第三十三射 勇者タカミチ
「邪悪な気配がする」
一眠りを終えたのだろう。彼が縁起の悪い言葉を口に出しながらノソリと起き出した。手で目をこすり、周りを見渡す。
太陽がカンカンに照るという状況に殺意を覚えたものの、そこは我慢して手元にあったペットボトルの中身を飲み干した。
太陽に当たっていたせいかぬる〜い状態なのだが、それは気にすることはなかった。
ハンモックから降りて、高層マンションの特徴たる高い屋上(当たり前のことだが)から、その邪悪な気配の原因を探しだした。
邪悪な気配というか、目撃したら銃弾が弾け飛びそうな、そんな気配を放っているのだ。
彼は魔力を通して眼力を強化する。かつて大戦において、個人携帯火器を持って軍隊兵器と同格にならしめた彼の眼は血のように赤い。ギョロリと目玉の様子が変わる。目玉に縦線横線斜め線が入っていく。複数の角膜を形成し、それを具現する。
「(………気持ち悪っ)」
数千から数万の視界が彼の脳内に同時に入ってきた。それを同時に処理し、それを探し求める。
彼の真っ赤な目は複眼となっていたのだ。まるで昆虫のような、というかまさしく昆虫のソレであるのだが。祭りでにぎわい、そして萎えることの無さそうな麻帆良の景色を観察する。
何というか邪悪な気配のというか、やる気とかそんな話を越えるような…具体的に言うとタカミチあたりが女の子とデートしてそうな。
「ハハっ、タカミチめ。俺に喧嘩でも売ってるのか」
彼の複眼の一つがその光景を捉えた。同時にもとの目玉に戻り、その光景を見ている彼の顔は大変なことになっている。
ゴゴゴゴゴ、と魔王登場間近のような震動が彼を包む。
彼が住んでいる高層マンション全体が震えているような気もするが、実のところ気のせいではなく事実で、一応別に住んでいる人もいる。しかし、麻帆良祭ということもあってか何の反応も無かった。
いよいよ心配になってくるが今は関係無い。
「………よろしい、ならば戦争だ」
彼の目玉が捉えている光景はすさまじいものだった。
『紅き翼』の一人として、その時はメンバーの背中を追うことしか出来なかったが、今でこそ最高クラスの戦闘力を誇るようになった彼、タカミチである。
30台に突入したのか、それとも修行の影響か老けて見えるオッサンだが、まさかそんな彼が14歳前後の女子中学生とデートだとは。なんたる状況か。ロリコンとか言っている場合ではなかった。
&狙撃手&たる彼ですら耐えることの出来ないことだった。自分は愛する第三皇女の側にいることが出来ないのにもかかわらず!なんでアイツは……ッ!?という感情で一杯だった。
彼の分割された思考666個、その全てにおいて『判決・有罪』という表明を出したのだ。そして最高議長である彼本人はもう言う必要がないだろう。
「タッカラプト・ポッポルンガ・プピリット・パロロロロロ」
どこかで神のドラゴンを呼び出しそうなわけのわからない言語を使いながら彼は影の中へ沈み込んでいった。
全ては平和のため、全ては愛する者ため、全ては隣人のため、彼は立ち上がったのだ。かつての大戦の時のように。何故ならば彼は英雄であり、一人の男であり、一人の戦士だからである。特に関係はないが。
○
「うあぁーーー!!工学部のロボティラノが暴走したぞー!!」
白衣を着た学生達がソレから逃げていた。そのまんまティラノサウルスの形をしたロボット、どうみても本物にしか見えないそれが暴走してしまたのだ。
太い二本足でドシンドシン走り回っているのだが、どんな科学力を持っているのか全国の皆さんにも考えてほしいものである。
そんな大変な現場だが、そこに運良くデェト中のタカミチと神楽坂明日菜がいた。
教員としてタカミチは動かなくてはいけない。神楽坂明日菜に、その場にいるよう言葉をかけて走り出した。
「いかん!!」
ロボティラノがぶつかった柱にヒビが入り込んだ。
そのまま倒れそうになるのだが、その下には身動きの出来ないワンコロが!?咸卦法を使い、瞬時に回り込み柱を支える。柱を支えるに当たって、その重量故か足下が陥没している。後はロボティラノを止めるだけだが、そこで問題が起きた。
「電池が切れたぞーー!!倒れるぞ!!」
どういう意味かまったくわかりたくないが、電池で動いているらしい。
見た目体長10メートルはありそうなロボットを電池で動かすこの異常をなんと表現したらいいのだろうか?あれだ「わけわからん」だ。
動きが止まったロボティラノはバランスがとれるはずもなく、その場に倒れ込もうとする。しかしその倒れ込もうとした場所には、麻帆良の生徒がいた。
腰が抜けて動けていない。まずい!とタカミチが思った束の間
ザンッ!
ロボティラノが真っ二つに&斬&られた。
別の方向に倒れ込み、肝心の生徒達は無事だったようだ。斬ったのは身長ほどもある大剣を持っている神楽坂明日菜。
常人の動きどころか達人でも、というか人間の動きじゃないのだが…瞬間にてその大きな物体を斬るという。
剣を振り回す才能、どれも一流と言えた。彼女がそんな動きが出来たのも咸卦法という気と魔力を融合させて行う究極技巧のおかげだ。
言葉にして言うのは簡単だが、実際出来る人間はほんの僅か。かの帝国の大英雄ダブル・シックスですら咸卦法を使うことは出来なかったほどだ。
——ゴゴゴ許ゴゴさゴゴゴゴ!!!!
自身ですら何年もの修行を経て到達した咸卦法を、女子中学生が使うという現実に驚きながらも、というか魔法関連は現実とは言い難いが、成長した彼女にしみじみと思っていたその時だった。
地震が起きたのだ。
本当のことを言えば、地震というより大気が震えているような、何かが現れるようなそんな雰囲気を、まるで魔王と対峙する勇者のごとく。
地震の中に微かに聞こえた謎の声、恨み妬みあらゆる負の感情を込めた悲しい声。奴が現れた。地面に大きな漆黒の穴を開けて、魔王が君臨した。
ォォォォオォォォオオ……
「タアァァァカァァミィィチィイイイーーー」
「ギャーー!!祟り神じゃーーー!!!!」
「オッコトヌシー!!」と誰かが叫んでいる。
黒い漆黒で全身を包みながら、漆黒の触手が全身を蠢き周り、長く伸びた黒い蝕腕が穴から吹き上がる障気により空へと伸びる。
ビコーン!と機械(ドム)的な音を出しながら、真っ赤な目が黒い塊から光り輝く。
じゅるじゅると全身の触手が蠢き、そして吠えた。咆哮した。万物を威圧する魔王の遠吠えが。
「■■■■■■■■■■!!!!!!」
「……え?なにこれこわい」
「たたかは、たたたたかか、高畑先生ななナニコレ!?」
何故か自分の名前を叫びながら君臨した【Rー18】を、突然のあまりに唖然としたまま見ることしか出来ないタカミチ。しかしそんな状態でも慌てている神楽坂明日菜を護るように、彼女の前に立っているのはさすがと言うほか無い。
ブッチャケ目の前の魔王に心当たりがあるのだが、ついに壊れたか、と薄情なことを思いながら「師匠、今会いに行きます」と遺言のように呟いてた。
「ジュスガン パガグゼボババゼゾソヂガスガギギ」
黒い穴から出てこようとする黒い物体。
障気をまき散らしながらその化け物(モンスター)が姿を現した。さすがにやばいと思ったタカミチはその時点でようやく正気を取り戻す。
周りの人間を避難させようにも、何かの映画と勘違いしているらしく、むしろ興味津々でそれを見ている。
戦士の顔になったタカミチに、神楽坂明日菜の胸キュンポイントが刺激されたり、それを遠くで見ていたストーカー軍団(ネギ+α)は未だに動くことを忘れていたり。
「クソッ!」
パァン!!と彼の居合い拳が化け物の頭部に直撃する。
彼の拳は、ポケットに拳を入れることで発動している。居合い斬りの要領で拳を出そうというトンデモ技だが、現にここにて体現している人間がいるのだ。
見えない拳圧を何重にも飛ばす彼だが、肝心のダメージを与えているかどうかはわからない。
黒い触手が弾け飛ばし、ウジ虫のように断片となった触手がビチビチ動き回りそして消滅する。本体は体を大きく反らせただけで、再び咆哮。
「ダァアァガァァアミ゛ィィィヂイィイ!!!!!」
「先生のこと呼んでるよねアレ!?」
現場にいる一般人から見れば、魔王(彼)からプリンセス(神楽坂明日菜)を護る勇者(タカミチ)という構図なのだが、肝心の該当者達はそれどころじゃない。咸卦法を使いタカミチが再び攻撃しようとしたその時、
ザンッ!
「■■■■■■■■■!!!!!」
「あ」
触手の塊が二つになった。大きくお腹の部分を横にまっすぐ斬られ、呪われそうな咆哮を上げながら影の中にドポンっと沈み消え去った。
斬ったのは同じく神楽坂明日菜だったが、勝手に体が動いたようで、更に自分が退治するとは思わなかったのか、周りからの拍手も耳に入らず、剣を握り締めていた手をじっと見ていた。
おおー、と一人で呟いたりしている彼女の側にタカミチが駆け寄る。
「大丈夫かいアスナ君」
「は、はい!」
すごかった、と彼女の頭を撫でるタカミチ。
突然のアクシデント(化け物)が出たものの、むしろそれの御陰で距離が縮まったような気がしないでもなかった。
憎しみとか、悲しみとか、そんなものが色々浄化された感じがする彼だが、また別のどこかで目覚めたような気がする。
○
「ウゴゴゴ、例え俺が負けても第二第三の……あ」
麻帆良の街の中、建物と建物の間にあるスキマ。
誰も来ないような裏通りには彼が倒れていた。
調子に乗りすぎた感も否めないが、まぁ別にいいか、と欠伸をもらしながら服装を整える。
タカミチを狩ることは出来なかったものの、確かにそれは残念ではあるが、黄昏の姫御子の戦闘力を再確認出来たのはいい収穫である。
「(例え斬撃に耐性があるとしても……)」
斬られたお腹の部分を指でなぞった。既に傷跡も残っていないがまさか、例え黄昏の姫御子であるとしても、女子中学生に斬られるとは思いもしなかったのだ。
それどころか……
「(命を数個持っていくか、どんな得物だよ)」
その通り、彼女の一撃は彼の命を数個同時に持っていったのだ。
数個同時に持っていくことなど、かつての本気で行われた模擬戦の時のエヴァンジェリンですら出来なかった芸当だ。
出来たのは唯一、造物主の絶対攻撃『造物主の掟』のみだったのだ。
今思えば、彼女の能力を使用して初めて『始まりと終わりの魔法』を行使出来るのだから、彼女もまた…なかなかの才能の持ち主である。
「(魔法生命体ということを除いてもこれは、すげぇな)」
彼はキメラ体として存在している。
例外にも血を通貨に、魂を情報に、肉体を部品に、それぞれ吸収し我がモノに出来るのだがそれをした上で彼は本来、様々な生物の特徴を持っている。
持っているといっても、それはツギハギだらけのモノであるのだが、中にはまさしく魔力によって肉体を成し、魔力によって生きる魔法生命体という存在もいた。
魔法を拒絶する彼女の特性から考えれば天敵とも言える。しかし、彼女の一撃で数個持っていくのは、それとは違うような気がするのだ。
「(まぁ……どうでもいいか)」
ウッヒョーイ、とご機嫌良くなった彼はタカミチの所業をスッカリと忘れ、手紙のネタになるものを探すべく歩き出した。
どうせ考えたところで彼の優秀すぎて、もはやぶっ飛んでいる脳味噌では答えは出ない。出るまで考えるのもアリかもしれないが、時間という区切りを&まだ&大切にしている彼にとってはやはり無駄なことだったのだろう。
「(命が数個削られるのなら、命を数個補充すればいいじゃない)」
とかそんな意味不明な迷言を反復し、麻帆良の人混みの中へ溶け込んでいった。で、彼が結局お膳立てすることになったタカミチと神楽坂明日菜だが、さすがにタカミチは彼女のことを女性として見ることは出来なかったのか、告白を紳士っぽくちゃんと断った。で…麻帆良の太陽が落ち、夕焼けの名残がうっすらと残っている空の時、高台から麻帆良を見下ろすシブメン・タカミチ。
「フっちゃいましたね、タカミチ君——」
「なんだ、折角源氏計画出来たのに——」
彼女の懐かしき日々を思い出し感傷に浸っているタカミチの左右にフードマンが現れた。
小さい頃は、黄昏の姫御子の名残として無言な子供だった。しかし年月を重ね、親友とも呼べる友人ができ、そして彼女『黄昏の姫御子』は『神楽坂明日菜』になっていったのだ。
嬉しい反面もある、しかし彼女の告白を断り、こんな関係が崩れるかもしれないことを怖れた。しかし彼はちゃんと向き合ったのだ。感動物だ、ダブルフードがいなければ。
「極上の逆玉ですのに」
「まぁ、さすがに関わりすぎたな」
「よして下さいよ」
タバコの煙が空を漂う。
クウネルもシックスも、その姿にかつての戦友を思い出すことが出来た。
大人になりましたねぇー、というかオッサンにな、とフードの連携プレーに苦笑するしか出来ないタカミチだったが、それもどこか懐かしいやり取りで。かつて背中を見ることしか出来なかったかつてとは大きく違っていることに、なんだか嬉しい反面寂しいという感情も覚えた。
「僕に、人に愛される資格なんかありませんよ……」
「(それはある意味アスナ姫を侮辱していることにもなるのだが…俺が口を出すことでもないな)」
「……」
タバコをつけ直した彼の言葉に、何かの考えはあるものの二人は言葉を出すことは無かった。
そこから遠い場所では、神楽坂明日菜と色々ニャンニャンしている(間違い)人たちがいるのだが、彼女が前に進めるよう願うばかりだった。
「それにしても、本当に驚きましたよアル。まぁあなたが死ぬとは思いませんが、今までどこに?」
一転して、戦う者としての顔を見せてタカミチは話を切り出した。
「——毎年学園祭に顔を出してましたよ?」
「ええ!?」
「世界樹の魔力を利用するしか外に出れないってことだろ、タカミチ」
会えなかったことの残念さか、それとも学園祭という一定範囲でしか登場しない彼への驚きか。彼の驚きに返答したのはシックスだった。
シックスの言葉に納得し、クウネル……アルビレオもまたそれを肯定した。タカミチはずっと休養中だったアルビレオに対して色々聞きたいことがあるのだろう、しかし今は彼が聞いたのはただ一つ。
「彼の生死は……?」
「生きていることには違いありません、シックスは?」
「行方は知らんが、余計なことに顔つっこんでるのは間違いない。その余計事もある程度は予想ついているがな」
同感です、とアルビレオはシックスに言った。
彼が、ナギ・スプリングフィールドが生きていることに嬉しいのか、口元をつらせながら、ネギ・スプリングフィールドの発言が本当だったことを確信した。
言葉というのは、かつてネギが住んでいたウェールズの街が悪魔に襲撃され、そしてナギによって助けられたという話のことだ。
「ところでシックスさん?」
「ん?」
「お昼のアレなんですか?」
「…………It is event.」
危うく死ぬ覚悟をしたというのに、という感情が籠もっているタカミチ。
シックスは珍しく汗を流して別の方向を見ていた。アルビレオは、フフフ、といつも通り笑っているが、手元にビデオカメラがあったことにタカミチは、不運にも気付くことが出来なかった。そして、もっと色々話したいことがあるのだろうが、タカミチの携帯が鳴り響いたのだった。
「すいません、会議のようで……え?シックスさん?ええ、隣にいますが……ハハっ、無茶を」
「フフ、ご苦労様です」
「(そうだ、お家に帰ろう)」
学園長のほうからの電話なのだろう。
タカミチが会議との趣旨を述べ、学園長からのSクラス級の任務『シックスを会議に参加させよ』を承諾するのだが…、
「ねぇシックスさ……いない……」
「フフフフ」
既に彼は帰った後だった。
彼が転移したかと思われる影のゲートの跡がその場に残っていた。
乾いた笑いをしながら、やはり彼らしい、と嬉しくも思う彼。最後にアルビレオに挨拶をすると、彼は学園長のもとへと走っていった。
To be continued