桜通りの吸血鬼編、一話目。
結局数話かけてやることに。
今回は言わば出撃編のような感じで。本格的に始まるのは次話以降です。
第参拾壱話 娘たちと夜の帳
テストが終わり、進級……3−A生徒となりました。
あの後、ネギ先生やクラスで成績上位の連中が奮闘し(地味に私も含まれているのですが)、我がクラスは学年一位を獲得しました。
「“桜通りの吸血鬼”?」
「ああ」
寮屋で銃を磨いていた真名が、突然そんなことを言い出しました。
「近頃噂の都市伝説というか、何というか……まぁ、噂だな」
「噂か」
「噂だ」
小さくため息を零し、私は改めて真名を見ます。
傭兵の言う“噂”というのは、それなりの根拠というか真実味があるものです。
「……エヴァンジェリン=A=K=マクダウェル?」
「まぁ、そうなるな。少なくとも私は、件の
そう言って、肩をすくめる真名。
ちなみに今彼女が磨いている銃は、ハク様が彼女に渡した銃です。色々渡していましたが……絶対、(色んな意味で)凶悪な銃なんでしょうね。
まぁ、此れは依頼の前払いのようなものです。ハク様は真名も“駒”の一員に加える気満々のようですし、真名本人も満更ではなさそうでしたから。
……真名はお父様のことをかなり気に入っているようですし、お父様も私たちの友達に会えて嬉しそうでしたから。
お父様が真名のことを覚えている限り、ハク様は真名を消さないでしょう。
「すると、何か?
悪名高き『
確か今日、
「妖しさ一〇割だけどね」
「どういうことだ?」
私が尋ねると、真名はシニカルとも嘲笑ともつかない表情で天井を見上げました。
「考えてもみてくれ。
あの600年生きているとされる『闇の福音』が、吸血行為を学園関係者に見つかって、噂の的になるようなヘマをやらかすと思うか? 幾ら学園生徒や教師の多くが、彼女の正体を知らないからといって。
それに、もし『闇の福音』が本格的に動き出したとしたら、学園側のアクションがあまりに拙い——というよりかは、無さすぎないか?」
「成程」
言われて見ればその通りです。
私と明日菜の任務はこのちゃんの護衛。最近は、真名も雇って此れに協力してもらっています。
そのため、常に学園の動向については目を光らせていますが、今のところ、本格的に動き出した兆候は見られません。
ハク様なら何か知っているでしょうけど、あのハク様が私たちにすんなり情報を伝えるわけがありませんから、断言はできませんけど。
自惚れるつもりはありませんが、私たちに悟られずに本格的にアクションを仕掛けるのは、学園側にとっては相当骨が折れるはず……です。
ん?
「じゃあ、ガセということか?」
「…………ところがそうとも言い切れない」
「は?」
私が尋ね返すと、真名は首を横に振りました。その表情は達観したような苦笑したような表情でした。
「ネギ先生さ」
「ネギ先生がどうし————あ」
ポカン、と。
だらしなく口を開けてしまった私は、最近お決まりのポーズとなってしまったかのように頭を抱えました。
ストレス社会の弊害、というやつですね。
『闇の福音』は、英雄『
麻帆良にいる“関係者”なら、知っていてもおかしくない話です。
当然、私も知っています。
「怨恨……いや、解呪か。呪いを解くのに、かけたものの血縁者の血とは……随分と前時代的な発想だが、まぁ、千年前の解呪法だろうが、効果が無いわけではないからな」
「……だが、『闇の福音』の封印は、ハクさんがすでに解いたと聞いている。子日はそう言っていたが……」
「子日さんが嘘をついているとは言わないが、何しろ解いたのは魔法関係者達の間では『
……百戦錬磨で海千山千の
小首を傾げた真名に、自分の考えを説きます。
ハク様なら、解呪したと見せかけてさらに凶悪な呪いをかけることなど容易いはずです。
子日さん曰く「従者にとって『闇の福音』は兄さんから目を離させるための格好の囮」だそうです。確かに、それは間違っていないでしょう。『闇の福音』の復活は、学園にとっては足元に火がついたようなものでしょうから。
学園側は潜在的脅威である私たちや西のことは一先ず置いて、現在進行形で切羽詰まった脅威である『闇の福音』のことを優先せざるを得なくなります。
よって、お父様にちょっかいをかける余裕もなくなる。
それが、ハク様の考え(のはず)です。
でも、全てじゃあないし、ハク様と『闇の福音』との間に信頼関係などあるはずもありません。『闇の福音』は莫迦ではない。慢心はあるでしょうが、乗り越えた修羅場の数だけ、真名以上に鼻が利くでしょう。
ハク様と敵対すればどうなるか、そのデメリットくらいは想像できるはず。実際は、それを一京倍した恐ろしさですけど。
でも、完全に従うのはプライドが許さない。
つまり、妥協(屈服ともいえますが)しておいて、こっそりと独自に動く。
ハク様と『闇の福音』との協定は、解呪の代わりに綺羅川家に手を出すな…………とか、そういう話だったと思います。
別に、ネギ先生への攻撃を禁止したわけではありません。
ネギ先生の血を手に入れ、改めて完全に解呪できたかどうか確かめる。
怨恨も晴らせて一石二鳥————といった感じですかね。
「で、どうする? トントン拍子に進めば、今夜にはネギ先生と『闇の福音』が接触するぞ」
真名からの質問に返答する代わりに、私は携帯電話を取り出しました。
夜の帳が降りてきかけた頃、刹那から着信が来た。
「はい、明日菜。どうしたの?」
[あ、明日菜。時間、空いているか?]
「空いていなければ、作る」
そう言いながら、机に広げていたノートを閉じ、その上にシャープペンを放り投げる。
ベッドに転がりながら本を読んでいる木乃香をチラリと見つつ、私は刹那の話に耳を傾けた。
「エヴァンジェリンが、動いている……と?」
[ああ。しかも、学園側は今のところノータッチだと思う。大かた、ネギ先生に実戦訓練でも積ませようというのだろうな。或いは“戦果”か]
「思い切ったことを……」
口に出して、些か呆れた。言葉にしてみると、それがトンデモないことだということがよくわかる。
才能があろうが『英雄の息子』だろうが、一〇歳の子供を『闇の福音』と戦わせる?
冒険を通り越して暴挙だ。
エヴァンジェリンは、確かに強い。
特に、復活している今は。
だが、ブランクというものがある。一五年間封印されていて、いきなり全盛期まで盛り返すのは厳しいだろう。
今なら、いや、全盛期の状態だとしても、学園長とタカミチ、そして麻帆良の全戦力をかき集めれば、玉砕覚悟で
なのに、動かない。まきちゃん(佐々木まき絵)が吸血されたのは、魔法関係者からすれば一目瞭然だ。そして、麻帆良で吸血行為をするものと言えば唯一人、エヴァンジェリンだけだ。
学園長が何も知らないわけはないし、周囲の魔法関係者も感付いているはず。
だけど、動かない。学園長が説得して抑えているのか、或いは戦力が揃わなくて動くに動けないのかはしらないけど、兎に角動いていない。
つまり、ネギに丸投げということだ。
「……刹那」
[はい、何ですか?]
「ハクに報告すれば……どうにかなると思う?」
[どうにかなるって……え! 明日菜、本気で言っているのですか?]
自分でも、あり得ないことを言っているという自覚はある。
ハクは、私たちよりもよっぽど早く、よっぽど的確な情報を手に入れて吟味しているだろう。
ハクが榛名から命令された内容は、“近衛 木乃香の護衛”。その一点だけ。
そしてエヴァンジェリンは、木乃香に手を出していない。いや、出す可能性はかなり低い。
ハクがネギを助ける……あり得ない。ハクにとっては、寧ろネギが消えた方がメリットが大きいのだから。
[ハク様がネギ先生を助けに『闇の福音』と対決? それこそまさかだ。此の首を賭けたっていい。
お父様が命じれば話は別だけど……それは……]
「わかっている」
私は強く言った。出来る限り、気迫を込めて。
電話の向こうで、刹那が息をのむのが分かる。
そう、それは最大の禁じ手。
榛名に連絡し、助けを求める。
そうすれば、榛名はハクに命じるだろう。「ネギ君を助けてほしい」と。そして、ハクは其れを実行する。
でも、それは……榛名に無理矢理、ネギに関心を持たせること。そして、榛名をハクを動かすための“道具”とするようなものだ。
ハクは其れを知れば、私たちを殺すだろう。頼まれたら断れない、榛名の押しの弱さに付け込んだ……最悪の行為をした“敵”として。
そして………………私たちも、そんなことをすれば自分が許せなくなる。
自殺など、生温いこともできなくなるくらい、自分を恨みながらハクに拷問され、死ぬことになるだろう。
でも……このままネギを見捨てるのは、幾らなんでも……いや、見捨てるのは仕方がないかもしれないけど、今は……。
仕方がない、か。ネギがエヴァンジェリンにマトモに喧嘩を売るほど莫迦じゃあないことを祈るしかない。
どちらにしろ、ネギは立場上ハクに消される可能性が途轍もなく高い。だったら、今エヴァンジェリンに消された方がまだ楽かもしれない。いや、断言できる。楽だ。
[……………でる、か?]
低い声で、刹那が聞いてきた。
私たちのことがネギにバレるのは避けなくてはならない。が、少し見守るくらいなら許されるだろう。
「……うん」
私は刹那に、そして私たちを“観察”しているであろうハクに向かって頷いた。
明日菜たちは、榛名に頼りすぎてもいけないというある種の脅迫概念みたいなものを持っています。
明日菜の中では、ネギよりも榛名や家族との平穏の方がよほど大切ですし、榛名に手を出すのなら容赦はしません。ですが、嫌ってもいませんので、見守るくらいはしたい、という気持ちです。
御意見御感想宜しくお願いします。
補足説明:ネギの件
本作はアンチネギを明言しています。ハクとしては、今すぐネギを消しても良いのですが、“口実”(ネギの問題行動)が起こるまでは放置。
明日菜は親族以上の感情をネギに持っていません。一応心配はしますが、ハクがいる麻帆良に来た時点で諦めています。
今回、明日菜がネギを助けようとしたのも情が動いたというか、ちょっと混乱したからです。ハクに頼もうとしたのも気の迷いのようなもの。明日菜と刹那が持つ脅迫概念(榛名を頼りすぎてはいけない)を描写するためだけにこうなるようにしただけですので、「何故明日菜がネギを庇うんだ」と疑問に思った方にいらぬ混乱を与えてしまい、申し訳ありません。
あと、真名は説明役として出しただけです。吸血鬼事件での出番はほとんど終了(予定)。少なくとも、戦闘はしません。真名の立ち位置は綺羅川家よりの中立、といったところです。