少し気味悪く、残酷な表現や不愉快になるような表記があります。
注意するようなレベルじゃないかもしれませんが一応ここに注意書きを。
第三十八射 魔法界の英雄
帝国領・アルギュレー大平原北部、地平線の向こう彼方まで続くまさしく大平原である。
ヘラス帝国首都帝都から東に位置し、そこから南に行けばメセンブリーナ連合の拠点メガロメセンブリアがある。
かつては大戦の影響により地表が露わになったこともあった。しかしそれから20年あまり、季節のこともあってか永遠かと思われるほどの草原が広がっている。
青空広がる晴天の下に&ソレ&はあった。
じゅるじゅるとウジ虫が蠢く黒き外殻の間に見えるピンク色の……肉体。もう血は干上がりしきったのか緑の大地を鮮血に染色しているのみで血肉の間から湧き出ていることはなかった。
黒い鱗、黒い角、黒い……全てが黒い一匹の化け物が死んでいた。いや、一匹ではなかった。
永遠に草原が続くかと思われるその先には、見渡す限り黒と紅。時には何かが呼吸をしているかのようにズルズル動くが、もう既に虫の息。ソレが死ぬのは後数秒もかからなかった。
緑を黒と紅に染めた犯人らしき存在がそこより遙か上空に鎮座していた。
桃色の、機械的であり流動的な体躯をしている竜を模した飛空型魔導具、虹色の炎を灯しながらじっと…。
「黒竜の群か……珍しいというかありえないな」
黒きソレを眼下に治めながら彼は言った黒きソレ…『黒竜(ブラックドラゴン)』だ。
見渡す限り竜の死体が転がっていたのだ。
空を支配したという翼には大きな穴が空き、全てを燃やす炎をはいた口は顎と頭から切り裂かれている。
万人の兵士の剣と槍と弓を弾いたその外殻……黒い鱗は焼き爛れ肉ごと真っ二つにされ、そして火で燃やしたのであろう肉が焦げる匂いと黒き体躯から伸びる黒い煙。
戦争でもあったかのような光景だった。墓場とも言い難い、全ては今さっき朽ち果てたもの故に。体中に穴や特徴的な形の剣が無数に刺さっていたり、中には元の姿が想像出来ないほどバラバラにされているものある。それだけではなかった。
まるで見せしめかのように、×印に建造された…無骨な金属の塊にこれまた特徴の無い大きな数本の杭。一匹の大きな大きな——群の中の王だったのだろう——角と数多の敵を撃ち殺してきた証である無数の傷跡を持つドラゴン。
黒い鱗は全てを吸収するかのような漆黒で、牙はあらゆる敵を食い千切り、尾を振り回せば全てを薙ぎ払う大きな大きなドラゴン。
数本の杭を持って、両翼・喉・腹・両足・尻尾の真ん中を根元まで深く刺し固定していた。
×印に磔にされていたのだ。黒竜の王の顔にはまるで『化け物(モンスター)』でも見てしまったかのような、絶望と恐怖の色に染まっている。
竜の顔だというのに、それがわかるほどの何か…否、その何かこそ上空でそれを見下ろしている彼なのだろう。
「(天変地異の前触れ、いや俺が起こしたばっかりか…嫌な気分だ、ムシャクシャしてやったっていう感じだ)」
ただの無表情に、フードの奥から覗く真っ赤な目玉がそう呟いたように。
本来、いや例外であっても竜は極めてプライドの高い存在である。幻想種と呼ばれる俗に言う『めっちゃ強い生き物』の&種族&としての頂点に立つ存在だ。
格下どころか餌、下手をしたゴミクズ程度にしか思えない人間に彼らは決して頭を下げない。
彼らは能力主義だ、人間の魔法使いが10人集まっても未熟な竜じゃないならば一掃出来る。
彼らに勝つ存在など極めて少ない、それこそ兵士や騎士達の憧れの一つであり、ある意味ステータスとも言える『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号があるのだ。
人には確かにそんな竜を一掃出来る奴もいるが極めて少数、そしてその結果にあるのが個体としての竜の死。
人より強い、という原初の本能が書き換えられる前に全て終わる。ということもあり竜は総じて基本的に人間を見下しているのだ。だからこそ…もしこの光景を見た竜族がいるのなら…一体何を思うだろうか。
——死死死死死死死、見渡す限り死の海
——黒黒黒黒黒黒黒、見渡す限り同胞の亡骸
「つまらん、誰だよ竜の丸焼きとか言った奴は」
プライドが高い故に竜は常に孤独である。
数百年の一人旅の末に雌、或いは強力な雄がいたとき結ばれ子供を産み育てるのだ。
壮大な愛のテーマを感じさせるがそういう種族なので特にどうでもよい。だからこそ、こういう群で行動するのはおかしいことなのだ。
確かに群で行動する竜種はいる。そもそも群というのは天敵、捕食者から身を守る方法の一つだ。
個体個体が強力な黒竜が群れるはずがないのだ。それなのに群れて行動するという異常、まるで「何かから逃げている」ような…
「丸ごとの竜なんざ一匹もおらんではないか」
全ての黒竜が惨殺されたスプラッターな光景である。
一番被害が小さいと思われる死体ですら切り口が一つ、まぁその切り口は頭から尻尾の先まで繋がっているのだが…他には内部から何かが爆散でもしたのかという、腹がぐちゃぐちゃになった&物&程度だろう。
倒した記念に塩を振って豪快に丸焼きでも作ろうかな?とか思っていたのだが御覧の有様である。途中で、竜の王をはりつけた後だが、生でもイケるなとか言い出したほどの人物だ、さぞや頭のおかしい存在なのだろう。
——クルクル、キュー
「なんだ、生き残りがいるではないか」
母親であったのだろう、竜の一匹にすりよって鳴く小さな赤子の竜がいた。
その場に降り立った彼にもう既に逝ってしまった母親を守るかのように立ちふさがり威嚇する。
ケホッと炎を吐くども小さな灯程度の炎。例え子竜の母親であっても焼くことの出来なかった相手を倒すには全て無駄という他が無い。
一歩一歩彼が歩く度に、震える体を押さえ威嚇する。見事だ、素晴らしい個体だと彼は思った。
母親を守るため、王を殺した全てを殺す化け物と戦おうする、戦えるのだ、と。故に、だからこそ…
「我が血肉になるがいい、歓迎しよう偉大なる竜の血肉よ」
フードの奥から&何か&が飛び出した。
おぞましい何かがヒトガタの頭と繋がっている。
暗緑色の……所々に目玉が&食いこんでいる&大きな口のお化け。肉体を構成する全てが別の生物。
人の腕、獣の足、顔、角、翼、ぐちゃぐちゃにミックスしてそういう型に押し込み固めただけの『モンスター』が、パカリと口を開く。
口の中からおぞましい呻き声。
悲しみの声、復讐を願う声、歓喜の声、歓迎の声、そして死を願う声。
獣の頭が、人の頭が、獣人の頭が、魔の頭がゴロリゴロリ。本能的恐怖を刺激されたせいか動けない子竜は消えることになった。
パクリと一飲み、咀嚼も何も無い。ただあるのはゴクリと飲み込む音と子竜の最期の足掻きだった。
フードから伸びる頭デッカチの化け物はすぐに消え去ることになる。フードの奥に消え去ったかと思えば、真っ赤な目がギョロリ。ついでにバサリと何か。
「翼が生えてしまったぞ……むぅ」
ローブを貫通して伸びた黒い翼。
最初は子竜のように小さく可愛らしいツルっとした翼が次第にミシミシという音を鳴らし、ひび割れ、大きく大きく…人を簡単に包み込むような大きな翼となった。
ひび割れた外殻の向こう側から溶岩でも煮えたぎっているかのような紅が鈍く輝く。翼を動かしどのような物かと彼は触ったり観察してたりするが、次第に飽きてくる。そもそも彼には必要の無い物体であるのだ。
「戻すのは〜……まぁいいか、いらん」
——ブチリ
「なんと邪魔な、なんか気持ち悪いし」
ブチブチと筋繊維が千切れる音を出す。
ブシュっと血を巻き上げたかと思えば、周りの肉が盛り上がり穴を塞ぐようになだれ落ちる。
ゴキン、と彼にだけしか聞こえない関節の音が一回、フードの破れた跡から見える彼の背中の穴は、もう既に普通の、いつも通りの白色の肌になっていた。
では最後に、と突然彼の手元に現れた巨大な銃を振り回す。四方八方その銃から無数の弾丸が放たれ、そして火炎を撒き散らす。
竜の肉体より漏れた脂肪に引火していき、その辺りは火の海へとなった。だが、火の海のど真ん中にいる彼が、炎が無いかのように普通に歩き出し、そのまま火の向こうへと消えていった
——後始末も面倒なものだ
轟々と燃える。
青空広がる晴天の下の大草原が、黒き煙と竜の死体と血肉と炎の紅により染められた。後に語られる『アルギュレー大平原の竜殺し』である。
大小1000を優に超える竜を単騎で全滅させた事件である。
これもまた、帝国の大英雄を語ることで欠かせない一つの物語になるのだ。
最後に残ったのは炭化した何かと灰に積もった大地。そして黒竜の王を括り付けた×印のモニュメントと七本の杭のみだった。
○
「ふむふむ……アルギュレー大平原謎の大火事と謎のモニュメント!ねぇ」
新オスティアの都市の中心市街地にて、商店街の一角にあるオープンカフェにて二人の男が対峙していた。
片方はモニョモニョと肉の塊を優雅に食べ、片方は新聞の目玉を読んでいる。
「あぁ、それ俺だ。なぁにお前にも出来るだろう莫迦ジャック・ラカン」
「おめーと一緒にするな腰抜けダブル・シックスが」
ガッハッハと笑う褐色肌の大男を無視して食事を続ける彼。
灰色のスーツにオールバックの白髪、意識阻害の術式を組み込んだサングラスとどこかのヤクザの尖兵にしか見えない容貌だ。
片方の大男も大男で結構ヤバイ橋を渡ってそうな雰囲気だ。
似合ってないメガネを着用、もちろんこれにも意識阻害がかかっているのだろう。
二重の意味で目立ちまくる二人が普通にオープンカフェで寛げるのもこれの御陰である。
ヤクザのような白髪の男の名前は『ダブル・シックス』という、もう片方の彼の全てを正反対にしたような褐色金髪の大男の名前は『ジャック・ラカン』という。
「あー何々?大平原に住む移牧民の情報によれば竜の大軍とそれを一人で撃破していく男……、そして帝国の公式発表によりそれは英雄『ダブル・シックス』の行為だという。公式には人々を襲う竜の掃討の任務を受けた彼はそこで激闘を始め、その結果竜のブレスが草原に広がり今回の火災の原因だと考えられる、と述べている。また残った×印のモニュメントは彼の武器の一つという話だ……、何したんだオメェ?」
「一番デカイ奴を磔にした」
「……」
さすがの俺でもこれは引く、と口元をひつかせるラカンだった。
珍しく黒竜達に同情の思考を抱かせる。新聞によれば群の竜は1000を軽く越えていたという。
恐らく皆殺しだろう、とテーブルに置いてあるコーヒーを飲みながらそう考えていた。
彼に聞けば否定するだろう、一匹見逃した、と。そこはジャク・ラカンにとってわざわざ質問することもでもなかった、そして彼目線でどういう結果になったかは知ることも、そもそも必要なかったのである。
「で?お前が帝都から、というかあのじゃじゃう……テオドラ第三皇女の側におらずにオスティアにいるのは何故なんだ?」
キュピーンと目が光った彼に反応して言葉を変えた。
モニョモニョと何枚目だよ、と疑問に思うほどずっと肉を食っている彼は面倒臭そうに、欠伸をしながら答えた。
「20周年なんたらでテオが記念祭に参加するそうだ、下見……いつ戦場になるかは知らんからな」
「そういえばおめぇここに来るのは初めてだったな」
あぁ、と短く返しながらウェイトレスにおかわりを要求している狙撃の英雄。
もう考えるのはよそう、とジャック・ラカンは変な笑いしか出せなかった。随分物騒な考え事をしているな、と思った途端に戦争に身を任せていた自身が平和ボケしたことに気付く。
最近様々な場所で異常…例えば強力な竜の群など、考えなければ珍しいの一声済むような事が多発しているのだ。一概に、何も起こらねぇ、などと言える彼ではなかった。
シックスは肉をゴクリを飲み込み、オマケ程度だが、と注意して言葉を出す。
「土のアーウェルンクスがいた、一応撃破はしたがまだ生きているやもしれん。アイツはおまえ達『紅き翼』の敵だろう?」
「早く言えよ……へー、アイツがなー。ってアイツとはまた違うだったな。どいつもこいつも悪役ですって言わんばかりだったが…ん、どうしたぁ?」
「ク……『白き翼(アラアルバ)』だとよ」
クイっと親指をカフェから見える広場の真ん中の空中投影式映像に指す。
空中に浮かんでいる画面には赤髪の少年がゲートの支柱を破壊していく映像が映っている。その後にはその少年の仲間達と思われる少女達の顔写真とオマケ程度に犬っぽい少年の画像。
全員が全員高額の賞金首になっている。
「なんだぁ?俺たちのパク……あ」
「貴様が迎えにゆく手筈だったのだろう?」
忘れてた!ハハッ、と忘れ去られたほうからは実に勘弁してほしいことであった。
画面に次々と変わっていく各々のメンバー達。シックスは賞金額が賞金額なので帝国領内に入ったら速攻で潰そうとか恐ろしいことを考えていた。ただ、面白いことに赤毛の少年だけ名前が伏せられているという。
愉快すぎてこの上無し、と彼は笑いを抑えることが出来なかった。
「まぁどうにかなるだろ、あの馬鹿の息子だし」
「あぁ、あの莫迦だからな」
お前も莫迦だし、同種族的なシンパシーだな、と笑いながら言うシックスにあぁん?と睨み付けるジャック・ラカンだったが、特にそれ以上発展することも無かった。
二人が戦えば新オスティアなど次の日の出には無くなっているだろう。
一人で戦争を行う英雄と、一人で大軍と互角に戦う英雄、正直どっちも信じ難いバグなのであった。
「そうだ!おめぇ拳闘大会に「赦さん」何をっ!?」
「よっぽど"面白い"こと以外はお断りだ、というか殺すぞ」
「殺!?なにおまえこわい。あー、折角注目ネタがよう」
ジャック・ラカンの提案を最後まで聞くことなくバッサリと切り落とした。だが、残念そうに、うへぇ、と顔を歪ませる彼に対して、ニタァと眼だけを笑わせながら再びクイっと先程の賞金首を紹介していた投影機を指す。あぁ?と目を擦りながら今流れている光景は
《瞬・殺!ナギ・コジローチーム驚異の14連勝!彼らには驚くばかり!!》
「へぇ……いいこと思いついたんだが?」
「7:3な、勿論俺が7だ」
「いやそこは5:5……いや7:3でいいです、はい」
フハハハハハハ!!!と白色サングラスと褐色筋肉達磨がカマセ系悪役のように高笑いを始めていた。
店からの批難の視線も気にすることなく&いいこと&の構想を練っていく莫迦達。
勢いで意識阻害の魔法が砕けて、大変なことになるのはまた別の機会の語ろう。
「おい、カゲタロウとか巫山戯ているのか」
「えー!?センスあるじゃーん!」
「いや、大分俺もそれでいいかな?って気がしてきたけど」
To be continued