ハクの情報収集についての話。
あと、ハクがアスナをどう思っているか……。アスナファンの方々は憤激するかもしれませんが、其処は御許しください。
第弐拾話 カノジョの世界情勢把握と情報漏洩
七面倒とはこのことです。
いえ、面倒など私にかかれば、有って無きがものとなりますが、精神的にという意味です。
マスターの御世話は当然、面倒ではありません。
アスナの教育も、分身体に丸投げしていますし、彼女はかなり優秀です。あらゆる
駒が増えることは、良い事です。それが使える駒なら尚更です。
“矛盾”という言葉が有る通り、此の世に完璧な“無敵”など存在しません。
無敵の矛も無敵の盾も、それは限定された条件内での“無敵”に過ぎず、その程度では、マスターを完璧に護る事など敵いません。
例えば私は、我ながら万能だと自負していますが、交渉するのが苦手です。マスター以外と話す事も、碌に出来ません。したくありません。
何でもかんでも強行手段で解決するのは、マスターの望むことではありません。よって時には、マスターと比べるのもおごましい蟲共と、
例えば麻帆良学園都市。例えばメセンブリーナ連合。例えば関西呪術協会。
マスターから周囲の目を逸らせられる存在は、多ければ多いほど良いのです。
だからこそ私は、アスナを鍛えているのです。唯、マスターのためだけに。
それにしても、七面倒なのは麻帆良学園都市側の対応です。
以前、学園若手教師を中心として行われた襲撃は、とっくに解決しています。
ですがここ最近、あの蟲共の鬱陶しさに拍車がかかって来ているのです。
具体的に説明しますと、連中は少人数の部隊を結界付近に送っては、調査や測量をして引き返します。
私の結界は神力や妖力、自然力など魔力以外のエナジィにも依存しており、それらはサイクルによって恒久的に供給され続けます。
要するに、蟲共に解明できる程、ヤワな術式は組んでおりません。
それでも、マスターと私(+α)が暮らす土地付近でこそこそ嗅ぎ回られるのは、この上なく不愉快です。
しかも連中は、散々こそこそ嗅ぎ回った挙句、すぐに帰っていきます。
つまり、
挑発のつもりでしょうか?
だとすれば、あまりに低脳すぎます。鬱陶しいほどこの上ありませんが、とはいえ、殺したいとも思いません。
正確には、殺意すら沸く気になりません。
時が経てば経つほど、マスターの素晴らしさと蟲共の低俗さを知ります……やはり、世界はこの程度の存在です。
不快ですが、調べぬわけにはいかないようです。私の
蟲籠の中の蟲を“
世界というのは、常に水物である。
しかし、そのような表現は、綺羅川 ハクには当てはまらない。
彼女は、世界情勢の大半を確実に知る事が出来る。
何故か。
それは彼女が世界中(魔法世界・現実世界問わず)に、分身体を放っているからだ。
そしてその分身体は変化し、世界各国・各機関に潜入している——わけではない。
確かに潜入すれば、其れなりに情報を得ることが出来るだろう。
しかし、結局は“其れなり”でしかない。さらに上手く潜り込めたとしても、都合良く
組織に於いて、あらゆる情報を好きに出来る役職や立場など限られているからだ。
そして、此れが最大の理由なのだが——潜入した以上は周囲の信任を得るため、ある程度は他者と接触しなければならない。
洗脳すれば問題無いのだが、洗脳するくらいなら、潜入などしなくてよい。
ハクにとって、
それは、彼女の分身体にとっても同様だ。変化すれば、その姿やモデルとなった者にある程度性格が近付くし、価値観や思想も若干変わる。が、根底——
仮に変わったとしても、その分身体は真っ先に“欠陥品”として処分されるだろう。分身体は何処まで行っても分身体である。
ハクにとっては分身体はおろか、自分自身ですら
だから
そんなものに、存在する価値など微塵も無い。それが、ハクの持論だった。
其れは兎も角、ハクの分身体は何をしているのかというと——
空気のように、さり気無く、誰にも見つかる事も無く、そこにいる。そして、対象の組織或いは国全体を唯々見ている。
分身体とは
一人が唯“見る”だけで、大抵の事は把握できる。
そしてハクは、その行為を“観察”と呼んでいた。
蟲籠の中で鳴いている
ハクにとっては、文字通りの意味での“観察”なのだ。
分身体は
そしてそれらの情報は、全て
無論、情報管理・選別の真っ最中でも、ハクは決して本来の任務——つまり
集めた情報をどうするかは、ハクの匙加減の問題だ。
勿論、
ハクが
ハクがする予定だった“対処”とは、要するに——何の見境も無い、理不尽なまでの“徹底駆除”だったからだ。
求める情報は、三秒とかからず私の頭の中に届きました。
ですが、遅い。遅すぎます。
学園の蟲共が動き出す前に、手に入れておくべき情報でした。
あの分身体は欠陥品ですね。後で処分し、代わりを置いておくことにしましょう。
それにしても、此の内容は————。
「……………………………あの
ため息をついて、マスターを見つめ直します。
マスターの御前でため息をつくなど、普通はしません。そんな愚かしい真似は、マスターの従者に似合いません。
そのような愚を犯してしまう程、呆れかえってしまったのです。
「ハク? 何かトラブルか?」
「いえ、些事ですが、些か事が大きくなるかもしれません」
「……と、いうと?」
「連合に、アスナが国外脱出したことがバレました」
「…………………………………ガトウさぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!!!!!!!!!!!」
途端にマスターは本を投げ捨て、立ち上がって吠えました。
「……敵襲? ガトウ?……ガトウ、敵?」
ドアからアスナが顔を覗かせ、キョロキョロと周囲を見やりました。
ええアスナ、正解です。許されるのなら、今すぐあのエセ捜査官を殺しに行ってやりたいです。マスターの心を乱すとは……信じ難い、許し難い、度し難い愚行です。
耄碌が始まりましたか……いえ、最初から低脳な蟲でしたね。
「何してんだぁあの人はぁあああああッ!
血眼になって捜して、手中に収めようとするに決まっているじゃあねぇか!!!! 魔法世界中を人質に取れるぞ!!」
マスターはソファから離れ、大股でテーブルの周囲をぐるぐる回った後、私を指差しました。
マスターにしては、落ち着きの無い大仰な態度。
マスターは、いつもパフォーマンスを欲するような性格ではありません。さらにこのような、パフォーマンスの必要性など皆無の場ですることなど、ナンセンスも甚だしい事です。
いつものマスターなら、絶対にしません。
……キュンときます。
「ハク、何処からどうやってどのように漏れたんだ!? いや、忘れてくれ、そんなことはどうでもいい! それって、アスナが此処にいることもバレているのか?」
「いえ、其処までは。流石にあの蟲も、アシがつかないようにしたのでしょう。バレる可能性も、ほとんど無いでしょうが……簡単な帰結の結果、安心してられません」
「……そうか、此処に匿うのが一番確実だ。連合だって莫迦じゃあない、思い付く者がいて当然か……」
「蟲の考えることは、他の蟲でも思い付くでしょう。其の為か連合は、真偽を確かめようとしているようです」
「真偽? 調査するということか?」
「はい。無駄な行為ですが。アスナの気配や魔力の遮断は、結界により完璧に行われますし、アスナ自身にも気配・魔力の隠匿を叩き込みました。
存在が最重要度の機密事項であるアスナにとっては、其れが至上命題ですので。
万が一バレて、マスターに御迷惑をかけるわけにはいきません」
「………うん。絶対絶対絶対ゼッタイ、悟らせない」
アスナを睨むと、アスナはコクコクと頷きながら震え上がりました。
此の子蟲はマスターの盾となると同様に、マスターの周囲に蠅を
つまりは
マスターの負担となるのなら、此の蟲はすぐに消します。
しかし、そうなればマスターも悲しむでしょう。
ですので、そのような事態を避けるために、アスナには、自身を隠匿するための術を、真っ先に叩き込みました。
やり方ですか? やれるまでしごいて、やれなかったらノルマを与えるだけです。————私のサンドバックになるという、何とも軽いノルマです。
出来れば私も、サンドバックになどしたくありません。アスナの肉体は常人よりはるかに頑丈ですが、子蟲は子蟲なので、ふとした拍子に潰れかねませんから。此方としても、調節が面倒なのです。
マスターのためには、仕方が無い行為なのです。
アスナもマスターの安全に繋がるのですから、甘んじて受けるべきでしょう。
其れは兎も角、蟲共から、何かアプローチがあるかもしれません。注意しなくては。
取り敢えず、あのガトウとかいう蟲は、千分の九九九殺しですね。
注)竹節蟲……ナナフシ。擬態が上手いナナフシ科ナナフシ目の昆虫。捜査官が時には敵陣に潜入して捜査を行うことから、ハクが捜査官ガトウをこう呼んだ。
大学の知り合いと昆虫の話をして、昆虫標本を作った人が私以外ほとんどいなくて、昆虫の名前を知っている人が少なくて仰天しました。
ナナフシって、そんなマイナーなのかな……。
王国の内乱には、連合が一枚噛んでいます。其処からアスナ姫の不在がバレた、と。後はガトウさんのミスです。
ガトウさんの御冥福をお祈りしております。
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