第四十八射 始まりの唄
カゲタロウという魔法使いがいた。
その外見は一度見てしまえば忘れることが出来ないほどのインパクトゥを与える衝撃そのもの。頭の正常性を疑うほどの奇妙さなのだが、今はそこじゃない。
世界各国、各地からの拳闘大会の歴戦の戦士達を軽々と影魔法&だけ&で払いのけた。
それは数分どころか数秒、数撃、というかほとんど一撃で相手を沈黙させ続けた異端者であった。
魔法世界の&最強&達から見れば拳闘大会などスポーツの域を出ることは出来ないし、その上出場するものも軽々倒すことが出来る。
むしろ相手から棄権される勢いである。だが、それでも拳闘大会において最高の拳闘士達だったのだ。
彼の強さを再認識する出来事だっただろう。
——カゲタロウの正体は『帝国の狙撃主』ダブル・シックス
この話は一時間も立たずにオスティアの街に広がった。
無理もないだろう、もう既に表に出ることがホトンド無くなった&彼ら&なのだから、ジャック・ラカンと彼が同時に存在するなど極めてレアな出来事だ。
特に彼には驚かれる。というのも彼は、冷酷・残虐・第三皇女第一主義・前が見えない等と言われる存在だ。
特に意味も無く、彼女に関わることもないのに拳闘大会などに参加するわけがなかったのだ。
その上彼は正体を隠していた、そうカゲタロウとして。その彼が正体を現したのが決勝戦、しかもその相手があのナギ・スプリングフィールドの名、姿を持っている青年だったのだ。
彼も例外無く参加大戦時において『紅き翼』のナギ・スプリングフィールドは有名だ。その名、姿が同じとなると…さすがに彼でも、かつて背中を任せた英雄を騙ることは赦さないということだろうか、そういう噂や推測が流れるのだが、真実はわからないままである。
「どうじゃった?ネギは?」
「齢10にしてアレだと、まぁまぁマシだな。だが戦争に年齢は関係ない」
「クフフ、お主が&マシ&と言うか、さぞや強いのじゃな。…マシになってもらわんと困るがの」
「なんだその笑みは」
皇族が居座っても問題が無いと言えるほどの豪勢な部屋にて二人が語り合っていた。
窓から見える新オスティアの街、そびえたる建物、行き交う人々、空の荷物を運ぶ翼付きトカゲ。
今頃、拳闘大会についての話で盛り上がっているころだろう。彼女は窓からそんな様子の光景を眺めな、彼は彼女にうかかれながら口を開いた。
「土のアーウェルンクスはあの莫迦餓鬼に固執してるからな。……喧嘩を売るのは一流だなあの莫迦は」
「親子二代に渡って戦う、か…これも運命なんじゃろうか」
「Fate(運命)ね…、一番嫌いな言葉だ」
彼女が顔を上げた彼の顔を見た。
彼は依然として空を見つめるばかり。その赤い眼には何故か、どこまでも広がる青空が広がっていたという。
彼の言葉に、彼女は全てを魅了するような笑みを浮かべて、こう返した。
「妾は好きじゃぞ?お主との出会いも運命じゃ!」
「……そうか、ならば……あぁ、案外悪くない」
彼は着ているローブごと、彼女を包み込むように腕をまわして抱き寄せた。すると、今まで彼女は己の足で立ってはいたが、彼になされるがままに力を抜きローブの中に身を寄せるようにした。
ちなみに、空気をブレイクするようで悪いが、いや、ここは逆に空気を読んでいると言うべきか護衛の兵士、侍女達は部屋の外で誰も近寄れないようにしていたという、すごい顔で。
まさに上は洪水、下は大火事である。なんてこったい!
「む、そういえば……ネギの仲間の〜、奴隷になった子はどうなったんじゃろうか」
「今頃ラカンが借金して解放しに行ってるんじゃねーの。あいつは……クッ、存外甘い男だな」
乾いた笑いを響かせながら彼は呟いた。かつての戦友の姿を思い出しているのだろう。
戦場では最強の名に相応しい戦闘を見せたラカンでも、今でこそ平和な世ではなんの役にも立たない。
そんなラカンが、かつて自分が奴隷として戦った拳闘大会の出資者となり、そして今ネギ・スプリングフィールドに対しての修行と試練を、そう考えると大層変わるものだと。
「ま、そういう英雄も悪くない、じゃろ?」
「……俺に聞くな」
「んー」
彼のバツの悪そうな顔に満足したのか、彼の胸のあたりでスリスリしてくる彼女だった。
無論、これは語るまでもないが若干彼が死にそうになっていたのは…余談である!まったくの余談だったのだ。
懐かしき脳内の彼らが一気に勢いを取り戻した日である。
花びらを浴びながら一気に凱旋したり、星空満点、そのまま降ってきそうで洒落にならない夜空のホールで舞踏会が行われたり、大人のロマンスが公開されたりするのも、全部彼の脳内の話である。全部同時進行なのも加えておこう。
「……我が騎士シックスよ」
「……」
そんな平和の一時は終わった。
彼女もまた大戦を彼と乗り越えた存在である。目に明日を映す光を灯っているのを彼は感じ取った。
彼から数歩離れ、彼と向かい合う。
彼もまた、重要性を理解したのかローブをバサリと揺らし、フードを脱ぐ。
数分か、数秒か、もしかしたら1秒もたっていないかもしれない。そんな沈黙の後、彼女は彼に&命令&を下した。
「今夜総督府にて舞踏会がおこなわれる。ここに、お主と妾の招待状がある」
淡々と、普段からの彼女からは想像が出来ないほどの低く、冷たい声が部屋に響く。
それででも彼は黙って聞いていた。
「……"全部"守ってみせろ。お前がお前である限り」
「仰せのままに、我が担い手(マスター)よ」
彼は手を胸に当て、片膝をついた。
その光景はいつかの……全てが始まったオリンポス山の黄金の誓いと同じものだった。
英雄と王女、古今東西この二人組が似合うものは他には存在しないだろう。
救うのは英雄の役目、王女担うは囚われたお姫様。
一秒、二秒、三秒、数度の時計が時を刻む。彼はフッと立ち上がり扉の向こうへと消え去っていった。
○
その時刻が来るのは速かった。
そこには電気的な灯りなど有るわけもなく、魔の力を燃やし、どことなく懐かしい雰囲気を出す淡く光るもののみ。
夜空に浮かぶ星々が更にそこに灯りを加え、神秘の名の下に色を付け加えていた。
「I'm a thinker.I could break it down.」
メガロメセンブリア信託統治領新オスティア総督府。
今宵において全てが決まるであろう舞台。花火が無限と思われるほどに打ち上げられ、その光は全てを魅了して止まない。
されど、彼はその花火に背を向けるようにして、壁に寄りかかったまま想いを紡いでいた。
彼がいるのは舞踏場などと言えるような場所ではなく、どこかの高台の屋根の上。
彼の眼下には、舞踏会に招待されたのであろう世界各国の名を持つ者が正装して階段をのぼっていた。
「I'm a shooter. A drastic baby.」
彼の背中を支える石柱、その上には魔法世界で最も有名な像が乗っていた。
従者と魔法使い、今の契約システムを生み出した二人を称える像である。
どこにもである像故、若干軽視されているが彼らが世界に貢献したものは計り知れないだろう。
魔法使いの女を守るかのように剣を携える従者の男。花火の光を反射し、闇夜の空に浮かびあがりそして消えていく。
「何も知らない、儚い木偶人形達。一体どこに行くんだろうね」
「知るか、というかお前誰だ」
彼の正面に、空からコツリと靴の音を鳴らして降り立った青年が口を開く。
どこかで見たことあるような白髪に正装を表すスーツ。若干着慣れていない感が隠し切れない様子だが、そんなことはどうでもよかった。
彼の見知らぬ存ぜぬ態度に若干イラっと来たのか、眉を一回ヒクリを動かす。
「……フェイト、フェイト・アーウェルンクスだよ。狙撃手」
「ほー、成長期か。面白いなお前」
ククク、と明らかに莫迦にしてるように声を抑えて笑う彼だが、相対するフェイトは相変わらず顔を変えることは無かった。無表情同士の対面である。
ガチャリと金属音を鳴らしながら彼は立ち上がった。これから起きるであろう出来事を二人を歓迎するかのように花火はまだ打ち上げられていた。
「人の自我など錯覚による幻想に過ぎないというのに……まぁ言ったところで慰めにもならないね」
「……幻想ね、最高にいい言葉だ。死ねばいいのに」
「ただ僕もたいした違いはないけどね。狙撃手、君はどう"想う"んだい?」
「何も"思わない"さ、…ラカンはどうだ?」
クイッと首で、彼と同じようにフェイトと立ちはだかるようにやってきた褐色肌の大男に聞いた。
やってきた直前に、突然聞かれたラカンは一瞬静止するが、ニヤリと笑うとフェイトのほうを向いて言い切った。
突然現れたラカンだがしっかりと話を聞いているという、…怖い。
「クックック、頭のいい馬鹿の言ってることはワケわかんねぇな」
「これは分が悪いね、英雄二人相手だとは……少々"骨が折れる"よ」
フェイトの「勝てる」という言葉に彼は口を押さえながら笑った。
どこまでも莫迦にし、馬鹿にされる彼だからこそ、と言えるだろう。対してラカンは少し彼と違った。
フェイトの言葉に対して特に何も反応を返さなかった。それはそうだろう……
——敵を倒せずして何が最強か
ある意味ラカンと彼の行動は&同じ&だったのかもしれない。
二人は最強であり、相対している一人もまた最強であった。
倒すことが出来ないからこそ、あらゆる敵を倒したからこそ、全ての壁を粉砕し打ち抜き、そして超えてきた彼らだからこそ最強、そして二人は英雄となった。
腹を押さえてヒィヒィ言っている彼は、次第に呼吸を整えていく。
指をパタパタ動かしたかと思うと、ラカンに指を差してフェイトに言った。
「安心しろ、戦うの俺だけだ。そこの達磨は背景の一部だ」
「あっ!?おいコラなめてんのか、そこの無表情二人組」
ラカンの言葉にフェイトと彼は何故か顔を見合わす。
ジロジロ互いを眼球だけ動かして観察、同じタイミングで同じ場所を見合っていたように見える。そして再び二人の視線が交差、かと思うと&同じ&タイミングでラカンの方を向いてほぼ&同時&に口を開いて…
「一緒にするな」
「一緒にしないで欲しいね」
そう言った。
案外仲いいんじゃねーのコイツ等、と数秒の間でも思ってしまったラカンであった。
同調した彼らだが、相変わらず無表情。しかし、背景が歪むほどの威圧、珍しくシックスが&威嚇&しているという。
そこまで怒るか、とラカンは内心で笑いながら先程の言葉を撤回する。恐らく同族嫌悪、一番世の中で嫌い合っている二人だろう、そう思ったラカンだった。
「二人とも、世の中のことなどどーでもいいという感じだから意外だな。まぁ狙撃手のほうはなんとなく想像出来るけど」
「ダチの娘に説教されてよ、自分の尻の拭き残しは自分で拭けってな!!」
「なにそれ汚い」
「そういう意味じゃねーよ腰抜け!」
ラカンが怒り立ち拳を振り上げる。対して彼は冷静に体を反らせながら両手の手のひらをラカンのほうに見せ付け…完全に「近寄るな」という無言の言葉を送る。
ギャーギャーと五月蠅く一方的にラカンが怒鳴った後、ラカンは悪役の鏡たるように待っているフェイトに気付いて怒りをなんとか収める。
こんなことをしている場合じゃねー、と思うが二人の無表情スキルを見て収めた怒りが再びニョキニョキ…
「ヘッ、てめぇ土のアーウェルンクスだったか?20年前に一人、そして10年前にも二人目をナギが。てめぇーは三番目ってわけか」
「頭を撃ち抜いたはずだが、一番しぶといなお前」
「さすがにアレはひどかったよ。それとそんな無粋な名前で呼ばないで欲しいね、ジャック・ラカン」
軽口を叩いている三人だったが、常人がいれば既に発狂しているだろう。
呼吸を忘れるほどの重圧、具体化された死と具現化された殺意、最強三人組のそれぞれの背後にはムキムキの手足が直接生えたジャパニーズ達磨、まさしく仏頂面の千手観音、黄金に光るツタンカーメンの柩、世にも仰天な光景だろう。
お?お?お?とガンタレまくるラカンに、リボルバーをぐるぐる回しながらカハァと黒い障気を垂れ流すシックス、そして背後から無数の石柱を呼び出すフェイト。
まさしく一触即発だろう。そんな中、ラカンが口を開きガンタレる以外の言葉を出した。
「おめーな、ぶっちゃけ暗い、めっちゃ暗い、なんつーか?暗い」
「ついでに言うとドブの底みたいな粘着質だ莫迦タレが」
「だが逆に人間味を感じるぜ?前の二人には無かったが…、どうした?世界に絶望でもしたか?」
「現実に溺死したか、シ○バニアファミリー(人形)風情が」
おう言ったれ言ったれ!的な空気を携え徒党を組んだ二人だった。だが、フェイトは彼らの言葉に対してため息を一回、やれやれ、と呟きながら背後に存在した石柱を消した。それに続くように彼も威圧の収める。
二人に遅れるように冷静さを取り戻したラカンだった。少し恥ずかしそうだ。
そんな二人を見ながらフェイトは彼に言葉を向けた。
「シックス、君にはわかるはずだ。"同じ"作られた存在として、意志をつなぐ役目の大切さが、"親"の命令がいかに大切であるかが…」
「あぁ、そうだな……あぁ理解出来るとも全部、な」
彼が口を開き動いた。
手を広げ天を仰ぐように、そしてフェイトの言葉を肯定する。
目的の遂行のために作られた存在、まさしく二人は同じ存在だったのだ。だからこそ、故に、彼は邪悪な笑みを浮かべた。
無表情の顔が崩れた、ニンマリ、ニタァ、クスクス、ヒヒヒ、と寒気を覚えるほどの幻覚を魅(見)せるほどの薄気味悪い笑みだった。
真っ黒なフードの奥から覗く、真っ赤な三日月の口と真っ赤なまん丸お目々が二つ。まるで闇夜にそこだけが光っているような、ただおぞましいという感情をもたらすほどの気色悪さ。
全ての物から忌み嫌われるであるほどのナニか。
ただの存在から&悪&と呼ばれるに相応しいおぞましさ。
「……どうだい?君が、君が"望め"ば君の愛するテオドラ姫と共に永遠に過ごすことが出来るよ」
「おいてめぇ!シックス何考え……ッ!?」
耐えきれなくなったのかラカンが口を開いた。だが、彼がラカンを制するように手を置いたのだ。
もうすでに彼は無表情に戻っていた。また同じようにゾクリ、とラカンすら背筋が凍るような(無)表情だった。
まるで、飽きたうえに壊れている玩具を見るかのような…明日の市場にはトンカツ用の豚肉として売買される豚を見るような…「可哀想だけど、ぶっちゃけ美味しいのよね」と言いたげである。
「君も僕たちの「黙れ」……」
その瞬間だった。
空気が止まった、音も止まった。
もしかしたら時間すら止まったのではないかと錯覚するほどの何かが空間を包んだ。
もう三人には打ち上げられ散っていく花火の音は耳に入らないだろう。
決してこれは威圧による重圧ではない、決してこれは威嚇による殺気ではない、強いていうなれば&存在感&かもしれない。
圧倒的なカリスマを持つ王のもとに家臣が集まるように、&主人公&を中心として物語が進むように、ただ自然のものである。
広大で偉大な瀑布を見たとき、圧倒的深度をほこる森林に迷ったとき、全てを抱擁する蒼き大洋に包まれたとき、ただ純粋なる恐怖と畏敬とそしてただの敬意を。目の前の生物はソレに準ずるものだとフェイトは既視感を覚えた。
いつだったか、それを感じたのは、と過去を振り返りソレを見つけ出す。
「進化の末、か」
——いつだったか、そうだ、あの日だった
運命が造物主を見たときそれを感じた。
圧倒的何か、進化する生き物として上の存在。
絶対上位種、自然、世界そのものに対する謎の感情こそソレだと。
「負と正の螺旋の先の雫、それこそ我が我である所以也。故に我は底と頂きに存在、す」
——いつまでだったか、そうだ、あの日までだった
億を超える天賦の才を持つ個体、それを超えるための億を超える群体。かくして、群体は螺旋を描き一本となった。
その先からこぼれる一点の雫。
進化からはみ出た人工物、人工物でありながら進化の頂点に。それになったのはいつだっただろうか…段々を薄れ削られていく記憶、記憶の片隅に存在した■■■■という名。
コンクリートの道路を歩いたのは何年前か、友人と肩を並べて学舎に通ったのは何年前か、毎日が退屈でありながら最高とも言えた日はいつまでだったか…毎日毎日鬱陶しく思うものの何よりも大切な親を忘れたのはいつの日だったか…
「ラカン、退け」
彼はそう言いながらラカンの肩に手を置いた。
ラカンは驚く、いままで見たこともないような彼の表情がそこにあったからだ。
「はぁ?おい……てめぇ何考え…ッ!?強制転」
ラカンの言葉は全て言い終わることなく途切れた。彼はラカンの肩に手をおいた瞬間、術式は発動、ラカンを"見知らぬ"ドコかへと送り出した。
「さて、始めようかアーウェルンクス」
「……」
——ここで朽ち果てろ泥人形、進化の現実ってやつを教えてやる
——頂きなんて烏滸がましい、君には水底が似合いだよ
To be continued