今回より原作突入します。
第弐拾漆話 娘と英雄の娘の出迎え
「失礼します。綺羅川 明日菜、入ります」
ノックをしてから、扉の向こうへと呼びかける。
「近衛 木乃香、失礼します」
後ろにいる木乃香もそう言うと、即答に近い形でOKが出た。
扉を開け、執務机に座っている学園長を見る。
「お呼びでしょうか、学園長」
「うむ。実はのう、明日、此処に新任の教師が来るのじゃ」
「教師、ですか?」
私たちは今、女子中等部二年生だ。そして明日は三学期の始業式となっている。
私たちは寮生活だから、大半が学校が始まる一週間前には実家から
それに、部活とかあるいは単に面倒だからとかの理由で、長期の休みを寮で過ごす人も珍しくはない。
私と木乃香もその例に洩れず、一週間くらい前に寮に戻ってきた。片づけやら買い物やら宿題のチェックやらでごたごたしつつ、ようやく落ち着いたのが
あとはまぁ、のんびり本でも読んでようかと思っていたけど、私たちは学園長に呼び出されていた。
いや、正確には学園長の孫の木乃香が呼び出され、
「二人には、その先生の出迎えを頼みたいのじゃよ」
「何でですか? そんなもの、教師や事務員の仕事では?」
「忙しくてのぅ」
忙しいはないだろう。
何のための学園都市だ。学園関係者なんて腐るほどいるだろうに。
「……それで、どういう人なん?」
木乃香が聞いた。
「ちょっと時期が中途半端すぎやせぇへん?」
「此の子じゃ」
黙殺。
そして資料を渡される。“資料”といっても、名前と性別、年齢が書かれたB5の紙に、顔写真が添付されているだけ。
資料というより、メモと言ったほうがいいかもしれない。書かれている字も手書きで、御世辞にも丁寧とはいえない字体だ。
一瞥して、私は体がぐらりとゆれるような感覚に陥った。
[ネギ=スプリングフィールド]
咄嗟に木乃香を見ると、彼女も少し厳しい顔つきになった。
スプリングフィールド?
ナギの息子……アリカ女王の息子?
私と同じ、王国の血を持つ子?
…………………………冗談がきつすぎる。
王国に未練がないと言えば嘘になる。
道具として使われていたから、ロクな思い出もない。私は悠久の時、ずっと孤独と罪悪感に耐え……てはいないか。
ロクに感情も持たない、廃棄寸前のマネキンだったのだから。
でも、あそこは私の
榛名が言うには、ナギやアリカが行方不明になってからは、殆ど名だけの“王国”になっているそうだ。実際は暫定政府(代理政府)の下に統治され、連合と帝国の傀儡となっている共和国。
……………そのことについては、今更どうしようとも思わない。
ハクが魔法世界のエネルギィ源を火星そのものに組み替えた以上、魔力の枯渇など起こりようがない。魔力そのものが使われていないのだから。
だから、私の魔法無効化能力は、魔法世界の救済に何の役にも立たなくなった。
表向きは、全く変わっていないけど。
でも、私はもう綺羅川 榛名の娘、綺羅川 明日菜だ。
アスナ=ウェスペリーナ=テオタナシア=エンテオフュシアじゃあない。
だから……今更ナギの息子なんて、来られても困る。
流石に一応私の血族だし、邪険にしたりはしないけど。
……表向きには、唯の他人だ。
……ちょっと待った。
「学園長……先程、
「問題あるかの?」
大アリだ。
惚ける学園長を見て、心の中で舌を打った。
私は表向きは一般人だ。でも、学園長は、私の正体に感付いているはず。
そもそも
でも、タカミチはハクがしっかり釘をさしていたし、それ以前に私や刹那、子日には強力な認識障害etcがかけられている(無論、かけたのはハク)。
それは逆にいえば、知っているのはタカミチと学園長だけだということ。
西の刀子先生は、私が“綺羅川”の人間であるということは知っているだろうけど、流石に魔法世界の姫だとは夢想だにしていないだろう。
そんな私、それに家族の面々、木乃香————こんな
「子供が教師……おまけにまだ、数えで一〇歳じゃあないですか。幾らなんでもこれは……」
「おじいちゃん、どういうつもりなん? そもそも、何でこの子をウチらが出迎えねばならんの?」
「当然、いきなり正規職員にするつもりはないから安心せい。まずは研修をしてもらうつもりじゃ」
「……研修としても、これは……ひょっとしておじいちゃん、日教組(日本教職員組合)にでも喧嘩を売るつもりなん?」
木乃香が呆れたように溜息をつく。
彼女もまた、表向きは一般人だ。しかも私と違って、学園長に知られていない。
此処で「英雄の息子が何しに来たんだ」などとは言えない分、木乃香としては一般論——正攻法で攻めるしかない。
そして、その木乃香の隣にいる私も。
……無駄骨に終わったのは、言うまでもない。
何しろ、もう決定事項なのだから。
……短慮だ。
何処の誰だか知らないが、短慮すぎる。
ナギとアリカは息子と暮らしていたはず、何とも思わなかった?
…………………いや、止められる手段なんてなかったのか。動けないだろうし。
何しろナギはアリカと結婚してしまった。今は其れが秘匿されているけど、世間に公表されたらナギ、そしてその息子もウェスペルタティア王家に名を連ねることになる。
特に、息子は普通に考えれば王家の後継者と認識されるだろう。
そうなると、彼らの存在は……王家転覆を狙う王国の人々、そして王国を裏から握ろうとしている連合からしてみれば、邪魔でしかない。
…………………こんなときに、ハクから鍛えられた頭が役に立つとは。
勝手に回転してしまう自分の頭が憎い。
現実逃避したくて仕方がない。
……………………そんな息子が麻帆良に来たら、それこそ良からぬ連中が餌に引き寄せられるようにやってくる。
一般人がいて、子供もいて———————————————————何より、榛名とハクがいる此処に。
そんなことになれば、ハクは……「此の子蟲は餌にしかなりませんね。それも害蟲の……消しましょう」とか何とか言うに決まっている。
……止める? ハクを?
無理無理無理無理無理無理、死んでも無理。天元突破しても、逆立ちしても、北半球と南半球が逆になっても無理。
あの人を一秒止めている間に、私は軽く三〇桁は殺される。
いや、それでも止められない。多分、あの人の足の動きをコンマ一秒止められたら、それだけで私は自分を褒めちぎりながら血の海に沈むことになるだろう。
ハクを止められるのは、榛名だけ。
その榛名にしても、ネギをかばう理由がない。
「子供を殺すな」くらいしか言わないだろう。
……………………それはつまり、
いや、いやいやいやいや、ちょっと待て。落ち着け綺羅川 明日菜。
本当にハクがナギの息子……もうネギでいいか、ネギを始末するつもりなら、そもそも麻帆良に入れないだろう。
ハクの分身は、文字通りの意味で世界中にいる。
そしてネギは、
イギリスから日本までの移動ルートで、ハク(の分身体)がネギを探し出して始末するなど、東京の都心で信号機を探すのと同じくらい簡単だ。
もし、本当にネギが麻帆良に来たら、それはハクが容認したこと……少なくとも即殺するつもりはないということだろう。
「まったく、関東は何を考えておるんや! ウチのクラスの副担任に『
それで、先程から木乃香が激怒している。
それはもう、いつもの大和撫子も裸足で逃げ出すくらいぽわぽわした雰囲気など、水平線の彼方にブン投げてきたかのようだ。
「あとでおかあさ————いや、関西呪術協会長代理に報告してやるわ!
唯でさえ一触即発なのに……ガソリンタンクに松明放り込むような真似、してくれおってからに————」
木乃香の言葉遣いはかなり荒い。
当たり前のことだ。
東と西は、それはもう、千切れかけた藁のような友好関係を結んでいる。そしてその藁が完全に千切れれば、待っているのは魔法と呪術の応酬——戦争だ。
そしてそれに、一般人が巻き込まれない保証などどこにもない。
「まぁまぁ、このちゃん」
刹那が宥めるように木乃香の肩を叩く。
その表情には、苦笑と諦観がありありと見受けられた。
「英雄の息子だろうが、要は無視しておればいいのでしょう? なら問題ない、世話を任されるよりかはずっとマシです。
担任は
「刹那……最近、ハク以上に榛名に似てきてない?」
「最近わかってきましたからね。
お父様と幸せになるか、
そう言って、刹那はシニカルな笑みを浮かべたまま肩をすくめた。
現在、私たちは駅の前にいる。時間は例のナギの息子が来る……予定の一〇分前だ。
ちなみに、認識障害結界や遮音結界その他諸々をを敷いているから、今にもちゃぶ台返ししそうな剣幕の木乃香や、「暇だ」と言って平然と真剣を抜いて素振りする刹那を見られることも聞かれることもない。
ちなみに私は、そんな二人を見ながらボーッと街の喧騒を眺めている。
「ほら、そろそろ来るかと————」
「あ、来た」
私が視線を向けると同時に、刹那が結界を解除する。
目の前でキョロキョロしているのは、何と言うか……そう、フルートを仕舞うような長方形のケースを背負い、車輪がついた旅行鞄をカラコロ引き摺っている赤毛の少年だった。
懐に仕舞ってあった写真と見比べ、私たちは少年の下に向かう。
流石に、本人を怒鳴りつける気はないのだろう。木乃香は既に、ぽわぽわしたいつも通りの微笑を浮かべ、刹那は凛々しく顔を引き締めている。
私? 鏡を見てないからわからないけど、おそらく無表情だろう。こういう性分なのだ。
「もし、君は、ネギ=スプリングフィールドですか?」
刹那が話しかける。
すると、少年はかしこまったように直立不動の姿勢になり、頭を下げた。
「はい、ネギ=スプリングフィールドです。麻帆良学園に教師として赴任してきました」
ネギは副担任候補として研修予定。無論、原作通り試験に合格すれば正式に副担任になります。
担任はタカミチのまま。
ネギは原作よりかは秘匿を意識しています。そのため、長方形のケースに杖を仕舞い、旅行鞄に魔法具やらなにやらを詰め込んでいます。
さらに、麻帆良に入った時点で障壁を切っています。
但し、重い荷物を持つために身体強化は使っています。
御意見御感想宜しくお願いします。