第三十五射 田中さんの憂鬱
「フォフォフォ、好きにやるがよい。じゃが……」
狙撃手の問いに学園長は答えた。フードを深く被ったまま対峙している彼と学園長。
そんな彼らの背後では魔法使い達は静かにしていることは出来なかった。あれは本物か?何故ここに?サイン欲しい、と言葉を交わしあっている。無理も無い、彼の性格は有名なのだ。だからこそここにいるのがおかしいと気付く者は多い。しかし、それを彼らに聞こえるような声で言い出せるものはいなかった。
重圧、とでも言えばいいのだろうか。殺気、これは違う。狙撃手が歩いただけ、そこのフードを被った男が通っただけ、それだけで&ソレ&は十分だった。
「生徒、及び学園を傷付けることは一切許さん、もちろん出来るじゃろ?」
「期待してろ」
ハッ、と鼻で笑いながら彼は振り向いた。
魔法使い達が再び左右に分かれる。狙撃手はまるで誰もいないかのように、その紅き眼はまるで彼らを石ころかなにかとして見ているようで、無視したまま扉を開けた。
ゴクリ、と魔法使い達の誰かが喉をならす。まるで&化け物&の胃袋に入り込んだような威圧感に誰もが汗を流していた。
ガチャリとゆっくりと扉を開けたところで、狙撃手は何かを思い出したかのように、今度は魔法使い達を見て口を開く。
「俺の前に立つなよ、死ぬからな」
ニタァと眼だけが笑い、バタン、と返事を待たずに消え去った。
そこでようやく音が帰ってくる。誰かが息を荒くしている。
学園長はガタッと立ち上がり、魔法使い達の正面に立った。
魔法使い達は息を整えたりと、忙しかったが学園長が前に立つとさすが、というべきか直立不動をする。しかし、流石に彼の登場には納得がいかないというか、何故彼がここにいるのかという疑問がある。
「学園長?彼はやはり……」
「うむ、皆の者。紹介が遅れたの。先程の傭兵こそ儂が数ヶ月前から雇っていた狙撃手じゃ。彼は諸事情により世界を回っている。そこで儂が是非、とな。そうじゃ、彼こそ『帝国の狙撃主』ダブル・シックスじゃ!!」
おおー、と歓喜の声が上がった。
誰もが知っている英雄、それこそ帝国ではあのナギ・スプリングフィールドよりも有名で人気を集めている本人なのだ。
彼の能力とそれの異常さ、そして何よりも肝心な&強さ&を持っている。
学園長は感嘆の意を覚える。半信半疑だった魔法使い達の士気を極端に上げさせたのだ。彼の登場のタイミング、さすが狙撃主&狙う&のぅ、とか思っていたのだが、勿論違うことは黙っておこう。
「例え、本国の援軍が無くとも諸君ならば必ず出来る。そして何よりも"彼"がいる。諸君!全力を持って作戦にあたってくれ!!」
ハッ、と魔法使い全員がならった。
同じ戦場に英雄が立っている、それは万の軍勢よりも頼りになる存在だった。
個を持って軍を為す、彼の全てが語り継がれていた。
魔法使い達は顔を引き締めて、次々と学園長の部屋から出て行く。互い互いに声を掛け合い、あるいは競争を持ちかけ全ては護るため。
「頼んじゃぞ……英雄殿」
誰もいなくなった学園長室。窓から空を眺めていた老人が一人、そう呟いた。
○
「戦力は十二分、精々気張れ莫迦餓鬼共」
麻帆良のとある高層マンションの屋上。
最上階が一人に買い占められ、ついでに屋上までも彼の私物となっいいた。
高く高く、麻帆良を一望出来る屋上に男が一人。背中側に大きく金の刺繍が入れられているフード付きローブを着込んで、タバコの煙を味わっていた。フードを深く被るその様子は不審者にしか見えない。
「(なんというB級感、感無量だな)」
彼は作戦の全てが書かれているチラシを見た。まんま彼の戦友がプリントアウトされている。
火星ロボット軍団から学園を護る魔法使い軍団という設定だそうだ。なんかもう滅茶苦茶だが、結局真実であるので何も言うことは無かった。
クラシックスタイルのど真ん中を歩くようなローブと三角帽子のセット。ついでに星やら月を象った玩具のような杖。チラリと眼下に広がる麻帆良の街を見てみれば、人が大いに集まっている世界樹広場。時々光の射手っぽいものが飛んでいく。
「(対非生命型魔力駆動体特殊魔装具……なんであんな産廃が)」
時時飛んでいく光を発する道具のことだろう。
自動人形やらゴーレムやら、そういった魔力を原動とする非生命体の活動を停止させる武器だ。
これは本来、かつて魔法界を包んだ『闇の福音』に対する武器として開発されたものである、もちろんそんな極端に使用範囲が狭い武器が広まるはずもなく、大抵が処分、最近では処分する金すらケチって倉庫に死蔵されているほど。
彼の言うとおりゴミクズ、産業廃棄物なのだ。だが、今回ばかりはそれがあることに感謝出来るかもしれない。相手はそういうゴーレム軍団なのだから。
「(……来たか)」
遠くに見える麻帆良湖沿岸部。敵が現れたようだ。
大量の魔力稼働兵器を持って次々と進軍していく。その場所に展開されていた学生達は早くも戦闘に入ったようだ。
視界の奥深くで生徒達が裸になっていくという謎の状況に頭を傾げながら、彼は影のゲートを開いた。まだ動きべきではない、と彼の転移先は世界樹広場前。防衛すべき6つの拠点の一つであり、麻帆良湖沿岸からまっすぐと進んだ先にある。誰もいないような建物の影から現れたとき&ゲーム&の開始をつげる鐘が麻帆良に鳴り響いた。
《それではゲーム開始!!!》
司会の声を鬱々しく思いながら、彼はただ立っていた。まだ自分が出る時期ではない、と思っていたのだ。
始まってすぐに落とされる砦など護る価値も無ければ、その砦にいた人間の能力を疑う。まだ魔法使い達は出てきてはないが、学生達が思ったよりも奮闘しているようだ。
例え世界樹広場前に辿り着いたとしても本の数体、それもすぐに世界樹広場にいた学生達にジャンクにされていく。
「(……あの女、銃の才能あるな)」
どこかで見たことあるような…と彼は首を傾げるが、案の定思い出すこともなく確認することもなく、ほんの数秒で考えるのを止めた。
彼に才能あるな、と思われた少女が活躍し周りの人間から拍手を貰っている。
彼のように冷めた人間に気付くこともなく、戦場が次第に激しくなっていった。
多脚のロボットが盾となってゴーレムを運ぶ。隊列を作り進軍してくるロボットに押され始めたのだ。
放送からは聞くと全て同じような感じだそうだ。誰かがダメだ、と声を言ったときだった。
——奥義 百烈桜華斬
瞬間の出来事だった。
突如空から落ちてきた少女(親方ー!)が二人、ゴーレムの集団を斬り倒したのだ。
一度に数十体のゴーレムを倒し、周りの人間達は驚くばかり。
「(桜咲刹那にアスナ姫……なんであんな格好を)」
来たのは彼の言うとおりの少女達なのだが、格好がイベント臭溢れている。
神楽坂明日菜は左腕を護っている大きな籠手をつけや騎士のような姿、桜咲刹那は& 何故&か和風猫耳メイド、というか武闘祭のときの格好だった。
驚く様子から一歩下がった場所で見ていた彼は理解出来なかった。なんでもヒーローユニットだそうだ。
「(なるほどね。ヒーロー側は自由に動くことが出来、そして学生側の士気、防御地域が被らない、と。ゲームかっ)」
飛び出して一気に敵軍を撃破していく彼女たち、二人の剣士が背中を合わせ大軍を戦っている。
その様子が何故か懐かしいと思ってしまった狙撃手だった。
放送からは各地にヒーローユニットが来たという趣旨の声が上がっている。反転、一気に勢力を盛り返す学園側。勝負が単調すぎる、と彼は思う。
「(故にこれから、というわけだな)」
——歯車・起動
長い長い砲身をもった巨大な銃。
金属特有の鈍い光を出しながらそれは具現した。
そんな金属の塊をあろうにか片手で振り回し肩で支える。まだ彼は動かない。
突然現れた&兵器&に周りの者は驚く。最終兵器とも言えるヒーローユニット(英雄存在)はただ空を見据えるのみ。
——バチィ!!
「(………落ちたか)」
一般人には聞こえない音だった。
何かが壊れる音。
同じに感じるに&妖&の気配。それが示す結果はただ一つ、学園結果が何者かに落とされたということだ。
ゲームの本番がやってきた。無名の鬼神がやって来る。
この世界樹広場へと真っ直ぐ歩いてくるだろう。真っ赤な眼が歩いてくる鬼神を捉えた。同時に見える本物の魔法使い達。
結界で動きを封じ&英雄&が巨大な一撃をかました。
この麻帆良には英雄がもう一人いるのだ。
現在は『悠久の風』という組織に所属しているタカミチのことである。
彼へと腕を伸ばした鬼神、だがその腕が突如斬り飛ばされ、そしてタカミチが体勢をとった。爆音とともに巨大な一撃が鬼神の腹に穴を開けた。
「(封印がデフォルトなのか……そうだったな)」
封印しようと魔法使いが群がり始めた。
鬼神というのは人間の悪意といった感情を集めたものである。
魔法世界のように人工的に作られたものではないため時間が立てば復活する。それこそ人間がいる限り封印しか手が無いのだ。
「鬼神兵ねー、親近感が湧いてくるのは何故か」
突然タカミチが動いた。
何かを拳圧で撃墜、黒い何かが発生する。敵にも&狙撃手&がいるのだろう。
その狙撃手はキッパリとタカミチを諦め、そして周りの魔法使い達を狙撃していく。黒い渦に飲み込まれ魔法使い達、そして消えていった。
原理を理解出来ないものの、リタイアだということはわかった彼は歩き出した。恐らく敵側も勝ちに来たのだろう、と。
「さぁ諸君、派手にいこう」
眼前まで迫っていたゴーレム達を肩で担いでいた兵器でまず一発殴る。
空へと打ち上げられ、そして一発の発砲音。
空中で分解し地面へとたたき付けられた。
周りの人間達が突然現れたように見える彼に驚く。彼は無言で更に歩く。
ダァン!!
数体のゴーレムが吹き飛ぶ
ダァン!!
数十体のゴーレムが分解される
ダァン!!
数百体のゴーレムが彼に迫る
彼はフン、と鼻で笑いながら腕を振るった、それだけだった。しかし腕から伸びた風がそれを許さない。
彼の腕が暴風を巻き起こしゴーレムを吹き飛ばした。
「(む、建物が……まぁいいか)」
吹き飛んだゴーレムが建物に頭からツッコンでいたりと惨事を巻き起こすが、彼は見て見ぬフリ。
——キイィィィン!!!
大軍のゴーレムの口から出てくる光線が彼に迫る。
今度は彼は手の平をそれに向けた、向けただけだった。
空中で光線が&止まった&という、バチバチと光線が音を出しながら彼へと伸びる。しかし、光線は彼の正面数歩前で停止したのだ。そして反転
「カァッ!!」
光線が全て反転する。
ロボットの口から出た光線は、放たれた口へと帰っていく。数百かという光線は一つ残らず彼に届くことはなかった。
光線は放ったゴーレムの頭部を破壊するという結果になった。周りからは歓声の声、それを聞かずに彼はただ歩いた。
「(タカミチ……?ク、あの莫迦め)」
突然消え去ったのを感じた。
それも彼が思ったタカミチ以外の者までも。高い魔力などを発している者から次々と消えていく。
苛立ちを覚えながらも彼は進んだ。
彼の持つ長い銃が敵を貫く。
彼が持つ機関銃が敵を掃討する。
彼が持つ全てによってスクラップを大量に生産していった。
「お、おい巨大ロボットが来たぞーー!!!」
「…………」
逃げていく生徒達、逃げながらも攻撃するがそれは止まらなかった。
広場へとまっすぐ続く道を進むその巨大な鬼神は「運が悪かった」と言うしかないだろう。そこは彼が護る唯一の場所であり砦でありもはや兵器であるのだから。
鬼神がまっすぐと進む向こうには彼が立っていた。撤退していく人々とは逆に前に進む彼。何人かは彼に声をかけるが、彼は無視をする。
「お、おいあんた……」
逃げ回る人々が止まった。
それは違和感がありすぎた。
鬼神が倒せない?否、倒せるかもしれないという違和感だ。
ゆっくりと近づき合う人と巨大なロボット。ありえはしない、しかし人々は思ったのだ。ゆっくりと歩く彼の背中を見て、巨大なロボットは負けると。そう思ってしまうほどの何かを持っていた。辺りの場は戦場だというのに、そこは音がしなかった。
「退け」
パァン!とはじける音がした。どこから?鬼神の頭部からだった。
胸を大きく円状に削りとばし、そして頭部を吹き飛ばしたのだ。生命として肝心な物を失った鬼神は倒れ込む。
彼を押しつぶすかのように、悲鳴が聞こえた。全て無駄に終わるというのに。
「なんだ、聞こえなかったのか」
彼へと倒れ込む鬼神を、その瞬間彼は殴った。普通に、学生の喧嘩のように殴った。それだけで十分だった。
鬼神が衝撃により浮かぶ、だがその巨大さ故にすぐにまた落ちてくることになるだろう。
ダダダダァン!!
彼の銃が火を噴いた。
一発が右肩を吹き飛ばす。
一発が左肩を吹き飛ばす。
一発が腰を吹き飛ばす。
一発が胸を吹き飛ばす。
弾丸が鬼神を貫き、そして崩壊させた。
地面に落ち来てたものは既に肉片。
そして次第に薄くなり消えていく。
——歓声
彼は空を見た。
既に夕日が沈もうとしている。その刹那、夕日を背景に空に人間が映った。
投射映像の一つなのだろう。空の大きく映ったのは一人の少女だった。彼女こそ彼らの敵である『超鈴音』であった。
《苦戦しているようネ、魔法使いの諸君。私がこの火星ロボ軍団の首領にして悪のラスボス、超鈴音ネ》
お団子頭の少女が演説する。
新ルールだと言う退場システム。とある銃弾に当たるとイベント終了後にまで飛ばされるという時間跳躍弾の説明。即失格となるというルールがここに定められた。そして知らされるヒーローユニット大半の撃破という真実。
学生の中には既に諦めている者もいた。しかし、世界樹広場前、彼が歩く道の人間はそう思わなかった。そう、そこには彼がいたのだ。
「なんだ、ぬるいな」
彼の手に持つ拳銃から弾丸を放つ。
それは全てロボットの胸部に当たり、バラバラにしていく。彼らは見たのだ。このフードの男が全てを薙ぎ払う様子を。
全てを淡々と撃破していく英雄を。誰も倒せない鬼神を倒した存在を。
「………フン」
パァン!!!彼の銃が空へと向けられ、そして弾丸を放った。
空に不可解な現象が起きる。黒い塊が空にポツンと浮かび上がったのだ。
なるほど、と狙撃手が思うと同じに彼は長い砲身の狙撃銃を取り出し、あまつさえスコープを見ようともせずに弾丸を放った。弾丸を放った敵を撃ち抜くために……。
「あばよ、莫迦弟子」
To be continued to Double Six