きいほどそれは顕著に顕れる。いや、祭の音だけならば非常に良い、太鼓の響きなどは風情に溢れている。そこは問題ないのだ。では何か?
「……うるせぇ」
火炎放射を持って彷徨きたい気分だ。しかし今彷徨いても何かコスプレしている程度にしか見えないだろう。
外を見れば予想通り祭の準備、というか既に仮装を始めているものもいる。出し物の宣伝をするもの、何気にパレード風の豪華なものであるのだが。さて、諸君。覚えてほしいことがあるのだが基本俺は子供が嫌…苦手だ。
無茶なことを言っていると思うが子供が自己中心的に騒ぐ。
あのキーキーキーキー耳に響く莫迦声をどうにかしてほしいものだ。とは言っても、今回ばかりは俺は極めて少数派のため、弾丸を転がしながら我慢することにしよう。何より相手は一般人だ、最近一般人でもヤッてもいいような気がしてきたが…気のせいだといいが。
「こういう日は寝るに限るな」
一応絶景ポイントだ、俺の部屋の屋上は。
暇つぶしにと木を植えてハンモックでゆらゆらしながら読書タイムなのだが、まぁ知っての通り昼間は五月蠅い。更にただでさえ麻帆良の中でも高さ的に最高レベルの屋上だ、日が心なしか強いような気がする。
温度的には大丈夫だが、直接日光はやばい。あと外が五月蠅い(大切なこと)。
横目でチラっと見てみれば大通りでなにやら凱旋門もどきのモニュメントまであるわ、気合い入れすぎだと思う。
前夜祭の時にその凱旋門に広域立体制圧用爆裂焼夷擲弾弾筒ウラディミールでもぶっ放してキャンプファイアーを…人々の涙と恨みでそれはもう綺麗で鮮やかな鮮血色の炎が巻き起こるだろう、いかんお腹が空いてきた。
「狙撃主シックス、ようやく見つけたネ」
何を隠そう、それが俺の趣味だ。具体的に言うと『天賦の才を持つ人間が、その才能を完全に伸ばすことなく、心半ばで死に絶える』光景みたいな、それを鑑賞したりと。実際に実行してみたりと非常に良い。
悔しさと後悔の念で涙を流す『あの時もう少し頑張っておけば』と、なんと風流で趣のあることだろう。
「—は超——貴——調—はと———付———ヨ」
出来れば、自分の将来が見えているものだと尚更良い。
世界で最も成長している企業の御曹司が、その企業を貰い受けるその日に本社ビルが炎上する。それだけでも俺は満足する。追加するならば御曹司が唖然とする光景も目にいれたい、そして録画して世界に配信したい気分だ。
世の中はさぞや幸福に包まれることだろう。
惜しむらくは魔法界では無いことだ。というか魔法界では禁止された、我が愛しの主様に。
なんでも性格がひねくれているらしい。おお、なんということだろうか。嘆かわしい、だけどテオの命令ならビクンビクン。
「——協——し狙—————間——」
生憎だがテオの幸福にまったく関係の無いことなので、この世界ではやらない。
不思議なことだがテオが言うには俺のこの趣味はまったくテオの幸福と関係ないらしい。
それならばしょうがない。遠くから『ごく普通に自然発生』した人の不幸を舐め取るように見るとしよう。
そういえば…テオに送った奉納品に喜んでくれただろうか。
皇族にはちょっと地味なような気がするが…まぁいい。寒くなったときの燃料にもなるという一石二鳥な物品だったから。
いやまて、嫌いな奴の首をしめるときの布にも使えるということは一石三鳥…!?なんということだ、実に美味しいじゃないか。だがそう考えると(略)(略)(略)(略)
「—————————不————」
いかんいかん、無駄な永遠思考のせいで隙が出来てしまった。これは非常にやばい。
狙撃手たる俺が内に引きこもるならまだしも外のことを忘れるなぞ言語道断。
思考分割(マルチタスク)もしようと思えば出来るのだが、いかんせん地味だからな。
実は俺が吸収した命の代価と情報を形成する魂の分だけ分割出来る。
その気になればスーパーコンピュターとやらにも勝てる、らしい。ただし今の姿だと人間サイズなので無理だ。
固定を解いて脳味噌の増設にいそしむ必要があるというわけだ。
固定なんか解くと俺大変なことになるから解かないけどな。
「——————————————」
さて、今日という日は実に素晴らしい日だ。
外がやかましいという点を考えなければ…いや、例え今日のように五月蠅いとしてもそれを大幅に上回る良さだ。
何を隠そう、俺が&ココ&に来て早21年目。
以前のことはほとんど思い出せなくなってきたが、それはどうでもいい。変に覚えていてもしょうがないことだ。21年前の今日俺は始まった。はじまりはとつぜんに、なんてレベルじゃない。
起動して数十秒後にテオに合うという幸運もさながら、俺は一体どこへ行くつもりなのだろうか。
「——————————————」
最初のほうこそ、ただ面白がっていただけだが今はそんなつもりはない。
現に真剣(マジ)で俺の心が壊れているということにも気付いた。やはり投影は色々やばい。
属性の件もあるし、やはり不安に思っていた。俺の思考(テオ愛)は借り物かどうか、という不安だ。
俺の本当の考えは一体どこにあるのだろうか?あの埃と煙の赤銅色の工場街も、昔は時々見る程度だったが今はそれしか映っていない。精神崩壊が進行している原因は投影か。まぁ結局……
「そんなことはどうでもいい」
「ほう、さすがだネ。では本題に——」
借り物の思考だろうが、本心だろうが……俺の感情だ。そもそも否定することなどありえない。
自分で自分を否定するとは黒歴史を思い出した大学生かお前は。
そう考えると実にすがすがしいものになった。つまるところ、テオドラは最高ってことだ。ここは是非テストに出してほしい。
最近、テオドラのことを考えて意識が飛ぶなんてことも少なくなった。
これは一体どういう原因でこうなり、どういう理由で収まってきたのかサッパリだが…テオに報告すると文体上喜ばしいことらしい。ならばいいだろう。
「———?——主—力—————間———ッ!」
I'm a thinker. 俺は思想家、その考えはどこの存在か。
そんなことはどうでもいい。
一番肝心なのはどんな思考か、ということだ。
嘘も突き詰めれば本当になる。
うむ、実に素晴らしい言葉だ。俺の想いよテオドラへ届け!!ヘラス帝国のテオドラへ届け!
「で?お前は誰なんだ?」
「エ?」
○
「………」
超鈴音は唖然とした。
何を隠そうこの正面に、こちらに背を向けているフードの男が「まったく聞いていない」からだ。
噂通り、嫌な部分で的中したと胸にこみ上げてくる不安が露わになる。
てっきり聞いているかと思ったら…名前の部分、つまるところ最初っから聞いてないという。
主以外は最低限でしかない彼がまさかここまでとは思わなかったのだ。
「なるほど、答える気は無いというか」
「ままま、待つネ!」
ガチャンと撃鉄を起こし出した狙撃手に慌てて手を振りながら答える。
確かに答えることは出来なかった、しかしそれは名前を明かすことにためらうとかそんな話じゃない。ただ唖然とし、反応が遅れただけのだ。
その程度で銃を向けてくるとは…いやまだそこはいい。
一番問題なのが『話をまったく聞いていない』ということだ。俄に信じがたい。夢であってほしい。
妙に力説していた自分がただの一人芝居だと気付いたとき…彼女の心情は羞恥で一杯だった。結構半端無いレベルで。
「本当に聞いて無かたのカ!?」
「………何を?」
「(うわー)」
残酷な現実(テンシ)の正体(テーゼ)を知り、なんとも言えない感情が心底から滲み出す。
『やっちまったぜ!てへっ』なんてレベルじゃない。
非情な現実の前に、彼女はがっくりとうなだれるしかなかった。
そんな理解不能の光景を見ていた狙撃手はこの少女が一体何を目的としているのかサッパリ不明(聞いてないだけ)なので、とりあえず銃口を向けてみたものの……
「(……え?何?何かした?というかこの莫迦中国不法侵入なんだけど)」
珍しく混乱していた。
彼から見れば、突然後ろにエセ中国人みたいな少女がいきなり背後にいて名前を聞いたら慌ててがっくり項垂れるという。5W1Hの大半が不明という状況。
何か一人でブツブツ言っている少女に若干イラツキながらも解決策を脳内で求める。
「(銃殺……目的が不明却下。撲殺……面倒。埋める……どこに?コンクリがいいな。帰って寝る……よし、それだ)」
「あ!ちょと待つネ!」
危険な思考から一転、何がどうなって『寝る』という選択になるのかサッパリ理解出来ないが、とりあえず寝ることにした狙撃手がその少女に背中を見せた時だった。
狙撃手はこの少女がただの痛い子としか見ておらず無視することも出来たのだが、どこかで見たことあるような気がしないでもないので……でも顔を向けることなかったが立ち止まった。
「私は超鈴音(チャオ・リンシェン)ていうヨ!『帝国の狙撃手』アナタに話がある………ちょ!?待つネ!お願い待……うわぁ」
そーなのかー、と呟いた狙撃手は部屋に戻ることにした。
狙撃手は、正直名前を知っても特にどうでもいいという人間(バケモノ)だったのを忘れないでほしい。
ある意味本当の名前が無い彼にとって名前とは肉塊の識別用語みたいなものだ。
彼が見るのは中身の情報だけ、テオドラ以外(ここポイント)特にエセ中国人という怪しさ格別満点大喝采の人間が相手だと尚更のことだろう。結局終始話を聞いてなかった狙撃手だった。
「(噂通りにもホドがアルーー!?)」
うがぁ!と両手で頭を抱え込み、無人となった高層マンションの屋上で一人もがいた。
その噂がまさしく彼そのものだという現実は、天才の彼女と言えど理解出来なかったらしい。ある意味彼と対等に話し合うつもりならば…彼と同レベルでテオドラを語るというのが近道かもしれない。なぜならば、彼女もまた特別な存在なのだから。
○
『帝国の狙撃主(スナイプ・オブ・インペリアル)』に関する話を聞いたことがあるだろうか。
彼はその名前の通り帝国……魔法界のヘラス帝国という超大国の英雄である。
様々な亜人がたむろしていたその地域にて、頂点になり帝国を気付き上げたヘラス族にちなんでいる。
その帝国の第三皇女テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア、長ったらしい名前だが皇族だと考えると普通かもしれない。とりあえず第三皇女に仕える、護衛として存在するのが彼、ダブル・シックスだ。
彼の名前は魔法界全域に知れ渡っている。というのも彼は、先程述べたように英雄だからだ。それも大英雄と呼ばれるほどの存在である。
英雄と言えば彼と同時期に存在した『紅き翼』の面々も数えることが出来る。とはいっても帝国内ではやはりシックスのほうが人気である。
『紅き翼』の代表として『千の呪文(サウザント・マスター)』ナギ・スプリングフィールドがいるが…そこはどうでもいい。
シックスにまつわる話として有名なのが『連合と帝国』と略されている話だ。
『連合と帝国』簡単に言えばシックスは「連合にはすこぶる嫌われているが、帝国では何よりも人気だ」という話だ。
大戦時において連合を壊滅においやったという観点からすれば無理も無い話なのだが、そこで出てくる問題が『紅き翼』だ。
彼らは大戦時、連合の戦力として参加した。つまるところ、帝国の人間からすれば『紅き翼』、連合の人間からすれば『帝国の狙撃主』が嫌われるのも問題はない。
しかし、帝国内でも『紅き翼』は人気がある。そりゃ世界を救った英雄だ、当たり前だろう。そこなのだ、問題というのは。
何故狙撃主は当たり前に連合に嫌われていながら、『紅き翼』は関係ないのか。
それは日夜様々な憶測が交錯しているが…有力候補なのが「元老院じゃね?」という意見だ。
どこの国、世界でも政治家というのは腐った奴が多い、そういうことだろう。だが、ここまで色々語ったが結局は人それぞれだ。
連合内でも狙撃主に憧れる少年はいるし、妙に金がある(理由は不明)狙撃主のファンクラブに所属している存在もいる。
さて、もう一個有名な話を上げるならば狙撃主の思考回路についてだろう。
彼が主である第三皇女の護衛で、彼女以外には働かないとはこれまた有名な話だ。
その結果、殺す殺さないがかなりシビアなのだ。大戦終了後、彼は帝国内のみで働いていた。
彼の仕事内容は「帝国内の賞金首、犯罪者、犯罪組織の抹殺」だ。
そこで彼の性格が顕著に顕れる。
9割が死亡、1割が精神に異常をきたすという残酷な結果しか残っていない。
さすがにこれでは帝国連合関係なく「平和」を唱う人間には眉をひそめてしまう話だろう。
そういう部分では、帝国にも反感を買う存在はいる。だが、結果として帝国内での犯罪は激減(おかげで連合内で激増)していると、それを表だって言う人間はいなかった。むしろ「殺さなくては解決しなかった」問題も解決しているという。
例え戦争を生き抜いた軍人でも、自ら進んで殺すことはほとんど無い。
戦争以外では「殺す」という行為は&犯罪&である、だからこそ倫理的な…。
シックス自身がどう思っているにしても人々から見れば「自分達を護るため手を汚す」という聖人に見えてしまうのだろう。
もちろんシックス自身は第三皇女以外を護るという行為はしない。ただそれは第三皇女を護るという過程の間にあるだけだ。それに加えて「妾、仕事する男が好きじゃ」という公式宣言の結果でもある。
翌日ヘローワークが大いににぎわった。…例えば、公式には存在しない彼の弟子が、彼と対立したとき。彼は迷うことなく弟子を撃ち殺すだろう。それぐらいの思考回路を持つ。もとより&普通&の観点では無いのだ。
彼が帝国を離れたのは、第三皇女の命令でもあるし願いでもある。兵器として存在する彼が、いつか…という願いだ。
「ヒクシッ!」
「風邪ですか?テオドラ様?」
「噂なら十中八九シックスじゃろうがな……」
To be continued