まだ序盤的な話です。
修学旅行で3−Aが京都についたあたりから、本格的に動き出すのかと。今が榛名とハクの絡みを書くチャンスなんですよね……関わりようがありませんから。
第参拾漆話 カレとカノジョと嵐の前触れ
「……ふぅ、温泉は良いなぁ」
本山を出て少し観光した後、ホテルに戻って温泉に浸かっていた。
詠春さんたちは泊まる事を勧めてくれたけど、流石に荒事が起こっている最中の本山に居座るほど、僕も図太くない。
それに、ハクも「巻き込ませる気か」と言わんばかりに怒ってたし。
それにしても、たまには京都でのんびるするのもオツなものだ。……いつものんびりまったりしているけど、其処はスルーしておこう。
湯から上半身を出して、夕闇を堪能しながら涼しげな風をあびる。
濡れた身体が少し冷えるけど、その冷たさが心地いい。
………………僕以外に従業員しかいないのも、ハクが貸し切ってくれたからだ。貸し切ったと言っても、ホテルのワンフロアと温泉の使用時間を三時間程だけで、流石のハクもホテルを丸々貸し切ってはいなかった。
もっとも、それも(おそらくは)ハクが「人がいなさすぎるとかえって落ち着かない」という僕の心内をちゃんと汲み取ってくれた結果だと思う。
……別に、一部屋借りるだけで全然問題なかったんだけどね。慣れて来ているのか、「あ、そうなんだ」で済ませてしまった自分が怖い。適応力的な意味で。
例によって、御金とかの管理は全部ハクがしてくれている。ていうか、僕はそもそも碌に外出しない(正確には結界内から、だけど)から、財布も持ち歩かない。勿論、外出するときは持っていくけど。
「あー………」
まぁ、そんなことは、温泉を堪能している僕にはどうでもいいわけで。ハクのことなんてこれっぽっちも疑っていないから、僕が言うまでもなく丸投げしている。
寧ろ、僕がハクに完全におんぶにだっこ状態だし。
そんなことをつらつら考えていると、
「……あれ?」
何となく、妙な気を感じた。
いや別に、良く似ているが違う世界に来てしまったとかそんなSF丸出しの出来事が起こったわけでも、錯覚でもない。
「マスター」
「うぉう!!?」
急に、真後ろから声がかけられた。いや、耳元だ。肩にはらりと柔らかいものがかかった。暫くして、絹のようなハクの髪だと気付いた。
思わずずり落ちそうになったけど、ハクが支えてくれた。
振り向くと、いつも通り白と黒のメイド服をきっちり着こなす我が従者。
慌てて下半身にタオルを巻きつつ、僕は周囲を見渡す。
「何だ? 一体何が起こっているんだ?」
「マスター、京都の“地脈”が少し変わりました。人為的なものでしょう」
「地脈、だって?」
地脈。別名“竜脈”とも呼ばれる大地のエネルギィ。つまるところ気だ。
地脈は万物に影響を与えるエネルギィであると共に、万物から影響を受けて成り立っている。そのため、地脈は地形などのさまざまな環境により、その流れの方向や陰陽の性質を異にする。
また、地脈がもっとも影響を受けるのは人間の気、生命エネルギィだ。地脈の上に生きた人間たちの記憶を、その地脈は記憶している。その記憶の性質は、地脈の性質に大きな影響を与える。
ちなみに、地脈が竜脈とも呼ばれているのは、“竜”が生命の象徴だからだ。
地脈は風水、そして陰陽道において重要なポイントとなる。
「変える……それはまた、えらいことを……」
当然、そんなものを変えるのは只事では済まない。地脈の影響が色濃ければその地や住民の家は栄える。反対に地脈が途切れると、その地は衰退する。
いや、正確に言うと、“
ハク曰く、地脈というのは生きている以上、どうしても変わっていく。それに、生命であるからには何らかの異常……まぁ、病気にかかることもあるそうだ。
実は陰陽師の仕事の中には、此の地脈の調査や治療が、結構重要な地位を占めている。
陰陽師というと、退魔というイメージが強いかもしれない。かくいう僕も、後は占いくらいしか思いつかない。
でもまぁ、考えてみれば、呪術の応酬やら魑魅魍魎の事件やらがそう頻繁に起こるわけもない。
要するに、
其れは兎も角、此処で重要なのは、陰陽師は地脈を
地脈が病気になった場合、その症例は大きく分けて二つ。エネルギィが足りなすぎるか、増えすぎているかだ。前者の場合は、周囲から集め其れを繋ぎ止める。後者の場合は、散らせて量を調節する。
ハクが言うには、此れくらいならまぁ、高位の術者なら一人で、そこそこの術者でも三、四人いれば可能なことらしい。
ところが、此の地脈を都合の良いように変えるとなると話は別。まず、物理的に難しい。
地脈の流れが変になり、それを戻すならまだ楽だ。が、人間様の都合で変えるのは、例えるなら濁流の流れを無理矢理変えるようなもので、手間もエネルギィも何もかもかかりすぎる。
次に、影響が予測しきれない。
地脈というのは、それこそ人間の血管のように幾重にもわたって広がり、分岐し、合流している。
おまけに生きていて、ゆっくりとだけど位置や流れが変わり、また突然枯渇したり溢れ出たりする。
勿論、此の地脈が何処をどう流れているのか把握することは陰陽師や呪術師にとっては悲願で、一大事業でもある。だから、数千年にもわたって観測・調査・記録されている。
それらの資料は各血族でも管理しているけど、今は殆どが関西呪術協会の、そういったことを専門としている人たちが管理しているそうだ。
そんなややこしすぎる地脈を無理矢理組み替えた場合、どんな障害が出るかわかったものじゃあない。
「で、どうしてまたこんなことを?」
「エネルギィを集め、何かに使うつもりでしょう。おそらくはリョウメンスクナかと」
「リョウメンスクナ?」
それなら詠春さんから聞いたことがある。何でも、かつて『紅き翼』の面々に封印させられた鬼神だとか。
「そんな物騒なモノの封印を解こうっていうのかなぁ? 地脈で? 可能なの?」
「京都の地脈は優れた陰陽師を生む風土ではありますが、同時に魔を引き寄せるエネルギィもあります。陰陽道は陰と陽、つまりプラスとマイナスが紙一重の関係にあります。
……まぁ、詳しい説明は無意味ですのでざっくばらんに説明させて頂きますと、可能です」
いつの間にか、僕は浴衣姿で廊下に立っていた。どうやらハクに着せられたみたいだ。……いや、こんなことはしょっちゅうだよ? 別に考えに没頭していたわけじゃあなくてさ、わからないんだって、本当に。
「で、どうするの?」
「地脈の治療は呪術協会の専売特許。呪術協会の内紛が関係していると思われますので、向こうに任せるのが得策だと」
要するに、「手前の尻は自分で拭け」理論だった。まぁ、ハクがそう言うなら。緊急事態だったら、とっくにハク…………の分身体さんが動いているだろうし。や、今動いているのかは知らないけどさ。
「マスターはごゆるりと。先程は御入浴の邪魔をして、申し訳ありませんでした。
無理矢理組み替えた結果、ほんの数秒ですが地脈が乱れました。よって、マスターの御側に参り、避難させて頂きました」
深々と頭を下げる我が従者。無表情だけど、怒っているのがよくわかる。
……あ、此れ大戦の時並みにキレてるや。
……………頼むから、ハクを抑える僕の身にもなって欲しい。
「お詫びとして、今日は私がそのお背中を流し————」
「あ、そうだ、ハク」
「はい、マスター」
ふぅ。……此れが、「咄嗟の話題転換」。ハクは僕の言うことは取り敢えず答えてくれるから、ハクの言葉をさえぎるときには結構有効な手段だ。
少なくとも、大声で止めたり叫ぶよりかは。
「仮に、今からリョウメンスクナに地脈を注いだとして……復活には、どれくらいかかる?」
「後先考えずに
「……それってつまり、明日菜たちの修学旅行の真っ最中には解除準備が整う、ということ?」
「そうなります。寧ろ、それが狙いかと」
「…………そうかぁ…………………………」
今のうちにハクに頼んでなんとかしてもらうこともできるだろうけど……やはりハクの言った通り、詠春さんたちに任せるのが得策、かな。
今回のことが呪術協会の反逆だとすれば、其処に介入するのもどうかと思うし……。
明日菜たちのことは心配だけど、ハクが大丈夫だろうと判断していることは確かだ。
そうじゃあないなら、ハクならさっさと鬼神を消しそうだし。
まぁ、僕が行ったって出来ることなんてないし……………。
「ハク、頼むよ」
「御任せください、マスター」
頼もしげに一礼するハクを見て、僕はもう一回温泉に入る事にした。
……ハクに入ってこないよう、釘をさして。
木乃香が狙われなかった場合、どうやってリョウメンスクナを復活させるかという回でした。
ちなみに木乃香が狙われないのは、綺羅川が護衛役についていることが知れ渡っているから。
考えてみれば、幾ら強大とはいえ個人の内蔵魔力に頼るのもどうかなぁ、と思いまして。
京都に元からあったエネルギィ使う方が確実じゃあないか? と。
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