第三十一射 ししょーー
太陽が地平線の彼方に落ちる。反対側から月がゆっくりとゆっくりと。
日本のとある学園都市・麻帆良学園。その麻帆良の学園祭がいまやいまやと始まろうとしていた。
街々の灯が、天上の天井に散りばめられた星々の輝きが、学園祭を大いに盛り上げようとしているが如く。
ハラワタにまで響くように重く、それでいて心地よい音が空に広がった。花火だ。赤や緑、黄色と空に華が咲き誇り、そして炎のように儚く散りゆくその一瞬。
麻帆良学園のいたるところで上がり続け、散り続け…そんな空に一角に人々を乗せた飛行船が一つあった。
飛行船自体はところどころに浮かんでおり、誰も疑問に思うことすら出来ない。
「ネギ先生達はどうでしたー?」
花火が打ち上げられ、散るゆく光景を背景に、そのときの音をバックグラウンドミュージックに。ローブを着込んだまん丸メガネの少女が、側に立っていたもう一人の少女にそう言った。
言葉をかけられたシニヨン(お団子頭)の少女は、彼女こそ今回のとある作戦を企画している『超鈴音』だ。うむ、と言葉を出し、嬉しそうに笑うその姿はまさしく少女だろう。最も頭の中身は百年は先を行く天才なのだが。
「茶々丸のデータやハカセの話通り……いや、それ以上に良い奴だたヨ」
ペコリ、と更に後ろに控えてた『絡繰茶々丸』がお辞儀した。
その飛行船の上には彼女たち、合計で三人いたのだ。
なぜ、エヴァンジェリンの従者たる&彼女&がここにいるのかはまだ不明ではあるが、彼女は彼女で己の信念でも貫いているのだろう。
「上手く味方に引き込めれば、かなり使えるかも知れぬヨ」
花火がはじける光に照らされながら彼女たちの作戦は一歩ずつ、一歩ずつと着実に進んでいた。ただ、ハカセと言われた少女が、後に続けるように己が言った言葉に後悔することになる。
「引き込むと言えば、狙撃手さんのほうは?」
「………」
無言で超鈴音は返した。
少し後ろのほうに立っていたハカセと呼ばれた少女は、見事に何かの不機嫌オーラを背中から出しているのを見てしまうことになる。
そっと超鈴音のほうへと歩き、回り込むように顔を覗き込んでみれば、よくある「嫌な奴に会った」時の顔をしていた。
少し肩が震えている。ハカセと呼ばれた少女も、実はものすごく頭が良い。故に&地雷&を踏んでしまったことに気づき、絡繰茶々丸もまた「まぁ彼ですからね」と、声には出さずに呟いた。
「無視されたヨ……恐らく、というか10割の確率で名前も覚えていないネ」
フーフー、と息を吐き心を落ち着けようとしている。
空の向こうでサムズアップしている彼について、よほど嫌な思い出あるのだろう。
話しに行ったはずなのに、確実に名前を覚えてもらってもいない、という何がどうなってそうなったのか、それを想像も出来ないハカセだった。
修学旅行の時からチョクチョク見ていた限り、徹底的に無視をするような人間では無いはず、と思いこんでいるハカセだがそれは実に間違いである。
あのときは仕事の件もあった、そして何より今回は超鈴音のタイミングが悪かったと言わざるを得ないだろう。
「彼の性格から考えて、敵対することも無いネ。まぁ味方になる事も無いのは置いておくヨ」
キッパリと言い放つ。だが、そんな言葉とは裏腹に顔は相変わらず、なんというか嫌な奴とバッタリ廊下ですれ違ったときの顔をしていた。
絡繰茶々丸は一応その&嫌な奴&のことは周りの二人よりかは知ってはいるものの、そこまで嫌われる彼が一体を何をしたのか非情に気になるのか、脳内にあるデータベースを掘り返していた。
もちろん、それで答えが出るわけではない。
「予感が当たったというか、想定していた最悪の予感が的中とはネ……」
クラシックならばキー!と叫びながらハンカチを噛みしめているだろう。
それぐらい彼女の心情はひどかった。
そのまま掌と膝を床(飛行船)におしつけ、がっくりと項垂れるかと思うぐらい。
○
「うふふふーー」
「あはははーー」
「捕まえてみるのじゃーー」
「よっしゃーー待てーーー」
「師匠ーー待ってーーー」
ガバッ!
天国と地獄を両方一片に味わった猛者がまた一人、太陽があと数時間で真上に来ようかという時間に目を覚ました。
たった一瞬の闇の波動を喰らった彼といえど、その闇の波動はいささか荷が重すぎたらしい。
変な汗と嫌な汗、そして心地よい汗を同時に流すという器用にもほどがある事態を巻き起こしていた。
冷房がキンキンに効いているせいか、ブルっと身を震わせる。本来、彼の肉体の特性上そういうことは起きないはずなのだが…彼の知りうることのない&何か&がそこにあるということだろう。
「(あ、Ambivalent!)」
アンビバレンツ、矛盾を司る言葉だ。
彼は思う。
テオドラを追っていたはずなのに、何故自分は莫迦弟子から追われているのか、と。
三竦み、とは言い難いがその光景はなんともいえない…まさしく『天国と地獄』だろう。
彼、ハァハァと息を荒くしている。一体どういう原理で&あのような&状況にいたったのか、何故自分はテオドラを追っているのか…
「(いや、まだそこはいい。むしろ捕まえる、うん)」
一番疑問に思うのが彼の弟子『龍宮真名』だ。
彼の愛する皇女を彼が追っている。
捕まるか捕まらないか、そんな微妙な距離がまた趣のある、と一人で勝手に頷く。で、そんな彼の後ろには彼がいつぞや与えた二丁一式拳銃『ケルベロス』を振り回しながら追いかけてくる彼の弟子。
「や、闇の波動が……ッ!クっ、腕が!?」
邪気眼が発動したのではなく、本気(マジ)で右腕の色が変わり始めた彼。
暗緑色になったかと思えば、いつも通りの白色、かと思えば鴉のように真っ黒な羽が皮膚の中から生えてくる。ついでに羽根の付け根から黒い液体もドロリと、表面張力に沿って丸みを帯びながらポタリと垂れていく。
彼は特に不安定なキメラ体であるためか、時折このように&中身&が漏れてくることもあるのだ。
恐らく異魔神に浸食されたせいで体を構成する術式に影響を与えたのだろう。フーフーと息を長くゆっくりと吐き、術式構築のメンテナンス。すぐに体の異常は収まった。
「(ハー、しんど)」
どっこいしょ、と言わんばかりにのそりと起き出す。
先程あった体の異常のことなど、すぐに忘れることにした彼だった。
意図的に異常を起こすこともあるし、何より異常が起きたところで体が変わるだけで何の悪影響もないためである。
そんなときふと、彼の視線が窓のほうを向く。飛行機が編隊を組んで曲芸飛行を行っている。
驚くべきは操作している人間はみな学生という点だろう。支配が空まで及んでいるとはさすが麻帆良と言うべきか、そこは安全性を考えろと言うべきか。
「あー、だるい」
もぞもぞと再び布団のなかに潜り込んでいく。
英雄がこのような姿で本当に申しわけないが、それはそれで良いらしい。とは彼の言葉である。絶対に無い。
外では麻帆良祭が始まったようだった。
麻帆良全体に聞こえるかのようなアナウンスとともに一般客と思われる人々の河が動く。どこかのカーニバルっぽい際どい衣装をした踊り子が乗っている山車やら、というか本物の象にのっている奴もいるのだが。布団に入り込んだ彼には知るよしの無いことだった。
「(あーー頭が痛い)」
感覚器官が強化ではなく、元から異常なためか人々の気配を感じやすい。
万を軽く超える人間の気配が同時に襲ってくるというのも歪なものだろう。
戦場にて接近戦をあまり取らなかったことに今更幸運を覚えながら、一部以外の夢の続きを見れるよう呪詛を呟きまた眠り込んだ。
大きく麻帆良祭と書かれた凱旋門のようなモニュメントの下をくぐり抜ける人々。
麻帆良にある湖にて鳥○間コンテストをし、人々の努力の結晶を見る人々。
ネタに走ったあげく最低な記録をたたき出した鳥もいた。そんな彼にとって、どうでもいい日常が続く………ワケもなかった。
「(一人……二人?何故同じ気配が……)」
今度は悪夢でもなんでも無い。
布団を掻き揚げ起き出し、影の倉庫から普段着を取り出しどこかの手品のごとく一瞬で着替え、屋上へと身を乗り出した。
彼は嫌よ嫌よ、とは言っていたが、それで拒否をするというのも良い話ではない。彼なりに&悪い気配&を探してはいたのだが、そこで彼の思考通り変な気配があった。
「(分身……、いや、両方"本物"だ)」
どこかでまったく同じ気配がしたのだ。
魔力の波、気の波動と様々だが、似ることはあっても&同じ&ということはありえない。
それとも、同じ気配に見せるほどの制御に長けた術者という可能性だろうか。目的も不明、学園長からそういう話も無かった。
もう寝る気にすらなれない彼は外に出ることにした。外に一歩でれば、住宅街の一角であるのにもかかわらず祭気分。
自らの気配を周り同化させるようにとけ込み、そして謎の増えた気配を追っていくことにした。
○
そうして、行動したのが運のつき。
今更外に出たことに後悔を始める。俺は変な気配を探して、近づいていったのだが…なんということだろうか。
「いや、あの、これはですね!こういう趣味とかではなく……」
最近俺は幻覚を見る機会が多いと思う。
やっぱり外はダメだと思う。少しやる気を出してみればこれだ。また&コイツ&達だったというわけだ。
「あの、シックスさん。あまり見ないでください……」
見てはない。むしろ目に入れたくない。
この正面にいる桜咲刹那と莫迦餓鬼がコスプレしている格好など目の毒だと思う。
いや、まだコスプレはまだいいかもしれない。変わった格好をするだけだ、特に何の感想も覚えない。
莫迦餓鬼にいたっては着ぐるみだ。それは放っておいて、問題は桜咲刹那だ。
「なるほど、お前は痴女だったというわけだ。あんまり近寄るな」
「違います!」
と声を大きくして叫んでくるわけだが、安心しろ。もう隠す必要は無いぞ。こういうテンションが上がる状況だ、しょうがないさ。
一時のテンションに身をまかせるのは非常にいただけないが…人それぞれだ。特にテオドラに関係無いし。
「その安心しろよ、と言わんばかりの目を止めてくださいー」
バニーガール、というかウサギの格好をしているコイツは一体何なのだろうか。
莫迦餓鬼は先程言った通りもはや着ぐるみ、でコイツ桜咲刹那。ヘソどころかお腹の大部分を大きくさらけ出しているのはどういう意図だろうか。
オプションと言われるウサ耳も装着している。わざわざこういう格好を…俺心配。
「旦那、これは変装ですぜ!」
「なるほど、変装でこれか。……おめでとう」
何がですかぁ!?ともはや涙目を流している桜咲刹那(チジョ)はもうどうでもいい。
俺にはウサギの属性は持っていない。もし持っていたら消毒してやるところだ。俺の精神世界的に考えて。
狐の格好をしているのならばっ。俺は修羅道に落ちる覚悟も持っているぞ。
何かのフラグが立ったような気がする。具体的にいうと莫迦弟子に。末恐ろしいものだ。
「あ、旦那にアレのこと聞いてましょうぜ!」
旦那旦那五月蠅いこの夢の国のネズチュー。
アレとか俺の正面で言われても困る。厄介事を持ってくるつもりかっ。察しろよ、もう俺は働きたくはない。
やる気出してウサギガールの痴女を見てしまったのだ。仕事をしないということを、この残酷さ故に大目に見てほしい。
「あ、シックスさん聞きたいことがあるんですが……」
そう言いポッケから何かを取り出した。
時計らしき物体、らしきというかまんま時計だ。魔力が籠もっている時点で普通ではない…マジックアイテムだということはわかるがそんなもん見せられても俺にどうしろというのだろうか。
鑑定眼なんてまったく持っていないのだから勘弁してほしい。
「これ、カシオペアっていうんですけど……実はこれタイムマシンなんです」
「なん……だと……!?」
いや、まて落ち着け。
本当にタイムマッスィーンだと確定したわけじゃ……。あれ?もしかして気配が増えたのはこれのためか?なるほど、それならば納得が行くというものだ。
問題は何故それが莫迦餓鬼の手元にあるかという。
古今東西関係なく時間操作は誰にも辿り着けない魔法であったはずだが……すげぇなこれ。
「なんでまたこんな代物を……」
「超さんから貰ったんですけど」
超……?チャオ………誰?まぁいい。微妙にどこかで聞いたことあるような気がするけど、どうせ中国人か何かだろう。
中国人の知り合いなんざいないし、知り合いがいたとしてテオにどういう影響を与えるか、十中八九与えることはないだろう。で、こいつが誰から貰ったとかはどうでもいいのだが、結局一番気になるのが何故ソイツは&コレ&を持っていたのか、である。
「一体どうやってこんなものを……使ったのか?」
「あ、はい」
「通りで、お前等が二人ずついるわけだ」
ゲェッ!?なんて顔をしている。なかなか器用なことだ。
たしかに、時間関連で考えると、同じ時間に同じ気配がいるのも頷ける。で、その超とやらも増えていないことを考えるとこのアイテムはこれだけしかないのか、あるとしたら何か制限があるのか、聞いてみたところ…実験的なアレだそうだ。
下手をすれば狭間に落ちるとかいう。それを使うとかどんな命知らずかっ。
「そういえばシックスさん」
「ん?」
で、いきなり真顔になって言葉をかけてきた桜咲刹那。いや痴女だった。
「超さんが火星人とか言ってましたけど、実際そういう宇宙人っているものなんですか?」
「火星、ね。いや"そんな奴"はいない」
そうですか、と頷く桜咲刹那。どうにも超とかいう奴は火星……間違いなく魔法世界に関する奴なのだろう。
そしてタイムマッスィーン。
これは未来の科学とかわけのわからないものらしい。未来の火星人、まぁ魔法世界人のことだろうが…嫌な予感しかないな。
そんな奴がこんな異次元アイテムを作り出してまで過去に来ているのだ。何か行動を起こすのだろう。というかそんなことを言ってたような気がする、誰かが。そりゃチャオズか。自爆が十八番なのだろうか。
「もういいな。まったく面倒なことを……」
俺は転移することにする。
人々の前で転移しても「映画の撮影か?」とか「手品すげぇ」とか。認識阻害の魔法について少し議論したくなるけど、やはり面倒だから止めておくことにしよう。
下手をしたら犯罪起こしてもスルーされそうだ。魔力にものを言わせてやってみるか…いや、やめておこう。テオがなんて言うか想像したくもない。
○
痴女との出会いを胸に秘め、そしてそのまま忘れることにした彼。
冷房をつけっぱなしにして部屋に戻ってタバコを吸っていた。
全身から力を抜き、だるぅ、という感じで適当に時間を潰す彼はどうみても英雄の欠片すら見えない。
肺に入っていった煙が、自然に上るようにフヨフヨと彼の口から漏れる。時間は既に昼すぎを回っている。しかし彼には食事をとる気配も無い。
「(また増えやがった)」
寝ている途中に、世界樹がある辺りで妙な魔力が迸ったのを感じた、がどうせまたアイツらでしょ、ということで無視していた。
結局麻帆良祭1日目は彼、シックスに無駄な疲労を与えただけで終わることとなる。
いまだにゴミ箱に入っている携帯電話が震えていたことにも、そのときネギ・スプリングフィールドが英国紳士としてディープキスを行い人一人を悶絶死させようとしていたことも、彼の弟子が昼間の任務にて(何故だか知らないが青筋を立てながら)大多数の告白を台無しにしていたことも、やはりネギ・スプリングフィールドがまた別の誰かにフラグを構築していたことも、彼の知る処ではなかった。
更に言うならば、超鈴音の作戦において非情に重要な部分となる麻帆良武闘祭も、彼が動くには賞金のお金が足りないらしい。いや、たとえ足りていても彼そのものがこの存在のことを知らなかったため、余計に無駄になっただろう。
エヴァンジェリンや、学園長の念話を子守歌にして「いい仕事したぜ」的な顔で彼の睡眠はより深く、暗い底へと沈んでいった。また捕捉程度だが、武闘大会にて彼の旧友は彼が来ることを期待はしてはいたものの、反面間違いなく来ないだろうと予言のクラスで予測し、見事に的中していたことに少し喜んでいた。
ししょーー
「ギャーー!!!!」
かれでも ゆめには かてない
To be continued