第四十三射 怪人カゲタロウさん
千の刃のジャック・ラカン。
その名前を聞くだけで世界は震撼する。伝説の傭兵剣士、自由を手にした奴隷剣士、様々な名で呼ばれる彼はまさしく伝説の存在だった。
彼にはかつて奴隷剣士として生きた時代があった。その時代では彼でも負けた記録が残っている。しかし、現在彼は無敵・最強と呼ばれる面々の一人として、特に目立つ存在だ。
何故ならば、ある意味ジャック・ラカンは才能の無い存在の最終到達地点であるからだ。
『千の呪文の男』ナギ・スプリングフィールドのように莫大な魔力と天賦の才を持っているわけでも、『帝国の狙撃手』ダブル・シックスのように超特殊な個人技能を持っているわけでもない。
彼が持つのは&気&だ、存在している者全てが所有する身体のエネルギー。ただ修行を持って、ただ鍛錬を持って、ただ戦いを持って、ただただ精進し続けた。
その結果こそ『究極の一(アルティメット・ワン)』なのだ。故に彼の人気はやはり極大である。
拳闘士の間では、それこそナギやシックスを越える存在だ。
そんな彼がまさか奴隷時代を生きた闘技場に戻ってくるなど、どれほど重大なことか…
「おっさんがエントリーってどういうことだ!」
「それを今から聞きにいくねん」
猫耳を生やしている少女の言葉に続き、犬耳が生えた黒髪の青年が答えた。
彼らに先行して赤毛の青年……今でこそナギとは名乗っているが、ネギ・スプリングフィールドがただ走っていた。勢いよく、ただ力強く廊下を走る音が軽快に響き渡っている。
彼ら三人はジャック・ラカンの戦闘参加について文句の一つでも、とりあえず聞きに行こうとしていたのだ。運が悪いことに…怪人カゲタロウの存在をまったく忘れて…
「ラカンさん!一体どうい「バタン!!」……」
「一体どうしたんや?扉を閉めて…?」
「部屋を間違えたか?……合ってるな」
ダァン!と勢いよく扉を開けたものの、突如ネギはその扉を閉じた。
彼の現在の顔は、有り得ない物を見てしまったかのような、ただ己が今現実にいるかどうかを疑うばかり。少女と相方の言葉に返すのは扉の向こうの非現実な世界の詳細を告げるのみだった。
「カゲタロウさんがラカンさんをイスにして座ったままワインを優雅に…」
「見間違いやろ、そんなんありえんって!!」
「あまりのショックに現実と幻想が入り交じっ……ここ『幻想(ファンタジー)』だった…」
ズーン、と落ち込みながら少女…『長谷川千雨(ハセガワ・チサメ)』は扉に手をかけた。
彼女が今小学生みたいな体型に猫耳が生えているのも実は変装であるのだ。
彼ら彼女らは&一応&賞金首という立場だからだ。彼らのことを知っているシックスだが、もし彼らがシックスの行動が無制限になる帝国領内に入り込んだらお陀仏になってしまうだろう。
『白き翼』のメンバーを探しに行った者達が帝国領内をコースにいれてないことに幸福を覚えてしまう。
扉を開けようとした長谷川千雨に、ネギが制止の声を上げる。そういう前フリかな?とか千雨は特に思うわけでもない。それに開けなくては話が進まない。故に彼女は一歩踏み出し、栄光の扉を…
——ガチャ…
「やっほー」
「ギャアアアアアア!!!!」
少女の悲鳴が廊下を伝わり、大地を伝わり、空気を伝わり、空へと伝わり、宇宙へと。そして遙か彼方イス○ンダルまでとどいたという。
ガチャリとゆっくりと扉を引いて見た物は、扉のすぐ前にただ立っている覆面の奇人だった。
気さくな台詞だが、実際は力が抜けてしまうほど平坦で、逆に疑ってしまうほど&普通すぎる& 何かを感じさせた。
バっと警戒した後ろの青年二人だが、彼がカゲタロウだと気付くと警戒を解いていった。
驚き過ぎな気もするが、彼らはカゲタロウのことを二度と忘れないだろう、後ろから、カゲちゃーん何か殺したのかー?と物騒な事を聞いてくるジャック・ラカン氏がいたが、薄くなったのは否めない。
○
「一体どういうことですかラカンさんッ!?」
ダン!と机を叩きながらネギは正面に、ソファに座ってワイン片手にくつろいでいるラカンに聞いた。ちなみに先程もう一度扉を閉め、再び開けると何も無かったかのように二人は普通にくつろいでいたという。
ネギの質問にラカンは、あー?と首をかしげ、そして数拍置いて…
「なーんの話だ?」
横で総司令官のように手を組みながら座っていたカゲタロウとワイングラスをチンッと鳴らしながらそう返答した。
ネギ達はいつぞやまでラカンとは仲が良くない、むしろ流れ的にはカゲタロウがラカンと戦いたい的な雰囲気だったのに、今仲良くワインを飲み合っているという光景に疑問を覚えた。
何故?と疑問を口に出したら出したらで
「それはね、ラカンと僕が"ともだち"だからだよ」
「あぁ!俺たち"ともだち"だ、ワハハハハ」
「(うさんくせぇ)」
聞けば聞くほど&友達&という単語に嫌味が入っているような気がしてくるほど胡散臭いと、長谷川千雨はそう思い顔をしかめた。
肩を抱き合っているラカンとカゲタロウだが、カゲタロウのいつもの覆面が無機質すぎて逆に恐怖の祭りを催している。
そこでカゲタロウのあまりにも濃ゆさ故に囚われすぎていたが、やっと本当の目的を思い出せたネギはラカンに尋ねた。何故試合に?という質問にラカンはワインに酔っぱらったかのフラフラしながら答える。
「俺が出ないとかいってないじゃーん、ヒック」
勝てるわけがない!と叫ぶネギ達にラカンは適当に返している。
諦めるには速いぜぇ、とかそんな感じのことを言っているラカンの隣でカゲタロウは冷めた目 ——覆面で見えないが——でそれを見ていた。
彼は率直な感想として「なにこの茶番」と思っていたのである。ラカンとネギ、そしてネギの相棒小太郎のやり取りを客観的にただ見ていたのであった。ただ気になることがある、と心で一置きしながら、覆面で隠れた目だけで、何かに気付いたような目でチラチラとこちらを観察してくる少女を見やった。
「(……なんだかなぁ、この変態どこかで見たこと……いや、同じような雰囲気を持つ奴をどこかで……?)」
「(なるほど、学園長が集めたクラスの一員なだけではあるな)」
素直に驚くカゲタロウの中の人だった。否、中の人などいない。
人がただ自然に出す雰囲気、それは必ずと言ってもいいほど変わらないものなのだ。
癖といった、その人特有の動きなどを敏感に感じ取る才能…それが長谷川千雨にはあるのかもしれない。だからこそ魔法使いという&普通ではない&佇まいをする存在を昔から感じ取っていたのだろう。
違和感から確信へ、しかし己こそ普通であると思いたい故に否定する。それが長谷川千雨という人物だった。
最初の魔法使いや、魔法を第一に開拓した人々は彼女のような人間だったのかもしれない。だが結局ネギ・スプリングフィールドを通してドップリヌトヌト浸っているわけなのだが…
「ネ、ネギ先生の成長を確かめる的なアレなんだろ?ほら、オッサンが勝っても賞金がやる、とか…」
「あ゛ーん?んなことするわけねーだろ!俺が勝ったら当然賞金も俺のものだ!」
ええー!と三人は叫ぶ、文句を言う三人にラカンが色々言ったり、最強の道なんたらと言ったり、俺がそのステージへの扉だ、とか格好良く決めたジャック・ラカンだったり、その後何を思ったのかカゲタロウがワイン瓶でラカンの頭をぶち抜いたり、ワインのラベルを見れば大変なことがわかったりとか、実にどうでもいい!!
「(賞金無かったらシックスが…)」
「(金無かったら無かったらで莫迦から徴収すればいいか、傭兵的に)」
○
「駄目だーー!!もうお終いだーー!!」
白き翼参謀会議、と書かれたダンボール箱の上でオコジョがうねうねうねっていた。
隣では長谷川千雨がブンブン頭を振って現実から逃げようとしている。逃げちゃだめだ。彼らの今回の議題はただ一つ…
——ジャック・ラカンを倒せるかどうか
である。
大戦時の英雄、最強の一角を僅か10歳の少年が倒すことなど、経験的にも総じて無理であろう。
現時点で彼らはフェイト・アーウェルンクスや『完全なる世界』といった秘密結社で色々ゴチャゴチャしている状況だった。
そこにラカンのオッサンが乱入してくるという始末、彼女たちはもう色々な意味で満腹だったのである。
「やはり優勝賞金は無理ですかね」
「当然だ!大体あのオッサン無茶苦茶なんだよ!先生だって知ってるだろ!オッサンの反則的な強さは!あのオッサン理論上脱出不可能の異空間を気合いだけで脱出したんだぜ」
弱気なネギに猫耳の少女…長谷川千雨がそう言い切った。
オコジョが少しでも勝てるようにとラカンについて調べて来たものの、ただ彼の異常さが際立つだけに終わった。
何かの弱点、と思い調べてきたオコジョだが、大戦において『帝国の狙撃主』の&公式&撃墜数に次いで137隻、あえて言おう化け物だと。ただの人という肉塊が、鉄の塊魔の結晶を、ド級戦艦になれば300メートルを越える存在を次々と落としていくその光景を想像しれみればいい。
ラカンただ個人における逸話も多くある。一人で、しかも素手で鬼神兵9体に喧嘩を売った、龍樹と引き分けて友人になった、とか下手をすれば信じられない、の一言で斬られる話だ。しかし、彼には、彼らにはそれを信じさせる力を持っていたのだ。
「実はな、好奇心であのオッサン自身の強さを聞いたみたんだ、いくつだと思う?」
ゴクリとネギとコジローが生唾を飲み込んだ。長谷川千雨は「もうだめポ」と言わんばかりのため息を吐きながら、冷酷に残酷で不愉快な現実をたたき付けた。
——1万2千
悲鳴どころか、絶望の声どころか、もう何も出なかった。
長谷川千雨を1とし、戦車を200、通常のネギは500、イージス艦を1500、リョウメンスクナカミを8000としたときの戦闘力指数である。
ラカンの強さがただ顕著に顕れているだろう。
ただ三人と一匹の間に重い重い暗黒色の沈黙が通過していく。もう背景も真っ黒黒助になっていた。
オコジョは八百長だの袖の下だの色々言っているがそれが通用する相手とも思えないことはわかっていた。そして更にもう一つ、オコジョが爆弾を落としてしまったのだった…
「ええい!もう駄目だ!あのカゲタロウって奴の情報も全然無いわ本当にこの大会どうなってんだーー!!!」
「情報が無い…?」
「新参者ってことか?」
オコジョの悲鳴に千雨と小太郎が反応した。
ネギは何かを考えているようで、聞いてはいないようだ。聞くだけの余裕が無いのだろう。
小次郎の返しに千雨は否定の意見を出した。新参者にしては&カゲタロウ&なる人物は強すぎたのだ。
圧倒的強さを持ってヘラスの出場予選を突破、そして本戦における予選すら全て一撃の元に相手を沈黙させる怪人。
それほどの人物が何故今まで誰にも知られずにいたのか?
異常なほどの隠密者か、あるいは&変装&の類か。変装だと考えるなら嫌な方向にそれは向かっていく。『完全なる世界』の尖兵の可能性…だかラカンと共に行動しているという謎。
二人が&ともだち&だというが……、何か妙なきな臭さを感じさせる怪人カゲタロウ。そして千雨が感じた既視感、あの沈黙殺を使う最強を、彼女は一人だけ知っていた。
暗殺、諜殺、殺殺殺殺。殺を否定しない『立派な魔法使い』であり、ただ個人の想う。見知らぬ人、側にいる他人全てを薙ぎ払い、ただ想うのは一人の存在。0を助け、億を蹴飛ばす邪悪思考天元突破の大英雄。だが、それはあまりにも可能性が低いというか、信じられないの一言だ。
全てを蹴飛ばす彼が、わざわざ大会に出る必要があるのか?否、あるわけがない。想い人のため、と言えばそれで終わるかも知れないが…大会に出て何のためになるのだろうか。
金?彼女は金を必要としない、名声?彼はもう持っている。
「(ありえない……でもなんというか……このどす黒い不愉快な感じというか……ああ、くそ!)」
「影を使う相手だけ、ってことしかわかんねぇ。影と言えばシックスの旦那が詳しいはずだ!聞いてみようぜ!」
「そうですね……あ、ちょっとみんなに見せたいものがあるんだ。来てくれる?」
○
どうも、俺だ、カゲタ…シックスだ。
まず今俺が感じている怒りをどう表現したらいいだろうか。全てを燃やそうとすればテオが怒る、じゃエコにやさしく(?)溶けた鉄の雨降らそうかと思えばテオに怒られる、面倒なので喰っちまおう(食事的な意味で)と動けばテオに殴られる。
一体全体俺はどうすればいいのだろうか、フン、まさしく八方塞がりだな。
「『千の雷』電撃系の呪文では最高位にあたる魔法じゃな、そなたの父君が最も得意としていた呪文じゃ」
「ただの広域スタンガヘブァッ!?」
バサリとローブを脱ぎ捨てるマイスイートハニーテオドラ。
一瞬あの猫耳少女の頭にのっかているオコジョから殺したくなるような邪気な波動を感じたが…ふむ、気のせいだといいがな。
ちなみに銃を取り出したら速攻で没収された。なんてこったい、我が愛が足りなかったのか。
テオの威光に当たられた莫迦共がギャーギャー騒いでいるが正直どうでもいい。
一番肝心なのはテオドラが何故ここにいるの?ということなのだが、どうにもラカンとネギが戦うということで手を貸しに行くという。
「すまんな莫迦餓鬼、墓ぐらいは作ってやるから今すぐ殺……テオ?」
「お主は少し黙ってるのじゃ、な?」
ウフフフ、と華麗な笑顔でお願いされたら俺駄目だ。
もう死んでもいい。死なないけど、いや死ぬか…復活するな、こうドロンと。なんだか空気が重い、オコジョが餓鬼共一人一人耳打ちをしているが、一体全体どういうことか、聴覚強化して盗み聞きしてもいいのだが…やっぱり嫌だな、俺の耳はあらゆるテオの命令を聞くための付属品だからな。それに雄だろ?あのオコジョ、やめてよね、噂になったらどうすんの。
「(ぜってぇー!姫様のご機嫌を少しでも削るようなことをしちゃダメっすよ!シックスの旦那の前では敬意も全開でっ!」
「(い、いえっさー!!)」
「(どうせシックスのことじゃろうなぁ、目がギンギン光ってるおるし)」
テオがジト目でこっちを見てくる。
一体俺が何をしたというのだろうか、命令さえすれば何でもしちゃう!ビクンビクンというか、なんというか。まさしく『お前(その他大勢)の物は俺の物、俺の物は君(テオドラ)の物』って感じだな、うん。
「いよぉおーーー!!お前がネギか!!ワーーハッハッハ!政治屋やってるリカードってもんだー!!」
「相変わらず暑苦しい男ね、セラスよ」
「テオに祝福を、それ以外は知らん。シックスだ」
ふむ、決まったな。というかね、何このメンバー。ありえない、まずテオがこんな腐ってるような場所にいるのがありえない。
リカードとセラスはどうでもいいや。更に莫迦餓鬼共もどうでもいい。エヴァンジェリンっぽいのもいるが、やっぱりどうでもいい。
結局テオドラが全てだな。なんだお前等喧嘩でも売ってるのかっ、テオをこんな、こんな、こんな?…よくわからん場所に行かせよって。わざわざ『千の雷』完成させるって、一体どういうことよ。
『千の雷』程度で、ラカンならまだしも俺は倒れないぞ、愛的に……って、俺正体隠しているね。
「体術のことなら俺にまかせとけ、これでも近衛軍兵では白兵戦の鬼教官って言われてたんだぜ!」
「魔法なら私にまかせなさい。私は戦闘魔法を専攻にしてるのよ」
「妾は教えるのは得意ではないが、まぁ色々サポートぐらいはしてやるぞ?」
「フン、ぼーやの師は私一人で十分だ。こいつらの言うことを聞く必要はないぞ?雑魚だからな。まぁそこの狙撃手は別格だろうが」
なんだが一人一人カッコ良くポーズ取ってるんだけど。
そしてこの四人が俺のほうを何か期待しているような目で見てくる。
餓鬼共も見てくるがどうでもいい。何?俺も『〇〇は俺にまかせろーバリバリ!』的な感じになればいいのだろうか、やだなぁ、面倒くさい。
教えるのは得意じゃない、おお!テオと一緒じゃないか。運命的なアレを感じる。
あぁ、はいやりますテオドラ様。そんな目をしたら俺、断れない。よっしゃ!気合いを入れよう、全てはテオの為に。
「死にたいならまかせろ、銃の扱いと掃除には慣れている」
「「「やめて!!」」」
To be continued