第三十九射 ともだち
「必殺技か……う〜む」
強くなりたい、と願う青年が歩いていた。
フードを被り顔を見せないようにしているが歩いて揺れる度にフードの奥から特徴的な赤色の髪の毛が見える。
青年はただ、彼の師や父のように強くなりたい、しかしどうすれば?と青年らしく困惑しているようだった。
青年の親友である黒髪に犬耳の生えた拳闘士仲間はかつてこういったことを思い出していた。
「アホっぽさ?あー、確かにお前は足りへんな。アスナ姉ちゃんのほうがどっちかというとサウザント・マスターに似とるって」
青年の知り合いであるアスナという人物を思い浮かべる。
実はその青年こそネギ・スプリングフィールドであり、彼の拳闘士仲間というのは犬上小太郎のことなのだ。もっとも今では諸事情、というか賞金首になってしまっているので名前や体型を変えているのだが。ネギは神楽坂明日菜の強さについて考えながらグラニクスの街を歩いていた。
——魔法界エリジウム大陸 自由都市グラニクス
ヘラス帝国より南南西の存在する大陸にあり、その大陸でもかなり発達している都市である。
自由と銘うってるように拳闘大会やら賭博やら、火山地帯の影響もあってか屈強な亜人達が多く生活しているのだ。
そこの名物はもちろん拳闘大会だ。
世界中の実力者達が、名誉やら権力やらを求めて戦い抜く格闘競技である。
一応スポーツ的なアレだが、さすが魔法世界だ、腕が無くなったり瀕死の重傷を負うのが日常茶飯事であり、そこに勤める医療術師は腕が次々に上達してくという。
とはいっても出場選手の間でも「なるべく気絶させて終了させる」はもはや暗黙の了解に位置している。結
局手足を吹き飛ばすことになるのだが(ここが肝心)
「やっぱり……必殺技……かなぁ?」
「必殺技がなんだって?」
「わひぃ!?」
ボソリと呟いた青年、ネギの背後から渋い声が聞こえた。
バッチリ聞こえていたみたいで実に恥ずかしい限りであるが、ここ魔法世界では必殺技というのはある意味必須要素であるため案外普通なのである。
あたあた、と顔を真っ赤にして否定するネギだったが、背後の大男——フードを被り褐色肌のゴツイ顔しか見えないが——その男は恥ずかしがることはない、むしろ持ってて普通だ、と言いのけた。
驚きのあまりにフードがフサリと、青年の顔が露わになり人々の視線を集めた。
「俺が教えてやらんことも無いが…そうだな、必殺技一個につき授業料50万ドラクマ、考案料20万ドラクマ、そして版権料10万ドラクマ頂こう」
高っ!?とそれは青年だけではなく周りの人々も同じ感想を持った。
突然わけのわからないことを言い出したこの男に対して、もちろんそのような言葉を述べるのだが……目の前の男は質問に答えることはなかった。ただ一言、それから起きる惨劇を予告したのである。
「今は俺の心配よりテメェーの頭上を心配しな」
「ハッ!」
ストン、と黒い槍が青年の頬元を通った。
少しだけ擦り頬の薄皮を切った、擦っただけで大量に出てくる血の量からどれほどの影が切れ味を持っているのか、それは人体など軽く切るであろうと簡単に予想できた。
目の前の男はただ、命拾いしたな、とニヤリと笑いながらお金の請求をする。
突然の出来事で思考が追いつけていない青年はすぐさま戦闘態勢をとる。誰だ、という疑問を攻撃をしてきた存在に叫んで聞いた。
服装はただのスーツ、旧世界でよく見る不快な深い藍色の。そして極めつけに特徴的な白い覆面。人の目を模しているのだろう、仮面全体に大きく描かれた目の外線、黒目に当たる部分には天を指指す手の甲。
手の甲にまたギョロリと覗く無機質で簡単に描かれた二重丸の目。いつでも誰でも&ともだち&になれそうな風貌をした存在が立っていた。
「ナーギー君、あーそびーまーしょー」
青年の視界が黒に染まった。
瞬時に全身に魔力を通し強化した青年は間一髪で影の鞭を避けた。
影の鞭はそのまま通り過ぎ後ろの建物をスパッ切り裂く。
青年はゾクリ、と背筋が凍るのを感じた。停止を促す言葉もとどかない。返ってくる言葉は
「やっぱり友愛が大切だよねナギ君」
と一言。
何かにつけて友愛と結びつける強すぎる変人に未だに迷いを持っている青年だった。
無数に繰り出される影の鞭を手足のように操り青年を切り裂こうとする。
建物をまるで熱したナイフでバターを切り裂くように、無駄な破壊を一切せずただ切断していった。
下では人々に危害を加える可能性があるためか、建物を上へと登る青年。そして対面する影の使い手。
影の使い手はまるで達磨落としのように切り裂かれズレまくっている建物の上に器用に立っていた。
「君の友愛が僕を呼んだんだ。僕はヘラスのカゲタロウ、"ともだち"さ」
「待ってください!ここでは被害が!」
「グダグダ言ってんじゃねぇ!!」
少年探偵っぽい締めくくりをした影の使い手。そして人々がワラワラ集まってきたとき、人ゴミの中からヌッと出ていた先程の褐色の大男がそう言った。
もうすでにフードは被っておらずハチマキっぽい何かを額に巻き付けた金髪の男。
男は言う、ここ自由都市という名前の通りストリートファイトはいつものこと、むしろやれ!と。そして何より&本気っぽい&相手に、前を向かないと死ぬぜ?と忠告したのだ。
その通りだと&その&後になって気付く。もうすでに、影の槍が胸もとまで来ていたのだ。たった一瞬だった、その一瞬に体をくねらせ腹の横を通らせたが衝撃によりそのまま建物に激突する。
肺か、あるいは心臓か、確実に急所を狙う&殺意&を持った攻撃だった。
息を吐きながら起きあがり、青年はバキリと影の槍を砕く。
「(あ、危なかった……今の…躊躇無く急所を…!)」
そう思考している間に次の攻撃が来た。
もう一本の影の鞭が建物ごと青年をぐるぐると包み、そして一本に集約する。
その攻撃は建物を板状に切り断つ。集約される寸前、青年は詠唱を唱えながら間一髪と回避した。
青年はそんな時でも未だに相手のことではなく麻帆良にいた同じ影の使い手のことを考えていた。
錬度の違い、そして何よりも&本気&で潰そうとする相手など、彼は初めてだったのだ。
「(この人!?僕を本気でッ…!)」
回避して別の建物に着地した瞬間だった。
彼の喉と胸を影の槍が貫く。やったか!?と誰かが叫んだ。だが貫ぬかれたはずの青年はボンッと風になって消え去った。
青年が詠唱したのは囮を作り出す魔法だったのだろう。さすがに囮の魔法を使うとも思わなかったのだろうか、影の使い手は呟いた。
「ともだち(デコイ)かい?」
意味が通じるようでまったく通じない、どこかの変態だったらなんとなくわかりそうだが…囮につられたと見た青年は瞬動で一気に影の使い手の背後に詰め寄った。だが、相手は歴戦の戦士なのだろう、覆面スーツという格好はともかく。その動きすら既に読まれていたのだ。
魔法の矢を装填した拳を繰りだそうとした瞬間、青年は横っ腹に衝撃を感じた。
横に薙ぎ払われた影の鞭。青年はゴムボールをバットで殴ったかのように吹き飛んでいった。そのまま建物に突っ込んでいきドォン!破壊音をとどろかせる。
「へー、すごいねナギ君。一撃以上持った相手は久しぶりだよ…当たり前か」
最後のほうをボソリと誰にも聞こえないように呟いた影の使い手。
瓦礫の中から飛び出し青年は考える、反撃の糸口がまったく見つからないと。
師との修行がなければ既に終わっていたであろうことに冷や汗を流す。青年の何重にも重ねられた障壁を軽々貫通する術式。そして影の鞭を変幻自在且つ高速で操る技術。&本物&という言葉が脳内を通り抜ける。
アハハハハ、と不愉快になる笑い声を響かせながら鞭を振るう彼をただ強い、と。強敵で本物だと……そう思ったのだ。
「ああぁっ!!」
「(え?なにこれマンガ的なあれ?)」
ゾクリ、と今度は悪寒ではなく何かが伝わる。
血が煮えたぎるような、血肉湧き踊る原初の本能。憤怒を喉の奥深くから叫び出し、全身から魔力を放出する。
予想以上の膨大な魔力量を「ともだち(パワーアップ)か」とボソリと呟いた変人が影の槍を数本繰り出した。
幾重に襲い掛かる影の槍を今までの戦闘からは予想も付かない速度で回避し、拳を使い、足を使い薙ぎ払っていく。
影の使い手が繰り出す影の鞭よりもただ速く、青年は使い手に襲い掛かった。使い手は迎撃のために新たな魔法を繰り出していく。
「やっほー」
差し出した右手、右手の袖口から大量の影の槍が放たれる。だが青年はそれを予想していたのか、左手にためた魔法を解放し、影の槍を叩き切ったのだ。
青年の師が使いし魔法を用いて全てを切り裂く『断罪の剣』であった。
しかしまだ未完成なのか形がひどく歪んでいる。しかし相反の力で作られた剣が例え影の使い手の影であっても、それを切り裂くことが出来たのだ、完成したらどれほど強力な武器になるのだろうか。
そして使い手に迫りながら、右手の魔法を解放しながら殴りかかった。だが…
「飽きたなぁ」
一つの声だった。
たった一声だった。
その言葉が異様に耳に入る。青年はおかしい、と思った。
何故なのか、青年は確かに右腕を振りかぶったはずなのだ。
それなのに、何故、どうして&その右腕が無い&のだろうか。
使い手の足下から伸びた影が青年の…ネギの右腕を切断したのだ。だがネギは諦めなかった。
右が無いのなら、左を使う、と。遅延呪文によって更にもう一個溜めていた魔法を解放しながら左手で殴りかかった。だが、それもとどかなかった。
それは第三者によって止められたのだ。先程の褐色の大男が間に入り込みネギの腕と使い手の影を伸ばそうとした腕を掴んでいた。
「なかなかイイ見せ物だったが、この勝負俺に預からせろ」
「へー『紅き翼』千の刃ジャック・ラカン君か。……潰すぞ、あぁ?」
「あ、あらるぶら〜?何だそりゃ?俺がそのアラル海とやらの面子なら、どうだってんだ?」
何故か途中から声色も口調も全て変わった使い手と、何故か妙な汗を出している褐色の大男だった。
ゴホン、と影の使い手が一回咳込むと影の槍を今度は褐色の大男に繰り出したのである。
対応するラカンが持ち出したのは仮契約のカード。「『来たれ』」と唱えるとカードから無数の光の矢が飛び出し全てを迎撃してく。
「なんでおま……君がなんでその"へんげんじざいでむてきむるいのほーぐといわれるあーてぃふぁくと"を持ってるのかなぁ?」
「お、おうよ!今日は見物料無料の大サービス、アーティファクト『千の顔を持つ英雄(ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロソーポーン)』だ!!」
そう言ってラカンは大量の剣を召還し、影の使い手に投げつける。
使い手が持っていた影の槍や鞭を容易く切断した。そしてラカンが跳躍、必殺と口で言いながらかつての大戦において100を越える戦艦を叩ききった、自身の100倍はあろうかという超大剣『斬艦剣』を影の使い手にたたき付ける。その衝撃にネギはただ驚くばかりだった。
「ファファファファ……間違った。まだだよ、この程度では僕は倒せない」
土埃の中から埃が一つもついていない覆面スーツの男がゆっくりと歩き出てきた。
ラカンは余裕で無傷のまま出てきた使い手に、素手のほうが強いだの、本気を出してれば終わってるだの言う。
そして相対している影の使い手は何故か妙に悔しそうに握り拳を持ち上げていた。そんな彼に対して…
「そんなに俺と戦いたきゃ……俺の弟子に勝ってからにしな。舞台は闘技場、正式な拳闘大会でな」
「(面倒くせぇなコイツ等)」
それは声に出さなかった。
○
「おお、シックスか。どこに行ってたのじゃ?」
「あぁ……新オスティアの下見だ」
「ほー、そういえばお主行ったことなかったんじゃったな」
テオが行かないなら俺も行く必要がない、という理由を述べながら彼女の側による彼。珍しいのう、と感心しながら帝国城の廊下を歩き出した。
第三皇女テオドラが彼に今後の予定のことなどを伝えたり、特にたわいも無い話をしたりと、実に普通で何よりも尊い光景だった。
「どうじゃった?」
「ふむ、そうだな。確実に言えることは1ヶ月後には最高で最低のショーが見れるということぐらいだな」
なんじゃそれは、という皇女のジト目の質問にさぁなんのことやら、と受け流す彼…帝国の大英雄ダブル・シックスだった。
そんな自分の質問に素直に答えない彼に彼の主である第三皇女は驚き目を大きく開かせた。
急いで厨房に連絡を入れ、今夜はパーティを開くとかどうとか。わけわからん、と彼は思うが彼の愛する彼女が異様に喜んでいるのでまぁいいだろう、ということで遠い目で眺めていた。
脳内フォルダにバックアップ数十本、保存しまくりである。
「(……出来れば、何も起こらないのがいいのだがな)」
彼らの敵である『完全なる世界』の残党がいるのだ。普通の残党は雑魚でいいのだが残党の中には最も厄介な幹部級の存在がいるのだ。
確認はとれてはいないがアーウェルンクス、修学旅行の時で十分破壊したもののソイツが動いていたということは他にも誰かが動いている可能性が高い。
何より決戦のとき、少年の姿に爺口調のゼクトに乗り移ったっぽい造物主がいるのだ。まだ奴は諦めてはいないだろうとシックスはまだ見えぬ敵に思考を傾けた。
奴らは必ずネギ・スプリングフィールドと何かしらの接触をするはずだ、と彼は予想する。
味方に引き寄せれば、いつか絶大な力を持ち得るであろう少年だからだと。味方に引き込まなくても…
「(ネギ・スプリングフィールドの側には"彼女"がいるではないか……二代にわたって滅茶苦茶な)」
「そういえばお主また依頼が来ておったぞ?アリアドネー北部にある海に巨大な海獣じゃそうじゃ。どうにも騎士団では手が終えないほど"巨大"らしいのじゃぞ!」
「そうか、精々暇つぶしにはなるだろうな。明後日行くとするか」
「明後日?明日ではなのか?」
「そりゃ明日はテオを一緒にいるからなぁ、そりゃ無理だ」
「な、ななな、何をそんな!?いやいや……ほ、ほぅ!……だ、だめじゃそこは(規制されました)」
ブツブツ言い出した第三皇女を視界の真ん中に捉えながら海獣とやらをどう料理するか考え始めた彼だった。
出来れば鰻みたいな&精力&の付きそうな奴がいい、と思うのだが世の中そんなに上手くはいかなかったようだ。
後日彼が討伐したのは、島にも見える巨大なタコだったのである。しかし触手プレイとか、援護に来たアリアドネー騎士団の戦乙女達がいたがそんなサービスシーンはまったく無く、むしろ『帝国の狙撃主』の伝説をまた一個増やしただけに終わったのである!残念だったな!本当にっ!
To be continued