第四十九射 オスティアの女王
——20年前——
「くそッ!?なんで飛ばねぇんだ!?」
箒にまたがった男がそう叫ぶ。そこは旧オスティア、そして都の最後の光景だった。
崩れゆく建物、空から降り、そして落ちていく大地。
数多くの歴史を紡ぎ太古より長く生きた国がまた一つ滅びようとしていた。
逃げまどう人々、されど魔力が謎の衰退を起こし魔法が発動出来ないという現象により、今必死に足を動かしていた。しかし今まで魔力、魔法の恩恵を授かってきた人々だ、突然当たり前にあったものが消え去ったという点も含め混乱が混乱を呼ぶ。
あるものは不可解な現象に言葉を濁し、またある者は鍛えておけば…と今更な感じだという。
「皆様こちらへ!お守りいたします!!」
逃げまどう人々の前に黒い甲冑を着込み巨大な剣を持った騎士が現れそう言った。
突然の武装集団に人々は疑問に思い、それを口にする。騎士が相対し答えて言うには
「我々はメガロメセンブリア重装兵団のものです!逃げ遅れた子供や老人、病人に心当たりは!?一人残らず助けよとの厳命です!」
騎士の言うとおりに動き出した人々だった。
これはある意味魔法世界だからこその光景かもしれない。
誰一人とも我が身を第一とし我先にと逃げるものはいなかった。だが…、突然のオスティアの街が、大地が崩壊し、挙げ句の果てには魔法の不発動。
まるで戦争でも起きているのか、そういう疑問を持つのは当たり前のことだろう。
「ハッ……確かに戦争は終わりました…し、しかし…」
騎士の一人がそれに答える。しかし、次に言うであろうその言葉を、言い出し難いのか息を飲み、震える拳を握り締めていた。
非常にもうしにくいのですが、と一置きし騎士はようやく答えた。
「この都は……オスティアはまもなく滅びます」
空から無数に降ってくる岩石、魔法を使えぬ人々にとってそれは隕石の雨に等しいものだった。
民もすでに理解はしている、重武装をしている騎士といえど道案内程度しか出来ぬ、と。しかし従わぬ理由など何も無い。
ただ、今は速く逃げよう、生き残ろう、と疲れ切った足を無理矢理動かしていくのだった…だが、それでも岩石は降ってくる。
騎士の持つ盾では到底受けきれぬ大きさの岩石。それでも騎士は民を守ろうと前に出る。……そんな時だった。
ドォォオン!!!
空から落ちてくるはずの岩石が突然崩壊、見るも無惨、というか限りなく岩石は粉砕され吹き飛んでいったのだ。
突然の爆発とも言える現象に人々は足をつい止めてしまった。
ドォォォォオン!!!
再び爆発でもしたかのような音、目がいいものはそれが遠くで起きたと理解した。
空から落ちてくる岩石が爆破でもされたのだろうか。
粉砕された細々な岩石では騎士の盾を超えることなど出来るはずもなく、突然の崩壊に感謝しながら首を傾げた。とある一人がその原因を見つけ出す、一つの高台へと向けて指を差した。
「お、おい……あそこに人が…」
「…誰、だ?あれ…」
白いローブを着込んでいるのかサッパリわからない。ただ人だということしからわからなかった。
一つ気付くのはローブが、まるで金属にでも光を当てたかのように反射しているという点、どこかで見たことがあるような、だがやはりよく見えない。
ローブの男は真っ黒な長い棒のような物を持っていた。長い棒を構え、そして空への岩石へと向け、そして…
ダァァァァアン!!!
閃光が一本のびた、かと思うと既にその岩石は崩壊していた。
空中で圧倒的な力をぶつけられたのか、岩石は落下地点を大きく変え大地へと落ちていく。助けが来た、誰もがそう思うだろう。
次々と放たれる閃光、そして崩れ吹き飛んでいく岩石群。被害は限りなく小さかった、そう本当に。疑問に思うことは、それが誰かということなのだが、もうここまで来ればどんな人々でもわかった。
「ハードスケジュールだな、まったく……莫迦が」
岩石を狙撃していた。
あらゆる方向を、右よ左よ、後ろよ前よ、上よ下よ、全てが見えているのではないかというほどの&攻撃範囲&、そして狙撃というスタイルでありながら一つの岩石が爆散したかと思うと既にもう一つの岩石が爆散しているという異常な速度。
古今東西こんな芸当をするものはただ一人しかいない。
「そ、狙撃手だ!」
「助けに来てくれたのか!?」
「俺たちは助かるぞ!!」
希望が蘇った。
敗北を知らぬ大英雄であり、『紅き翼』と限りなく同等、あるいはソレ以上の存在、そして大戦の裏を突き止め世界を平和にした者の一人、ダブル・シックスであった。
淡々と無数の岩石を攻撃し、無害に変えていくその様子は何よりも尊いものに見えたという。
狙撃していく彼の視界の隅っこ映るのは次々と飛んでくる無数の戦艦、一見戦争でも始めたのかと思えるぐらいだが、帝国連合関係なく入り交じっている様子から見ると違うとわかる。
空中に浮かぶオスティアの大地を囲むように戦艦が停止、そして逃げてきた人々を乗せ飛んでいく。ただそれを繰り返す光景だった。
「シックス!」
「あ゛?」
そんな時、彼に声をかけたものがいた。あたりにはもう既に人々はいない。
彼は内心「さすがメガロメセンブリア、逃げることにおいては一級品だ」と侮辱以外の意味を持たないことを考えていたころだった。
事実無根だが&今後&のことを考えるとそう思わずにはいられないのだろう。
彼を呼んだ声の主は女、長い金髪に珍しいオッドアイ。あと胸が大きい、ここが一番重要だと思う。
「アリカ姫か、なかなかの庶民派だな」
「巫山戯たことを申すな!!」
アリカ・アナルキア・エンテオフュシア、それが彼女の名前だった。
何を隠そう今滅び行く都をもつ国の王女…否、女王である。
オスティアの王族という出身なのだがそれは極めて特異なことだった。
魔法がつかえないのに、オスティアの中心で狙撃をしている彼の元に誰が好きこのんで行くだろうか。しかし彼女は女王として、民を守るために来たのだ。
逃げ遅れた人々がいるかもしれない、その言葉だけで彼女の動く理由になりえたのだ。
「な、何故逃げぬ!?」
「逃げる必要が無い、そもそも逃げるという手なぞ持っていない」
「な!?お主が死ねばテオド「死なん、それが命令だ」お主は…」
オスティアの王族に備わる&王族の魔力&というものがある。
魔法世界、新世界と色々呼び名があるものの、その世界において最古とも言える国家である。
最古だからと言って大国というわけではなく、帝国、メガロメセンブリアからみれば小国も小国、伝統が売りにしかならない弱小国家だった。だが、表向き最初の帝国の&オスティア回復作戦&からわかるとおり、そこには大国が押し寄せる明確な目標が存在した。
&その中の一つ&が王族の血、王族の魔力、そして王族が保有する超特殊能力だったのだ。
「妾はここでも魔法が使える!お主はどうやって…!?」
魔力が衰退した地域でも彼女は魔法が使うことが出来たのだ。
何故ならば、今の現象はそれこそオスティア王族の能力によるものだったからだ。
アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア、それが犯人の名前である。
恐らくこの史実上最も能力が強く、それこそ世界を変えるほどのレベルの&魔力完全無効化能力&を保有しているだろう。
あらゆる害意のある魔法、術、神秘を無効化する魔法世界の天敵、『完全なる世界』の願いを成就させる存在。
この魔力衰退現象は彼女の能力を利用したものだった。
何故、王族がその能力を保有しているのか、それは定かではないが…定説がある。
世界最古の王家、初代オスティア王女は創造神の娘であり、彼女の血には神代の魔法が宿ると言われているのだ。
ちなみに、彼女こそ契約システムを生み出した魔法使いであり、彼女と騎士の像はどこにでもあるほど有名である。
魔力完全無効化能力といえど、同じ恩恵を授かっている王族の魔力を封じることは出来なかったのだ。
「魔力が外に出せないなら中に出せばいい、ってな。魔法生命体ってまじ便利、死にかけだけど」
彼はそう言い、腹から弾丸を取り出した。あまりの歪な光景にアリカ姫は息を飲んだ。
腹から金属を取り出すという異常性も然り、それを当たり前のようにやることも然り、そして何より彼がオスティアの者のためにそこまでするか、ということに疑問を払うことが出来なかった。
アリカ姫はそのことについて聞くが、彼は顔を嫌に歪ませながら答えたという。
「……ふむ、意味は無い。ただの命令だからな、テオの人類愛(やさしさ)に感謝するがーよい、フハハハ」
「……」
どこか現実逃避を思わせる笑い声を出しながら適当に返す彼だが、腕の動き、狙撃が止まることは無い、止めるはずがなかった。
細長く巨大な狙撃銃をもってオスティアに隕石を落ちることはなかった。
全てを粉砕し、崩壊させ被害をゼロにする。
一言で言える現状だが、それを実行するなどほぼ&不可能&だろう。もっとも、彼らは&不可能&を&可能&にしたからこそ英雄の一角よして存在しているのだ。たかだか不可能如きで止まるはずがなかった。
「そら、速くゆけ。ここで止まる気か?」
「クッ!?お主も速く逃げるのじゃぞ!!」
「……話聞け莫迦女が」
走り出したアリカ姫、背後から無礼にもほどがある単語が聞こえたような気がするが、気にする時間はなかった。
彼女の走る後ろ姿を見て、彼は薄く笑い空を見上げ、空を掴まんと手を伸ばした。
伸ばしても伸ばしても届くことなど無く、無論掴むことすら出来ない。その行為にはなんの意味も無かったのかもしれない。だが、何かあったのかもしれない。
「空よ聞け、大地が負けるはずがない」
空から落ちてくる隕石のごとき岩石、大地を落とそうと天からの災厄。
その日の彼はとてつもなく上機嫌だったという、ただそれを確認できるものは誰一人とも居ないのだが。ガチャン、ギギギ、ガガガ、金属と金属の音を鳴らして…英雄はここにて一人、降臨した。
「空よ退け、ここは一つたりとも通さん」
クハハハ、と愉快そうな笑い声が響いた。歴史は繰り返された、滅び行く国など過去にはいくつもあった。ましてや都が滅ぶなど数えることすら出来ない。しかし、人々は笑った。
大地に足を伸ばし、不幸を喰らい幸福を育て根を築き花を育て歴史を紡いできた。
歴史は繰り返された、何度も何度も、何度も何度も人々は立った。ならば問題などあるはずがなかろうて。
国は滅びぬ、国とはなんぞ?昔の王が民に聞いた、民は答える。王こそが国、だと。王は否定した。
——民こそ国なのだ
そう言った。
人が負けぬ限り国は負けない。
思いが折れぬ限り、都は何度でも蘇る。
大地の怒り、天の裁き、神の気まぐれ、嵐の息吹き、&たかだか&その程度で人間が負けているならば、もう既に人は存在などしてはいない。
「ゆけ、オスティアの女王よ。貴様が負けぬ限り民は負けん。何度でも何度でも、森を切り払い畑を耕し蹂躙する魔物を打ち払い、……そして都(国)は蘇る」
彼の言葉は無論誰にも伝わることは無い。
未だに落ちてくる岩石群を払いのけ、彼は再び笑い、頭をかきながら誰にか言うわけでもなく言葉を出した。
「柄にも無いことを…、成就して見せろ、お前の答えを」
そして彼女が気付いたか、気付かなかったは定かではないが彼女の走る先、そして頭上には岩石どころか石一粒落ちてくることはなかったという…。
——そして二ヶ月後、彼女は牢獄につながれた。2年後の処刑を控えて…
「腹痛ェ…後で弾丸費請求しとこ」
○
その日がついに来てしまった。
重、などと一言では言い表すことの出来ないほどの重い罪を背負った犯罪者がまた一人、処刑されようとしていた。
魔獣うごめくケルベラス渓谷と言われる地域、魔法、気の類を一切使えぬ死の谷として古くから怖れられ、そして古来より残虐な処刑場として有名な場所である。
魔法、気を一切使えないためそこは恐らく英雄であろうとも生きて返ることは出来ないだろう。
「歩け!」
「触れるな下郎、言われずとも自分の足で歩く」
渓谷にかけられた先の無い橋の上を女が歩いていた。彼女こそアリカ・アナルキア・エンテオフュシアである。
あの日、オスティアの都が落ちた日より二年たったその日こそ彼女の処刑日だった。
まだ&彼ら&はやってこなかったのだ。彼女はとうに痩せこけ、かつての黄金に輝く金髪も色あせ、見る影もない。しかし、未だに折れぬ心はより強く、そして何よりも美しく見えた。
「……ナギ、主らと過ごした戦いの日々だけが何故か暖かだった…」
橋の下から聞こえてくる魔獣の雄叫び。
魔獣が今こそ我こそと食料を得ようと蠢きだしたのだ。牙をガチガチならせ、口から漏れる唾液、新世界のおいてもっとも相手にしたくない魔物共だろう。
「亡き父王は言った。人の生も、この世界も、全ては儚い泡沫の夢に過ぎぬと……ならば、これも」
きっと夢、そう呟き彼女は足を踏み出した。
頭からまっすぐ落ちていく彼女に、今こそ食らいつこうとする魔物。そしてそれを妨害し、自分が得ようと周りの魔物を駆逐し始める魔物。
全ても全て、ただ肉を喰らうため。処刑をただ見ていた元老院の者や、彼女が犯罪者としか思っていない兵士達がざわつく。
彼らが見ている渓谷の暗き穴からただ聞こえてくる魔物の叫び声と悲鳴と歓喜の声…ここで彼らが引き上げようとし始めたその時だった。
「よーし、お前等撮影終わったな?ん?ウシッ、終わったか!」
……古今東西、英雄と王女は似合うものである。
古今東西、英雄(ヒーロー)は王女(ヒロイン)を助けるとき、遅れてやってくるものである。
古今東西、彼らに敗北は無い。あっていいはずがないだろう。
「なんだ貴様は!?無れゲフェッ!?」
「うっせーなおっさん。今からここで起きたことは全て"なかった"ことになる、いーな!」
「き、貴様は…」
突然無礼な動きをしだした一介の兵士がいた。
元老院の頭をバシンバシン叩きながら、軽口を叩く。
元老院が兜の穴から兵士の顔を見て、それが誰かわかってしまったようだった。
兵士はフンッ、といいながら全身に力をいれ鎧を吹き飛ばす。まずそこからおかしいが彼らなのでむしろ控えめだ。
「千の刃のジャック・ラカン!?」
「ぬっふぅ〜ん」
「青山……詠春!?アルビレオ・イマにガトウ!?『紅き翼(アラルブラ)』が何故ここに……女王は!?」
次々と兵士の波から現れた彼らに兵士は騒ぎ出した。
元老院は疑問で頭を覆い尽くすが、一番知ってはいけないことに気付いた。
ナギ・スプリングフィールドがいないということに。ならば、彼らがどう動くなど一つしかなかったのだ。だが、兵士に命令を送ろうとも、背後から聞こえてきた褐色筋肉達磨の叫び声でソレどころじゃなかった。
「んーー!!ラカァン!!インパクトァーー!!!」
○
「な、ナギ…なぜお主が地獄に……ふぇ?」
彼女がわけのわからない、と言わんばかりな顔をしていた。
彼女をいわゆる&お姫様抱っこ&をしている赤髪でそれなりにイケメン(滅びよ)な青年、ナギ・スプリングフィールドだった。
死ぬ、そう覚悟した瞬間彼女は謎の浮遊感を覚えた。もう死んだか、そう思い目を開いたかと思えば、赤髪の青年が目に入った。
「バーカ、お前を助けに来たんだよ、アリカ」
「え?何故じゃ…?え?」
未だに要領の掴めない彼女にナギの頭突きが襲い掛かった。思えば彼女にすれば勘違いのままであって欲しかっただろう。
そこはケルベラス渓谷、英雄でも死ぬ地獄の谷底なのだから。最強の&魔法使い&ならばなおさらであろう。
魔力が使えぬならただの人間、魔獣に勝てる見込みなど砂漠で高飛びをしているヨボヨボな老人がいる可能性よりも無い。
「魔力も気もない程度で俺は死ぬかよ、俺は英雄だ!」
「ば、馬鹿者……、ッ!?ナギあそこに人が!?」
「ヘッ、いくぜアリカ!!」
彼女と視線の先には光が見えていた、そこを飛び出せば渓谷の力の通じぬ出口がある。
背後から渓谷の魔獣共が蠢き襲い掛かろうと追いかけている。そんな時だったのだ、逆光で姿がまったく見えないが人らしき存在が&ポツン&と立っていた。
奇妙すぎる、怪しすぎる、考えることの出来るものは数多も想像出来るが、彼女がそれを思うにはいささか時間が足りなかった。
ナギは真っ黒なナニカの横をそのまま通り過ぎ、ただ不敵に笑っていた。アリカの思考が間に合う前に、彼女の耳に、不自然なほど冷淡で普通で、どっちかというとラスボスが言いそうな言葉が届いた。
「————喜べ女王。お前の願いは、ようやく叶う」
「なッ!?」
そのままナギは渓谷を飛びだし、渓谷の封印する力から逃れ、杖を掴んだ。全ては終わった。
英雄と王女の物語にバッドエンドなどありはしない。英雄は救い、王女は救われその身を英雄に。全ての原点はここにこそ英雄の物語。
「ナギッ!?やつは、やつはシックスじゃ!?助けに……」
彼女の言葉にナギは答えず、浮遊したまま渓谷の穴を見ていた。
よく考えれば超近距離で抱きついているナギとアリカという構図になっていることに気付いたアリカだったがナギの無言につられたのか、ナギと同じように渓谷に目を向けた。
■■ギ■—……
大地が揺れる、大気を喰らう。
■■ガ■■■ギ■■■ギ■■!
天を揺らし、空を割る。
■■■■ギ■■■■ギ■■■ギギギ■■■■■■■■■!!!!!!!!!!
彼女の耳に届いた謎の声、声などではなく雄叫び、絶叫悲鳴歓喜と絶望の声。
地獄の蓋を開けてしまったのか、あらゆる悪夢を詰め込んだような地獄の震え。
アリカは頭を金槌で直接叩き付けるような悪意(衝撃)に体を震わすことが出来なかった。
「は、ハハハ……あの野郎本気出さなかったな」
「な、ナギ?」
ドォォオオオン!!!!
アリカの声に答えたのはナギではなく、爆炎だった。突如炎が連なる渓谷から吹き出たのだ。
渓谷全てを薙ぎ払うつもりなのかと疑いたくなるほど猛烈で、そしてそれが可能だと言わしめるほどの熱風。
谷底全てから吹き出る地獄の火炎の壁の向こう側。彼女はその時に全てを理解した。
ナギの言動、そして何よりあそこには誰が居ただろうか…、
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天まで届かんとする炎がゆらりと揺れた。
そノ拍子にナニかガ見えタ。
黒い化け物、百人みれば百人答えるであろう『化け物(モンスター)』がそこにいた。
1000メートルを超えんとするような体躯、炎に紛れて影しか確認できないが…本能的、生理的、物理的、精神的、存在的、威圧的、圧倒的、なによりも絶対的な存在がそこにいた。だが、一度ゆらりとその姿が見えたかと思うと…まるで陽炎の如くもう既にそこには炎だけしか無く、すぐにその炎も跡形無く消え去っていった。
静寂、何事も無かったかのような静寂。
風の音、虫の音など一欠片も存在しない虚空の空間が広がっていた。
「ハハ、よく生きてたなー俺」
「……ば、化け物か」
後には、ただの幻覚、目の錯覚として捉えられるようになったケルベラス渓谷の化け物。
何より渓谷は1000メートル級の化け物が過ごせる環境ではなく、何よりもそれが一瞬で消え去ったなど信じるはずがなかったのだ。
ただ…一つだけ確実なことがある。その日、その時間、その事件以後、ケルベラス渓谷より魔獣は存在しなくなった、跡形も無く、影も無く、魂も無く血痕もなくただその現実一つのみが存在した……。
「あ、あいつらのこと忘れてたな」
「手伝わなくて大丈……夫そうじゃな」
炎が消え去ってようやく動き出したのか、彼ら二人の目の先には爆発やら、派手に気を飛ばす光景。
重力魔法による巨大な球体魔法などが見えた。かなり暴れているらしいが、もうそこにいる兵士に戦う意志など一つも残っていないだろう。
そもそも『紅き翼』個人個人が最強クラスの人間達なのだ、よってたかって彼らに囲まれるなど想像すらしたくない。
「あー、シンド」
「普通に出てきた!?」
To be continued