前半、刹那が爆走(?)します。御不快になられる方もおられるかもしれませんが、ウチの刹那はこういう考えを持っています。
後半は第三者視点でお送りいたします。
あと、本話は6,000字を超えています。7,000字近いです。結構長いですが、御容赦を。
第肆拾弐話 剣士娘の憂鬱と西洋魔法使いと東洋呪術師
「……ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……」
肩で息をして、芋虫のようになって転がっている女————
つ、疲れました……。肉体的ではなく、寧ろ元気一杯なのですが、精神的に疲れました……。
ですが、まだ終わりませんよ……。
「フフフフフフフフフフフフフフ……さて、もう一回くらいは
取り出したのは、ジャラリ、と。ベルト給弾式ライフル弾のように幾つも繋げられた試験管です。ハク様直伝の“影”に仕舞い、ワンアクションで召喚する口寄せ術で呼び出しました。
試験管の中には、不気味な光沢を放ちながら波打つ液体。
子日さん特製、“再生魔法薬”。あの人は液体を何でも操る能力を応用して、(液体薬限定で)魔法薬調合に精を出しています。此れは、そんな子日さんの作品のうち
「ぐぅ……ぅ……」
呻く月詠の目の前で、チャポンと揺らす。さぞかし、彼女の恐怖を煽っているでしょう。何しろ彼女は、もう何百回もこの薬の恐ろしさを味わっているのですから。
「フフフ、まるで芋虫のように四肢を無くして、可哀想ですね……。お父様に危害を加えかねない貴女なんて、そのまま捨て置いておいても良いのですが、貴女を殺したら殺したで色々厄介なことになりますからね……。憂鬱です。嗚呼、私は憂鬱です……」
元神鳴流の謀反者を所詮は部外者の私が殺せば、後々の軋轢を生みかねません。只でさえ、神鳴流には色々と目を付けられているというのに……。
お父様に御迷惑をかけることだけは、死んでもしたくありませんし……。
呪術協会にも、自分の元身内の不始末くらい自分で何とかしてほしいものですから。
一歩踏み出すと、ピチャ、と音が響きます。
周囲一面に池のように溜まった血が、水音のような音を奏でるのです。
私は態とゆっくりと、彼女の周りを歩き回ります。試験管の中の液体を、チャプチャプと揺らしながら。
ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ。
チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ。
ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ。
チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ、チャプ。
ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、グチャ。
「……あ」
いつの間にか、転がっていた月詠の腕を踏み潰してしまったようです。……左腕か。
邪魔なので拾い、遠くに投げ捨てます。
放物線を描いてくるくる回る左腕の行き先には、山のように積み上げられた腕、腕、腕。そして足、足、足。
全て斬り落とされ、ある腕は全ての指が無くなり、またある腕は細かく斬り刻まれていました。
あぁ、もうこんなになっていたのですか。斬り落としては生やさせ、斬り落としては生やさせ……。
改めて、どっと疲れが出てきました。こんなにやったら飽きますし、疲れもします。
人間と言う生き物は、まぁ私は人外ですけども、単調なことをやり続ければ苦痛を覚えるものです。
「……そろそろやめておきましょうか」
私は、お父様に危害を与えうる存在が大嫌いです。何よりも、そう、何よりも、です。
ストレス発散も兼ねている……なんて言ってますけど、流石に戦闘に私情を挟んだり、敵に八つ当たりするほど子供でもありませんよ。ええ、ストレス発散は兼ねて……いますけど、何か?
だから、こんな拷問まがいなことをしているのです。彼女からは、大した情報など得られないことくらい、わかりきっているのにも関わらず、です。
でも、其れが何だというのか、私にはわかりません。
理由の無い拷問? 結構では無いですか。では、理由のある拷問は善だとでも? 理由があればやり放題、とでも?
理由など、どうにでもなります。大切なのは
第二次大戦中、ナチスのとある医師がこう言いました。
「双子には感覚共有があるに違いない」と。
実験は、双子を別々の場所に隔離するところから始まりました。片方をひたすら拷問にかけ、もう片方が其れを感知できるか観察する。
拷問の仕方は勿論、双子の距離・性別・時間帯etcetc……様々な条件下での実験が行われました。
名目上は、双子の感覚共有を利用した新兵器や新戦術の確立のため。
でも、実態は違います。
————————
拷問なんて、やりたいからやるんですよ。嫌々やるような人なんて、そもそも最初からやろうと思いませんよ。
情報収集だとか報復だとか、兎に角適当に理由づければよいのです。世の中、大抵そんなものでしょう?
お父様に危害を与え得る存在が憎い。其れが全てです。
いい加減ぐるぐると歩き回るのも飽きた私は、月詠の頭を持ち上げて薬を飲ませます。
「う……うぐ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
可哀想に。
……仕方がないんですよ。細胞の一片さえあれば、半刻もかからず再生、ていうか甦生できる薬ですよ? 其れなりの
ええ、再生中は発狂する程の痛みが襲うという、些細な代償が。
「痛いでしょう? 申し訳ありませんが、生憎痛みなどが伴わないように改良した“改良版”は、材料などの都合で只今在庫が切れていましてね……。
拷問くらいにしか使えない
嘘は言っていません。製造数が極端に少なく、子日さんが持っている数本のみしかないのも確かです。
拷問くらいにしか使えないから、完全に“拷問用”になっているのがこの薬です。拷問用としては成功作なんですけどね。
無い両手足をじたばたさせ、本物の芋虫のようにのた打ち回る月詠を見下ろします。
それでも……気は晴れず、ずっと憂鬱のままです。
こんな行為、お父様が知ったら………。
そう考えてしまうと、達成感も使命感も沸きません。だからといって、後悔もしませんが。
「い……ゲホッ、ゲホッ!……」
完全に再生したところで、ロープを取り出しぐるぐる巻きにします。
顔以外の全てがロープで覆われた姿を見て、芋虫が
「一応、御愁傷様、といっておきましょうか」
どうせ此の後、呪術協会の
其れに、素直に喋れば尋問程度で済むでしょうし。その後のことは知りませんし、興味もありませんが。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
…………………ん?
あれ? 此の人、何か瞳が輝いているのですが。え? これ、なんかいやな予感が——————。
「や、やりますなぁ、刹那先輩……。ウチ、こんなん初めてやわ〜」
————————————————————————————————————ブチ。
何かが切れる音が聞こえた、と思った時には、コイツの顔面に拳を叩き込んでいました。
後に、私は深く決意します。もう、自分の“嫌な予感”を一切合切疑うまい、と。
「…………はえ、月詠が消えたぁ?」
素っ頓狂な声をあげながら、
「うん、綺麗サッパリね」
頷いたのはフェイト=アーウェルンクス。連合の者を手引きした後は、支援任務に就いていた。
「まさか、寝返ったんか!?」
苦虫を噛み潰したような表情で、千草はずれかけた眼鏡をかけ直した。自分が現在進行形で裏切っているのにも拘らず、大層な演技力である。彼女も、次代の幹部候補の一人なのだ。此の程度の芝居はこなせる自信があった。
もっとも千草を含む天ヶ崎家の場合、最初から“合同派”の
「彼女は、最初から強者と戦うことが目的だったからね。
もっとも、単に敵に捕縛或いは殺害された可能性の方が高いけど」
無表情を崩さずに、千草を諌めるように言うフェイト。
実はフェイトは、
木乃香の護衛から此の事を聞いた刹那は、千草以下間諜組へ手出し無用をフェイトに頼んだ。
しかし、フェイトはそのことを千草には言っていない。『
そんなこんなで、千草は目の前にいる無表情少年が、尊敬してやまない榛名と繋がりがある事など予想だにしていなかった。
「くそ、此れでまた戦力低下だ!」
突如喚きだしたのは、黒のローブを着た一〇人程度の集団の中の一人だった。
彼らは連合から送り込まれた魔法使い達だったが、今はKKKか何かだと思われても仕方がない妖しさである。
当然、人払いと認識阻害の結界くらいは張っているが。
「東洋陰陽師共にすでに四人やられているというのに……卑怯者めが!!!」
地団駄を踏んで悔しがる男と、それに呼応するように喋り出すローブ集団。
其れを千草や“強硬派”の面々が、冷めた目で見つめていた。
彼らからしてみれば、
おまけに、其れに対して馬鹿正直に遊撃に動いた木乃香の護衛を指して卑怯者とは。
第三者からすれば、負け犬の遠吠えにしか聞こえまい。
そもそも、木乃香に手を出したこと自体が、ローブ集団の独断だった。その上、失敗したら全く与り知らぬところだった“強硬派”に
要するに、「お前の同業者に手を出したら被害出たじゃねえか、どうしてくれる」である。
言いがかりも甚だしいところである。大体、強硬派全員が木乃香に危害を加えることを是としているわけではなく、寧ろ否定派が圧倒的に多い。
最大の理由は綺羅川家の存在。次点の理由が純粋に戦力として惜しいから。
「……しかし、木乃香様の護衛にはあの
東海林家は邀撃、戸狩家は結界に優れた家系よ。寧ろ、その程度で済んで幸運と言えよう」
強硬派の術者の中でも最も年季が入った風体の男が、儀式の最中かと言いたくなるほど絶叫しているローブ集団に言った。彼は戦闘向きと言うよりかは指揮官向きである。ヴェテランなだけに、家系の特色などについては明るかった。
「黙れ!!! 我々正義の魔法使いが、こんな旧世界のちっぽけな島国の蛮術程度に負けるわけがないのだ!!!! 罠を張ったとか、卑怯な手を使ったに決まっている!!!」
そんな彼に、先程地団太を踏んでいた男が唾を撒き散らしながら噛みつくように言った。
真っ向から噛みつかれた呪術協会の古参陰陽師は、顔を顰めると無言で一歩下がる。迫力に押されたというよりは、単に唾がかかるため近付いていたくなかったと言った方が正確だろう。
目の前で自分たちの術を“蛮術”呼ばわりされた強硬派の術師たちは、呆れ果てて最早怒る気力も失せたらしい。
互いに顔を見やり、すごすごと離れていった。
その中に、千草が入っていたのは言うまでもない。
大体、仮に罠を張っていたからといって、其れを卑怯呼ばわりする連合魔法使いの態度に、東洋呪術師たちは呆れた。
敵が攻めてくる可能性がある以上、そして拠点(旅館)の位置が知られている可能性が高い(というよりほぼ確実)以上、邀撃策として罠を張るのは至極まっとうな理論である。
大抵の場合、攻められる方は攻める方より有利だ。事前に襲撃が予知できていれば尚更である。その利を生かさぬ手など無い。
それが、呪術師たちの総意だった。
彼らは喚き散らす魔法使いたちにさっさと見切りを付け、各々で話し合いを始めた。
「取り敢えず、
彼ら強硬派は、連合の援軍派遣の申し出(と言うより横槍)を歓迎していたというわけではない。彼らにとって連合は信用できず、敵とすら言えた。
唯、戦力が少ない今、使えるモノは何でも使うという考えのもとで連合の横槍を受け入れたにすぎない。
「やっかいなことをしてくれた……。此処で、綺羅川が動き出すとまずいことになる」
「そもそも綺羅川を敵に回さぬために、木乃香様を利用する計画から地脈を操作するという時間もかかるうえにリスクも高い計画に練り変えたというのに……此れでは元の木阿弥ではないか」
「まぁ、それはいいんじゃない? 綺羅川が動いたら、いざとなれば正義の魔法使い達に生け贄となってもらおうかね。
なーに、確か榛名さんたちって、
「まるで特攻やな。そう言えば、東海林のとこの若造の特攻精神は落ち着いたんかねぇ」
「どーだか。確か東海林って、明治以来軍の家系だろ? 防衛省との繋がりも深い。軍人は何処まで言っても軍人さ」
陰陽道独自の会話変換結界を張って、作戦会議……というよりは、愚痴の言い合いを始める陰陽師・神道術師たち。
会話変換結界は、自分たちが話している内容を当たり障りのない世間話に自動変換して周囲に流すという便利な結界である。実際に会話が聞こえてくる分、遮音結界より違和感がないのだ。
老人から一〇代後半のバラバラ年層集団が言い合っているが、全員落ち着いたような、諦観したような表情だった。
彼らは強硬派ではあるが、それ程過激思想に染まってはいない。
頭の中が過激なことだらけの連中は、寧ろ安全地帯で踏ん反り返っている方であるからだ。
つまり……彼らは“強硬派”というよりは、“強硬派に作戦行動を命じられた者たち”と言った方が正しい。権力だけはある老人共に
要するに、殆どがポーズ……単なるパフォーマンスのために動いているにすぎない。
鬼神を復活させた程度で万事解決するとも思っていないし、そもそも完全に従わせ
人間の配下に収まる怪物が、仮にも“神”の名を冠しているわけがない。神の理不尽なまでの実力は、異能に関わる彼らは肌で知っていた。特に神道術師はある種の神官だから、神の力の強さは肌で感じ取っている。
永く前線から遠ざかり、妄想に浸っていた連中とは違い、此処にいる者は戦闘員であれ指揮官であれ、参謀役であれ……バリバリの現場肌連中だった。現場にいる者は、
彼らは、根拠のない計画—————其れは本来、“計画”と呼べるようなものではないのだが————がどれ程恐ろしいかは、嫌というほど知っている。
自分達も実行犯として何らかのペナルティは課せられるかもしれないが、あくまで命令に従っただけだ。脅迫まがいの“督戦”を受けた者も一人や二人ではないし、処刑まではされないだろう。
最悪でも、牢獄に入れられるか追放程度で済む。
今更計画を中止し、妄想に取りつかれた老害共を裏切ることはできないが、少しくらい失敗しても仕方がない。人間、誰だってミスはする。……そう、
ちなみに、千草を含む天ヶ崎家も、所詮は中堅であることをいいことに色々と盾に取られて冤罪を着せられ、其れを揉み消す代わりにこの計画に参加させられた……ということになっている。
要は、其れが周囲の誰からも疑問に思われないというのが、強硬派“現場術師”たちの実情を物語っていた。
もっとも、月詠のように自発的に参加した者もいないわけではないのだが、そういった連中は金目的とか戦闘目的とかで、強硬派の妄想に付き合う気はさらさらない連中ばかりだった。
一番不幸なのは、その両者に挟まれたフェイトかもしれない……というのは、割かしどうでもよい話である。
「……今更、不安になって来たよ…………………………………」
フェイトは知らない。
*刹那が話していたナチスの医師は、ヨーゼフ=メンゲレ(Josef Mengele)という実在人物です。
彼は双子に興味を持ち、数々の人体実験を行い“死の天使”と呼ばれました。
戦後は南米に逃亡し、心臓発作を起こして死亡しています。
彼は“美男のメンゲレ”とも呼ばれており、相当のハンサムだったとか。
……と聞いたことがあります。もしかしたら、誤情報があるかもしれません。
私、世界史や西洋史は詳しくないんですよ。リアルタイムでドイツ史を勉強中ですが、まだ一次大戦辺りです(汗)。
*KKK…ケーケーケー或いはクー・クラックス・クランと読む。南北戦争後の合衆国で結成された白人至上主義・暴力的反黒人秘密結社。
白い衣と白い覆面(というか三角白頭巾)という妖しすぎる格好で黒人の家を焼き打ちしたり、集団リンチを行った。
その後解体されたが、一次大戦中や冷戦期に復活している。
もっとも一次大戦期のKKKは反黒人団体ではなく、反ユダヤ組織と言った方が正しい。
御意見御感想宜しくお願いします。