第三十四射 スナイプ・オブ・インペリアル
麻帆良祭三日目、祭の最終日だ。
さすが最終日というわけなのか、盛り上がりがピークに達しようとする最後の日だ。
朝早く、彼は寝床から起きあがり屋上から外の様子を探っていた。
夜中において、寝ているときに感じた奇妙な気配、気配と言っていいものかと疑いたくなるような何かだが。こういう時にあたる嫌な予感が脳内を巡ったのだ。
麻帆良の中央にある大通りを終わりが見えないパレードが続いている。凱旋門の下をくぐり、校区内を進軍し、商店街を蹂躙し、住宅街を踏破していく。
白目さえも消え去った彼の紅い血のような複眼が麻帆良を睨み続け、その光景を脳内に送り続ける。
感覚器官を全開にし、大量の人々の気配が脳内に入り込み、まるで数十人と同じに会話しているかのような異常を覚える。
「……上かっ!」
&狙撃手&が上へと舞い上がった。
人間の筋力とは思えない、それど鳥のように飛んでいるわけでもなかった。まさしく彼は空へと跳び上がったのだ。
空高くに突如感じた人の気配、転移魔法にしてはおかしい。
麻帆良は強力な魔力結界を張っていて、その影響で直接外から麻帆良内に転移することは理論上不可能なのだ。内からの転移という可能性が大部分だが、実行するものの多くは彼のように家へ帰ったりとする転移、しかし先程感じたのは上、遙か上空なのだ。
普通に移動するという転移からは考えられない。座標設定を失敗したということも考えることが出来るが、真偽がどれだとしても、確認するしか答えは得られない。
「1、2、3……10人と獣か、これは」
空から落ちてくる気配と、実際の目から入り込んでくる映像を見る限りの話である。
何か叫びながら落ちているとこから予測すると、予定外の転移、しかも空を飛べていない。
彼のように空を飛ぶ方法を持っていないのに転移を行えるだけの能力を持っているだろうか。だんだんとハッキリとしてくる人の影、彼がその正体がわかったとき思わずため息を漏らした。
最近ため息が多いことに不安を覚えながら。また&コイツ達&かと、さすがアイツの血族だと、彼はそう思わずにはいられなかった。
。
「『来たれ』」
アデアット、そう唱えアーティファクトを召還する。
10人はさすがにキツイが、それでも数人の人間が乗れるほどの大きさのソーサー。
桃色の機体を持ち、虹の翼羽ばたかせ空を駆ける龍が具現した。爆発音を鳴らし、彼……ネギ・スプリングフィールドとその他大勢のもとへと飛んでいった。
男1に対して女多数という奇妙(ぜつぼー)な光景である。どこかの三流ドラマのごとく円状に落ちていく彼女たちの周りを更に円状にぐるぐると円転した。
「し、シックスさん!?」
「スカイダイビングか、なかなか高等な趣味だな」
違います!と否定したのは桜咲刹那だった。
ハッ、と彼は鼻で笑いローブの中から伸びた影の触手が彼女たちの足首やら手首やら、腰やらを固定し引っ張っていく。
突然のことに「ギャーー!触手だーー!」とか誰かが言っているが彼が気にすることも無く、もちろん彼が変な気持ちを抱くこもない、ミジンコよりも小さい些細なコトである。それはそれで逆に失礼にあたるほどのレベルなのだが、彼じゃしょうがないだろう。
彼女たちを思いっきりヒッパリそして桃色の龍『ドラグーン』が文字通り火を噴いた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おお、これななかなかでござる」
「これは夢これは夢、逃げちゃだめです逃げちゃだめです——」
「おおーー!」
そして急降下する。
滑空していく桃色の龍を楽しんでいるのが半分、恐怖を覚えずにはいられないものが半分。ちなみにネギの肩に乗っていたオコジョは既に気絶していた。
風の斬る音が劈くように、かつてない勢いで地面が近づいていく。大通りの真ん中へと落ちていく。地面へと、地面へと、地面へと、それは徐々に大きく眼球へと入ってきている。
「ああああ!!ぶ、ぶつかりますシックスさぁぁぁあああ!!!」
「ヒァッハーァ!!!」
ほぼ直角ダウンヒルをぶちかました。地面に触れる瞬間カクンと曲がった。地面スレスレを滑空し、そしてその後瞬時にて停止した。
ふわりと軽やかに影の手が彼女たちを離して、どこかの建物の屋上に下ろした。
どこかスッキリした表情の彼と、全員グロッキー状態になっている彼女たちだが彼は特に反省もしないらしい。
一転、ネギ達はそのまま落下してトマトみたいな展開になりそうだったということから、言ってもいいのかわからないが一応助けてもらったっぽいのであんまり強く言い出すことは出来なかった。
もちろん、グロッキーでそれどころじゃない部分を合わせてはいる。
「楽しんでもらえて何よりだ」
「こ、この人は……はぁはぁ、修学旅行にいた……ひぃ、人じゃないですか……ぜぇ」
一見貧弱そうな、オデコが広い少女が生き残っていた。
ほぅ、と彼は感心する。もっと頑張ればよかった、とかベクトルが正反対なことを考えてなければやる気のある人間だと褒められたことだろう。
ぜぇぜぇ、と肩で息をして今にも死にそうだ。
「全然楽しくねぇよ莫迦」と全員思ったのに、全員ツッコメないこのもどかしさ。
知っている人は知っている、彼が英雄だということを。そんな英雄のお巫山戯けで天地無用になるとは、ある意味予想通りと言うべきか、とりあえず最低なことである。
「し、シックスさん、ありが……はぁ、で、でも……」
「そうかそうか、もっとやれってか」
このいやしんぼめ!と続ける彼に何も言えなくなったネギだった。
本当にコイツは彼なのか。偽物にすり替わっているのではないか、そう思えてしまうぐらいだ。言葉を聞いてなさそうにしているが、実際はニヤニヤとしているので聞いた上で、あえて無視しているのだろう。大きく(物理的に立場的にも)出れないことを利用して、本当にひどい奴だと思う。
「楽しかったなー、なぁせっちゃん?」
「え、え……は、はぃ……ぜぇ」
「……おい、誰だこいつ教育した奴は」
彼が言う忍者やら中国ですら、グロッキーで何も言い出せないのに何故かこの黒髪の少女、見事に大和撫子を体現したような彼女が平然としていた。
彼女の従者として、何よりも大切な人として側にいる桜咲刹那でさえ忍者達と同じようなものなのに、一応書いておくが両方性別上女である、若干危ない気配が感じるものの、彼からみれば性別を超えたなんちゃらかんちゃらで良いことらしい。
彼が疑問を口に出したあと現在の教育者であるネギと、彼女の父親であるかつての戦友『近衛詠春』のどちらかの可能性という答えに彼は気付いた。
「(素晴らしい才能だ)」
首を横に曲げ、息を整えたり別の誰かに起こされているグロッキー集団を見やる。
女の割合と男の割合が決定的に違うのだが、集まっている女は別に好みじゃない(というかテオドラ以外だから)ので別にどうでもよかった。
そもそもその少ない男が10歳の子供なのだ。今の内に切り落としたほうがいいかな?とかその程度しか思わなかった。
「う、うぐっ……」
「ネギッ!?」
突然倒れたネギにいち早く反応出来たのは、彼の背中に無言の圧力をかけていた神楽坂明日菜だった。
それを感じてはいた彼だが、ハハハ、とこれまた同じく「あえて」無視していたのだ。
振り向いたら我が身を数回殺したハマノツルギが飛んで来そうな予感がしていたからである。
数回死んだ程度では死なないが(矛盾しているが正しいとはこれいかに)彼にも芋虫のようなプライドがあった。
女子中学生に数回殺される英雄、笑われるのはどっちだろうか。もはやギャグである。
「あーあ、魔力の使いすぎな。ざまぁみ……さて俺はもう行くか」
○
速攻で転移した彼は、急いで発動したためか彼の仕事場である屋上に来ていた。
やれやれ、と何に言ったのか不明、というのも心当たりが多くあるせいだが、とりあえずそういう言葉を漏らした。
麻帆良祭最終日という時期に必ず起きる、一体何を目的としているかサッパリ不明だが、世界樹が発光している様子がわかる。
昼間でさえ視覚出来るのに、太陽が落ちたらより目立つことだろう。
「(というか学生は木が発光することに違和感を……今更か)」
ポリポリと右手でアゴは引っ掻きながら世界樹を見ていた。
視界の端っこには、ループしているのかと疑問に思うぐらいに、一日目、二日目と同じようにはしゃぐ学生達。
疲労という言葉を『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』に置いてきたんじゃないかという考えまで出てくる。
彼はいつぞやのヒャッハーァ言う人たちを思い出し、速攻で記憶を潰すという器用な行為をした。あんまり思い出したくないそうだ、英雄でさえ怖れる彼らなのだろう。
(おーいシックス殿〜お仕事じゃー)
(金は?)
(むぐ!?……払うぞい。今回ばかりは、の)
また厄介事か、と思うがそれを表に出すことはしなかった。
何故か気分が良いというのもあった、珍しく素直にお金を払うということもあった、彼はタバコに火をつけぷかぷかと吸いながら学園長がいると思われる部屋に転移しようと、煙を漂わせながら術式を展開した。だがそこで問題が発生する。それは誰も想定することの出来ない緊急事態だった。
「(学園長室どこだっけ?)」
うーん、と唸るが答えは出ない。大切なことはその時の空の雲の数まで思い出せるのに、興味が無いことはニワトリ並の記憶力しか持たないという。例の芋虫級のプライドにかけて思い出そうとするが……
「(あーーー、やばい。面倒臭くなった)」
やる気を出した途端に、やる気が無くなるような事態が起きるのはいつものことだった。だが、一度受けると決めてしまったのでやらないという選択は存在しない。
学園長に関する最後の記憶が「スケベ」なので、恐らく女子中エリアにいるはずだ、と反転したの○太クラスの勘の良さを見せるのはこの後の話となる。
○
「全世界に対する強制認識魔法ですか?」
彼が屋台でアイスクリームを買っている時間、学園長室には多くの関係者達が集まっていた。その言葉を言ったのは誰だったか、その後に続く言葉の大多数は「信じられない」だ。そうだ、魔法使いという存在は一般人にとって魅力的すぎたのだ。
中には本当に魔法使いという存在を認知した存在もいた。それこそ、彼らの存在を世界に広めようとした者がいないはずがない。
医療では治せない病気を魔法では治すことが出来る、金のかかる兵器より個人で完結する魔法という武力、全てはそこにあった。もっとも、現在麻帆良において魔法という枠組みで現代兵器を使う存在がいるのだが、ここでは割愛する。
さて、余計なことを世界に知らせようとした人たちがいたが、それは全て失敗している。それは今の彼らを見てみれば言うまでもないことだ。
「そんなことが……」
だが、今回は違った。
新聞、テレビ、あらゆるメディアを越える方法によってそれを為そうとする狂気の沙汰。強制認識、つまり、いるということを教えるのではなく、いるということを無理矢理気付かせるのだ。
それも&世界規模&という。確かにこれならば魔法使いの存在を外に知らしめようとしている人間の長年の願望が願う。そしてそれを可能にするタネも麻帆良にはある。だが、普通に考えて誰が信じようか。
「これならば確かに……しかし、これは確かなのですか?情報元は……?」
黒い肌をした教師が当たり前な疑問を口に出した。一番の問題がソレなのだ。
魔法使いからしてみれば、現代の一般人が巨大な隕石が落ちてくるぜ、とか言っているレベルなのだ。
確率として存在はしている。しかし、その確率は馬がドナドナを歌うのと同じぐらい(※絶対に歌いません)のレベルのだ。だが彼の疑問に学園長は答えることはなかった。
「情報元などどうでもよい。ただ一つ言えることはなんとしても阻止、じゃ」
「なるほど、だからこそこの"作戦"ですか。確かに祭りの中"2500"の敵を相手にするのは難しい。ならば当事者として参加させる、ですか。なかなか大胆な…」
安全策は十分に講じる、と注意をした。内心「ワシのアイディアじゃないのじゃがな」とか思いながら。だが彼も同じように生徒を思っているのは間違いないのだ。
それならば、と関係者達は次々と賛同の声を出す。一般の学生を魔法使いの戦いに参加させる、思えば最低の行為だが、更に考えるとこれが一番良い方法なのだ。
敵も一般人がたむろする学園を戦場とする、敵が阿呆じゃないかぎりそんなことはしない。そしてその敵は阿呆じゃないことが既にわかっているのだ。ならば、敵が一般人を傷付けない&何か&があるという答えに辿り着くのは難しい話じゃない。
「確かにウチの生徒はこういうの大好きですからねー、それに能力もありますし」
「存外、戦力として役立ってくれるかもしれませんね」
太った教師に続いて、線が細い同僚と続いた。
麻帆良の生徒の異常さは彼ら魔法使いから見ても際だっているのだ。中には、一般人でありながら『気』に辿り着いた、もはや才能とは言い難い『神の恩恵(ギフト)』を授かっている者もいるのだ。それに相手はゴーレムだということが判明している。
ご丁寧に敵の主戦力と思われる存在から進軍してくるルートまで。
「この……六体の巨大生体兵器というのは?」
「学園の地下に封印されていた無名の鬼神を科学の力で使役するようです。これが出てきたら生徒は下がらせるべきでしょう」
ツルツル頭の教師の疑問に答えたのは彼と同じように資料を読んでいた女性。
足の付け根までサラリと髪が伸び、切りそろえられている。まぁそんな容姿の話はどうでもよく、そして現代魔法使いにありがちな一般人との遠距離恋愛に焦っている人であるのもどうでもいい話だ。
「しかしこれをどうするつもりだ?学園結界の中では高位な魔物、妖怪は動けないはずだが……」
「いずれにせよ——」
魔法使い達の間で、情報を交換し合いそして細かい作戦を練っていく。だが、結局やるべきことはただ一つのみ。時間の関係でこのような事態と言えど本国からの援軍を頼ることも出来ない。そしてこの計画を実行する敵もまた…、この計画を阻止しなければ、文字通り世界が変わる。もはや新世界と行ってもいいほどの…
「それでは諸君!全力を持って「ギイィ……」……フォ、遅刻じゃぞ傭兵殿」
学園長の最後の叱咤の言葉を遮った者が学園長の元へと歩みよる。
彼を中心に左右に分かれていく魔法使い達だが、彼らは声を出すことが出来なかった。
最初のほうこそ、不敬にもほどがある登場に声を上げようとしたものもいた。だが、見てしまったのだ。彼の背中に存在せし金字の紋様を。
「へ、ヘラス帝国の金字……」
誰かがそう言った。
「傭兵ってあの狙撃の……」
誰かが呟いた。
「まさか、噂が本当だとは……」
誰かが声を漏らした。
「いよう莫迦ジジイ。殲滅戦か?」
彼こそ英雄、スナイプ・オブ・インペリアルと。
To be continued
隠された真実編
「のうネギ君?」
「はい、なんでしょうか?」
「未来ではワシらは負けたんじゃろ?シックスはどう動いたのじゃ?」
「寝ていたら既に終わっていたと……そう言ってました」
Nice end