千草さん登場回。彼女は(主人公勢の)敵にはなりません。小太郎や月詠は……喧嘩っ早いからどうなるか……。
第参拾陸話 カレとカノジョの本山行き
「ん、こんなところかな」
「はい、マスター」
京都のとあるホテル。そこのかなり豪勢……うん、個人的にはちょっと豪勢過ぎる部屋に荷物を置いて、一息つく。
一服したいところだけど、此処まで豪勢だと安物煙草の煙を吐くのも何となく気が引けてしまう。
取り敢えず、ハクに紅茶を————
「どうぞ、ごゆるりと」
頼むまでもなかったか。いつものことなんだけど、どうにも慣れない。
苦笑しながら一口飲む。うん、美味しい。
何時も通り、僕から一歩下がった位置で直立不動で立っているメイド服姿の我が従者を一瞥して、大きく伸びをした。
「お疲れですか? マスター」
「ん、問題無いよ」
部屋の奥には大きな窓があり、其処からは京都の町並みが一望できる。
「此処からはちょうど、明日菜たちが宿泊予定の旅館を確認できます。お優しいマスターは、明日菜たちを心配するかと思いまして」
聞くよりも早く、ハクは答えてくれた。……此れは、流石にもう慣れたよ。
「修学旅行の予定なんて結構前から決められているし、宿泊には当然手続きが必要だ。どっかの国のVIPが来るなら兎も角、唯の修学旅行で其処まで旅館側が厳重に情報管理するとも思えないし、宿泊先を調べるのにそれ程手古摺るとも思えないし……。
此処は京都。木乃香やネギ君を狙う者がいるとすれば、関西呪術協会が関わっている可能性が高いと思う。だとすれば、此処はまさに
「つまり、宿泊先の旅館に
「旅館は動かないからね。警備している人がいたとしても、“裏”の人間なんて警戒しているわけがない。……あの旅館に、関係者がいなければ……だけど」
「います」
「…………は?」
「いますよ、呪術協会の関係者が。従業員の中に」
あっけらかんと言われ、思わずハクの顔をまじまじと見つめる。
そんな僕に、ハクは顔を少し朱に染めながら、うっすらと笑顔を返してくれた。
「え? 本当にいるの?」
「当然です。麻帆良の修学旅行には魔法教員が引率として加わります。ならば、呪術協会が警戒するのは自明の理です。
そうなれば呪術協会は、修学旅行の
ハクの説明を聞いて、思わず納得してしまった。
「……それもそうか。え? じゃあ心配無いのかなぁ?」
「勿論です。マスターはごゆるりと、旅行と観光を満喫してくださればそれで良いかと。
その御手を煩わせるようなことも、いらぬ御心配を与えることも、私は決して許しはしません」
キッパリと。凄く断言された。
有無を言わさず、という感じだ。あと目が怖い。
邪魔者は絶対に潰してやる、と言わんばかりの目だ。
「……ハク」
「はい、マスター」
「じゃあ、京都に来たついでに挨拶に行こうか」
せっかくなんだし、ね。
近衛家本家。関西呪術協会の総本山。通称、“本山”。
兎に角物凄い御屋敷で、お手伝いさん(という名の戦闘員)を含めると二〇〇人近くの人員が常駐している。麻帆良を除く日本のほぼ全土を掌握している呪術協会の繁栄を象徴するかの如く、強固な結界と優秀な警備員に護られた屋敷は輝いて見えた。
其処の一室。応接室、いや客間とでもいうのか、やたらと広い座敷で、僕とハクは詠春さんと木乃魅さんと対面した。
「お久しぶりですね、キラ君、従者さん」
「ええ、お久しぶりです。息災ですか? 顔色は優れないようですが」
「ははは。長という大任に一〇年以上就いていれば、顔色も悪くなりますよ」
「木乃魅さんは本日も麗しく、御元気そうで」
「嬉しいなぁ、榛名はん。そう言ってくれると有難いわぁ」
そんな挨拶を交わしながら、一服する。
と、パタパタと廊下より音が響いた。「失礼します」と聞き覚えのある声に、スーッと襖が開かれる音。
「長、長代理、御話し中に失礼します」
眼鏡をかけた女性が、お辞儀をしながら入って来た。
……ん?
もしかして、此の人………。
「
「え?……は、榛名さん! えろう久しぶりじゃあないですか!!」
パタパタと寄って来て、
「あぐっ」
バシッと畳の上を転がる女性。
いや、コケたわけじゃあなく、ハクに足を引っ掛けられた……と思う。早すぎて全く見えないけど、一瞬ハクが動いた気がした。
ハクは、今も僕の後ろで控えている。
「あったぁあああああ……」
「全く、不躾な」
不快気に息を吐くと、ハクは頭をさすって起き上がる女性————
「オマケに性懲りもなく、マスターの名を呼ぶとは……殺されたいようね」
「ヒ、ヒィ!? ちょ、ちょっと待ってぇなぁ、従者さん!!」
起き上がりかけたまま高速で後退するという、何とも器用な真似をやってのけた千草ちゃんを見て、噴き出しそうになるのを何とかこらえた。
……絶対に言わないけど、何か新喜劇のコントみたいになってる……。
千草ちゃんは、関西呪術協会の
天ヶ崎家はそこそこ名門(要するに“中堅”)の陰陽師の家系で、その中でも特に使役系や召喚系の術式に優れている家系。
大戦が終わった後、西に出向いた時の宴会で万葉さんと撫子さん……そして子供だった頃の千草ちゃんに出会ったんだけど、それ以降はたまに会うくらいでかれこれ……もう一〇年くらいは会っていないのかな?
「まぁまぁ、ハク……。
それで千草ちゃん、本当に久しぶりだけど……用は?」
「あっ……え、え〜と……」
姿勢を正した千草ちゃんは、苦笑している詠春さんと口元を隠して笑っている木乃魅さんに向き直った。
「報告します、“強硬派”はメセンブリーナ連合の手の者と接触……やはり、例の鬼神を復活させ、本山と東を強襲するつもりのようです」
「そうですか……。リョウメンスクナ。あれクラスを蘇らせるには、木乃香を……」
「いえ、それはわかりません」
「? と言いますと?」
「それが……連中の会議に参加してきましたが、木乃香お嬢様に関する議論も無ければ、報告も一切上がってきませんでした。なお、この情報はすでに式神を通じて木乃香お嬢様に通達済みです。
ただ、強硬派は本山の通信記録を監視している可能性もありますので、私が直接此処に御報告に参りました。そのため、少々遅れました」
そう言って、申し訳なさそうに頭を下げる千草ちゃん。それを木乃魅さんは手で制すと、
「御苦労やったなぁ、おおきに。悪いけど、引き続き強硬派の動向に、目を光らせておいてや。表向き千草ちゃん及び天ヶ崎家は、“強硬派”に属していることになっとるからなぁ」
「はい」
千草ちゃんは僕の方を見て、何やら言いたげに眉を下げたけど、そのまま座敷を後にした。
「……大変なようですね」
「組織内に反乱分子が潜んでいるようで、お恥ずかしい限りや」
そう言って、自嘲するように微笑む木乃魅さん。
「まぁ、此れはウチらの問題や。なぁ、旦那様」
「ええ。武力事は私の管轄。神鳴流を始めとする各部隊の動員は既に済んでいます。
此れを機に本山に弓引く者を一掃し、さらに東の暴挙の数々に終止符を打つつもりです」
大丈夫そうだ、と思いながらも、妙に嫌な予感がする。
でも、それを口に出すほど、確信できるものではなかった。
大戦初期でハクが早々にゲートを破壊したため、天ヶ崎夫妻は死んでいません。
なので千草もそこまで東を嫌っていませんが、自分たちの組織の敵なので快く思っているわけでもない。そんなところです。
あと、天ヶ崎夫妻の名前は適当に決めました。
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