第三十六射 狙撃主vs狙撃手
「ハァハァハァ……まったく甘かったよ」
褐色の少女が右腕を押さえながら必死に、鬼気迫る表情で走っていた。
抑えている右腕は赤く染まっている。
ポタリ、ポタリと常に赤い液体がしたたり落ち、鬼気迫る表情に苦痛を付け加えていた。
彼女の名前は『龍宮真名』という、偉大なる英雄の弟子にして裏の世界でも有名な傭兵の一人であった。そんな彼女は今必死に、それこそ&鬼&が追ってきたのかのように逃げていた。
「なんでも出来る奴は出来ることしかしない、ってね。あぁ、まったく無茶な仕事を押しつけられたものだよ!」
そして振り向き空中に左腕に持っていた拳銃で一発の弾丸を放つ。
空中で金属が炸裂する音。甲高い音を響きかせ、空中で激突したはずの弾丸が彼女の頬をすり抜けた。
髪の毛数本を斬り飛ばす弾丸に冷や汗が出てくる。そして&今頃&聞こえてくる狙撃音。これが示すのは相手の狙撃が、少なくとも1000mを越える証拠で、そして向かい合った弾丸を弾き飛ばすほどの貫通力。
彼女の持っている拳銃でさえ改造を施し威力は格段に上昇しているはずだった。
正面衝突した弾丸を、片方の弾丸を力でねじ伏せ何事もなかったかのように突き進む、彼女でさえ『帝国の狙撃主』の狙撃の弾道を少しだけ、ほんのすこしだけその軌道をずらすことしか出来なかった。
「(好奇心猫を殺すというか、猫ごと爆破だよまったく)」
カァン!カァン!と複数の音が耳に入る。
彼女は体をよじらせ、空中で前転し、ステップをするかのようにソレを&回避&する。
文字通り四方八方から飛んでくる弾丸をまさしく間一髪で避けていた。このままショートヘアーになるんじゃないのか、ということを薄々感じながら痛む右腕を抓る。
恐ろしいことに、この四方八方から…&弾丸の檻&を作っているのは特定個人だということだ。
彼女『龍宮真名』は彼の弟子であるものの、師と自分の力量の差に笑うしかなかった。いや、これは彼女が彼の弟子として&付け回した&ころから知っている。
そう、それこそ嫌というほど。例えば跳弾、自身ですら精々3段だ、だが狙撃手はそれを6.7段で行うことが出来る。
「あっちのほうから弾丸が来たから狙撃手はあっちにいる」という常識を真っ向から覆す所業をするのだ。
「(化け物にもほどがあ、クッ!)」
一つの弾丸が左足をかすった。
わずかに肉を食いつぶす。しかし彼女は倒れない、止まることはない。止まれば死であり、そこはまさしく戦場なのだから。彼女は師から授かった誇りと、何よりも「腰抜けであるべし」という言葉を反復する。
本当の意味でそれがわかったような気がした瞬間だった。
「フッフッ」
息を規則正しく吐き漏らし、そして弾丸を放つ。
拳銃で放った弾丸は&足掻く&などという無駄なことではない。何よりも明確に敵を殺すという目的を持った弾丸だ。
「(拳銃1000m射撃も出来なくてなにが狙撃手か)」
師匠風の言葉を心に浮かび上がらせる。
彼女自身は未だに気付いてはないが、彼女は笑っていた。気でも狂ったのだろうか、否、それは違う。純粋に楽しんでいるのだ。
それは子供が親と遊ぶのと同義である。たとえ硝煙と血の飛沫が飛び交う戦場だとしても、むしろ戦場だからこそ。右腕を服の切り裂いて作った布で思いっきり縛る。もう痛みは感じない、だからこそこれからが本番である。
前代未聞の&狙撃戦&が始まった。彼の数段の跳弾が彼女を包めば彼女はそれを全て回避し、彼女が弾丸を放てば彼の狙撃で叩き落とされる。
「は、ハハッ!」
学園を走り抜けた
「最高だ、師匠!」
弾丸が頬をかすった
「出来れば戦場以外でも付き合って欲しいのだけどっ!」
弾丸の檻がより狭くより&堅く&作られていく。だが、彼女は空へ跳んだ。
腰につけたホルダーから二丁の拳銃を放棄、空中に投げ捨てられる。否、それを掴んだ。彼女は右腕が痛むのを抑える。
二の腕を持って四の銃を。四つの銃口から弾丸が飛んだ。縦横無尽に飛んでいく弾丸を全て&檻&にあたり、叩き落としていく。計算されて撃たされる跳弾は少しでもズレれば壊れるのだ。
「シッ!」
正面から飛んでくる狙撃弾を腰を落として回避、横転し回避、バク転し回避、弾丸を放ち回避。
皮膚に直接伝わってくる弾丸が飛び去った空気圧に心地よさを感じ大きく跳躍する。内心跳んだことに後悔をする、しかしそれでも全身で感じる風が、なによりも良かった。
狙撃弾が彼女の落下点を打ち砕く。もちろん、そんな彼女はまともな着地が出来ないわけで。バランスを大きく崩した。全てが終わろうとしている。
「(あぁ、所謂ピンチか)」
「チェックメイトだ"マナ・アルカナ"」
ゴリっと彼女の後頭部に銃口が突き立てられていた。
彼の足下には影の水たまりがある。転移して来たのだろう。最期に呼ばれた名前のことすら考える暇も無かっただろう。彼は冷酷に、そして当たり前に引き金を引いた。
——ダァン!!!
「なるほど、運が良かったな"莫迦弟子"」
「あぁ、まったくだよ莫迦師匠」
弾丸は彼女を貫くことは無かった。何故か、そもそも全てがおかしい。銃口は頭に突きつけていたはずだ、それなのにはずれた。
彼も撃ち抜く気満々だった、それなのにはずれた。何故か、何故か。しかし彼も彼女もただ「運が良かった」としか言わなかった。はずれたことに対する怒りも無かった。はずれた安堵もなかった。
「それは勘弁してほしいネ、狙撃手」
彼女の手が銃をあらぬ方向へと向けさせていた。
彼女が銃に手をそえ、手をそのままスライドさせる。その瞬間彼の手に持っていた拳銃がバラバラに分解されていった。
文字通り部品になって地面に落ちていく金属片を見ながら、狙撃手は口を開けた。
「やれやれ、傭兵にあんまり心入れすると痛い目みるぞ?」
「作戦実行にまだ必要という捉え方をしてほしいネ」
「作戦に必至な傭兵か、傭兵はどこまでいっても使い捨てだぞ?ククク」
互いが互いが大胆不敵に笑い合う。
真名としては自分を差し置いて彼と話し合う中国人に引き金を引きたくなったもののクライアントなのでしょうがない。
「ハハ、悪いけど超。私はここで引かせてもらうよ」
「わかたネ」
そう言って龍宮真名は跳び去った。
その気になれば銃口を向けたであろう彼だったが、そこにはタカミチを撃破した超鈴音がいたのだ。
どういう手品で彼を撃破し、尚かつ自分と彼女の戦場にどう干渉したかはわからない。だが、戦場で誰がどういう手を使うことなどどうでもいいのだ。
確かに事前情報として調べる、しかし肝心の戦場では何が起きるかわからないのだ。特に彼女のような理解不能な力を行使する存在は。
「狙撃手、アナタも退場して「パァン!!」ッ!!」
「なんだ、避けるかつまらん」
彼女の声を聞くつもりはない、と銃で語った。つまらん、と一言で斬ったものの狙撃手は、シックスはただ驚いていた。
至近距離で音を越える弾丸を避ける、バグにもほどがある行為だ。だからこそどういう手か見えてくる。
例えば、彼の悪友とも言えるアルビレオ・イマ。彼は武闘大会において異常なまでの耐久力を誇った。事実、その彼はただの分身であり、結果として言うならば彼に勝つことは出来ないのだ。
彼のようではないが、避けるという関係、なにか仕組み(手品)があるという予測を立てた。そして並列思考の一つ、それが答えを出す。
「ク、なるほど時間跳躍か」
「ッ!?さすがだネ狙撃手」
答えが出た。
ネギ・スプリングフィールドが見せた&超鈴音&から貰ったという時空跳躍時計カシオペア、時間を跳ばす弾丸の制作者、そしてタカミチを初めとする学園の魔法使い達を——情報が回るよりも速く——瞬間的に潰すその異常さ。近距離で音を越える弾丸を回避する、もはや速度と言っていいものか不明な存在。自ずと答えは出る、後は&カマ&引っかけるダケでよい。
戦場のおける情報こそ何よりも確かで、何よりも文字通り得難い物なのだ。
「……ク」
瞬間彼らが動き出す。
彼女は時間を超え、彼は全てを越えた。
彼の弾丸が何も無い空中に放たれる。そして刹那以下の時間を持って彼女がシックスの背中を殴ろうと…
「そら、受けてみろ」
ダァン!とダンプがぶつかったような音を立てながら超が吹き飛んだ。
背中に回りこんだ超だったが、すでにシックスは背後へむけて回し蹴りの体勢を取っていたのだ。
時間を止める彼女に、予測とかもはやそういう話ではなく確実に当たる攻撃をしてきたのだ。そしてまた突如シックスは攻撃の態勢をとった、弾丸が& ソコ&に現れた超へと襲い掛かる、が彼女はまた消え弾丸は当たることはなかった。
そればかりか今度は正面。正拳突きの構えをとっていた彼女が彼の正面に。
「…ッ」
ピクン、と何かを感じた超は再び消える。そして上から落ちてきた幅広い刃を持つガンブレードがその場に突き刺さった。更に刺さる直前にはシックスは跳躍、同時に超の拳が彼がいた場所を破壊した。
「(一筋縄でいかないカ!)」
破壊と&同時&に彼女は既に彼の背後を取っていた。
跳躍し隙が出来た、だからこそ当たる。彼女はそう思っていた。だがそれも当たることは無く、むしろ自身が攻撃を受ける直前だった。
自身が時間を止めて動き蹴りを出す、そして時間は動き出す。その間に彼は敵の攻撃を分析し、あまつさえ攻撃を加えるのだ。なんたる&異常&さか、彼女はゴクリと喉をならした。見事なものだと、時間を止める自身にここまで戦えると。たった数撃の撃ち合いだった。しかし彼女にとってそれは数百に価する。
「ヨチヨチ歩きだな、貴様。いい的だぞ?」
正面の男は言って退けたのだ。
時間を止めるなど関係ない、と。
ゾクリ、と彼女の背中が何かが迫った。
時間を止めれば、空に滞空しているショットガンから弾丸が放たれる瞬間だった。
彼女がタカミチを退場させたことが出来たのも、彼が教師という立場で彼女が彼の生徒だったという点もあった。俗に言う油断があったのだ。だが、彼はなんだ?と。女子供に対して躊躇もなく引き金を引いた。自分どころか彼の弟子にさえ。
「(相手が悪すぎるネ、こんな化け物だとは)」
そして彼の背後に回り拳を向ければ
「つまらんな」
彼の足が"既"に彼女の頭を捉えている。
「クッ!」
同じ英雄でもタカミチと狙撃手ではここまで違うか。
躊躇や戸惑いが人間としてまったく無い彼に疑問を覚える彼女。
&普通&すぎるのだ、敵を覚悟を持って倒す、そこはいい実にいい。しかし、それでは殺気という存在が生まれる。
彼はそのようなものを一切持たずに息をするように、ごく自然に彼女を殺そうとするのだ。一撃一撃ガードが間に合わなかったら、と嫌な未来を想像し彼女の額に汗が噴き出る。
「さすが英雄ネ、ここは引かせてもらうヨ」
故に彼女は撤退を決断した。
例え時間を越えて攻撃しても彼は対処できるとはいえ、逃げるという手には行動することは出来ないだろう。
彼女のもくろみ通り逃げることは出来た。
彼から見れば一瞬で彼女がどこか別の場所に転移したとも言えるだろう。彼自身も追うことが不可能だと理解していたため、特に何の行動も出さなかった。
「(正直ギリギリだな。時間停止マジ卑怯、ダメ絶対)」
ハァとため息を吐く。
既に太陽が落ちて闇に染まろうとしている空を視界の隅に入れながら、本来の持ち場に戻ろうとするのであった。
気付けば、彼が護っていた世界樹広場前を除き、五つの場所が奪われている。
空へとまっすぐ伸びる魔力光。地上から自身を狙うロボットの光線を回避し、弾丸を返す。
「(ハァ、やれやれ……大金だぞ、これは)」
広場前に辿り着く。正面から今まで一番大きそうな鬼神がそこへ迫ろうとしていた。
学生達は波状攻撃をしかけるが止まる気配はまったくない。腕を振るい攻撃を弾け飛ばす。重々しい歩く音が次第に大きくなっていく。
誰もがダメだと思った。そこには彼がいることを忘れて。
「ドイツを舐めるな木偶の坊」
爆音だった。
耳を劈くような轟音だった。
大地を震わし、生徒達がソレを見れば…巨大な砲台、砲身、全てが巨大。
世界樹広場をドンッと制圧している巨大兵器が一つ。
「れ、列車砲……?」
誰かがそう言った。そして何かを思い出したかのように生徒達は鬼神へと振り向く。なかった、鬼神の腹が、頭が、腕が。残っているのは足の先。
今日何度目かの歓喜。突然現れた列車砲へと人々が集まっていく。砲身の先にただ立っているフードの男。数少ないロボットがまだまだと言わんばかりに迫るが、もう生徒達の敵ではなかった。
《最後のポイントはまだ無事だーー!!なんとなんと突然現れた列車砲!一体誰がこんなことを!!》
彼はテンションが上がり放題の司会の声を聞きながら、ふと誰かが 近づいてくるのを感じた。
まっすぐと飛んできている。杖にまたがっている特徴的な赤髪、そして何よりも歳が10前後だろうという子供。
ネギ・スプリングフィールドだ。司会の声を聞きながら、少年はまっすぐと空へと駆けていった。
○
「列車砲まで持ち出すか、狙撃手は」
「……お金がっ」
空中に浮かぶ、金髪の少女と後頭部が長い変な老人がいた。
突如現れた列車砲が爆音を上げている様子に、少女は楽しそうに笑い老人はしょんぼりしていた。
鬼神をバラバラにしたところでネギ・スプリングフィールドが空へと駆け上る。
空にこそ超達が待ちかまえているのだ。その時だった、エンジン音みたいな音が響きながら何かが近づいてくる、桃色のソーサーだった。
「おいおーい学園長、ここの魔法使い共が旅行気分か何かか」
「む、むむむ。あいやーー」
フガフガとボケだした学園長を無視して、上を見上げた。
巨大な火柱と爆音が響く。広範囲殲滅魔法『燃える天空』が発動したのだろう。
そんな魔法まで使うかと彼は思うが、彼の目に入り込んだ光景、超が全身に呪文処理が施されているのが見えた。
激痛を伴って無理矢理魔力を引き出しているのだろう。彼も同じような術式が組み込まれているが、彼は痛みには既に&慣れ&ていた。
「燃える天空か、なかなか派手だな」
「狙撃手、貴様はどちらに賭ける?」
「ふむ、なるほど。それならば俺がやる」
「おいやめろ」
ガチャンと言い笑顔でハルコンネンの銃口を飛行船へと向ける彼だったが、金髪の少女エヴァンジェリンに真顔で阻止される。
学園長はまだブツブツ言っていたので二人とも無視をして会話をしていた。
火の魔法を光の魔法が、空で戦っているネギと超の間でぶつかり合っている。
酒の肴とは言い難い光景だが、シックスはそれを見ながらワインを影から取り出し味わっていた。
「おい、それ私のじゃないか」
「おまえんちで拾った」
凄い形相で睨んでくるエヴァンジェリンを「どうどう」とたしなめる彼に、余計に怒りをつのらせる彼女。
彼らの背景では『燃える天空』と『雷の暴風』がせめぎ合っているが、実にどうでもいいことであった。
「だから拾ったんだ。お前の物は俺の物、俺の物はお前の物だ」
「なんだその分け合い精神は!?」
ネギの雷が超の炎に打ち勝ったことも実にどうでもいいことだった。
二人がわけのわからない喧嘩をしている最中、光が麻帆良を包んだ。
強制認識魔法が発生したと思ったら実はそうでもなかったとか、学生達がまた戦争を始めたとか、超が家系図を持ち出したとか、超が未来に帰ったとか、ネギが何かの決心をしたとか、全て実にどうでもいい話である!まったくもって!
To be continued