第四十射 イカタコ作戦
「フフ、今回の協力感謝しますわ」
「あんな雑魚、もといタコで俺を呼び出すとはな。騎士団の質が落ちたというものだな」
アリアドネーの悪夢…アリアドネーから北にある沿岸部にて巨大な海の魔物が現れた事件だ。
ディープ・ワン(深き者)と言う他が無いほどの異形、というか緑色の巨大なタコが現れたのである。
遠くから見れば動く島にも見えるというほどの巨大さだったという。
アリアドネー魔法騎士団が一度応戦したものの、魔物の圧倒的質量と&諸事情&により大敗。そこで白羽の矢として大戦の英雄である彼に仕事が回ってきたのだ。
アリアドネーは永世中立をほこってはいるが、場所が場所。
魔物が現れたのはヘラスから西に位置している、と言うことも出来た場所だったのだ。オマケ程度だが後には「島喰い」と呼ばれる帝国の英雄の逸話の一つになる事件だ。
——独立学術都市国家アリアドネー
ヘラス帝国帝都より南西に位置する都市国家である。
中立を唱う国家の言うとおりソコは大戦時帝国・連合のどちらにも付かなかったのである。
そんな中立国家アリアドネーが所有するアリアドネー魔法騎士団は中立故に非常に重要な騎士団である。例えば、もうすぐ行われる新オスティア平和記念祭において新オスティアの警備をおこなったりと。どっちにもついていないためどっちに対しても公平な審判が出来るのだ。
学術と言うとおりそこは格闘から魔法、そして魔工学などとあらゆる学問を学べる&要塞&なのだ。
帝国にも連合にも付かずに済むのはその学術の名門が揃いに揃いまくってるためである。下手に手を出したら痛い目をみるし、そもそも場所的にあまり重要ではないのだ。
「で?依頼も終了、俺を呼び出した理由は?」
「帝国の英雄が来ているだけ、それだけで生徒達はやる気が上がるのよ」
学術都市の中でも一番人気と言われる学部・通称『魔法騎士団候補』の、学部塔のとある場所にある広い部屋の中に相対している人がいた。
片方は偉そうにソファに座っているフードを被っている男で、もう片方はイメージ的に校長とかが座ってそうな机が前にあるイスに座っている角の生えた妙齢の女性。
「ハッハァ、俺を利用する気か。テオ以外がなんちゅうことを」
「ホホホ、素直に来るアナタに正直驚き」
「……『将来の人員の為じゃ』だそうだ、まったく面倒だ」
フードの男はやれやれ、と手をひらひらさせながらため息を吐く。
相対している女性は手を口に当てて「オホホ」と上品に笑っていた。彼女はアリアドネー魔法騎士団総長『セラス』という、かつて大戦の最終決戦において彼らと共に戦った一人だ。
角の生えているあたり、人間じゃないことは確かである。もっとも彼女が相対している相手は生命体という枠組みの中にいていいのか若干不安になる存在なのだが…。
「それにしても……騎士団でもあのタコを倒せるはずだがな」
「ええ、それには深いわけが…」
巨大な質量を持っているということで大多数の魔法は蚊の一撃程度にしかならない。しかし世の中には大魔術と呼ばれる大多数の存在が協力して放つ高度魔法がある。
騎士団という組織のため一応その方法を習得しているはずなのだ。深いワケ、それは相手がタコという軟体生物…&触手が複数&あって尚かつ&ニョロニョロ動く&という理由だ。更に簡単に言うと何回か騎士団の乙女達がその蝕手の餌食になったわけである。
それを見てしまった仲間達は決して近づきたく無いのだ。もちろん性的な意味で、やったな!実際は男もいたのだが、むしろその存在が「私、戦わない、無理」を助長させる原因になっただけになった。
「それにしても外が騒がしいな、何かあったのか?」
「新オスティアの警備の選抜試験、各学年から二名「もういいわかった」あらそう」
恒例の脱がしレースか、と彼が呟く。
学術都市アリアドネー観光目的の一つである通称・脱がしレース。文字通り箒にまたがって飛行し一位を狙うのだ、途中相手に武装解除の魔法をぶっ放すという。これは一応戦闘練習の一環としてある。
危険のことを考えて全て相手の戦力を壊す武装解除に納めているだけなのだが。選抜試験と言う名前だが実際は……エロイ。すごくエロイ。
年頃の女の子が相手を積極的に脱がしながらアリアドネーの街を箒で飛行していくのだ。アングル的にも美味しいイベントである。さすが魔法世界、半端ないな。
「フフ、今年もウチの生徒は元気ねぇ」
「(なんだこの吐き気が催す最悪のレースはっ!?)」
おえっおえっ、と喉の奥から灼熱の浪漫が溢れそうになっている英雄が苦しそうに喉を押さえる。
いつものことねー、と彼女はそんな彼を流しながら手元に浮かび上がった映像でレースの確認をしているのだった。
そんな中、一段と元気というか、頭がなかなか回る生徒がいたようだ。二人同時に武装解除を発動させ、より強力な相手の魔法をかき消したりと、実に戦略性のある行動である。
「あら、特にこの子は元気ね」
「あぁ?……どっかで見たことあるなこのデコっぱち」
キランと彼女のイアリングが光る。
彼は顔を真っ青(もともと白いせいか本当に青い)にしながら、その映像を見た。
映像から聞こえてくる音声からは、どうにも落ちこぼれコンビがレースのトップを走っているらしい。
うーむ、と頭をひねらせてどこかで見たような、と考える彼である。で、その瞬間「あ、どうでもいいか」と忘れるいつもの彼だった。
「あら、こんなところに『鷹竜(グリフィン・ドラゴン)』が」
「なんだ竜モドキか」
近道をしようと森を突っ切った一部の生徒がドラゴンを引き寄せてしまったようだ。
彼が言うとおりに&モドキ&と小馬鹿に出来るほど弱っちぃドラゴンだが、ドラゴンはドラゴンである。
少なくとも訓練中の学生が戦えるような相手ではない。だが&四人&ともその場を動こうとはしなかった。
映像を見てみればその理由がわかる。倒そうと立ち向かっている。引き寄せた二人、先程のデコっぱちのコンビの四人だ。
「アーティファクト?……やはり思い出せん」
「……」
彼が言ったデコっぱちが仮契約カードを持ち出し、そしてアーティファクトを召還したのだ。
森の中を飛行しドラゴンを誘導していく。誘導していく道の先には罠を構えているのだろう。その通りドラゴンが木々をなぎ倒しながら進み、そして上空から氷の礫を落とす。しかしこれでは威力不足だった。
翼で氷の槍をガードしていく。名門の生徒といえどまだ未熟、竜の翼を貫通できはしなかった。だが、デコの広い生徒がその礫の雨を器用に避けながら…
「ほう角か、お前んところは個別の竜の弱点でも教えているのか?」
「まさか……あのアーティファクトね」
儀礼用の短剣を角の根本に差し込み、そして電撃の魔法を喰らわせた。弱点である角に電撃を流されたらさすがのドラゴンとも一溜まりもない。だがそこは幻想種ドラゴンである、せいぜい数分の気絶程度にしか時間を稼ぐことは出来ないだろう。だが生徒達には十分な時間であった。
「…?どこに行く?」
「あら、総長たる私が迎えに行かなくて誰が行くのかしら?アナタも来る?」
「お断りだ莫迦が」
「じゃあなたはどこに?」
「さぁ?」
彼はガチャンと銃を構えながら竜の眠っている森の方へと跳び出した。
彼のこれから行う行動が目に見えて、かつての大戦の英雄も人が変わると思った彼女だった。
ちなみにその後森の中で何かのミンチが見つかるのだが、原型どころかもはや液状になっているソレに研究者達が大いに騒ぐことになるのだった。更に付け加えるとセラス総長がレースの状況を帝国の大英雄が見ていた、とつい口を滑らせることになるのだが、これもまた秘密なのである。
○
「人がゴミのようだ」
「お主は何を言ってるのじゃ」
新オスティア平和記念祭。
今年の記念祭には10年振りにヘラス皇族が参加するという話で持ちきりだった。
そこで話を発展させるのが『帝国の狙撃主』である。
親善大使の役職を持っているヘラス皇族第三皇女テオドラが来るということは護衛の彼も来るということである。
知らない人は存在しない大戦の英雄の一人だ。
現役で活動している数少ない存在だ、色々イザコザがあるものの。金字で刺繍サレタ帝国の紋様が光るローブを着込み、ゆっくりと歩く彼女の後ろに控えている。
生の皇族だけだはなく英雄という存在が目の前にいるということで、観客は大いににぎわっていた。
平和の祭典といっても、未だに帝国と連合は裏でバチバチしているという不安もあるのだがそこでアリアドネー魔法騎士団の出番である。
中立である彼らが中を取り持つことで発言権を強くするという大人の事情もあるのだが…。
「(メガロメセンブリア主力艦隊旗艦スヴァンフヴィート…戦争でも起こす気か)」
スヴァンフヴィート、神罰砲という精霊砲の強化された砲台を所有し大戦時からずっと現役で起動している全長300メートルを越えるド級戦艦である。また、唯一狙撃手が落とせなかった戦艦として有名なのだ。
もっとも今現在再び戦争が起きたら確実に落とされるであろうが。そして戦艦の腹から落とされた数体の巨人、鬼神兵だ。
儀礼用の杖を持っている儀仗兵だが裏の思考が丸見えである。
「(で、こっちは守護聖獣にインペリアルシップ……笑い話かよ)」
相対して帝国陣営はインペリアルシップに『古龍・龍樹(エインシェントドラゴン・ヴリクショ・ナーガジャ)』である。
帝国最強の戦艦インペリアルシップに、超高位存在である龍樹。更にそこには大英雄がいるのだ。
連合側の主張としてはスヴァンフヴィートでも持ってこないと戦争なんたらだろう。
古龍・龍樹とはあのリョウメンスクナカミのような格の高い霊的存在である。
肉体を滅ぼされようが決して死ぬことはない。そんな存在が帝国の守備にまわっているという不思議だが、未だにその理由は不明だ。互いの最上の戦力模様に観客は感嘆の声しか出せないほどだった。
「(クルトにセラス、リカード……何をするつもりか)」
20周年記念という形であるものの、メガロメセンブリア信託統治領の新オスティア総督クルト・ゲーデル、アリアドネー魔法騎士団の総長(グラドマスター)セラス、メガロメセンブリア元老院議員主席外交官ジャン=ジャック・リカード、そしてヘラス皇族第三皇女テオドラ、極めつけに帝国の大英雄ダブル・シックス、一級品の登場人物達であり、この光景には驚くばかりである。
彼は第三皇女テオドラとリカードと呼ばれた不思議な髪型の人が握手しているのを視線で神を殺しそうな勢いで見ていた。だが、前日にちゃっかりとテオドラに話をつけられた彼は仕方がなく我慢することにしていたのだ、見えない握り拳がミシミシと鳴っている。
「シックスもお元気そうだな!」
「あぁ、死ね」
「死っ!?おいおーい、英雄様といえどそれはひでーなぁおい!」
ボソボソと会話するヒゲダンディのオッサンと英雄。
彼らも一応大戦時の古い顔見知りなのだ。
彼の具体的な暴言を笑いながら受け流し普通の会話を進める。なんでもいつも通りだそうだ。
一体どういう英雄なのか頭の中身を見てみたいものである。
「お主は妾以外にももっと口を慎むのじゃ!」
「ぬぅ」
「ガハハハハ!」
「ちょっと落ち着きなさいよ」
後ろからセラス総長がたしなめる。更に後ろでは実は彼らと顔見知りのクルト・ゲーデルはため息を吐いていた、いつも通りすぎて。
クルト・ゲーデル、タカミチと同じように『紅き翼』に拾われた少年だった。
タカミチと違い若干平和と正義に偏る思考のためいざこざがあったのだが…とある理由で元老院に所属している。
シックスとは『紅き翼』時代に知り合ったのだ。特に接点を持たなかったがクルトにとってシックスの思考は感動を覚えるほどのものだった。
シックスの思考はある意味「絶対正義」に近い。
彼が愛するテオドラ以外全て封殺する、言い換えればテオドラが正義でそれ以外が悪という見方なのだ。
それが世界平和に向いていないということからクルトは彼のことが苦手であるのだが。
「……」
「ん?どうしたのじゃ?」
「なんでもないさ、虫けらが動いただけだ」
そうか、とそれ以上テオドラは言及しなかった。
ただ一言「行くのか?」と質問する。
少しだけ間を作った後に彼は否定の趣旨を述べた。
この場において&彼ら&に攻撃を加えるほど&奴ら&は馬鹿ではないことを知っていたのだ。
テオドラもそれは理解しており、何よりも自身の従者を信用してた。彼がそういうなら、それが一番良いのだろう、と。
それに彼が動いたら動いたらで実際は社会問題になるのだ。
一番困るのはアリアドネーだ。
彼らが警備している中、一部の騒動で&帝国&の英雄が動くなど、顔に泥どころかションベン引っかけるレベルだ。そして連合側にすれば丁度良いタネになる。
それが戦争の種になるか、搾り取る種になるかは定かではないのだが。
「(やはり貴様かアーウェルンクス)」
視界が狭まっていく。人々の間をすり抜け、建物の脇をくぐり、噴水の水を越え、奴がそこにいた。
今はまだいい、と彼は退場していくテオドラ第三皇女の側に行くのであった。その後に彼の耳に入ったのはやはり誰かが無許可戦闘を行ったらしいということ。
空に広がった巨大な石柱やら、不自然な観測を残す結界。更に聞いた話だとジャック・ラカンらしき人間の存在も確認されたという。実にどうでもいい話である。
「よし!これでいいのじゃ!」
「フード被るだけが変装というのか?」
「意識阻害はバッチリじゃぞ?」
「(犯罪に応用出来るんじゃねーのこれ)」
男女二人が夜の新オスティアを繰り出していたそうな。
To be continued