今回、初めて本編で第三者視点を使いました。途中からです。
前半はハク視点です。
どうでしょうか?
第拾漆話 カノジョとカレと学園都市勢
マスターが喜ぶのなら、ですけど。
マスターも人間です。下らぬ俗世から、完全に離れるのは困難でしょう。
それに私は、マスターを束縛したくはありません。マスターが俗世を望むのなら、近付く蟲にだけ警戒していればよいだけのことです。
それに、万が一にもマスターが汚れても、私が綺麗にして差し上げれば済む話です。
……ですが、それと蟲について寛容になれるかは、話は別です。
マスターが望む以上、無関係な一般市民に手を出す事は極力抑えますが、“裏”のことを知っている蟲となると、容赦する理由がありません。そもそもしたくもありません。
流石にマスターの御前で殺すような真似はしませんが、死よりも辛い目には遭っていただきます。
蟲に相応しい、苦痛と絶望を。
……………………………………………………私は、
腐った空気を感じます。
マスターを忌み嫌う、汚らわしい蟲共の空気、そして臭いです。
跪かせる気すら起きない、消したくて堪らなくなる蟲共の巣窟。……連中がいなくなれば、あとは無関係な一般人が残るのみとなり、大分マスターに良い環境となるでしょう。
しかし、現実にはこうです。
此処の“正義”を掲げる連中が、マスターの事をどう思っているかなど知っています。
バレないようにしていますが、不服と言えば不服です。
なぜ、マスターが、マスターを狙う蟲共に、気を遣わなければならないのでしょう。
なぜ、マスターが、マスターを狙う蟲共から、身を隠さなければならないのでしょう。
此の土地はマスターのものです。自分の土地を闊歩するのに、何故イチイチ身を隠さねばならないのか……一般人がいるから、ではありません。
一般的世間の中では、私もマスターも無名。
そこらを歩いている青年Aと従者Bです。
確かにメイド服は珍しいかもしれませんが、異国の者も珍しくない此の学園都市では、目立ちはしますが不自然ではありません。
……………………………………小生意気な事に、蟲共は一時期マスター(と私)を手配しました。
ですが、其れはとっくに解除され、同時に罪も消えています。
いえ、
にも拘らず、マスターを敵視する蟲の多い事ときたら、もう呆れしか出て来ません。
おまけに、マスターが此の土地を保有しているのは合法です。明治時代から保有し続けていますし、手続きも手順も万全です。当然、此の国の法律と照らし合わせても、文句を言われる筋もありません。
貸す以上は賃金を要請するのも、色々と条件を付けるのもごくごく当たり前のことです。
私も、わざわざ蟲の巣をつくるために、此の地を手に入れたわけではありません。無償で蟲に、譲るわけが無いでしょう。
大体其処まで、マスターの土地で暮らしたくないのなら、さっさと出て行ってほしいものです。若しくは、合法的に金を積んで購入すればいい事です。
所有者が気に喰わないから、土地を奪おうとするとは……どこまでも短慮で低脳。
所詮は蟲です。
正義だ何だと喚く前に、自分達が強盗扱いされている事にも気付かない。
マスターの御前に出すには、あまりにも下等すぎる存在です。
おや、あれは……。
マスターと一緒に本屋に入っていた私は、ふと窓から外を見ました。
此の本屋は、車が通行できる程の大通りに面しているのですが、其処から黒塗りの車が数台、道路を走っていました。
普通、学園都市内とは黒塗りの車が列を組んで走っていれば注目を浴びそうですが、流石認識障害が、鬱陶しい程緻密に展開されている麻帆良学園都市と言うべきか、気にもとめられていませんが——。
「マスター、御取り込み中のところで申し訳ありませんが、あの車の列を御覧ください」
「うん?…………………なんだアレ、首相でも来ているのか?」
雑誌から顔を挙げ、マスターは首を捻ります。
「全車防弾仕様、おまけに魔力障壁も張られております」
「……つまり、
「おそらくは」
呆けた様にアレらを見つめるマスターに、私は思わず微笑みそうになってしまいましたが、何とか堪えました。
……暫くして、マスターはお気付きになられたのか、私の方を見ます。
「……なぁ、ハク。僕の記憶が正しければ、の話だけどさ……先刻の車が向かっていった方角って……」
「はい、マスター
校舎や研究施設とは、真反対の方向です」
「…………………………どう思う? ハク」
「視察とかではないと思われます。それにしては穏やかではありませんし、乗り込んでいた蟲共の雰囲気が、完全に“
此方に攻撃を仕掛ける腹かもしれません」
「向こうに、其れが可能な戦力なんてあるのか?」
「まさか。乗り込んでいるのは、全車合わせて三〇匹が精々でしょう。大した実力者もいませんでした。
……それにしても、軽装ですね」
「へ? 軽装?」
「ええ。マスターも御存知の通り、麻帆良と——もう此の際、外麻帆良と呼びますが——外麻帆良との間には、蟲共では到底打破不可能な結界が張られています。
如何な低脳な蟲でも、それくらいは知っているはずです。
にも拘らず、連中は重装(重魔法装備)ではありませんでした。大火力のものも持たず、個人携帯用のモノのみです。数個軍団の攻撃でも罅一つ入らない結界相手には、あまりにも役不足です」
私が説明すると、マスターは「成程」と頷きました。
「つまり、無謀ってことか」
「馬鹿ともいえます」
「或いは、本当に知らないのか……超がつく程の自信家か」
「如何致しましょう?」
私が聞くと、マスターは少し考え込むような仕種をしました。
「ハク、今の時間は?」
「はい、マスター。午後四時一九分三八秒です」
「……どの道、夕飯は家で食べるつもりだったし、あらかた買いたいものも買ったし……そろそろ、良いかな」
「畏まりました」
私はマスターに、深々と一礼するのでした。
御任せください、マスター。
全ては、マスターのために。
マスターのためだけに。
「くそっ……」
世界に平和と秩序の構築を目指し、誇り高き“正義の魔法使い”を自称する彼らは、正義を司る者が使うには、あまり上品とはいえない仕種で舌を打った。
学園の最高責任者である学園長に悟られぬよう、わざわざ車と言う
その目的は単純だった。
麻帆良の支配者とも言える男——綺羅川 榛名の排除である。
麻帆良学園都市の土地は、余すことなく借り物であった。
世界樹を含め、此の土地は魔法組織が居を構えるにはうってつけの土地である。
其処に、メセンブリーナ連合は目を付けた。
が、思いがけない事が起きた。
麻帆良と呼ばれている地域一体、世界樹や近隣の山地、川、湖沼に至るまで、全てが私有地になっていたのだ。
その事に後から気付いた連合は、地団駄を踏んで悔しがった。
当時は、大日本帝国も土地整理・地域整備に明け暮れていたが、まだまだ介入の余地はあった。
さらに、時の政府(明治政府)も盤石の地位にあるとはいえなかった。これまで長州藩や薩摩藩のみを支配していた彼らに、いきなり列島全土を支配するには無理があったのである。明治大帝の傘があろうとも、だ。
近代化も、万事上手くいったわけではない。江戸時代のシステムより、土地の私有システムは大分変わった。藩も消滅し、県が設置された。混乱するのも当然だろう。
しかし、私有地となった以上は、いくら明治政府相手に交渉しても意味が無い。
しかも、土地所有者の名前などははっきりしているものの、結界が敷かれ、土地には入れない。
結局のところ、“土地”とは人類共通の資本などではなく——“早い者勝ち”なのだ。先に領有を宣言し、然るべき手続きを取ってしまえば、第三者が介入することは難しくなる。
手っ取り早いのが、武力による侵入だ。
アメリカがスペイン領フィリピンなどを戦争で奪った時と同じように、“勝者”にさえなれば、どんな我儘でも通る。
しかも連合は、その侵略行為を“善意”としている。
——————————————田舎風情の連中が、連合に土地を接収されるという栄誉を与れるのだ。寧ろ、望んで自ら差し出すべきだろう……と。
彼ら麻帆良勢も、その思想の持ち主だった。
しかし、椅子取りゲームに勝利した綺羅川 榛名は、図々しくも、麻帆良の土地を貸す際、莫大な金を要請した。
それは、日本や旧世界の常識からすれば、ごくごく自然な行為だ。
が、麻帆良勢や連合の考えは違った。
—————————————麻帆良は連合傘下、関東魔法協会のものとなるのだから、日本の法など知るか!
そう言わんばかりの態度だった。
正義を護る我らの足元を見て、荒稼ぎをしている……視野の狭い連中の榛名像は、このようなものだったのだ。
しかも、彼は交渉に訪れた使者を殺害している。
いくら戦争終結に貢献した(らしい)としても、犯罪者の手配が解除されるなど間違っている。法で裁かない限り、犯罪者は何処まで行っても犯罪者だ。
しかし、彼らの意見は正しくもあったが——それ以上に、間違っていた。
彼らが心酔している“正義”と“法”という
そして、彼らはもう一つ、致命的な間違いをしていた。
つまり、相手の力量を——。
「……困ったのう」
麻帆良学園女子中等部にある、学園長室。
そこに、人間離れした風体の老人が、腰を下して頭を抱えていた。
先刻、彼の元に情報が入った。
魔法世界から派遣されてきた新人教師ら三〇人が、四肢切断、全身の骨が折られ、神経が切られ、脳と心臓と肺を除く全ての器官が潰され、両目と両耳と鼻を無くし、さらに顔中を余すことなく殴打されて、極めつけに、木に一人一人“大きな杭”で縫いつけられた状態で、発見された。
場所は、麻帆良と外麻帆良の境界線。
さらに現場には、彼ら全員が助けられるだけの
そして、彼らが麻帆良の“主”を襲撃しようと計画を練っている映像や資料、移動ルートなどのデータもまた、御丁寧に電子データ化されて、麻帆良のメインコンピュータに送られてきた。
そして、賠償として、本年度の賃貸料を三パーセント増額するとの記載、いや“命令”が、同じく電子データとして添付されていた。
応じなければどうなるかは、嫌でもわかる。
例の三〇人は肉体的には死ななかったが、寧ろ完璧に五体満足で治療されたのだが、精神的には完全に壊れていた。
最早解雇し、本国の精神病院に送り込む他、選択肢はない。
相手側に文句を言うわけにもいかない。此方側の一部が暴走した事は、証拠として送られてきている。それは、学園長から見ても、水滴一粒程の抜け目も無いものだった。
そして此れは、「同様のデータを何時でも連合元老院や魔法世界各国・旧世界各国首脳部、果てはマスコミにまでリークできる」という“脅し”でもある。
もし、唯でさえ多い賃貸料が、此方の暴走で上乗せされたとあれば、麻帆良首脳部が責任を追及されるのは勿論、暴走した部下も抑えられない麻帆良とその上層部である連合が、満天下に恥を曝すこととなる。
いや、それ以前に、
一部では、『紅き翼』すら
麻帆良は壊滅する。少なくとも、“裏”に
こんな事が、何度も起こされては堪らない。
「やはり、このままでは……いかんのぅ」
学園長は、小さく呟いた。
本作は基本的に榛名視点かハク視点。
たまに第三者視点か、榛名・ハク以外の一人称視点で構成していくつもりです。
『狐と兄』シリーズでは、なんだかんだで第三者視点が増えてしまい、その反省も兼ねています。
第三者視点は止めてほしいとか、そういう要望があったらお願いします。
御意見御感想宜しくお願いします。
〜おまけ ハク語辞典〜
・むし‐ピン[蟲ピン]名
蟲駆除用の全長三メートル前後、四角錐状の形をした巨大な杭。絶対に壊れない金属で造られており、ハクが許可しない限り、一度打ち込まれると決して抜けない。また、生物に打ち込んだ場合、その生物をそのままの状態で“保存”する事が可能。要するに、この杭を打ち込まれている間は、どれだけ血を流し続けても決して死なない。が、感覚はあるため、苦痛などは感じる。ハクはこれを自身の影の中に、数億本以上保管している。ハクが最も好んで使う“道具”でもある。ホーミング性能も有し、通常は投擲、或いは直接打ち込ませるなどして使うが、剣の代わりにもなる。ちなみに最大射程約二億キロ(地球〜太陽間の距離より少し長い)、最大追尾時間八〇年強、最大連続射出数三七億本(毎分)、障壁突破効果有り。