何とか書けました。
今話では、榛名の人生観が少し明らかになります。
何度でも言いますが、彼は少々ズレていますし、変わっています。
まぁ、これはあくまで榛名の結論ですので、あまり批判されても「こういうキャラ設定ですので」としか言えないのですが……。
それと、本作は独自設定の塊ですので、御理解下さい。
第拾壱話 カノジョとカレの生き方と終劇
「此の世界は、言うなれば“箱庭”だ。創られた空間。創られた生命。創られた世界。
しかし、それだけならどうにでもなる。極論さえ言えば、
唯、生み出したものが“自然”か“神”かの違いだけさ。
……いや、若しかしたら、両方“神”によるものかもしれないね」
首を傾け、頭に響く蟲の羽音を聞き流します。
……それにしても、先程は、我ながら愚かな事をしてしまいました。
まさか、マスターを怒らせるとは。
まだまだ、マスターの完璧な従者にはなり得ていない、ということですか。
私にとって、マスター以外に正しい存在などありはしません。マスターの御命令こそが正しいのです。何があろうと、それは絶対に変わらない、世界の
同時に、マスターが悪いなどということもあり得ない。
世界がマスターを“悪”と認識するのなら、そのような世界に何の価値もありません。
いや、元から価値などありません。
マスターが此の世界に訪れたことで、初めて価値が出てくるのです。
そう、マスターに搾取されるという価値が。
世界と繋がっていない存在などありません。神だろうがバクテリアだろうが、それは変わりません。
そして、マスターもまた、世界を必要としています。
だからこそ、蟲に塗れた汚らわしい世界でも価値が見出されます。
要はマスターの周囲だけが、綺麗であれば良いのですから。
……とにかく、私にとってマスターは絶対です。
目の前に蟲がいなければ、私は膨大な時をかけ、マスターに謝罪の言葉を献上するでしょう。此の世のあらゆる書物に書き写したとしても、まだ足りない程の謝罪の言葉を。
口惜しい事に、今はそれすらできません。
余計に蟲が煩わしくなりましたが、ここで蟲に手を出せば、マスターがさらに怒り、私を罵倒するでしょう。
最悪の場合、私は捨てられてしまうかもしれません。
それだけは嫌です。
罵倒や暴力などの辱めなら、マスターが満足するのなら幾らでも受けます。
ですが、捨てられる——必要とされなくなることだけは、耐えられません。
私の存在価値そのものが、崩壊してしまうのですから。
「でも、創造されたモノは何時かは壊れる。
水は零れ出て、ビー玉はコロコロと転がってしまう。そして、割れてしまうんだ」
それにしても、先程マスターに怒鳴られた時、不思議と恐怖よりも快楽の方が大きかった気がしますね……。
まぁ、それは置いておきましょうか。
マスターは本当にお優しい方です。此の世界で何よりも貴重なその慈悲を、たかだか蟲如きに与えるのですから。
それともマスターは、あの白髪蟲のグチャグチャになった間抜け面をもっと見ていたいのでしょうか?
でしたら、言ってくださればマスターの御望み通りに
いえ、マスターの性格から察しますと、本当に御慈悲をかけただけなのでしょう。
本当に、お優しい。
しかしあの蟲も、礼の一つも言わないのは気に喰いませんね。
ここまでしても、自分の立場が理解できていないようです。
正しく低脳……ミクロサイズの脳しか持たない、下等で下劣な存在です。
おそらく、マスターの名を呼ぶ事が許されるという余りの栄誉に感激するあまり、その愚図な脳からマスターへお礼を伝えることが吹き飛んでしまったのでしょう。
気持ちがわからなくもないですが、莫迦げたテロ思想を持つくらいなら、マスターへ礼を言うという人生(蟲生?)最大級の重要事項を忘れないのが普通でしょうに。
やはり、単に脳が欠陥品なだけかもしれませんね。
「それは摂理だ。決して止められない。よく言うだろう? “蟻の穴から堤も崩れる”さ。
ほんの少しのズレでも故障でも、“箱庭”にとっては大事となる。
ましてや、魔力が枯渇するという事態……こうなれば、“箱庭”は
「だったら、キングストン弁を開いて自沈する……とでも言うつもりかい?」
マスターが険しい表情で、白髪蟲を睨みつけます。
……あぁ、まだ羽音は止んでいなかったのですか。
鬱陶しいですね。
「否定はできないけど、だからと言って僕達は乗務員全員を、それに巻き揉むつもりはないよ。
彼らには、より豪華な客船に乗り移ってもらうのさ」
「……それが、『完全なる世界』か?」
「そう、僕達の組織名でもあり、最終到達地点。そして、原点でもある」
「……信じ難いな。だったら、何で最初から『完全なる世界』とやらを創らなかったんだ?」
「『完全なる世界』は“楽園”さ。そこには
肉体も、魂も、何もかもが不要なんだよ」
「……馬鹿馬鹿しい」
マスターが吐き捨てるように言って、白髪蟲を睨みつけます。
「そんなの、生きているだなんて言わないじゃあないか。唯の集団自決だ。
チープ過ぎて笑えない程に、馬鹿げてる……。中世の詐欺師の方が、もう少しはマトモな方便をするぞ」
「方便、とは?」
「そのままだよ。そのままの意味。
第一、“楽園”? 冗談も程々にしてほしいよ、全く。
魔法世界の住人が、一体何億人いると思っているんだ? “楽園”なんて人それぞれだ。
家族と普通に飯食える食卓だって、自由に人を殺せる無法地帯だって、猫だらけの草原だって、人間の価値観によって楽園にも地獄にもなる。
『完全なる世界』がどんな所かは知らないが、誰もが夢見る楽園なんぞ在りはしないんだよ。
あるとすれば、それは人それぞれの楽園が実現する場所——“夢”だけだ」
「言い得て妙だね」
白髪蟲が感心したように頷きます。
……殺していいですか?
腹が立ちます。
感心する意味など微塵も無いのです。唯、蟲はマスターに跪いていればよいのですから。
感心? 何様なんでしょうか、あの蟲は……。
「夢では、いけないのかい?」
「勿論。だって——」
マスターは、私の方を向いて、儚げに微笑みました。
それがとても美しく、私は思わず見惚れてしまいそうになりました。
「夢って、
そんなの、詰まらないじゃあないか。
そりゃあ僕は、ちょっと違う生涯の閉じ方を迎えて、ちょっと違う再スタートを切ったよ?
そして、ちょっと違う従者を貰ったよ?
その意味では、僕もハクも、この世界では“紛いもの”かもしれないけどさ。それでも——」
マスターは笑顔で、両手を広げました。
まるで、砂山が完成した子供のように、スコップを片手にはしゃぐ児童のように、瞳を輝かせました。
「僕って、生きているんだよね。ホンモノとしてさ」
マスターは、間抜け面で呆然としている白髪蟲を尻目に、両手を振りまわして、飛び跳ねんばかりに大声をあげます。
「良い事だよ? 生きているって。
満たされない? 辛い? 上手くいかない?
当然じゃないか!
人生って、要は死ぬための
僕は死なない身体になったけどさ、だからと言って、
そう言って、マスターはますます笑みを深くして、白髪蟲と私を交互に向きます。
私は笑顔で、そんなマスターを見つめ返しました。
たまらなく、本当にたまらなく素敵です。
「いいじゃん。実現性が低かろうと、止められなかろうとさ。
本当に楽園を望む人間が、一体何人いるか知らないけどさ。
自壊なんて、阿呆らしいじゃあないか。
夢の中でひたっすら紛いものの人生過ごすよりは、ずっとイイよ?」
「……イイ?」
「うん」
「……そんな理由で、僕達の作戦を否定するのかい?」
「勿論それだけじゃあないよ。
すぐ諦めるのが気に入らないし、歴史とか、先人達の努力がパァになるってのもある。うん、こっちが本命かなぁ?」
「……ふぅん、君は変わっているんだね」
白髪蟲の言葉に一瞬カチンときましたが、嬉しそうなマスターの水を差す気にはなれず、私は大人しく、マスターの反応を待ちます。
勿論、無様に地面に座り込み、グチャグチャ間抜け面の白髪蟲への警戒は怠らずに。
私は蟲相手に全力は出しませんが、見くびったりはしません。
蟲が下等で惰弱なのは事実です。自惚れでも何でもありません。
「今まで『紅き翼』を筆頭に、僕達の邪魔をする者は何人もいたよ。でも、皆非人道的だとか、大殺戮になるとかで……。
イイかどうかとか、歴史とか、諦めるとかを言われたのは、初めてだ」
白髪蟲はマスターを
「
白髪蟲は回復してきたのか、自力で回復術を自身に行使すると、立ちあがりました。
「
……ようやく、マスターに謝罪が出来ます。
蟲の消え際に、私はそんな事を考えていました。
セクストゥムの扱いについて、とある方より御意見を頂きました。
若しかしたら彼女、サブヒロイン化するかもしれません。
どっちにしろ、絡ませる予定です。
あと、ハクは榛名限定のMです。ドMではありません。たぶん。
御意見御感想宜しくお願いします。