前半明日菜視点、後半刹那視点。
此の二人はセット扱いが多いと思います。それに、子日や木乃香がプラスされます。
第弐拾捌話 娘二人の動揺
ネギを学園長室に送り届けた後、私たちはさっさと退散して教室に向かった。
廊下を歩いている最中、刹那がこんなことを言ってきた。
「ハク様は、何を考えているのでしょう?」
その顔は、無表情としかめっ面と当惑の表情を足して三で割ったような感じになっている。
勿論、刹那は口を開く直前に認識障害やら会話内容変換やらの結界を展開している。
まぁ、秘匿を意識するなら常識だろう。
…………
「
「さてね」
刹那の意見に対する私の答えは、自分から見てもそっけないものだったが、仕方がない。
私自身、かなり混乱しているのだから。
念話で教室にいるはずの子日(彼女は二年一学期の時に私たちのクラスに転入してきた)に状況を知らせながら、私は刹那へ振り向く。
「ここでああだこうだ言っても推測の域を出ないだけ。言ったところで仕方がない。
少なくとも、あのハクが全く知らずにナギの息子を見過ごしたとは到底考えられない」
「正論だが……聞いたところで、答えてくれるとも思いません」
ふぅ、とため息をつきながら、刹那はこめかみをトントンと叩いている。
「ハク様も麻帆良に教師か生徒として潜入していてくれれば……まだ良いのですが」
「せっちゃん、ハクさんに、そないな期待するだけ無駄やで?」
後ろの二人の会話を聞きつつ、心の中で同意する。
いつも、ハクは周囲を“観察”している。
それはあくまで“観察”しているだけだから、感情が籠ることもない。監視カメラに見られているのと同じようなもの。
だから、私たちにもハクの視線や気配を感じ取ることはできない。
だから、怖い。
木乃香は兎も角、仮にも一〇年ほどずっと一緒に暮らしている私と刹那を見る時でさえ、ハクは感情の一つも持たない。
ハクにとって、私たちも一緒。
蟲。
ハクがそう呼んでいる、榛名に害を与える存在。
それに、私たちも含まれている。
私たちが平然と生きていられるのは、榛名が私たちを気にかけてくれているから。
でも、ハクにとって————榛名に隠れて私たちを始末し、榛名の頭から私たちに関する記憶や痕跡を消すことなんて、それこそ造作もないこと。
それを実行しないのは、単に榛名の意思を優先しているだけ。あの人に、私たちへの配慮など微塵も無い。
しかも、ハクは榛名以外の人間と接触することを極度に嫌う。
だから、変化して麻帆良に潜入するようなことはしない。それ以外にも理由はある(らしい)けど。
つまり、ハクに頼むのは無い物ねだり。それも危険な賭けでもある。
…………それでも、刹那の言うことにも一理ある。
「もしかしたら……」
情報の流出を恐れた?
私たちの反応を自然なものにしたかった?
学園側の対応を見たかった?
それとも、唯の嫌がらせ?
或いは—————
「まさか、ね」
私は小さく呟いた。
そう、幾らなんでもこの考えはないだろう。
………………
観察眼は、私より真名の方が優れています。
そう判断した私は、ネギ先生の歓迎会を終えた後に寮室で真名に話しかけました。
「どうで……どうだろう、ネギ先生は?」
「才能はあるようだし、礼儀もなかなか様になってはいるね。外面に限れば、だが」
真名はなぜか御機嫌でした。
サムズアップしながら(どっちの意味かは判断しかねます)、笑顔で私を見ました。
「……どうしたんだ? やけに御機嫌じゃあないか」
「実は、この前榛名さんからこんなものを貰ってね」
そう言って、真名が胸ポケットから取り出したのは一枚のカードでした。
銀色の、見た目は何とも味気ないカードですが……私たちにとっては、かなり意味が大きいカードです。
「真名も貰ったのか?」
「と、いうことは、刹那もかい?」
「あぁ、ずっと前にな」
そう言いながら、私もポケットから同じカードを取り出しました。
真名の要望通り、長期休暇などを利用して、彼女はお父様とハク様に会うことになりました。
色々話をしたようですが、結構仲が良くなったようです。
元々彼女は傭兵です。「優秀な傭兵は軍の憲兵以上に鼻が利き、命の捨て所や誰につくのがビジネスチャンスに繋がるかをわきまえている」————とハク様も言っていました。
後から聞いた話によると、真名はハク様の殺気にひるんだものの、臆せずにいたようです。
……私ですか?
すでにトラウマと化しているため無理です。同じ土俵にすら立てませんよ。
小さい時からボコボコにされていれば、そうなります。
そんなこともあってか、私たち綺羅川一家と真名は良好(?)な関係を築いているわけです。
そしてこのカード、私たちはそのままの意味で“
もっというと、これはお父様の“絶対防御”の能力が籠っているカードです。
詳しい仕組みは私にはよくわからないのですが、バッテリー式で最大一〇分間、お父様の“絶対防御”と同じモノがカードを保持している人に展開されます。
名前の通り、いざという時のための御守りです。
「話を戻そう、ネギ先生の件だが……今は何とも言えないが、我がクラスの副担任に就任したのは……あまり良い兆候とは言えないね」
笑顔から急に真面目な表情になり、真名は目を光らせました。
「麻帆良と連合の真意はある程度推測できる。いや、連合がネギ先生の麻帆良行きを容認するとも思えないから、麻帆良の独断か……本当に偶然か。
兎も角、私じゃあないが、此処は静観が得策だね」
「静観?」
「良いかい、刹那。
麻帆良は言わずもがなだ。榛名さんや君たちにむやみに関わればどうなるか、わからないほど莫迦じゃあない。
対して君たちだってそうだ。君たちが麻帆良にちょっかいを出しても、面倒事を増やすだけとなる」
「それはその通りだ、言われるまでも無い。言われるまでも無いのだが……現に麻帆良は、私たちどころかこのちゃんにも手を出しているじゃあないか」
「問題はそこだ」
私の反論に、真名は大きく頷き返して「我が意得たり!」といった表情になりました。
「これは私が仕入れた情報なんだが……ほんの少し前、
「問題、とは?」
「ネギ先生の住居さ」
当たり前の話ですが、ネギ先生がメルディアナ魔法学校の卒業試験として麻帆良で教師をすることは、ずっと前から決められていたことです。
当然、麻帆良学園もネギ先生の受け入れ用意に奔走することになったようです。
「噂では、一時期ネギ先生を明日菜と木乃香の部屋に同居させようとする考えもあったらしい」
「…………………はぁーッ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげ、我ながら間抜け面で真名を凝視してしまった私は悪くないと思います。
「信じ難いだろが、本当だ。まぁ、流石に綺羅川家が動き出して、西も目を光らせ始めた以上は取り止めになったそうだが。
ネギ先生は、職員寮で高畑先生と同居するそうだよ」
「そ、そうですか……」
あ、頭が痛いです…………ついでに胃も。
「あまりに短慮。あまりに不用心。あまりに無謀。
何か思惑がないか勘ぐらない方がおかしいだろう?」
「確かに……」
「つまり、学園側には何か隠された目的・思惑があるのではないか……ということさ。
まぁ、何にしても、無謀なことには変わりはないけどね。
高畑先生も学園長も良くやるよ。私は、龍の巣に手を突っ込む趣味はないからね」
「その目的がはっきりするまでは、迂闊に動くのは得策ではない……と」
私はなんだか急に憂鬱な気分になり、ベッドに倒れこみました。
ああ憂鬱です。三学期の初っ端から憂鬱です。
取り敢えずお父様に伝えるため、私はポケットから携帯を取り出したのでした。
真名の推測は、あくまで真名自身の推測の域を出ません。仮説ともいえます。
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