フェイト登場。これからは彼(三番目)をフェイトとと呼び、先代フェイト(一番目)は一番目(若しくは別の名)で描写します。
第肆拾話 娘と妹と三番目
「まったく、世の中というのは色々とややこしいモノですね。まぁ、私も何も報告していませんし、報告するよう命じられてもいませんし……逆に向こうのことも教えるよう、頼んでもいませんし」
「ええ、確かに」
無表情を崩さずに愚痴を吐くという、器用な真似をしながら宙を駆る子日さんに相槌打ちつつ、私は夜の京都の街並に目を向けていました。
「刹那もそう思いませんか? これもまた数奇な事実と結果だ、と」
「ええ、確かに」
先程と同じ言葉、同じ調子で返します。
適当に聞いているわけではないんですけど、こうとしか応えられません。
『
子日さんがさらに詳しく調べたところ、アーウェルンクス・シリーズが来ているとのことです。
アーウェルンクス・シリーズ。組織のトップに近い、幹部クラスが殆どだと聞いています。もっとも、“殆ど”といってもまだ四人しかいないそうですが。
「正確には……稼動状態にない、と言った方がよいでしょう」
「では、今回は誰が?」
「先程四人、と言いましたが、実質的には現在は二人です。
シリーズのトップ、つまり
「え? 何故ですか?」
「従者……綺羅川 ハクを怒らせたからだと聞いています」
聞かなきゃよかった。
憂鬱で満たされた思考を振り払い、私は気力で子日さんの言葉に耳を傾けました。
「次に
まぁ、あの人はのんびりとした性格ですので、療養中を口実に趣味に時間を費やしているだけですけど」
「趣味?」
「……まぁ、ちょっと時間がかかる趣味ですので」
「言いたくない」オーラを出しまくっている子日さんを見て、もう聞くのはやめようと思い口を閉じます。
「
戦闘能力が落ちているブリームム兄さんを
子日さんの話では、六番目の子日さんの方が二番目以降より先に稼動したそうです。
……前に子日さんが教えてくれましたが、
まさか、その方と戦闘になる事は無いと思いますが……念のため、そのテルティウムという方に会いに行く子日さんに、私が付いていくことになりました。
明日菜は本来の任務、つまりこのちゃんの護衛に残っています。
「あ、いました」
そう言って視線を足元に向ける子日さんに釣られて私も見てみると、学生服らしき服に身を包んだ、どう見ても子日さんを男性にしたような風体の少年がいました。
真っ暗な街並み、街灯だけが煌めく公園のような広場のような場所で、ベンチに座って本を読んでいます。
御丁寧に、事前に結界が張られていました。得意分野では無いのか、少々荒さが目立ちますけど。
……さり気無く補強しておきましょうか。石橋は叩いて渡るに越したことはありません。
強硬派と手を組んだ連合の者|(ということになっている)テルティウムさんと、呪術協会からこのちゃんの護衛を依頼されたお父様の娘である私、そして対外的にはお父様の遠縁の子ということになっている子日さんが会話しているところを見られれば、それこそ厄介なことになるのは必至です。
「こんばんわ、テルティウム兄さん」
「……あぁ、暫くぶりだね、セクストゥム。今はフェイト=アーウェルンクスを名乗っているから、そう呼んでくれるかな?」
「では、私も何時も通りネノヒ=アーウェルンクスでお願いします。
それにしても、フェイト、とは……確か、ブリームム兄さんが名乗っていた名前でしたよね?」
「連合は、いや、世界全体は彼が死んだと思い込んでいるからね。僕が彼の名を引き継ぐことによって、
其れに確信を持たせようと思ったまでだ」
「まぁ、御好きにして結構ですけど……あ、此方は綺羅川家の者、綺羅川 刹那さんです」
「宜しくお願いします」
「うん、宜しく」
…………あれ? 思ったよりフレンドリィ、というかフランクですね。特に警戒もなく、片手をあげて返されました。
やっぱり、ある程度のことは知っているんでしょうか?……知っているんでしょうね。絶対に勝ち目がない相手ですし。ハク様を敵に回しても、碌なことになりませんし。
それに、一応は協力体制というか、少なくとも敵対はしていませんし。
此処で、無駄にいがみ合うのも得策ではないでしょうね。
「ところで、フェイト兄さん」
「わかってる、仕事だろう? 大体分かると思うけど、僕の任務は鬼神の調査だ。
戦争になった場合、一番巻き込まれるのは政治家や策略家ではなく、無辜の市民たちだからね」
そう言って、無表情のまま困ったように首を傾げたフェイトさんは、小さく息を吐きました。
「では、リョウメンスクナを復活させる、ということは?」
「その辺りは強硬派に丸投げ状態だ。まぁ、僕たちは東洋呪術式封印の解呪など門外漢もいいところだし、此れが日本国政府や
せっかく
そもそも、僕は強硬派や連合に協力しているわけでもない。あくまで任務は調査で、鬼神の復活ではないからね」
「では、私たちが鬼神復活の阻止に動いた場合は?」
念を押すように口調を強くする子日さん。私も、油断なく構えます。
「不干渉かな。唯、流石に何の妨害もしないとこっちとしても怪しまれるからね、軽く戦闘して、即座に消える……そんなところかな」
「連合から、ですか」
「そう。一応僕は、此処には連合からの
「え? そんなに前から……」
スリーパー。“
普段は人畜無害な一般人の顔を持っているため、端的に言ってかなり
つまり、フェイトさんは少なくとも数日前には入国(合法か不法かは兎も角)しているということになります。それなら、事前に子日さんに連絡がなくても無理はないでしょう。
いや、それよりも。
「連合は地域紛争や内部分裂で大変なのに、
「だからこそ、さ。元老院の中にも元老院に敵対する秘密結社にも、現実世界にちょっかいをかけたがる者はいる。勿論、独断専行で動く奴らもいる。
それに、都合の良いことに送り込まれたスリーパーは僕だけだ。連合からの指令は、事前調査と連合魔法使い入国の手引きのみ。
つまり、すでに連合からの任務はほぼ達成されている」
「…………敵対組織からのスパイを、自分たちの工作員として送り込むとは……運が悪いというか、無能というか………」
「連合の諜報機関はガタガタだ。何しろ指示と人事を握っている方が分裂しかけているんだからね」
「それは……」
御気の毒に、としかいえませんね。
勿論、言った傍からすぐに忘れる類の話ですけど。
結局あの後、二、三言言葉を交わしてフェイトさんとは別れました。
ちなみに、連合が鬼神復活に協力して何をどうするかは、フェイトさん自身知らないそうです。
まぁ何処の組織でも、工作員というのは重宝されると同時に捨て駒扱いされ、信頼されると同時に監視下に置かれるものですから、無理もないでしょうけど。
組織には後から乗り組んでくる方が偉いという法則がありますから、多分フェイトさんに手引きされた方はよくわかっているでしょうけど、そんなことは呪術協会が知っていれば良いことで、私たちにとっては“連合が関係している”という事実のみが重要です。
明日は、色々本格的に動く予感がします。
変なのに絡まれなければ良いのですが。
「刹那、それはフラグです」
そんな呟き、聞こえてなんかいませんよ?
どうせ憂鬱ですから。
フェイトは生還できるのか、そして刹那の胃は持つのか……それが最大の命題です(笑)。
なお、スリーパーと呼ばれるエージェントは実在します。合衆国CIAや旧ソ連の工作員で、冷戦期に活動していたそうです。ちなみに、“モグラ”とも称されていました。
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