第四十一射 狙撃主の嘆き
「俺様特製自主製作映画を用意しておいた!!この制作費はネギの給料から引かれる!」
ズバーン!と金髪褐色筋肉達磨が映画のフィルムを片手にそう言った。
もちろん彼の名前はジャック・ラカン。千の刃という二つ名を持ち大戦時において無敵を誇った最強の一角である。
彼の正面にはネギ・スプリングフィールドをはじめとした少女達がチョコンと座っていた。
給料とかわけのわからないことを言い出したラカンにもちろんネギは文句の一言二言、しかし見事に無視されフィルムを流し始めるラカン。映し出された映像にはどこかのハリウッド映画でよくあるファンファーレとともにトップ画面が現れるのだった。
「ちょ!ラカンさんでかいよ!」
「あんたが主人公かよ!」
「うぜぇ!」
「黙ってみんかーー!!」
今回少年達はラカンから『紅き翼』に関する話を聞こうとしたのだ。
それで出されたのがこの映画。なのにトップ画面には正面にデカデカとラカンが映り、彼の背後にナギや詠春といったメンバーがオマケ程度にのっていたのだ。
何部作という設定なのか、サブタイトルが『EP.1 旅立ちのラカン』となっている。
自主製作という技術にも驚くが、数部作構成の自主製作とか本当にありえないと思う。
●
——21年前 ヘラス辺境
戦争真っ直中の時代だった。
物価の上昇は勿論のこと民衆の不安は次々と募る。だがその帝国には&奴&がいるということもあり連合よりはいささかマシであっただろう。
子供達は子供らしく走り回り鬼神兵を見に行くとかなかなかすごいことを言っている。
そんな中、カフェの一角にて黒ずくめ(バーロー)の男らしき人と、金髪褐色筋肉達磨……ジャック・ラカンが対面していた。
「ターゲットはこの三人の男に……この少年だ」
「フン、餓鬼じゃねーか」
黒ずくめの男が三枚の顔写真を取り出し、そして最後の言葉と共に赤毛の少年の写真をトン、と置いた。
最初の写真には、短い黒髪にメガネの青年、魔導師と言わんばかりのローブとフードを被った青年、そして白髪の少年だった。
彼らこそ『紅き翼』のメンバーにて、青山詠春、アルビレオ・イマ、そしてゼクトであるのだ。
勿論最後の写真こそ最強の魔法使いナギ・スプリングフィールドである。その写真を手にとり余裕の表情を見せるラカン。
「油断すると痛い目をみるぞ、オスティア回復作戦の失敗の原因はほとんどコイツラだ。送りつけた正規の部隊も壊滅。君が望むなら部下もつけよう。賞金稼ぎや傭兵になってしまうがな…」
「一人で十分だ、任せときな……と言いたい処だが、なんでも帝国には強い奴がいるそうじゃねーか。ソイツはどうなんだ?」
カフェのイスにもたれているラカンはそう答えた。
当時帝国には強い奴…謎の狙撃手が存在したのだ。
初戦には9割以上の戦艦を叩き落とすという神業とも言える所業を行い、そして現に狙撃手と『紅き翼』は戦場で対面したこともあった。
戦場という範囲では狙撃手が個人的な勝利ではなく、帝国の兵士として帝国の勝利を優先していたため『紅き翼』を放置していたのだが、もちろんその都度出来れば撃ち殺そうとしていたみたいだ、だがそんな曖昧な意識ではそれが出来るほど彼らは弱くはなかった。
狙撃手が彼らを潰すためだけに戦争に参加させることも出来たが、そこは彼の立場に問題があった。
「狙撃手か……ソイツはアクマで第三皇女の護衛という設定でな。やたらと動かすわけにはいかんのだ。故に超重要作戦のときにしか出撃させることは出来ないんだ。そもそも皇女が戦争に反対しているからな」
へーへー、とラカンは答えた。
その狙撃手とやらと一度戦ってみたいと思ってはいたものの、傭兵である彼が任務以外のことをしでかすと信用の問題に価するし、情報が少なく狙撃手が誰で、ドコにいるのかそもそも個人なのか、という疑問がある。
もっとも彼が信用のことなど考えることはしないし、今は『紅き翼』の奴らで楽しもうという結果を出したのだが。
○
「んっふっふーこいつが旧世界の日本の鍋という料理か」
処変わり更に辺境の大地、四人組の男が鍋を囲んでいた。
新世界の一角だというのに旧世界の端っこの国の料理をつついているという特に不思議な光景だ。
唯一の日本人である詠春がその鍋を仕切っていた。
赤毛のナギが早速と言いながら肉を投下しようとすると、生粋の日本人である詠春は勿論それを防ぎにかかる。
「あ!馬鹿!?何肉を先に入れようとしてんだよ!」
「トカゲ肉でもうまいかのぅ」
「あー!うっせぇーうっせー!!」
詠春の言葉を無視して肉をヒョイヒョイ入れ出すナギ。
箸を器用に使いこなすゼクトは特に関係無いことを考えていた。
熱の通りの時間がどうのこうの、詠春が見事に奉行をしている中最後のアルビレオが口を開いた。
「フフ、詠春知ってますよ。日本では貴方のような人を"鍋将軍"と呼び習わすそうですね」
「ナベ・ショーグン!?」
「つ、強そうじゃな…」
見事に勘違いしている知識を披露したアルビレオ、背後に日本の武士のビジュアルが流れるナギとゼクトは唖然とする。
勘違いしたまま詠春の何かを認め出す二人だったが、肝心の詠春はまったく嬉しそうにない。
後はたわいも無い会話を進める四人だった。
オスティアの姫子ちゃんがどうのこうの、狙撃手をぶっ倒すだのどうの、醤油ソースが最強だの、戦争に疑問を覚えるだの……そんな時&何か&が飛来するのを感じた、詠春以外。
——ドォン!!
大剣が鍋に直撃し中身をぶちまける。
ナギ、ゼクト、アルビレオの三人は直座に行動を始めた。
ヒョイヒョイと空中にぶちまけられた鍋の中身を器用に取り皿に入れていく。
詠春は鍋奉行のせいか反応が遅れ鍋を頭から被ることになってしまった。
崖の向こうから大声で叫ぶジャック・ラカン。その後詠春が切れたり、詠春が色仕掛けで負けたり、ナギと13時間の決闘を始めて地形を変えたり、妙な友情が芽生えたりと、実にどうでもいい話であった!!
●
「で、何か知らんが俺も仲間になって、色々あって、スゲー事があって……戦争が終わり今に至る、と…、んーー!おしまい!」
「ええーー!!」
今から、という時点で端折り出したオッサンに文句タレタレの少女達。長いから面倒くせぇ、とぶっちゃけたラカンに声を上げて文句を連ねる。
フェイトの正体だの、少なくとも一番知りたかった情報を隠しだしたオッサンはさすがだろう。
一部、ネギや近衛木乃香のように肉親や近い人物が『紅き翼』の人は色々と思うことがあったらしいが。そこで一端会話が途切れ、誰かが切り出した。
「そういえばさ、時々出ていた狙撃手って人…式典にいたよね」
「あー!見た見た!」
「あーー、狙撃手ね、はいはい」
ラカンと裏で色々やってる狙撃手ダブル・シックスである。
ラカンの脳内には、サムズアップしながら地獄の底のような笑みをうかべている彼が横切る。
大戦時において戦場であった回数は指で数える程度だが、彼の恐ろしさをよく知っているラカンだった。
同時に大戦時の彼と、今実行中の悪ふざけのことを考えると変わるものだなぁとか思ったり思わなかったり。
「『帝国の狙撃主』ダブル・シックス……」
「お?桜咲の嬢ちゃん知ってるのか?」
ええ、と桜咲刹那が呟いた。
流れ的には映画の後半彼が現れるのであろうが、どれほどの存在かは未だに測ることが出来なかった彼女は少しばかり気になる存在だった。
ダブル・シックスと聞いた時点で修学旅行にそういう人いたんじゃね!?とか話が発展していく。
ネギやオコジョ、桜咲刹那などそのときの事情を知っていた人たちが説明していた。勿論その後英雄がすぐ側にいたことに驚き、はしゃぎ回る結果となる。
サインがどうのこうの、残念だが彼はそういうことはしない。
「じゃ。まぁ早送りしていくか。戦が始まったのはアイツが13歳のころ。こっちじゃ12.13でも強さがあれば問題ねぇ」
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ヘラス帝国の突如の侵攻。
初めは辺境の小さな争いから、そして確実な意志をもって帝国の侵攻は始まった。
最初のアルギュレー・シルチス亜大陸侵攻、帝国の南に位置するシルチス亜大陸と、帝国から東に位置し現在謎のモニュメントで有名なアルギュレー。
帝国はまずそこから侵攻を始めたのである。
帝国の真の目的は古き民の文明発祥の地「オスティア」の奪還だったのだ。
強力な魔法力と、狙撃手『ダブル・シックス』を保有しているヘラス帝国は圧倒的だった。そして最後の砦と言っても過言は無いほどの重要地点『グレート=ブリッジ』を大規模転移魔法で一気に奪還してきたのだ。
300キロメートルに渡る巨大な要塞を奪われた連合……オスティアに王手をかける直前だった。だがそこで連合に希望が見える。
「俺様たちの出番ってわけだ。アルギュレーの辺境に追いやられていた俺たちはすぐに呼び戻されることになった!」
彼らが全面復帰すると、大激戦のグレート=ブリッジの戦いを越えて一気に名を広める事となる。同時に敵対している狙撃手の名前も、である。
敵には『赤毛の悪魔』と怖れられ、味方には『千の呪文の男』と讃えれたナギ・スプリングフィールド。その時だろう、もっとも戦争が激化していたのは。
連合側は狙撃手により既に壊滅状態だった。
『紅き翼』関係無く、それほどまでに強力無比な英雄だった。
『紅き翼』の参入と影からの支援でやっとギリギリ均衡を保てる状況だったのだ。
「シックスさんはそれほど…?」
「あぁ……個人戦になったらどうなるかは知らんが、アイツは戦場では一度の敗北もねぇ」
映画の映像には次々と跳んでくる閃光により火柱を上げながら地面に落ちていく戦艦達が映っていた。
ブリッジや管制塔、大切なエンジン部分を正確に撃ち抜き、火の海へと変えていく。
彼らが出撃すると、狙撃手も桃色の竜に乗り出張ってくる。
帝国・連合の間にて少しばかり戦闘をおこなうと、狙撃手は高速で連合の戦艦へと肉薄、その戦いの結果として…連合の戦艦は全て撃墜され、残ったのは人の呻き声と天まで伸びる黒煙だけだった。
「すごい…」
自然と『紅き翼』と『帝国の狙撃主』という構図になるのも時間の問題だった。
メンバーという意味では『紅き翼』のほうが有利である。しかし狙撃手はそれを超える戦闘力と殲滅力を持って対抗。
結果としてメンバーの数で勝っていたはずの『紅き翼』は物量とパワーによって、ただ個人であった『帝国の狙撃主』に破れたという記録が残っている。
「投影…シックスの個人技能だ。魔力から物体を作り出す魔法…作り出すのは兵器みたいだが、近付けば影の魔法、離れれば狙撃…、戦場では常に勝利のことを。ホンット腰抜けにもホドがある奴だ」
言葉だけなら罵倒にも見えるが、ラカンの顔は嬉しそうに笑っていた。
均衡した帝国・連合だが狙撃手の立場が幸いしたのか、連合側が徐々に押し始めることになった。
グレート=ブリッジという大規模な補給地点を失った帝国は大きく広がった軍隊を撤退させる他が無く、そこを好機と見た連合が一気に侵攻を始めたのだ。
「途中でガトウやタカミチといった仲間が増え……あぁ、その頃ファンクラブも出来たんだっけな」
戦争の裏側……『完全なる世界』という秘密結社の存在を知り、オスティア王女との出会いと『紅き翼』の物語は進む。
オスティア……長年巨大勢力の帝国と連合に挟まれ翻弄された国である。
オスティア王女『アリカ・アナルキア・エンテオフュシア』は自ら調停役となり戦争を終わらせようと走っていたのだ。
『完全なる世界』という完全に謎の裏組織だった、彼らは調査を始めることになった。そこで思い出すのがかつての『帝国の狙撃主』である。
「シックスさんが?」
「俺はまだその時はいなかったがー、どうにもシックスは既に『完全なる世界』のことを捉えていたらしい。それも目的も、だ。思えば奴はテオドラ第三皇女の為なら何でもする男だ、平和を願えば戦争している人間を皆殺しにしてでも平和にするだろうな、もっともそれを願わなければ素直に別の手を取る奴だが」
「み、皆殺しって言い過ぎなんじゃないの〜?」
「奴にとってじゃじゃ馬皇女以外は全てゴミ"だった"からな」
「だった?……今は?」
「あー、信じられねぇけど普通になってやがる。会話が弾むというか、妙に人間臭いというか、なんか馬鹿の匂いがするというか」
そんな中、アリカ姫が帝国の第三皇女と密会をすることになったのだ。
テオドラ第三皇女もまた平和を望んでいることを知ったのだ。
第三という継承権は低いものの、効果が無いというわけではないのだ。むしろ第三だからこそ民衆の支持もあった部分もあったのだ。
「ちょっと待った!テオドラ第三皇女と密会って……シックスっていう人は彼女の護衛じゃ?」
「そこがポイントだ」
アリカ姫とテオドラ第三皇女の密会、これから大いに物語は進むこととなる。
彼女たちが密会している間に、ナギ達は別行動を取った。
戦争を終わらせる決定的な証拠を見つけたものの、協力者たる元老院が『完全なる世界』の幹部と入れ替わっていたのだ。
罠にはまり彼らは帝国は言うまでもなく、連合からも追われることとなったのである。
「滅茶苦茶だな…」
「王女様達は?」
「あぁ『完全なる世界』の一派に捕まり幽閉されてやがった。さすがに護衛する対象が二人だとシックスの奴も限界がある。そもそもアイツの戦い方は全て殲滅だからな、逃げるにしてもオスティアの王女がいるんだ」
古代遺跡が立ち並ぶ『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)』に幽閉されているという情報を掴んだ彼らは救助に行くことになったのである。
彼らが救助についた時には狙撃手も復活し、さぁ脱出しよう、というところで彼らが来ることになったのだ。
救助の後にはオリンポス山の誓い、帝国の第三皇女と狙撃手シックスとの共同戦線と物語がいよいよ後半へと移りだしたのだ。
「まともに顔を合わせたのはあのときだったぜ」
後は史実通りに進むこととなる。
狙撃手と『紅き翼』の面々の反撃は始まったのである。要点潰しにはそここそ狙撃手の本領が発揮され、帝国でも情報収集も楽になった。
アリアドネー魔法騎士団を初めとする仲間を次々と集め……そして最後の決戦が始まった。
●
「わーシックスはん格好ええなぁ、あいむしんかーって言うんやな」
「シックスが戦場で歌う歌だな、トラウマになった奴もいるらしい」
シックスとナギが共に戦いそして『完全なる世界』の最後の敵・造物主を倒したのである。
始まりと終わりの魔法が発動したものの、それを抑えることもでき世界は平和になったのある。これが『紅き翼』の物語だ。
今でこそ世界は『紅き翼』が救ったということになっているが、狙撃手の存在を忘れる者はいなかった。
桜咲刹那はアリカ王女とナギの関係をラカンに聞き出している少女達の後ろで、シックスがよく歌うという歌を彼女の知人も歌っていたということを思い出していた。
「(マナと同じ歌……?銃といい歌といい、知り合いなのだろうか)」
その疑問に答えるものはいるはずでも無く、そのことを知っているのがごく僅かである。
アリカ姫とナギの関係の後はもちろん狙撃手と第三皇女についてになるわけであり、ジャック・ラカンはどこかの馬鹿餓鬼のように「秘密ー!」ともったいぶっていたのである。
正直に言えば内心、狙撃手の銃口がこっちを向いている気がしないでもなかったのだが…さて、それはどういうワケなのだろうか。
「あのラカンさん?ちょっと聞きたいことがあるんですが…」
「あー?なんだー?」
騒ぐ少女達をやんわり払いのけて桜咲刹那の問いに答えた。
彼女の質問はこう、英雄シックスと龍宮真名の関係だ。あまりにも接点が多すぎて無視など出来やしないだろう。対してラカンは首を傾げ「タツミヤ・マナ……あぁーマナという奴は知ってるが……同一人物か?」と手をアゴに当てて考えた。
刹那が彼女の特徴をなんとなく伝えると、納得したように手をポンッと片方の手のひらに打ち付けた。
「あー、マナね。あーはいはい。そりゃ関係ありまくりだ、マナはシックスの弟子だからな」
「弟子、ですか…?」
そうだ弟子だ、と続けるラカン。弟子ならば彼女の原動が彼に似ているのも、若干違和感があるもののあり得る話だと刹那は理解した。だが、同時に彼女が戦場で時には肩を並べた友に疑問を覚える。
映画の中、そして実物の彼、総じて統一性があった。それはテオドラ以外どうでもいい、という態度。他のことになんとなく顔はツッコムものの個人、というか何かの団体にさえ関わろうとはしなかった。
それは皆「主以外どうでもいい」というスタイル故だ。そんな彼の弟子である龍宮真名は…一体どういう思考に降りたっていたのだろうか。
ラカンが言うには半年から一年程度の師事だったそうだが、それでも彼女は砂漠に垂らしたラクダの唾液のごとく吸収していった。
それは彼の精神である&腰抜けじゃなくて何が狙撃手か&という信念さえも受け継いでいるのだ。もし、彼女が彼の「その他大勢」という見方を持っているのなら…。
「(さすがにそこまでは…たぶん)」
だとしたら麻帆良で傭兵をやっていたのも、友として背中を合わせて戦ったことも、全て理解出来なくなってしまう。気まぐれかもしれない、そうじゃないかもしれない。
それで今は十分だが、逆に&そう&だとするのなら、彼女にとって&主&とは一体誰に当たるのだろうか、と刹那は思う。ただし思うにしても答えは出なかった。
今までの行動を見る限り、狙撃主のようにぶっ飛んで一周してきたような行動を起こすわけでもなかったのだから。今はただ、まだ見ぬ友のことを脳裏の奥にとどめておくことにしたのだった。
「やぁ諸君、私だシックスだ。……何?終わりだと?」
To be continued