第四十七射 愛と勇気の使者 後編
カゲタロウが瓦礫の中で色々はしゃいでいる中、本日の主役とも言える二人が対峙していた。
コジローはカゲタロウの封殺に全ての力を注いだのか闘技場の端っこで俯せになったまま動けずにいた。
もう既に荒れ果てた闘技場の大地にまた二人を中心にして風が吹き荒れた。
ゴクリ、と誰もが息を飲んだ。あのラカンの正面に立つというナギ。
おそらくそこには何か秘策があるのだろうと安易に予想がつく。しかし対峙しているのは英雄ジャック・ラカン。圧倒的&無敵&を誇った英雄だ。
まだ大型新人ルーキーとしか言えないナギの秘策程度が彼に通じるか、という疑問を持つのは自然のことだろう。
「ほー、二重装填か、それが最後の切り札か?」
「さぁどうでしょう?」
「ヘッ、まぁどうでもいいさ。勝つか、負けるか、その二択だからな」
千の刃とナギは正面から向き合っていた。
互いいつでも殴れるという位置、それがナギの答えだった。
カウンターで潰されるならインファイトを、そして二重装填の常時雷化より超高速、後はコジローがカゲタロウをおさえるだけ。その目論見は&見事&に成功したのだ、ただ彼から見れば実に&不運&と&踊っ&ちまったぁ、としか言いようがないが。
——カク打頂肘!!
ラカンが何かを思ったのはナギの肘打ちを喰らった後だった。
吹き飛ぶラカン、しかしそれより速くナギが回り込みラカンに次々と攻撃を加えていく。
常時雷化の結果としてラカンが見抜いた弱点「出がかり」を潰すことが出来る。
身体能力のさらなる加速は言うまでもないだろう。そして超絶なインファイトでカウンターを潰す、これほどの技は世界最強の者でも使う存在はなかなかいない。
ナギは次々とラカンに乱打、乱撃を放っていく。だが…
《こ、これは…ッ!?倒れない!ラカン選手倒れません!幾十幾百の打撃を浴びて英雄未だに倒れず!!》
例えラカンが追いつけないほどの速度だとしてもただそれだけで火力不足は否定出来なかった。
膨大な魔力を使っての速度で迫っても何十年も鍛え抜かれ気で極限までに強化されたラカンの肉体の鎧を超えることが出来なかったのだ。
「おーおー、よくやるじゃねーかぼーず。だが、これではお前は俺に勝てんぞ」
そう言い切ったラカン。しかし対してナギは笑った。
青年は言うのだ、罠にかかったな、と。
彼の最後の切り札とはこれではなかったとラカンは気付く。
そう思ったつかのまにコジローの技によって足を固定されていた。
ラカンの足下にまるで底なし沼でもあるかのように、ズズズ、と重力に従いラカンが沈んでいく。
確かにラカンはまずいと思った。しかしそれ以上に解せないのはカゲタロウだ。
カゲタロウがナギに一発、そしてコジローの乱撃で沈黙するはずがないのだ。何しろ彼も、性格が最悪だが英雄の一人なのだから。
「(シックスの野郎!?何考えてやがる!?)」
やっちまった、と同時にラカンは彼の意地汚さに呆れた。
彼とラカンはこれでも戦友だ、彼が何を考えているのか手に取るようにわかったのだ。
彼の趣味は実にシンプル、階段から突き落とすことだ。才能のある人間を思いっきり伸びた鼻ごとへし折るという外道の中の外道。外道の道の内側をまっすぐ歩く所業。
そんなことをするのが彼の隠れた趣味だという。
「例え鋼の肉体であろうとも不滅ではない、その証拠にヒット直前に体の芯をズラすことで直撃を避けましたね」
これがラカンの不死身性——実際は不死身ではないが——の正体なのだ。
誰よりも多く、誰よりも重く、ただただ鍛錬を積み戦い研磨し続けた結果が彼だ。
百戦錬磨の結果として彼が天より授けられたのが超直感。例え視覚出来なくとも、脳が反応しなくとも、それは反射の域で攻撃を回避する頂点の一つ。
「行きますよラカンさん!『双腕解放!左腕固定・雷の投擲!右腕固定・千の雷!術式結合・雷神槍"巨神ころし"』」
「ほぁー、魔法の融合とかどこまで器用なんだとお前…」
彼は超直感によって直撃を避けていたのだ。それはつまり直撃してはならないという決定的な証拠である。
ナギはそれに気付いたのだ、故に己が放てる最も強力な一撃を放つと決めたのだ。それに対してラカンは薄く笑った。
わざわざ「行きます」という言葉を言いのけ、そして力を溜め込む。
これは最もラカンが好む状況だ。対する者が全精力を持って放つ力比べ、最も愚かで最もわかりやすい。
「結局力比べかよぼーず!それなら罠をかけなくても付き合ってやるぜ!!」
ラカンが右手に気を溜め込む。
気と魔力の奔流、闘技場に熱風が広がっていく。
この点に関してラカンを知る者は信じられないという表情だった。
力比べとはラカンが最も得意とするものだ、そのうえラカンは僅か三秒という時間で全開へと辿り着くという。
同じように何十年もの研磨の結果として、ラカンは気を完全に我が物にしているのだ。
ナギの片手には20メートルを越すかというほどの雷の長槍。莫大な魔力を込められたそれは己自信が耐えられないのか放電を起こしている。
光り輝く拳に次々と気を溜め込んでいくラカンでも、その魔法には感心するものだった。
「力比べなら、手加減しねーー!ラカンッ!!インパクトッ!!」
拳を突き出し気を波動砲のごとく放つ。
放った後、そこでようやく彼は何故今頃?という疑問を感じた。
ナギは気、魔力を完全に封殺するアーティファクト・ハマノツルギを使用出来るのだ。
それに全てが終わるはずであるのに、カゲタロウが一向に動く気配を見せない。
その証拠にナギは槍を控えさせ飛んでくる気の塊へと手を伸ばした。
槍をぶつけるのではなく、そのまま直撃しようと…
「馬鹿か!死ぬきかぼーず!!」
「『術式解凍!!』」
——ネギ流闇の魔法・敵弾吸収陣
「ッ!?」
ナギの足下に巨大な魔法陣が出現した。
六芒星を中心とした中心の魔法陣に、さらにそれを包むように展開する幾重もの魔法陣。
幾何学的な模様が鈍く輝き、術式の効果を発動させた。そして気の直撃を、その気になれば戦艦を数個もぶち抜く一撃をナギは受け止めたのだ。あまつさえそれを一カ所に溜め込むという荒技まで行使している。
「敵弾吸収だと!馬鹿な!?しかも何時……アノ時か!?」
二重装填したときのナギの乱打、ナギはその時に密かに魔法陣を構成していたのだ。つまり、敵(ラカン)の攻撃を最初から利用する完全な罠ということだったのだ。
ナギ、ネギではまだラカンには届かない、しかし己自身の攻撃力が足されならそれは確実に相手の体内へと届く一撃となる。
「確かに僕はまだラカンさんには届きません、でも!貴方自身の力ならどうです!?」
ナギは受け止めたラカンの気を闇の魔法によって取り込んだ。
莫大な気を無理矢理取り込んだためかナギの意識が一瞬吹き飛ぶ。しかしまだ出来ると自身を奮起させ、そのままラカンへと全ての力を出し切って倒すために殴りかかった。
「うおぉぉぉぉおおお!!!」
「グッ、これは確かにやべぇッ!?」
光がナギの拳を螺旋状に包み込む。その一撃はまさしく英雄を倒す&最強&の一撃であっただろう…もっとも、世の中そこで終わるほど甘くはなかった。
むしろ&彼&の存在は最高に最悪だろう。
理不尽を体現したような……悪夢の存在が。
「な……ッ!」
——おめでとう少年、君はこれで敗北だ
「おいおい……おめー最悪じゃねーか…」
ナギの拳がラカンの腹へと刺さろうとしたその時だった。
&何者&かの手が、ナギの腕を握り掴んだのだ。
ラカンを倒すレベルに達した拳を片手で静止させる異常さ、そして脳髄を鉄槌で叩きつぶすような衝撃を与える無情な声。
「か、カゲタロウ…さん?」
「ふむ、及第点から平均点って所だな。術式の甘さは……まぁどうでもいいか」
「な、何を…グッ!?」
彼はバチンとナギの右手に何かを撃ち込んだ。
今でこそ昔の話だが、かつて&彼&がエヴァンジェリンと戦争という名の模擬戦をしたことがあった。
その模擬戦のとき彼がエヴァンジェリンに撃ち込んだ使い捨ての封印術式と同系統のモノをナギに撃ち込んだのだ。しかしそれはかつての術式とはレベルが違う。綿密に練り込まれた術式に、圧倒的に使用された魔力、比べるほどが烏滸がましいと言えるほどのモノ。
ただでさせ真祖の吸血鬼を無能に変えたというのに、例え天才であろうともあったナギ(ネギ)では動くことすら出来ないだろう。
「な!?魔力が……封印術式!?いつのまにッ!?」
「んーー」
彼の右手がナギの顔面を掴む。そしてそのまま倒すように押し、地面に叩き付けた。
岩盤を破壊し、地面が陥没する。
正面からその光景をラカンは冷や汗をかきながら見ていた。
動けなくなったところをジックリ殴り飛ばす、宇宙の帝王並に外道な奴である、と。
「(うわぁ…)」
「……だめ押しだ」
そう言いながら彼は地面に食いこんだナギを地面ごと蹴り飛ばした。
《なんと!!ここでまさかのカゲタロウ選手復帰ーー!!最後の力を振り絞ったナギ選手の攻撃届かずーー!!っていうか今の攻撃止めるなんてマジっすか!?》
「おー危ねぇ危ねぇ、なかなか悪趣味……いや、最初からこうだったな」
「それにしてもお前は阿呆の子だな」
「あぁん?お前喧嘩うってるのか?ん?買うぞコラ?」
並び合ったラカンと彼。
ボロボロのスーツを「あ、これダメージ加工っす」と言わんばかりに普通に着こなす彼がラカンのほうに向かって呟いた。
突然の阿呆の子宣言にしょうもないが怒りを隠せないラカン。仲間割れの雰囲気に闘技場は別方向の盛り上がりを見せる。
「今更お前に力比べなんかするわけねーだろ、俺でもせん。お前はぶつけ合うフリしてればなんでも罠にかかりそうだな、な?お莫迦さぁん?」
「……」
気を放り投げた後にラカン自身でもそう思ったことだった。ぐうの音も出ないとはこういうことだろう。
《ナギ・コジロー両選手ダウンしましたのでカウントに入ります!》
「あー肩こった」
「老人かッ」
「愛を背負うとな、こうなるんだよ莫迦」
「なにそれこわい」
完全に終わりムードでワイワイ騒ぎ出す二人。
観客の方も興奮を残したまま、やっと終わるのか、という感想を覚えた。だが、全ては杞憂に終わる。
突然の咆哮が闘技場を包んだ。カゲタロウか、ラカンか?どちらでもない、咆哮を放ったのはナギだった。
「オオオオオオオ!!!!」
《な、ナギ選手再び立ちました!!》
魔力を霧散させられ、ただでさせ誤魔化してきた身体的ダメージによって今にも倒れそうだった。そのうえ更にカゲタロウのだめ押しがそれを加速させたのだ。
やっと立てる、ではなく、もうすぐ倒れる、と言ったほうが正しいほどの消耗具合を見せている。しかしそれでもナギは立っていた。
ラカンは本日何度目かの驚き、今までで最も大きな驚きだろう。
カゲタロウも本来ならばもうすでに追撃をおこなっているだろうが、何を考えたのか無言のままナギを見ていた。
「あ、あな、たはッ!?何者なん、ですかッ!?」
何か違和感を感じた。
「誰でもいいじゃないか"莫迦"餓鬼。負けるか勝つか、相手が誰であろうと関係ない、そう思わないか?」
何か違和感を抱いた。
「そりゃー極論だろ?」
何か違和感を覚えた。
「莫迦…?その声…、ま、まさか…」
「なんだ、気付いたか」
ナギはそこで気付いた。
思えば開始当初からその違和感を知っていた。
圧倒的影の使い手がたまたま側にいたという事実。
彼と同じように影の魔法を扱う情報が全て不明の謎の怪人。リカードから、セラスから、エヴァンジェリン(巻物)から、テオドラから、カゲタロウの何かを教えて貰っていたのだ。
実力を隠したまま目の前に立ち&英雄&ラカンと同じ舞台にあがっている彼という存在。
鍛錬を積んだコジローですらまだ全力を出させなかったという存在。
何よりも冷酷で、残忍で、影を扱う英雄、何よりも&普通&な奴などこの世に一人しかいない。
もう答えは既に出ていたのだ。
《か、カゲタロウ選手が覆面に手をッ!どうやら素顔を表すよう……ニャッ!?》
「し、シックス……さん?」
覆面に手を伸ばし、それを取り除いた。
露わになる素顔、もはや白い銀髪に、血の海を映しだしたかのような赤眼。
決してピジョン・ブラッドのような深紅や、燃えるような灼眼ではない。真っ赤な真っ赤な戦場の色だった。
彼の足下から影の沼が広がり彼を一瞬だけ包む。
もうボロボロの安っぽいスーツではなく、この世で彼を顕すと言っても過言ではない背中にヘラス帝国の紋様を刻まれたローブ付きフード、シックスだ。
彼はまるでナギが飛び込んでくるの歓迎するかのように手を広げ、立ったまま口を開いた。
「そうだ、俺だよ。俺がカゲタロウだ」
バサリとローブを揺らして宣言した。
《な、ななな……な、なんだってーーー!!!!》
闘技場が静けさに染まる。しかしそれは一瞬のことで次に目が瞬く時には
——ウワアアアアァァァァァ!!!
大歓声が広がった。
《なんということでしょう!!カゲタロウ選手の正体はなんと狙撃手!帝国の大英雄ダブル・シックスだーー!!!私興奮が止まりません!!》
「おーおー耳が痛ぇ」
「五月蠅ェ…ん?」
「は、ハハハ……」
ナギ…ネギはもう笑うしか無かった。
彼の戦略上ラカンに勝つことは出来ても、その向こう側にいるシックスには絶対に勝てないからだ。
言うまでもないがもうすでにラカンすら倒すことは不可能だ。
今まで姿を隠してきた彼が正体を現す。
彼ら英雄にとって戦闘能力はもはや固有の物として存在している。
こういう風に闘うからこそ彼、それが成り立つのである。つまるところ、今彼はカゲタロウから脱し、隠す必要性が無くなったのだ。変幻自在の影の魔法のみという制限が無くなるのだ。
《ラカンとシックス!まさかの最強のタッグです!彼らに勝てる相手などこの世に存在しているのかーーー!?》
「こんな理不尽…ハハハ」
「さて、そろそろ止めといこうか『歯車・起動』」
地面と平行に伸ばされた右手に光が集まりソレが形成された。
右腕全体を包む自身の身長ほどの巨大な大砲が現れた。ガチャンと砲口をネギの方へと向ける。
「クッ!『ラス・テル マ・スキル マギステル…』」
それでもネギは最後まで足掻こうとした。例え絶望に染まるとしても、可能性が無いとは限らない。
ネギにだって&勝つ&理由を持っているのだ。たかだが英雄二人の適当なやる気で負けてるいいものか、と。
「魔力装填 回れ歯車 螺旋の如く」
「……おい、おめーそれ人間に使っていいのかよ」
「なぁに、死にはしない。ショックだけ与えてやる」
「え?それでも死ぬんじゃね?」
地面に固定された大砲の砲口から光が漏れる。
大砲の後方左右に見える歯車が高速で回転し、まるでチェーンソーのごとく甲高い音を響かせた。
「『来れ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐…』」
「生命変換 唸れ鉄輪 生命の憤怒」
震える右手をシックスに向けて魔法を発動する。
残り僅かなはずの魔力によって練り込まれた魔法だが、窮鼠猫を噛むとでも言えばいいのか、火事場の馬鹿力と言えばいいのか、枯渇限界とは思えない程の魔力が流れている。
さすがにこれにはシックスも驚いたが、どうでもいいか、と一蹴した。いつものことだった。
右手から魔力を帯びた雷が奔流する。そして…
「生・命・氣・弾」
「『雷の暴風!』」
実に当たり前のことだが、例え予想外の魔力量であっとしても少年が彼に勝てるはずもなかった。
雷の暴風と命の弾丸が均衡するはずなどなかったのだ。二つの波動が正面衝突するが、暴風など有って無いが如く、丸い弾丸が全てを薙ぎ払い少年へと向かっていった。
「ネギよ、少し考えればわかることじゃ。シックスやラカンがまだいるというのに『完全なる世界』がまだ存在しているという事実を。ま、独り言じゃがな」
音もなく闘技場が光に包まれた。決して優しい光ではなく崩壊をもたらす悪の光だが、彼女は高台でその光に包まれながら呟いた。
受動的にしか働かないシックスやラカンだが、二人が、特にラカンが奴らを見逃すことなど無いのだ。だからこそ今こうやって修行をつけ、これから起こるであろう理不尽に少しでも耐えれるよう…。
「……それにしても、大丈夫なんじゃろうか……」
正直に言うならば、彼女はネギが死んでないか心配でたまらないという感じだった。
さすがに大多数の観客がいるなかでスポーツという拳闘で殺害をするなど…あまり考えたく無いことである。
彼は決して何も思わないだろう。「チッ、うっせーな。反省してまーす」とか言うかも知れない。
To be continued
『生命氣弾』
決して生命帰還ではない。ここ重要。
武器のイメージは巨大ロックバスター。またはオメガモンの右腕。
魔力を超圧縮してぶっ放す固有武装。
ただし今回では主人公の体内にある&命&を燃やして作ったトンデモ弾丸。
威力はラカン全力の気の攻撃と同等というトンデモ設定。
ちなみに砲弾型でも波動砲型でもどっちでもイケる。
腕全体を覆う巨大な大砲もまたロマンである。考えた奴は天才だと思うなぁ、マジで。