おい
造物主より長いぞ
第四十六射 愛と勇気の使者 中編
実にくだらない、と何度目かの言葉が彼の脳内を横切った。
同時に&だからこそ面白い&という一見矛盾したような感情も併せ持った。
彼は何度も戦った、そこに意味があるとすれば全ては彼女のため。否、もう彼に戦う意味など問う必要すらないだろう。
彼の全ては彼女のためであり、彼&自身&も彼女のために戦う。
彼から見れば、戦う理由など実にどうでもいいものだった。
目の前の青年に化けた少年二人。
片方は単純に父の背中を追い求め、そして超えようと。
もう片方はただ親友と肩を並べ背中を合わせ戦うため。
何度も何度も思った、どうでもいい、と。彼から見れば彼女以外のことなど、無限の彼方の出来事だ。
精々何か面白いことがあるかどうか詮索するだけ。自ずから見ようとも思わないが…彼女が願うならどこまでも行くような存在だ。思えば、この&児戯&に参加したのも何かの気まぐれなのか、彼が参加するなど基本的にありえなかったことである。
「まだ立てるだろう?」
「ぐっ……めちゃくちゃやなカゲちゃんよぅ。……アンタ何モンや」
狗族の青年が全身に力を込める。
彼に飛んで来たのは威圧だけではなく殺気。
彼の異常さに気付いたのだろう、彼の強さに。拳闘大会などラカンと同様に遊びの範囲に収める最強の一角が何故ここに、という疑問を抱いたのだ。
彼もまた天才の一人だった、気付くことは容易い。闘争によって我が身の戦闘力を上げる、いわば野生の能力を持ちながらヒトガタの生命体のみに赦された思考という能力を持つという、ドラゴンがガトリング砲を翼に装備しているようなものなのだ。
「素晴らしい、それなりに力を込めたつもりだが……」
——もう少し込めてもいいようだ
「ハッ、ほざけッ!」
殺気というものがある。
戦人ならば誰もが用いる強者の証だ。
気の一種であり、明確な&殺&の意図を持つ。強者同士の戦いは時には戦わずに決着がつくという、それは殺気のぶつけ合いをした結果なのだ。より強い殺気を放つ物が強い、それは自然において決定事項だ。
だからこそ今、青年は武者震いをした。殺気が&まったく&感じないからだ。
強者ならば必ず持ちうるはず、それも戦場という死を交差点を超えた者ならば例外ではないのだ。なのに何故、目の前の覆面はここまで&静か&なのであろうか。
能ある鷹は爪を隠すという言葉がある、まさにその通りだ。
ストリートで肩を揺らしながら歩くチンピラほど弱っちく見えるものは無いように、スーツをピシャリと着こなし、いつでもどこでも&笑顔&のリーマンのほうに恐怖を覚えるように…。
「そこでお前に質問だ」
「ハッ!」
大きく振りかぶった拳を足を動かさず体の動きのみで回避し、ピョンと跳ねるだけで足払いを避け、下から顎に向けての拳を軽く払いのけ彼は聞いた。
青年は聞く耳持たず、と言わずに代わりに拳で語った。
聞けば、耳を傾ければ、何かがおかしくなる、と直感が告げていたのだ。
青年の額に焦りの汗が一滴流れ落ちた。殺気を異様に持たないこれは一体何なのか、まだ実力を隠しているのか、それとも……
——まったく殺気を持たない戦人なのか
ありえない、と青年は頭を振りながら否定する。
暗殺者であろうとも、狙撃銃を使う者だろうとも例外無く持っているのに、一体どういうことだ、と。
ここまで殺気を消え去ることが出来るならば、それこそ最強の『暗殺者(アサシン)』で、そもそも最初から殺気を持たないならば、どういう場所に生きて、どういう生き方をしてきたのか、想像だに出来ない。
それは息をするように殺す、という異常性(自然)を表しているのだから。
「何故戦う、何故生きる、何故……何故そこにいる?」
「クッ!」
そんなの決まっている、と青年は心で呟いた。
心で呟いたのがまるで聞こえたかのように、彼は嘲笑った。
非常に耳に残る不快な音、だが一度聞くと何度も聞いてしまうような不思議な笑い声でもあった。
原っぱを駆ける&少年&のような純粋さ故に、それを出す&大人&という疑問、だからこそ不愉快だと。
「ほら、足下が居留守ですよ」
「ガッ!?」
どこからともなく伸びた影の鞭が青年の足を払いのけた。
体勢を崩し地面に倒れ込もうとする。致命的ッ、と青年が後悔してももう遅かった。
彼が関節など無いように——ニュルンと奇怪な擬音がピッタリ——腕を伸ばし青年の足首を掴む。そのまま一回転し…
「キラーパスッ」
投げ飛ばした、人々は言う、華麗だった、と。
全世界の物理学者が望みそして届かなかったというほどの美しい放物線を持って青年は飛んでいった。
そのまま闘技場の壁にめり込む。パンパンとスーツについた埃を払うと、モギュモギュと足音を立てながら…
「(え、なにあれこわい。雷光化…?)」
恐らく片方はナギなのだろう、白い光…放電を伴いながらラカンとインファイトしている。
雷の速度は150キロメートル毎秒という、ものにもよるが狙撃銃はだいたい1000メートル毎秒、雷がどれほど速いか具体的な例すら思い浮かばない。で、その雷の速度、ではないがそれ並の速度で移動しているナギ、もうそこから色々吹っ飛んでいる。
それに対して普通に殴り合っているラカンもラカンだ。予備動作らしきものがあるし、雷化したといっても思考まで早まるわけじゃない。だが無茶にも程がある、と彼はドン引きだった。さすが闇の魔法汚い、と。
「(雷化したとしても物理攻撃はまだ当たるのか?いや、ラカンだし信憑性は薄いな)」
もう知らね、モギュモギュとナギを殴り飛ばしたラカンへと足を進めた。
中途半端な雷化と言えど、それを素手で殴るなどとんでもない!と大げさに思いながら&ともだち&になりたくねぇなと、どうでもいいことを彼は考えた、ある意味現実逃避かもしれない。とはいっても事実として彼は時間を停止させる相手と戦ったこともあるのだ、というかそれとあまり変わらない。
○
「なんだ、もう終わったのか」
「おうお前も速かったな!ま、俺様を一瞬だけでも本気にさせたのは評価できるがな」
彼が丁度ラカンの方へと足を進めた時のこと、ラカンの痛恨の一撃がナギの腹部に刺さったようだ。
雷化したとしても思考が速くなるわけではない。
肝心の速さも、ラカン程になるとカウンターのプラス要素にしか成り得ないという。圧倒的強さを見せ付けたラカンとカゲタロウに、ナギとコジローは敗北を悟った。
ナギの脳内に、様々な光景が映る。闇の福音と呼ばれた師のようになれない、父のようになれない、ラカンのようになれない、シックスのようになれない、自分には無理だと、そう思いながら視界が段々と闇に染まっていく。
コジローもそうだった。瓦礫に半分埋もれながら勝てないことによる純粋な悔しさだろうか、目の前の壁は高すぎた、と後悔しているのだろうか。握り拳を作りただ…震えていた。
——だけど
ナギとコジロー、否、ネギと小太郎は全て否定した。
なれる、勝てる、勝つ、と。奴隷の身分に落とされた知り合いがいた、彼女たちを解放しなくてはいけない、と。
勝利を確信してくれた人がいる、ここで終わってたまるか、と。ナギは拳に力を入れ、地面に叩き付けた。
血反吐を吐きながら、それでも立とうとする。コジローもまた、全身の痛みに堪えながら我が身の肉体に命令を下す、動け、と。ナギの口から血の塊が出てくる。
それを見たラカンは、いつもの余裕の表情のまま棄権を促した。
「やめとけよぼーず、中身がぐちゃぐちゃでいかれてやがる」
治療しないと手遅れだぜー、とラカンはナギを無視したまま淡々と述べた。
カゲタロウは特に何も言わずにただ彼の横に立っていただけ。ラカンの言葉にナギは静止した、それは敗北を認めた静止ではない。
カウントが始まった、次々と大きくなる数字、誰もがここで終わると、そう思った。
「今回俺が喧嘩を売ったのはな、100%のお前を見てみたいからだ、いやーよくやったぜ。ハッハッハ!」
「予想より弱かったが、まぁ"中身"のことを考えると及第点だな」
「な、なにを……ッ!?」
この人たちは何を言っているのだ、とナギは怒りを覚えた。
初めから全力で戦うなど、もとよりその気が無かったと言っているのだ。
ラカンがナギの闇の魔法を使った瞬動を褒め称える。世界に初見で見切れる奴は5人程度だ、と。
中身が10歳の少年がそこまで出来たのだ、誇りに思え、よくやった、ラカンの中身の無い賛辞と拍手がナギに送られた。
カウントを速めるようにパンパン手を叩く様子に対しカゲタロウは依然として何の行動も出さなかった。しかし目に見えるほどの落胆の気配を見せていた。なんだここまでか、と言いた気の空気を携えている。
「あ、そうそう。俺に勝ててないから一人前の男ってのはナシだからな!それとお前の母親の話もまた今度っつーことで!」
「ふっ、ざ…けるなッ!」
「ほへ?」
立った、ナギが立った。
全身に力を入れ、血みどろになりながらも青年は立った。
両腕からうっすらと見える闇の魔法を習得した証でもある模様が浮かぶ。
観客達の歓声、審判から大音声の復帰宣言。ナギの闘志に燃える目を見てラカンは武者震いを起こした。
何十年ぶりかという武者震いだ。最後の相手は、そうだ、青年の父親であるナギ・スプリングフィールドだったと、かつての記憶を引っ張った。
同じ目をしている、間違いなくナギ……ネギ・スプリングフィールドは&ホンモノ&であると今確信したのだ。
「ヘッ!言うじゃねーか!!」
ダンッ!とその場にコジローがやってきた。
頭から血を流しながら、それでも立ち上がった。二人はまだまだ戦える、と奮起を起こす。
今こそ反撃だと、最後の策を打つと二人が前に出ようとする。
…その時だった。
今、最も最悪な出来事と言わざるを得ない出来事だ。
——なんだ、まだ足りないか
「なッ!ガァッ!?」
《おっと!カゲタロウ選手の無情なる一撃!有無言わさず追撃ーー!!!》
ナギとコジローの反撃、誰もがそう思っただろう。しかし相手が悪すぎたと言わざるを得ない。
彼は決して戦人なんかじゃなかった、元よりそういう存在だったのだ。
わざわざ変身中のヒーローを待つような模範的敵には決してならない。
立ち上がったナギとコジローに対し無情なる一撃。
スッと彼らの正面に転移したかと思うと、そのままナギの顔面を一殴り。
地面に叩き付けられながら派手に吹き飛んでいく。
コジローがその出来事に気付いた瞬間にはもう遅かった。
彼の肩から伸びた影の蝕腕がコジローを握り天高く振り上げる。
「クッ!?」
そのまま地面に叩き付けた、何度も何度も。
土埃を巻き上げさせながら、彼はずっと攻撃している。ピクリともコジローが動かなくなった所で、彼は影を振り回し放り投げた。
それもナギを吹き飛ばした方向へに。
観客達の熱が上昇した、見事なまでに悪役(ヒール)という、ここで再び彼らが立ち上がるならば最高の茶番であろう。
「やりすぎゃねーの?死んじゃねーだろうな?」
「んなわけねーだろ、死ねば俺の負けだ。それだけはあってはならん……が、死ねばそこまでの存在だったのだろうよ」
隣に飛んできたラカンが言葉をかける。
一応それなりに青年達に気を遣っているのだが、彼は素っ気なく返した。
彼からみれば赤の他人にもほどがある存在だ、彼の性格上ナギ・スプリングフィールドに何かをしても、命令や任務以外ならばネギ・スプリングフィールドに関わることなど一切無いのだ。
それはもう、成長を願うことなどもしない。そもそも、と彼は続けた。青年に化けてはいるといえどまだ10歳、その点を見ればここまで来ているのは実に素晴らしいことだ、と。
「ま、同感だな。奴隷の解放なんざ他にもまだ手があるしな」
「(奴隷なのにメイド服とはどういう趣味なのか…)」
二人の会話の向こうでは、ナギ達のカウントが既に始まっていた。
もう闘技場の皆は彼らの勝利を確信しているだろう。
それでも二人が立つのなら、再び言うが最高の茶番だ。実に盛り上がることだろう。
例え天才であろうとも、例え最強の一角であろうとも、例え英雄の息子であろうとも、例え血反吐を吐くような努力をしようとも、何度も壁を乗り越えたとしても例外は無い。
万人に与えられる敗北という可能性、それは無論英雄二人にも言えることだが、全てが違ったと言うしかない。
《ここで終わってしまうのかナギ選手!さすがに千の刃のラカンと怪人カゲタロウには勝つことは出来ないのかーー!!》
審判が試すように言う。
おそらく青年二人の耳には届いていないだろう、二人は瓦礫の向こうにただ埋まっているだけで沈黙を続けている。
やれやれ、と彼はスーツをはたきながら肩をぐるぐる回した。
「(おいおいここで終わりか、ぼーず?)」
彼は背中を向け帰ろうし始めた。ラカンはそんな様子の彼を見ても特に言葉を出すことは無かった。
今でこそ性格が大分変わったものの、なんの接点も無い青年が相手、例えナギの息子であろうとも狙撃主である彼の態度は変わらないことぐらい知っていたのだ。
審判のカウントが20に近付こうとしている。
長いようですぐに終わった決勝戦が終わろうとしていた。その時…
——ダァン!!
強烈な音と共に岩石が空高く吹き飛んだ。
それナギとコジロー達に追い被さるかのように落ちた一枚岩だった。
へぇ、と彼は体を少しだけ傾け立ち上がった青年二人を見やった。
もう出来すぎとしか言いようがないほどの状況だった。観客が騒ぎ出す、まだまだ観客は騒げるようだった。
ラカンもここでの復活はさすがに予想してなかったのか驚きに満ちている。そしてニヤリと満足にそうに笑った。
《まだまだ立ち上がる!ナギ選手!コジロー選手…コジロー選手は獣化外装をまとっています!!まだ戦うようです!!》
「あー、はいはい」
だが、彼はそれでも潰そうとした。
影に沈み込み青年二人の前に立ちふさがる。
方や英雄の子、方や戦闘の申し子、二人とも確かに天賦の才を持っていた。ナギのほうに至っては…
「『闇の魔法』、千の雷を二つか面白ッお?」
彼の言葉が最後まで行くことはなかった。
もうその時にはナギの拳が彼の顔面を殴り飛ばしていたのだ。
いつぞやの再現と言わんばかりに吹き飛んでいく彼、何故か直立したまま不動なのだが一体どういうことだろうか。そしてまだ青年達の攻撃は終わってなかった…
「うらぁッ!!!爆ぜぇ!!」
巨大な狼に変身したコジローから追撃を貰う。
口から放たれた漆黒の弾が彼に直撃、そして爆煙を上げた。否、それだけでは終わらない。
全身を使用し彼に猛攻を仕掛ける。体当たり、牙、尻尾、そして漆黒弾、ありとあらゆる攻撃を持って彼を押しつぶした。
《コジロー選手の猛攻!!カゲタロウ選手一歩も動けませーーーん!!!》
彼がまとっていたスーツが所々破れ穴が空いていく。
これまた奇妙なことに覆面には決して傷が付かないのだが…コジローからの攻撃を喰らいながら彼は&沈黙&を続けた。
ただの沈黙、コジローもその異変に何を感じ取った。だがしかし、攻撃の手をゆるめるという選択は現時点において存在しない。
もう青年二人は最後の力、と言ってもいいほどの限界なのだ。
退くことなどありえなかったのだ。そして大きな一撃が彼を吹き飛ばした。
闘技場の壁を破壊し、瓦礫に埋もれながら…彼は薄く笑った。
その声は誰にも届くことはなく、届かなくても彼は笑っていた。
——ニタリ
——ニタァ
——クスクス
——クカカカ
覆面の向こうでは、それはもう楽しそうに笑っていたという。
「ナーギー君、あーそびーましょー……」
To be continued
今日の没ネタ
6「俺の幻術にかかっているから無理だ」
葱「そうイメージさせる僕の幻術…かかりましたね」
6「幻術だ…」
葱「その前から僕の幻術は発動されていたんです」
6「残念ながら、俺の幻術はそのさらに前からだ」
カゲタロウ怖すぎワロタwww