今回はハク視点です。
今作は榛名視点とハク視点、たまに第三者視点で展開していく予定です。
第弐話 カノジョの接客術
私がマスターに仕え、“
それ以降は特に記すべきではありませんが、それでも充実した日々でした。
毎日マスターのために働き、毎分マスターの麗しい御顔を見て、毎秒マスターと共に過ごす、最高の日々です。
私はマスターの従者として生み出されました。
だから、マスターに尽くすのは当然のこと。
しかし、それは決して束縛でも不自由でもありません。
初めてその御顔を見た瞬間から、私はマスターのことが大好きでした。純粋に、この人の役に立ちたいと思ったのです。その邪魔は誰にもさせません。私は永久にマスターのために在るのです。
ここ麻帆良ですが、無駄に存在感のある巨木がある以外は長閑で静かで平穏です。この国は今時代の節目を迎えていますが、そんな事は私の知ったことではありません。
巨木も山も森も川も、そして命も、ここのものは全てマスターのもの。マスターに搾取されるべきものです。
本当ならこの世界を丸ごと捧げても良いのですが、マスターはそんな事を望みませんでした。
「いや、こんなド広い土地があれば十分だって」
と仰りました。
マスターはこの星の凡人共全てに、八尋の海より深い御慈悲をお与えになったのです。ならば、私も無理に捧げたりはしません。
ですが、私はまだ生まれたばかりだからか、自分の感情をうまく出すことができません。そして、それを言葉に出すこともできません。
ですから、私はもっとマスターを見つめ続けていたいのに、それを口にできません。
もっとマスターに触れていたいのに、それを言葉として吐けません。
感情を碌に出せない私は、憐れな小犬以下の存在です。
餌が欲しくても、寂しげに
もどかしさに、身を裂かれるような痛みが走ります。
この身の全てを捧げられるのに。
マスターの嗜好から、趣味、性癖etc……全てを把握しているのに、それを口にする事が出来ないのは、とてももどかしく、そして恥ずべき事です。
粗相があってはなりません。なるべく速やかに改善しなくては。
そう思っていても、この愚かな口は言葉を吐くことができません。
自分から話しかけることすら上手く出来ません。一度会話が成立すれば、マスターが望む通りの言葉を返せるのですが。
仕方無しに、マスターが話しかけてくださるまでは淡々と黙々と、マスターの御世話をする他ありません。
マスターは私との会話が楽しいのか、
その代わり、マスターの御世話に全力を出しております。何時でも何処でも、一瞬たりとも手を抜いたことはありません。
マスターが御就寝なさっている時から御休みになられる時まで、常にマスターの御世話をしているのです。
ちなみに私に睡眠は必要ありません。寝ることは出来ますが、喩え一世紀寝なくとも疲れもしません。
マスターが悪い夢を見ることが無いよう、御休みになっている間に不埒な輩に襲われないよう、常に抱きつき、マスターの御身体を護っています。マスターの素敵な寝顔は何時間見ていても、決して飽きることはありません。
「なぁー、ハク?」
「はい、マスター」
「魚って、家の近くの川で釣ってきているんだよな?」
「はい、その通りですが?」
「じゃあ、このどう見てもアマゾン川にしかいないような大魚は何なんだ?」
「小ぶりな魚しか取れなかったので、小魚を元に再構成しました」
「え? マジ?」
「はい、マジです。
御安心してください、品質・栄養ともに完璧です。味については言うまでも無いかと」
「うん、ピラルクの味がする。喰ったことないけど」
「至極恐悦です」
いつも通り御食事を取るマスターの背後に立って給仕をします。
マスターはいつも残さず食べてくださいます。
“食事は残すな”というのが、マスターの御父様の遺言の一つだそうです。
ちなみにマスターの御父様は、生きている内に百を超える遺言を残しているとか。マスターが前世でお亡くなりになった時は御存命だったそうですが。
そんな時です。
「……マスター、申し訳ありませんが……」
「へっ?」
結界付近を羽蟲が一匹、しつこく侵入を試みています。
麻帆良全土を覆う結界ですが、その強度は人間には何京人集まっても
その羽蟲は強硬手段(結界への攻撃)は行っていないようですが、流石にここまでぶんぶん飛び回れると鬱陶しいですし不愉快です。
マスターの御世話以上に大事な事などありませんので放置していましたが、気が散ってしまっては元も子もありません。気が散った結果マスターの御世話に不備が生じるわけにはまいりませんので。
そのため私は、マスターが御食事を終えるや否や、早々に片付けて家を出ました。
いつもなら、食後のマスターの御顔を拝見する時間です。
それが邪魔され、私の頭は沸騰直前でした。
「——————————————殺す」
小さく呟くと、私は羽蟲の羽音が
そこでは一匹の蠅が、蛆虫より汚らわしい雰囲気で結界(がある方向)を睨んでいました。
私は蠅の前に立つと、目を細めながら拳を握ります。
「何の真似? マスターが狙いなの?」
「あ、貴方は?」
聞き返されるが無視します。そもそもこんな蠅の声を聞くくらいなら、芋虫が餌を
「答えなさい。殺されたいの?」
「……私はメセンブリーナ連合の者だ。この土地の管理者に会いに来た」
土地の管理者。つまりマスターの事です。
つまり、この蠅は身分不相応にもマスターを狙っているということですね……大罪、神殺しが万引きに見えてしまうほどの大罪です。
「……死ね」
蠅の顔に拳を叩き込みます。拳は蠅の汚らわしい顔を突き抜け、蟲の体液を撒き散らしました。おぞましいことこの上ありませんが、我慢する他ありません。
私は汚れたメイド服と白い手袋を綺麗にすると、愛しいマスターの元へと帰ったのでした。
連合? そんなもの、ハクは歯牙にもかけません。
麻帆良の未来はどうなるか……?
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