第三十二射 雌鳥のくちばし
学園祭一日目の太陽が落ちた。
彼が寝ている間に、麻帆良学園にある龍宮神社にて行われていた麻帆良武闘祭の予選が進む。もちろんそんなことを知らずにグースカピースカか寝ていた彼だが、一応魔法界という異世界に君臨する超国家ヘラス帝国に所属する英雄である。
まぁそんなわけで、ただ寝ている状態からしても何かに反応出来る程度には成長していた。
毛布に包まれながら、時々悪夢にうなされているように見える。で、その少し後にはヴァルハラに辿り着いた戦士のごとく良い笑顔になったりと顔が忙しい。
そんな忙しさの中ピクリと全身に何かが流れるような動きを見せた。動きが一端停止し、毛布をかきあげながら目を覚ます。
「(重力魔法か、また懐かしいものを)」
彼は窓の外を見た。雲一つ無き晴天がどこまでも続いている。
いつも通りにコキリと全身の関節を鳴らし着替えを始めた。足下の影が伸びてきて彼の全身を包む。そして影が消えた瞬間には、背中に金字の紋様が描かれているフード付きローブ。
フードを深く被ると、今度は彼が影の中へと沈んでいった。ちなみに携帯電話はゴミ箱の中でバラバラになっていた。同時に麻帆良のとある場所にて影の門が開く。
「(……アルビレオか、またまた……ご冗談を)」
一人で微笑しながらその光景を見やった。
彼が立っている場所は瓦の上。瓦で組まれた屋根だ。正方形に組まれたその会場の場所は龍宮神社。
神社の名前を思い出し、彼の弟子との繋がりがあるのかと疑問に思うが考えたところで答えは出なかった。
彼と似たような格好をしている彼の悪友とも言える懐かしきアルビレオ・イマ。そして彼と対峙していたのであろう黒髪の少年は既に重力魔法で潰された跡を残し気絶していた。
(おや、あなたも来たのですか)
(重力を使ったのはお前かアルビレオ)
アルビレオの勝利宣言がおこなわれている最中にもかかわらず彼と念話をしている。アルビレオは——アルビレオと言われたことに文句があるのか——自分の名前をクウネル・サンダースを言い張る。
別に名前のことなんてどうでもいいと思っている彼にとっては、どれが名前でも関係無い。だからこそ、別に誰かの名前に拘るということも無かった。
(クウネル、ねぇ。お前実に莫迦だな)
(フフフ)
念話でわざわざ笑い声を飛ばしていくアルビレオ、改めてクウネルに舌打ちを飛ばす彼。
彼はクウネルに倒された少年が運ばれていく中に妙な視線を感じていた。まるで監視でもされるかのような視線だった。
神経をとぎすましてみるものの、結界でも張っているのだろうか、彼はその正体に気付くことも無くため息を吐いてその場を去った。
○
「あなたも参加すれば良かったのですがね」
「冗談言うなクウネル」
麻帆良のとある一角にて。相変わらずフード同士の彼らが対話していた。
クウネルの言葉に、嫌々と手を振りながら返す彼。フード付きローブを着込んでいる怪しい二人であるのにも関わらず、人々が彼らに何かの反応を示すことはなかった。
「まぁそういう風に思ってましたから」
フフン、と胸を張って言うクウネル。だがフードの奥から見えた彼の顔はいつも通り何を考えているのかサッパリ不明な顔で、勿論それを見ていたシックスも無表情で。やはり変な二人組だった。
そこでシックスが言う。「何故お前がここにいるのか?」という質問だ。普通の質問であるのだが、それは私が聞きたいです貴方に、と速攻で返された。少しの間だけ沈黙が続く。
「……まぁ誰が何処で何をしてようか、どうでもいいか」
「えぇ……テオドラ以外は」
勿論だ、と笑いながら返すシックス。
クウネルはその返事を聞いて満足そうに頷くのだった。
「私は図書館島の司書をやってます、地下に私の部屋がありますので」
「なんだこれは」
「招待状です。あなたに門番を殺されては困りますから」
ハハハ、と笑いながらクウネルが差し出してきたのは一枚の紙切れ。
シックスはそれを乱暴に掴んだかと思えば、それを地面に捨てる。しかし招待状は地面に落ちるどころか、影の中へと沈んでいった。
「ハッ、門番の役割台無しだな」
「まったくです」
歓声が溢れてきた神社のほうへと顔を向けながら彼は腕を組み、そして苦笑した。クウネルも釣られるようにその方向へと顔を向けた。
「どうやらキティ……エヴァンジェリンの戦いが始まるようですね、ご一緒に?」
「んーー、まぁいいか。精々見て楽しむとするさ」
一方はまるでいなかったように消え、もう一方は影の中へ。
不思議なことに、彼らが消えた場所にも、彼らが現れた場所にも人はいなかった。
妙に怪しいダブルフードが会場へと足を伸ばす。さすがに視線は集めたものの、麻帆良祭においてはこれより&怪しい&コスプレをしている人間がチラホラ、中には&素&で学生とは思えない体型の人もいる。エヴァンジェリンを含めて。
会場の真ん中、対戦が行われるであろう石畳には二人の少女が対立していた。
(ほぅ、貴様も来たのか狙撃手)
(頑張れよーキティー)
やる気がまったく感じられないシックスの言葉、だが言葉遣いはともかく内容が問題大ありだったのだろう。
威厳良く(小さいため良くない)桜咲刹那と対峙していたエヴァンジェリンはバナナに滑ったド○フのように滑って頭を打ち付けた。
会場の放送から聞いてみると、どうにも彼女が転ぶのは二回目らしい。すぐに起きあがったエヴァンジェリンは彼と、彼の隣にいたクウネルを睨み付ける。それに対してダブルフードは右手で握手したまま、エヴァンジェリンに左手の親指を立てている姿を見せ付けた。
(貴様かーー!アルビレオーーーー!!!)
(やだなぁ、私はクウネルですってば)
(落ち着けよ)
別の視点から見ればキーキー一人で騒いでいる幼女なわけで。もちろんその仕草も可愛いわけで、会場は変な空気になっていた。
エヴァンジェリンと対峙していた桜咲刹那も、彼女の謎の怒りに対して何も言うことが出来ず、もはや引いていた。
そのことに気付いたエヴァンジェリンは勿論怒るのだが、五月蠅いダブルフードのほうが重要なのだろう。後で縊る、と念話を送り再び対峙した。
「ところでクウネル」
「ええ、なんでしょう」
エヴァンジェリンと桜咲刹那の対戦が始まった。
桜咲刹那はエヴァンジェリンから対戦前に言われた言葉によって何かを考えているようだった。そのため、エヴァンジェリンの初撃とも言える攻撃を喰らう。
攻撃と言ったが、エヴァンジェリンは人形師たるスキルとして糸を使い、桜咲刹那の右腕を固定。
突然ワケのわからない状態になった桜咲刹那はさらに焦ることとなる。
エヴァンジェリンが糸を思いっきりひっぱると、桜咲刹那はまさしく人形のように投げられ、そして糸による関節技を追加される。
観客のほうは念力だの、なんだの色々と推測はしているが関係者以外では対戦している本人達しかわかることはないだろう。しかし、肝心のダブルフードはそんな状況に目をやることすらしなかった。半分はわりと本気で、もう半分は面白さで。
「なんでお前がこんなイベントに?」
「フフフ、ネギ君の様子を見ようかと思いまして。それに……ナギからの言葉を」
シックスの言葉に対して、ええ、と続いた返事。懐から一枚の仮契約カードを取り出した。
クウネル……否、アルビレオ・イマが持っているアーティファクト『イノチノシヘン』を使うと言うのだろう。
彼のアーティファクトは極めて珍しい物である。半生の書と言われる、人間の半生を綴った魔導書を用いて、その人を再現するという能力を持っているのだ。
コピーしたとき、それは人格から身体能力あらゆる面までを再現する。外見的特徴だけコピーしたりと、彼の性格が合わさって非常に嫌らしい能力であるのは間違いない。
「なんだぁ、ただの子供だろーが」
「ええ、そうですねぇ。だからこそ、妙に手を加えたくなるのですよ」
わけわからん、とクウネルに呆れながら返事をする彼。手をどこかのアメリカ人のように広げ、お手上げ侍と言わんばかりにため息を吐く。
そんな様子を見てどこか楽しそうにするクウネルにイラっと来ながらも、ようやく思い出したかのようにエヴァンジェリンと桜咲刹那の対戦を見やった。しかし肝心のその光景が……
「帰りたい」
「テオドラは我慢する男が好きなようですよ」
「なんだとっ」
糸によって固定されている桜咲刹那。そしてその正面に仁王立ちになったまま停止しているエヴァンジェリン。
シックスもこれがどういう状況かはわかってはいるが、見ているものからすれば非常に楽しくない。
覗いてみる方法もあるのだが、そういう魔法をわざわざ覚えることもしなかったので、適当にクウネルに流されるのだった。
彼女たちは恐らく、エヴァンジェリンが作り出した仮想空間内にて戦っているのだろう。エヴァンジェリンが&全力&を出すことは無いだろうが桜咲刹那としては&本気&を出さなくては確実に勝てない相手だ。
「そうだったのか。それは初耳だ……」
「ええ、頑張ってください」
30秒後解凍された彼女たちが動き出す。その間にシックスが「帰りたい」趣旨を述べた回数は合計4回、なかなかのスコアだ。
このスコアに満足するのはシックスではなくクウネルだったという事実は……ここだけの話だが。
「おえっ」
「(見えちゃいましたね、今)」
何故か猫耳和風メイドの格好をしている桜咲刹那とロリロリ合法幼女のエヴァンジェリン。
突然彼女たちが動き出し、そして桜咲刹那が一撃をエヴァンジェリンに当てた。そのまま倒れ込むエヴァンジェリンだった。
麻帆良武闘祭にて、エヴァンジェリンは桜咲刹那に敗北したのだった。
会場の隅っこには聞くだけ不快になる音を出すフードと、その光景を見て「もったいない」と呟くフード、二人はダブルフード!がいたのだが……それは一体どこの話だろうか。
「ふむ、私はネギ君に挨拶してきますが……どうです?」
「NoNoNo、面倒だ。厄介事の塊じゃねーかあの莫迦餓鬼」
クウネルはニコニコ笑いながら、では、と言いフっと消え去った。
やることが無くなったのもあるし、自ら進んで何かをやるつもりも無いためだろうか、クウネルが消えたのと同時に彼は歩き出した。
目的も無く、適当に歩き回ろうとしていたのだ。まぁ、運がいいのか悪いのかまた面倒なことに巻きこまれることになるのだが。
「(転移すればよかった)」
このように後悔するのは何回目になるのだろうか。
「少なくとも私は最初の一人は違う。憎しみを持って殺した。そこの大英雄はどうだ?」
打ち身程度の怪我であるのだろうが、治療を終えたエヴァンジェリンと桜咲刹那。そして神楽坂明日菜が会場の隅っこにいた。
やる気をだすと何故かこういう目に遭う彼は一体どういう星に生まれてきたのだろうか。星どころか中身と肉体は異世界の壁を越えているのだが、それは考えないことにしよう。
「………さぁな。最初は大量殺人から始まったからな」
戦艦を叩き落としたのだ彼は。恐らく多くの人間が死んでいるだろう。それを普通と受け取る自分と、むしろ進んで第三皇女のために殺そうとする自分が存在し、殺しを否定する自分なんか存在しなかったのだ。
殺すのが彼の存在意義、とまではさすがに言えないがテオドラを護るという役目を与えられた彼は殺すという行為には何も感じなかったのだ。
「た、大量って……」
「それを別に誇る気も償う気も、もちろん背負う気もないがな」
命を背負うとはよくある名言だ。
生き残った人々が思い半ばにして逝ってしまった。
それを作った者達がその思いを背負うということなのだろう。
「フン、狙撃手に聞いたところで頭が痛くなるだけだったな。神楽坂明日菜も桜咲刹那もソイツの話はあまり聞くなよ」
だが、シックスはそもそも考えからして違っているのだ。
彼が用いる考えはただ一つ『テオドラを護る』ということだけだ。
今でこそかつての通常の感情が戻って来ているとはいえ、その感情が中心であることは間違いない。故に、死を償うこともしないし背負うこともしない。
償ったことで命が戻るわけでも、背負って何かが生産されるというわけもでもないのだ。
それは全て&テオドラ&のためであり、背負うは全て&テオドラ&なのだから。
彼は所詮&兵器&なのだ、何に使おうとも鉄屑に罪は無い。故に、だからこそ&彼女&は敢えて背負うと言うのだろう。
彼は彼女のため、彼女は彼のため。彼は愛し愛される、彼女は受け入れ包み込む。
それはそういう関係であり、それ以外なんでもない。ようするにラブチュッチュしているわけなのだ、死ね。
「なぁに、死んだら関係なくなるさ」
彼の言葉に絶句しているのだろうか、神楽坂明日菜も桜咲刹那も言葉を出すことは出来なかった。
それは己のことを『大量殺人』と言い放った彼に対する軽蔑か、それともそうやって生きることしか出来なかった彼に対する同情か…彼の知る由は何一つも無く、彼は結局興味を失うことに繋がった。
「余計なことを考えるなよ、まさしく本当にどうでもいい奴だからな」
「で、でも……」
何か反論したいことがあるのだろう。しかし肝心の彼は既に影の中に沈み始めていた。
面倒くせぇ面倒くせぇ、と呪詛のように呟きながら。もう彼が仕事とテオドラ以外でやる気を出すことは無くなるだろう。
やる気を出して、何が悲しくて女子中学生に「あ、どもっす。俺殺人犯!」などと言わないといけないのか。モチベーションの欠片すらも失い始めた彼はただ独り、テオドラのためを思う。
「(これだから外は……)」
彼がふと、目に入った彼女たちの顔は何故か何かを決心しているような顔だった。
何が何だかわからない結果となったが、厄介事を運んで来なければなんでもいいだろうというスタイルとして考えるのを止めた。
最後にエヴァンジェリンが何かを思い出しのだろう、アルビレオの名前を叫びながら消えそうになっているシックス殴ろうとしていたことだった。
「ざんねん ざんぞうだ」という捨て台詞っぽい発言をしてシックスは転移していった。
もちろんコレは火に油を注ぐ結果になるのだが。
「(あーー、まさしく"これだから"だ。…これだからテオ以外は……)」
全てが崩壊しそうな問題発言は心の中で反復された。
転移先は勿論彼の家。屋上に転移し、彼はローブを影にしまい込むとすぐにハンモックに乗り込んだ。
&今は&良い夢が見れると信じて!シックスの(悪)夢はこれからだ!ご愛読ありがとうございました!
To be continued