第三十射 造物主の罠
ピリリリリリリ……
「んあぁ?」
ガンガンに冷房の効いた部屋の中で、もぞもぞと毛布にくるまっている男が一人。
ずるずる動いたかと思えば、枕元にあった赤色の携帯電話を手に取った。どうやら彼の携帯にメールが届いたらしい。
彼は疑問に思った。
なにしろ彼にはメールアドレスを交換するような友人はいない、作る気もない。
携帯電話が鳴るということは大抵麻帆良学園の学園長からの任務通達程度だ。というかほぼ100%それである。
ジジイからのモーニングコールに死にたくなったりする彼だが、数秒後にはその考えは忽然と消える。つまり、彼の携帯電話には電話しかかかってこないのだ。
学園長側としてもメールなどという時間差がある物よりも速攻性のある電話を使うため、メールアドレスの交換などしていない。誰だ?という疑問を持ちながら彼は携帯を開いた。
「oh、It is dream」
これは夢です。
ガシャンと携帯電話をゴミ箱に投げた。
携帯電話は綺麗な放物線を描きガコンと的中する。やれやれ、と堅くなった体を伸ばしながら彼はブツブツと呪詛のように何かを呟く。
コキン、コキン、と体の様々な関節から音が響き、妙に心地よい感じを楽しむ彼だったが顔は不機嫌そのものだった。
何を隠そう、モーニングコールがジジイから異魔神『龍宮真名』に変わっただけだ。何を考えているのか、写真が添付さえている。
彼は時計で現時刻を確認すると昼少し前、おそらく彼女が学園に行っているはずであろう時間だ。
「(おかしい……俺が夢から覚めないとは)」
ゴミ箱に入っている携帯は開いたまま、画面には一人の褐色の少女(?)が映っている。
彼女こそ狙撃主ダブル・シックスの一番弟子の龍宮真名。
とても中学生とは思えない体つきで、成り立ちを見れば10人中7、8人は振り向くのではないかというほどの美貌だ。
褐色肌で黒髪は腰辺りまで伸びて揃えられている。どんな美貌であろうと、彼にとってはどうでもいいことなのだが、一つ一つのポイントが何故か彼……シックスの好みをピンポイントにつつくという始末なためこの上厄介である。
「(あぁテオドラよ。どうして貴方様はこのような過酷な試練を俺に)」
壁に掛けてあった十字架(っぽい銃器)をどこの宗教かわからない拝み方で拝む。
彼女の姿だけでも彼にとってはなかなかつらい。何よりも、彼の主であるテオドラに全てを注ぎ込む彼にとっては、その決意を打ち砕く邪悪な化身にしか見えないのだ。極めつけは彼女の服装。
「(なんで巫女服なのだ……いや、それを何故俺に送る?)」
ガツンガツン、と壁に頭を打ち付ける彼。
画像の彼女は紅白が美しい日本の美『MIKO』の格好をしていたのだ。ただでさえ、隠れた彼の性癖を貫く彼女の美貌だというのに。これまた追加要素で彼の属性を見事に撃ち抜く『MIKOFUKU』装備だ、これはやばい。
彼の頭が壁に当たる度に、壁にひびが入り陥没していくが気にしない。高層マンションなりに防音防震機構のため、下にすむ人々には被害が行っていない、はずである。
「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅爲樂」
悟りワードを連発し、胸を貫いた邪神光線に抵抗する、彼の脳内では、脳内シックス十常侍が戦争を起こしているだろう。
一人一人が、行動こそ違うにしろ彼と同格の存在だ。それが10人一度に暴れているのだ。
かつての戦いよりついに7対3になった状況だ。一見テオドラ派が有利に見えるが、裏切った3人は脳内シックス十常侍の中でも極めて攻撃的な感情を司っている&滅殺&を筆頭に&究極&&破壊&そして今でこそテオドラ派に戻った&絶望&だが、またいつ裏切るか定かではない。
「国破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心 烽火連三月 家書抵万金」
その言葉はついに漢語にも至り心を静める。
愛の試練、愛の試練、という言葉を徹底的に口にし己が&世界&を保とうとする。彼は思う。
「待て、慌てるな。これは造物主の罠だ」
まったく関係の無いことなのだが、とりあえず誰かの責任のしなくては気が済まなかった。
そうしなくては精神に、今以上(異常)の崩壊をもたらすことになるだろう。
ぐわぁぁ、と蠢きながら彼は毛布を被ったまま——ずるりずるりという擬音が似合う——四つんばいで歩き回った。
誰かに見られているならば、それこそ都市伝説『悟りワードを連発しながら愛の試練を越えようとするモコモコ』が生まれることだろう。非情に怖い、決して近寄らないように。
「そうだ、死のう」
ヒャッハーァ!と言わんばかりにバァン!とドアを開けて外へ飛び出した彼。幸運にも目撃者はいなかった。しかし、妙に魔力を放っていたため少しだけ、魔法関係者に震えを与えてしまったのは余談である。
数分後、死闘の跡とは言わんばかりに削れて疲労困憊の彼が帰宅することになった。それは彼の弟子に見事に見られ、余計な出来事になってしまったのは…非情に残酷な話であった。
「(あぁ……光が見えるよ……)」
「んーー♪」
ご機嫌で包帯を巻いていく狙撃手と、動く力すら残っていない狙撃手。
学校にいるはずなのに何故ここにいるのか?そんな疑問を考える余力もなかった。
怪我は既に治っているのだが、師の性格に似たのか「え?どうでもよくね?」な感じだった。
○
数日がたった。
麻帆良学園祭まであと一日。だが結局は前夜祭ということで盛り上がってしまう日だ。
シックスは普段通り、学園長からの指令があれば動き、それ以外は寝る喰う出す遊ぶまた寝るという極めて不健全な生活をしていた。時には寝ていたはずなのに時間が変わってなかった、ということもあったほどだ。
24時間寝るとは如何なものだろうか、さすがと言わざるを得ないだろう。
「何の話でしょうね?」
「さぁ……」
一方こちらネギ・スプリングフィールド及び桜咲刹那。
前夜祭で盛り上がろうと準備している最中のこと、おっぱい戦士源しずな先生から話があったのだ。
どうにも学園長が彼らに話があるらしく、世界樹広場前に来るよう言ったのだ。
何の話か検討もつかない二人と一匹(オコジョ)だった。
広場に来ると、桜咲刹那が違和感を感じる。前夜祭ということで麻帆良全域大いに盛り上がっているはずなのだが、どうにもその広場は麻帆良の象徴とも言える世界樹の側にあるのにもかかわらず、人一人たりともいなかったのだ。
「あれは……?」
「お……ネギ君」
広場前には確かに学園長が待っていた。だが、彼の後ろにも多数の人間。
スーツ姿の、いわゆる教師から、制服姿の生徒、はたまたネギ・スプリングフィールドの好敵手とも言える犬上小太郎の姿も。あいかわたず謎の学ランを装備しているが気にしない。タバコをくわえたタカミチもいたのだが、何の集団か見当も付かなかったネギだった。
「あのー、こちらの人達は?」
「うむ、ネギ君にはまだ紹介しておらんかったのぅ」
集まっているのは魔法先生、及び魔法生徒。という話だった。
ネギは修行のためにここに来ているのだが修行だからこその計らいか魔法先生の存在を知らなかった。
大勢の関係者に驚くばかりだった。
先生達から筆頭に次々と握手やらと挨拶をしていく。特にガングロの教師からは強く握手されたが少年は何のことかわからず、桜咲刹那もまた仕事以外のことで目にするよりも大勢にいたことに驚いていた。
「一応……あと一人いるんじゃがなー。恐らく来ないと思うので説明するぞい」
あと一人、という部分にはネギだけではなく周りの関係者達にも驚きがあった。
関係者達は「既に全員揃っている」と思っていたのだが、実はそうではなかったという。
ほぼ身内という関係とも言える彼らですら知らない追加戦力。そこで思い当たるのが『狙撃手』だ。
数ヶ月前から学園長の私兵として活動し、非情な存在であるのだが確実に任務を成功させ、あまつさえ狙撃手が現れてからは一気に楽になった、というのが正直な感想だった。ついに彼が来るのか、という淡い願望もあったが、どうやらそれは無駄であったらしい。だが、やはり気になる面々としては面白く無い。とはいっても例えここで「腰抜け」などと挑発しようにも肝心の相手がいない。
その上本物の狙撃手にとってそれはホメ言葉になるだろう。むしろ喜んで引きこもる。本当に面倒くさい性格をしていることで有名なのだ、彼は。
「まずネギ君、君は"世界樹伝説"を知っておるかな?」
&世界樹伝説&毎年毎年流行る程度の噂だ。
よくあるレベルの『伝説の木の下で告白したら成功する』という出所が個人の願望に満ちあふれている噂だ。
普通ならば&ありえない&と一言で一蹴出来る。しかしここは何を隠そう麻帆良学園である。
魔法という神秘が日常に隠れ潜み、尚かつ日々人外による攻撃にされされている(防御する側も人知外な人間)ことを一般人が知ることもない。
そういう存在がいるからこそ、あながちその噂も本当なのかもしれないということだ。
「実はな……それ本当なのじゃ」
てへっ、という感じで舌を出しながら巫山戯る学園長に一同から若干殺気が飛んできたところだった。
その噂というのはやはり本当らしい。しかし、と付け加えるには22年に一度という周期だと言う。それが丁度今年だという話だ。
原理としては世界樹が溜めに溜め込んだ魔力が最も多い時期であり、俗に言う人々の願望を叶えるほどの高密度であると。その噂(誠)が麻帆良全域に伝わっており、確実にそれを実行しようとするものが出る。
それを妨…阻止するのが彼ら魔法使いの役目だという。
「22年に一度の周期で魔力は外に溢れだし、世界樹を中心とした六ヶ所の地点を起点な魔力だまりを形成するのじゃ。この魔力が人々の心に影響するのじゃなぁ」
ギャルのおパンティおくれとか即物な物はダメじゃがな、と最後に付け加える学園長だった。
思えばここの集会にシックスが参加しないのもうなずける。他人の感情がどうかなろうとも、彼にはまったく関係の無い話であるからだ。むしろ、側に第三皇女がいるならば術式を用いてまで無理矢理魔力を引き出し実行犯にもなるだろう。そんな奴だからなぁ、と学園長は内心ヒヤヒヤする思いだった。
彼の砕けた常識を信じ、とりあえず説明を続ける学園長。更に付け加えて成就率は120%らしい。20%がどういう意味なのかまったく理解出来ない。
5人告白すると6つのカップルが出来るとかそういう話なのだろうか。
○
「天候は晴れ、忌々しい太陽だ。ガッディンム!」
突如ワケのわからない罵倒を呟いたのは彼の帝国の大英雄とも呼ばれた『帝国の狙撃主』ダブル・シックスである。
麻帆良前夜祭ということもあってか、既に祭が始まっているのではないかと言っても変わりがないほどの繁盛っぷりだった。
そんな中、無表情なりに忌々しそうな顔をしている彼が歩いていた。
いつものローブではなく、どこにもありそうな普通の格好だった。サングラスを装着し、ほったらかしのせいか白髪が風にゆれることも無い。
麻帆良という特殊な地域のせいか外見だけではどこかの怖いお兄さんにも見えるが避けられるような空気でも無かった。
「前夜祭チケットあとわずかだよー!」
そんな声があちらこちらで聞こえる。
もちろんシックスはその声に止まることもない。欠伸を漏らしながら道を征く英雄がただ一人。本当ならば数刻前、学園長から呼び出しがあったのだが任務の概要を少し聞いただけで彼は考えるのを止めた。
どうにも学園長からの任務はお気に召さなかったらしい。というのもその任務というのは「告白するのを阻止せよ」という、本人としてはあまり使いたくない英雄という立場だが、20年前の大戦時で多くの人間を殺した彼にその任務だけは無いと思う。
それとも、よっぽど大変な事なのか、と疑問を覚えたシックスだったが、それも違うらしい。
「(むしろ参加したいぐらいだ)」
告白すれば120%成功する。
人々の感情を弄ぶのは魔法使い達の間でもタブーとされていることで特に麻帆良では大多数の人間が生活している。
告白する人の数も多数だろう。危険といっちゃ危険だが…何故それが告白というベクトルにしか反応しないのか?という術式をそれなりに嗜んでいる彼にはすごく気になる処だった。木なだけに。
言葉に反応するなら「俺の肉〇〇になれぇい!」でもいいような、というのが正直な感想だった。
「(戦闘……?影かこれは?……あ、あれ食おう)」
遠い場所で戦闘の気配があったようだ。しかも使われている魔法は影。
影使いというのは非情に珍しいのだ。使用上やら外見上やらも&正義&とはまったくかけ離れている存在というのも加算されているのだろう。もっとも、シックスのように影を使う英雄が現れたことでその考えは薄まってきている。
結局、彼は戦闘が行われていることは察知したが、自分に被害が来るということも無いため放っておいた。
特に関係ないがそこら辺で見つけた出店の焼き鳥をんめぇんめぇと貪っていた。
「(おーおー、派手にやりよるわ)」
無関心ではあったが彼の眼がその光景を捉えていた。気分は野球観戦といったところだろう。
そこにビール缶があれば彼は間違いなくオッサンだ。いつのまにかネギ・スプリングフィールドと一緒に行動するようになっているいつぞやの狗族・黒髪の闘士に京都神鳴流・桜咲刹那。桜咲刹那が一人の少女を抱え込んでいる。
どこかで見たことあるなぁ、どこだったっけ?と先日の挨拶を完璧に忘れているシックスだった。その4人組を追いかけているのは彼が反応した影人形。
「(オ○ラ座の怪人か)」
影人形の顔がまさしくオ○ラ座の怪人みたいな仮面をしていた。
遠隔操作も着実にこなしている分をみると結構出来るようだが肝心の戦闘が正直すぎてダメっぽかった。というのが彼の感想である。とりあえず数をコントロールするように訓練されたのだろう。買った焼き鳥の完食し、彼はまた歩き出した。
「(厄介事は面倒アルね〜……あ)」
そこでようやく、桜咲刹那が抱え込んでいた人物について思い出す。だが彼の知る中国人が二人いて、尚かつ見分けるつもりも無いためか、彼の想像ではなにかと色々と混ざっていた。微妙にモンタージュされ、その人物はこの世界に存在してはいないだろう。
そしてやはりシックスは名前を思い出せない。予想通り!という顔でもしてくれればいい。
「(えーえー、超……チャオズ?なんだ餃子か)」
正面にある中華料理を出す屋台を発見し、答えを得る。
もちろん間違っているのだが、そんなことは知らなかった。
適当にカウンターに座り、辛い物を徹底的に辛くしろとの注文を与え、適当に待つことにした。
視界の端っこにロボットらしき少女、というかエヴァンジェリンの従者がいたようだが誰がどこで何をしてようとも、テオドラ以外どうでもいい彼にとって、話の種にもならない些細な事だった。
「お待たせしました。サー・シックス」
「ご苦労」
エビのチリソースを飲み物のごとく貪る彼がいた。
麻婆豆腐を主食のごとく食べる彼がいた。
担々麺をデザートのように完食する彼がいた。
彼の好物はエビのチリソース、というか辛い物全般。色々混ざっているせいで味覚が鈍いのか、それは定かではないがとにかく辛い物が好きだった。
まぁ、これは蛇足になるのだが。
(((((サー?)))))
そしてこれが周りの人間達の感想だった。
To be continued