本話は、ケフィア様の『ネギま! 転生しまし……え?!』との共同コラボ話となっております。
以下の点を御留意して頂けると幸いです。
*意図的にケフィア様の投稿されたコラボ話とセリフ・描写が同じの箇所があります。事前のケフィア様との協議で決められたことですので、盗作でも何でもありません。
*本話は『ネギま! 転生しまし……え?!』のコラボ話とリンクしています。よって、其方とともに御覧になって頂けるとより話がわかりますし、面白くなると思うので其方も宜しくお願いします。
それでは、どうぞ。
ケフィア様とのコラボ 刹那の喪失
『先日関東を通過した大型台風は、現在北陸近辺を通過中です。なお、気象庁によりますと、台風は去ったものの未だに関東圏の雲は不安定なままであり、今夜から明日にかけ、激しい雷雨が発生する見通しです————』
「ふむ」
小型携帯ラジオを切り、
彼女は通学鞄ではないが、大型の鞄を抱えており、左手に黒い傘を常備している。
「今年は、早い」
彼女の横にいる
台風は秋の季語であることからわかるとおり、夏から秋にかけて日本列島に襲来する。
識者も知るとおり、日本は雨が多い国である。春雨、梅雨、秋霖(秋雨)の三つの雨季がある。
このうち、秋霖は台風の襲来時期と重なり、日本を豪雨や土砂災害やらで壊しつつも潤してきたのである。
修学旅行が終わって間もないが、台風は浮かれ気分の生徒の気を壊しでもしたいのだろうか。
過ぎ去ってはいたが、無念あるのかと思うくらい曇り空が続いている。
自然現象に人間の意思など関係無いと分かりきっているが、それでも恨みごとの一つや二つは吐きたい気分である。
休みになり、久しぶりに学園都市の外にある綺羅川の家に戻る予定だったのだが、休みに入る前日に台風が襲来し、学園都市全域に外出自粛と警戒を促すアナウンスが流れた。自粛といっても殆ど“禁止”と変わらない。もっとも、台風の中を外に出る酔狂な者などそうそういないのだが。
転移を使えば帰れないこともないが、警戒中は寮の警備が厳重になるし、部屋を無人にすればすぐバレる。流石に外出自粛期間中に部屋を出れば問題だ。
分身を残しておくという手もあったが、
こうなっては、二人はせっかく榛名に会うチャンスをふいにされた天を恨むほかない。
其れで過ぎ去り自粛が解除された後、今度はまたも一雨降りそうな気配である。
寮からの外出及び実家帰宅の許可は簡単に降りたが、雨降る中で帰るのも億劫だ。だからといって転移をするのも、其れはそれで風情が無いからパスだったりする。
無論、億劫だからといってやめはしない。台風どころか、槍が降ろうと爆撃されようと行く気満々なのも事実なのだが。
二人は急いで学園都市の境界線まで向かい、少しずつ悪くなっていく天気を気にかけながら結界を通過しようとした————。
ゴロゴロゴロ……。
「ん? 遠雷?」
「一瞬稲光が見えた。結構近そう」
明日菜はそう言って上を見上げ……珍しく、本当に珍しく、ぽっかりと口を開けてしまった。
「? 何か————」
そういった瞬間、刹那は光に包まれた。ほんわかしたものでもファンタジーなものでもなく……雷に打たれたのだ。
余りに現実性の無い話だ。此処は麻帆良学園都市。避雷針くらいいくらでもあるはずだというのに……。ましてや、人体に落ちるなど、皆無ではないがよくあることでもない。
「ヒ、グッ————」
「刹那!!!」
明日菜は絶叫するが、近付いた時にはすでに刹那は倒れていた。
慌てて抱き起こす。息はあるようだ。
瞬間、二人は転移した。
ハクがそうさせたのだと気付くまで、明日菜はずっと混乱していた。
無論、此処とは違う世界にほぼ同じタイミングで落ちた雷のことなど、彼女も、従者も、超越者も、知る由もないことだった。
————さぁ、始まった物語、入れ替わった二人の剣士はそれぞれの世界で何を考えるのか? それでは刹那の喪失の始まり始まり
「刹那、大丈夫か!?」
ハクから話を聞いた後、僕は読んでいた本を投げ捨てて、彼女が寝かせられているベッドに向かって全力疾走した。
「ハク、刹那は……。そうだ、子日は!? 回復薬を……」
「もう投与しています、兄さん」
榛名の後ろからひょっこりと顔を出した子日は、伊達眼鏡に白衣を着込んでいた。
「幸いなことに、気を失っているだけです。但し……」
「但し?」
「魂の波長が、少し————」
「う、ううううう……」
ハクが言い終わる前に、刹那が目を開けた。
「あ、大丈夫か?」
その顔を覗き込むと、刹那は酷く困惑した顔で、
「だ、誰……?」
と呟いた。
……え? まさか。
「子日……? 彼女、ひょっとして……」
「おかしいですね……従者? そんな検査結果は出てません————」
「あ!!!! こ、このちゃん!!!!! えーちゃん!!!!!」
子日の声をさえぎるように、突然騒ぎだした刹那。
ん?
このちゃんはいいとして……えーちゃん?
えーちゃん……何処かで聞いたことが……。
あ。
夷さん……そう、前に此の世界に来て以来、プレゼントを贈り合うようになったあの人の話。
並行世界だから向こうにも刹那がいて……でも、名字は桜咲で……。その刹那は、夷さんの事を“えーちゃん”と呼んでいたって……。
「……ハク、此れって……」
「ええ、入れ替わっているようですね。両希 夷の世界の刹那と」
……波乱だ………………。
「じゃあ、魂というか精神が入れ替わってしまった……こっちの刹那は、向こうの方の刹那に憑依している、ということなんだね?」
「はい」
「で、入れ替わっている以外には双方共に異常はない、と?」
「その通りです、マスター。強いて言えば、少し動けなくなるくらいですが、此れも当然のことです。
“根源”が同じとはいえ、あくまで綺羅川 刹那と桜咲 刹那は違います。実力も、身体能力も違います。身体を動かしづらくなるのは当然と考えて然るべきでしょう。
其れに、ある意味では幸運でした。此れが“根源”も異なる存在……例えば明日菜と入れ替わりでもすれば、流石に無事では済まなかった可能性を否定できません」
あの後、刹那……正確には、此処とは違う並行世界の方、夷さんの世界の方の刹那の精神が宿った刹那を子日が寝かしつけ、落ち着かせている。
明日菜と子日に彼女の世話や検査を任せ、僕とハクは対策会議……もっとも、紅茶を飲みながら思いついたことを言って、其れに僕の後ろで控えているハクが答える、というだけなんだけど……を開いていた。
ちなみに、子日は明日菜と刹那より一足早く家に到着し、シャワーを浴びていたところをハクに無理矢理連れてこられていた。
……普通に考えて、ハクの嫌がらせだよね? ソレ。だってハクがいれば十分だと思うんだ。
まぁ、子日も文句の一つも言わずに介抱しているんだけどさ。見かけは無愛想だけど友達思いだしね。
「……どうしたものかな?」
そう考えながら、紅茶を啜った時だった。
「フゥ……全く、物凄く疲れるんだぞ、コレ……」
異音。いや、異声。
普段、此処で生活していれば、聞こえてくることなど全くない……聞こえてくることなどあり得ないような声。
しかし、聞き覚えのある声。
「マスター、どうやら向こう側の保護責任者が自ら来て下さったようです」
「うん、ハク。ていうか、視界に入っているからね」
目の前に現れたのは……先程頭に思い浮かべていた人物と、瓜二つ。いや、全く同じだった。
当然だ。同一人物なのだから。
黒いストレートロングに黒い瞳。背は僕よりも高い。顔には仮面を付けている。
服装も黒ずくめで、黒ジーパンに黒いコートだ。
一見不審者にしか見えないけど、突っ込むほど無粋でも無謀でもない。此の人を怒らせても、いいことなんて何一つないからね。
僕は立ち上がって、
「お久しぶりです、夷さん。此処の結界を抜けてくるなんて、本当に規格外ですよね」
最後の方は小さく吹き出してしまった。
全く、最初に出逢った時は、まさかハクの結界を抜けてくる————正確には、最初からハクの結界の内側に転移してくるなんて思ってもいなかったから、腰が抜けるかと思った。其れに女性だと思ったからね。
おまけに、此の人は本気で無いとはいえ、ハクに抵抗できるほど強い。
何しろこの人は、神すらあっさりと殺せる世界を股に駆ける(そのままの意味で)転生者……僕のお仲間だけど、能力を発動した僕でも此の人の攻撃を防げるかはわからない、それ程凄い人だ。
寧ろ、此の人に対抗できるハクが改めて凄いと思ったけどさ。……神様、貴方マジで何者なんですか。
……あ、神様か。
それでも、夷さんは悪い人じゃない。直接逢うのは久しぶりだけど、プレゼントの贈り合いはそれこそしょっちゅうだ。今だってしている。そろそろ次の贈り合いの時期だったし……。
僕も夷さんも、互いに知らぬ仲じゃあない。
「ハク、夷さんに紅茶を出してくれないかな。文字通りの長旅だったんだから」
「いや、長旅ってほどでもないが……まぁ本当に久しぶりだな、榛名さん、ハクさん」
「ええ」
僕は会釈するが、ハクは夷さんの方を見ようともせず、黙々と茶を淹れている。
「……相変わらずだな。ハクさん、俺が侵入したとき、結界を弱めてくれただろう? 御蔭で簡単に入れたよ」
仮面は既に取っていて、相変わらずカッコイイというよりはキレイな顔を見せている。
美少女、いや美女にしか見えない顔に、少し疲れを見せている夷さんは、僕に促されるままにソファに座り込んだ。
実は、夷さんが最初に現れた後、ハクは夷さんのように世界間移動が可能な者の侵入を感知・阻止するための術式を結界に組み込んだそうなんだ。
それの阻止力は、夷さんが突破できるギリギリの強度に、敢えて調整されている。
そして、夷さんは世界間移動ができる実力者の中でも別格らしい。規格外中の規格外。要するに、夷さんしか突破が不可能だ。
其れは言い換えれば、夷さん限定の侵入許可証(フリーパス)のようなものだということ。
そして、ハクが少しは夷さんを信頼している、という証でもある。
……そして、ハクは夷さんの“侵入”をあっさり受け入れた。それは夷さんを信頼しているのもあるけれど、打開策のためでもあるんだろうなぁ。
「どうぞ」
「あぁ、有難う……美味ぇな、相変わらず」
美味しそうに、夷さんはハクから渡されたティーカップに口を付ける。
「ごゆっくりどうぞ……って言いたいところなんですけどね、刹那の件でしょう?」
僕が言うと、夷さんはカップを置いて真剣な表情になった。
「あぁ。もうおおよそ察しはついているだろうが、俺たちの世界の刹那が其方の世界の刹那と精神だけ入れ替わった」
「……ということは、此方の刹那……“綺羅川 刹那”は無事ですか」
「あぁ、“桜咲 刹那”は?」
「問題はありませんね、ハクと子日に診てもらいましたが、疲労で倒れているだけです」
「そうか……よかった……!!!!!」
ホッとして、脱力する夷さん。
……………本当に心配性で、過保護で、でも、良い人だ。いや、僕が言う資格はないかな?
「では、どうしましょう? ハク、入れ替わりを戻せる?」
「可能です」
即答するハク。
「一応聞くけど……危険はないよね?」
「此の程度、リスクを冒す意味も必要性もありません」
「……そう」
「いや、待ってほしい」
「はい?」
具体的にどうするのか……そう聞こうと思ったところで、夷さんに遮られた。
……夷さん、僕が話している最中だったらハクにブン殴られていましたよ。ほら、睨まれているじゃあないですか。
……其れに耐えている夷さんも凄いですけど。
「こんな事を考えるのも不謹慎だが……此れは、ある種のチャンスじゃないかと俺は思う」
「チャンス、といいますと?」
「世界間の移動は簡単じゃないだろ? 俺は可能だがな……しかし同伴者を入れた場合、難易度が跳ね上がる。だから、俺は木乃香たちを連れてこっちに来ないし、榛名さんたちが向こうに行ったこともない」
「あくまでリスクが高まるだけで、不可能ではないですが」
ハクが反論するが、夷さんはそれに首肯した。
「そうだ。だが、リスクが高すぎるからペイしないな」
ペイ。つまり採算。採算が取れないということだ。
行き帰りだけでも死の危険が存在するから、旅行とか冒険の域を超えている。
物体を移動させるなら兎も角、生命体を生命維持させたまま移動させるのは難易度が半端ないそうだ。
「恐らく俺の勘だが、あの雷はもう一度来る。そして其れが当たれば、刹那はまた入れ替わる……元に戻るというわけだ」
「まぁ、理屈で言えばそうですよね」
「其処で、刹那には互いの世界で経験を積ませようかと思っている。せっかくの機会だ、潰すのはもったいないだろう?」
ドヤ顔で何度も頷く夷さん。
……豪胆というか、こんなに大胆な人だっけっかな? 物凄く、心配性だったと思っていたけど。
「でも、心配じゃないんですか?」
「だから、榛名さんとハクさんに刹那の世話を頼みたい。勿論、『こちら』の刹那も責任もって俺が守る」
「そりゃあ……身体はウチの刹那のものですし、何かあったら此方も困りますからね。
寧ろ此方からお願いしたいくらいですが……」
でも吟味していると、此の人の言っていることは的を得ているように思える。
互いに強力な保護者が就いているし、成程千載一遇のチャンスでもある事は確かだ。
「わかりました。宜しくお願いします」
「マスターの意のままに」
「……感謝するぞ、榛名さん、ハクさん」
頭を下げた夷さんを見て、少し期待に胸が膨らんだ。
刹那が何を思うのか、ちょっと楽しみだ。
まぁ、今は桜咲の方の刹那が元気になるように、ご飯を食べさせてあげよう。
「……あっ」
起き上がって周囲を見渡すと、其処には白衣姿の人がいました。白い髪の見覚えのある女の子。でも、雰囲気が何処となく違います。
「あ、起きました?」
どうやら、林檎をむいてくれていたようだ。その人はお皿に乗った林檎を私に差し出し、表情の無い……怒っとるんやろか?……顔で私を見ています。
「初めまして、
「ネ、ネノヒ……?」
「childの「子」にdayの「日」と書きます」
私が首を傾げていると、その人はまるでその反応が分かっていたみたいに説明してくれました。
チャ、チャイルド……え〜と、確か子供、という意味だったはず。で、デイは日……。
む、馬鹿にしたらあかんで? ウチやってこのくらいの英語はわかるんや!! そう、このくらいのは……。
そんな私の反応を見た子日さんは、淡々と付け足すように言いました。
「初対面で私の名前の漢字を言い当てた人、そうそういませんから。聞かれたら、こう答えるようにしているんです」
……あ〜、確かに。ネノヒって難しい言葉やね。
…………そうだ、私も自己紹介を……。
「は、はじめましゅて!
「……………」
か、噛んだ……うぅ、何とかならんのやろか、この噛み癖……。此れで恥をかくのに、慣れてしまった自分が辛いです。どうせなら、噛まなくなるのに慣れてほしいです。
ちなみに、私は丁寧語でしか標準語を喋れません。
「……ここまで、違うのですか」
「え?」
「刹那……いえ、桜咲さん、気を確かに持って、聞いてくださいね……………」
そう言ってから子日さんは、信じ難いことを話し始めました。
此処が私のいた世界とは違う並行世界だということ、私はその並行世界の“私”…
御丁寧なことに、子日さんはその時のえーちゃんとこの家の主でえーちゃんの知り合い……
「念のために、兄さんの身体に“
「スイバン?」
「水のレコード、録音装置のようなものです。水蒸気状の記録媒体と言った方が正確かもしれませんが」
「は、はぁ……」
よくわからんけど、兎に角本当みたいや。嘘ついても仕方のないことだし、えーちゃんの声を聞き間違えたりしません。
「調子はいかがでしょう?」
「え〜と、少しだるいです」
「別の肉体に憑依した影響ですね。貴女の元々の肉体とは似て非なるモノです。筋力などの
そんなものの
お医者さんか何かのように説明しながら、子日さんはカルテみたいなものにスラスラと書きあげます。
「……なんて書いたのですか?」
と聞くと、子日さんは無言で私に見せてくれました。
カルテではなく、ボードに張り付けられたルーズリーフでした。私の名前の下に日付……恐らく「ここでの」今日でしょうね……、そしてその横に[
「お腹はすいていますか? 喉は?」
「大丈夫です」
そうは言いつつ、せっかくむいてくれたのだし、と私は林檎に手を伸ばした。
……うん、美味しい。
シャリシャリと、私が林檎を咀嚼する音だけが響く此処は……ベッドとキャビネットくらいしか置かれていない、殺風景な部屋でした。
横にある窓から風が吹き、カーテンが揺れています。少し外の景色を見ると、二階か三階くらいの高さでした。
「使われていない空き部屋の一つですよ。あ、掃除は欠かしていませんので、心配無用です」
此の人は人の行動で質問を全部予測できるのだろうか? いや、部屋を興味深げにキョロキョロしていれば気付きますか。
そんなことを考えて、ふと前を見ると————そこには、私によく似た……白髪に、紅い瞳の少女が、ポカンとした顔で此方を見ていました。
それが、鏡に映った自分……正確には、自分が憑依した身体だと気付いた時、頭から血の気が引くのを自覚します。
「———————ヒッ……」
ヒュウ、と息が零れ、身体が震える。これは、なに、忌まわしい、禁忌、
「な、なんで……」
「はい? もう一度言ってくれますか?」
子日さんの声が聞こえる。でも、今の私には雑音にしか聞こえません。
何で……
「う、うぉえ……」
「おっと、大丈夫ですか?」
吐き気がして蹲ると、子日さんはすぐにエチケット袋を用意してくれた。その冷静さと、用意の良さがかえって癪に障る。五月蠅い、と怒鳴ろうとして、直ぐにそれが八つ当たりですらないことに気付きました。
あの後、暫く一人にしてほしい、と頼んで、子日さんに出て行ってもらいました。
此のはあの人たちの家だというのに……図々しい。
そう思って布団をかぶっていると、ノックが響きました。
「刹那、入るよ」
そう言って入って来たのは、
「アスナ……?」
「あ、私はわかるんだ?」
そう言って自分を指差し、でも無表情のアスナは、左手に持っていたポットの中身を
確かに、アスナです。でも、私の知るアスナは、こんな無表情ではないし、もっと快活だったはず。
いや、病人(?)の前だからこんなに大人しいだけかもしれないが。
「特製のお茶だから、気分が落ち着くはず」
そう言って湯呑みを差し出してくれたアスナは、やはり何処となく雰囲気が違っていた。
「
「は、はい……桜咲 刹那です」
あぁ、此の人も綺羅川姓なんだ。多分、榛名、という人に引き取られたんですね、こっちでは。
そう思いながら、一口飲みます。
……うわ、物凄く美味しい……。京都でも、そうそう飲めるお茶じゃない。
「ハクという榛名の従者が淹れてくれたヤツ。ハクは物凄く淹れるのが上手だから、私のよりも数倍美味しいはず」
そして明日菜と私は、暫く話し込んだ。
そんな中、
「刹那。今の貴女は……その姿、嫌いなの?」
「——————」
唐突にそう聞かれ、思わず絶句した。
恐る恐る聞いてみる。
「明日菜は、私の正体を……」
「知ってる。私だけじゃない……榛名も、ハクも、子日も、木乃香も、真名も」
「————そう、ですか」
こっちの“私”は……何を考えているんだ………?
「成程、貴女は喋っていない、と」
頷きながら、明日菜は私を見た。
「……はい。髪も瞳も、黒くしています」
隠しても仕方がないことだと思い、素直に答えた。……混乱しそうな頭を抱えて、私は俯く。
でも。
「……あ、今の頭を抱える仕種、こっちの刹那によく似てる」
「ふぅえ!?……ぷっ」
ポツリと、何気なく明日菜が呟いた一言で、思わず噴き出してしまいました……。
いいんでしょうか、これ……。こっちの“私”って、もしかして苦労人なんですか?
その後、自力で歩けるくらいにはなって、榛名さんや
そして、その後。
「修業?」
「うん、明日する予定なんだけど……刹那も、する? ハクは厳しいけど……」
明日菜に聞かれ、私は頷いていました。此処の明日菜がどれだけ強いか知りたかったし、此処の私がどんなことをしているのか……興味があるからです。
ちなみに、此処は先程まで私が寝ていた空き部屋です。
榛名さんたちから、こっちの“私”の話を幾つか聞くことができました。
「こっちの刹那は、榛名を信望している。それはもう、何かの宗教かと思うくらいに」
と明日菜が言っていたのを思い出します。私がえーちゃんを信じているのと同じように、こっちの“私”は榛名さんを信じているんでしょうか?
聞いてみましょう。
「信じているというか、あれはもう、狂信とか盲信とかのレヴェルね」
「そ、其処までなんですか……?」
若干引き気味にそう聞くと、明日菜は次々にこっちの“私”の“武勇伝”を語ってくれました。
————無理をして命を危険にさらして“お父様”(榛名さん)に大目玉をくらった後、切腹しかけたことがある。その後、一週間引き籠った。
————京都で“お父様”を侮辱した男を九割九分殺しにしたことがある。その男は、今も精神病院に放り込まれているらしい。
————数日に一回の割合で、膝をついて“お父様”に祈りを捧げる。ちなみに“数日に一回”なのは明日菜が止めたからで、その前は“一日に一回”やっていたらしい。
其れ以外にもあるわあるわ……。一部、私も納得できるものもあったが、大抵は私でもドン引きする類のものだった。
……ていうか、九割九分殺しって、要は瀕死じゃないですか!! 何をやっているんですか、こっちの“私”は!!! 私だって、えーちゃんやこのちゃんを侮辱されても其処までは……しない、うん!! しないはずや!!!
「……でも、人を殺しかけるなんて……」
「……?」
ポツリ、と呟くと、明日菜は怪訝そうに小首を傾げました。……何か、おかしなことを言ったのでしょうか?
そう思っていると、明日菜はポンと膝を叩いて立ち上がりました。
「あ、そうそう。こっちの刹那の部屋、行ってみる?」
「え? 入っていいのですか?」
一応、他人の部屋ですよ? しかも、本人不在のままですし。
「多分大丈夫。どうせ、貴女の部屋も見られているかもしれないじゃない。
それにその身体は、この部屋よりも普段から使っている部屋の方が馴染んでいるはず。此処にいるよりかは楽になるかも」
……確かに。其れに、別に荒らしに行くわけでもありませんし……。私は小さく頷くと、ゆっくりと立ち上がりました。
うう、未だに上手く思う様に動かせません……。何ていうか、軽すぎます。浮力が物凄い水の中にいるような気分です。宇宙、と言った方がいいかもしれません。宇宙に行ったことなんてないですけど。
……宇宙って無重力だそうですよ。
「……こ、此処は……」
案内され、ベッドに腰掛けた私は、室内を見渡して唖然としました。
その部屋は、先程の部屋にちょっと生活感を足した程度の部屋で、どっちにしても殺風景でした。
机や本棚、キャビネットなどの家具以外には、巻物やら何やらが大量に入っている箱、壁にかけられた写真、そして部屋の中央に置かれた透明な台に乗っているチェス盤くらいしかありません。
……何故チェス盤? チェスの上には白と黒の駒が幾つか置かれていますが、私には全くわかりません。
そんな私の視線に気づいたのか、明日菜はひょいと駒を持ち上げ、弄びながら言いました。
「榛名がチェス好きだから。その影響を受けて、刹那もやっているだけ」
「はぁ」
ぼんやり呟き、さらにキョロキョロと見渡します。
すると、本棚の隅に刀が置かれていました。一目見ただけで使いこまれている、でも丁寧に扱われていることが分かります。
刀は野太刀ですが、私の良く知る『
「あぁ、それは刹那の刀ね。何時でも何処でも“口寄せ”できるよう術式が施されているはずだけど、流石に異世界からだと無理があるかなぁ……。
その身体だと此れが一番馴染んでいるだろうから、明日の修行で使っていいよ」
「は、はぁ……」
“一番”ということは、此処の私は他にも武器を使っているのでしょうか?
ためしに近付き、軽く握っています。手に残るのは、初めて見るのに不思議としっくり張りつく奇妙な感覚。
「名前は何ですか?」
「名前……あぁ、刀の銘のことね。多分なかったと思う。……刹那には、
……どうでもいい? 愛用の刀の名前が?
私は違和感を感じて、再度尋ねようとしたが……止めました。何か事情があるかもしれない、突っ込むのは……幾ら自分とはいえ、根掘り葉掘り聞くのも宜しくないでしょう。
ベッドに腰掛け、ふと壁にかかっている写真を見ました。
写真の中では、少し小さい私……でも、やはり白髪紅眼の“私”が楽しそうに笑っています。その横には、“私”の頭の上に手を置いて微笑む榛名さんの姿が。
……何故、その姿で笑っていられるのですか?
……何故、その姿を大切な人の前で晒せられるのですか?
わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない……。
身体を、巨人の手で摘み上げられて、振り回されたような不快感に、嘔吐感。
せっかく頂いた晩御飯を戻しそうになるのを堪えながら、私は小さく呻きました。
……馬鹿だ。こんな姿を晒して……何になる……?
叫びたいのを抑えつつ、私は近くにあった枕に八つ当たりしました。
といっても、ぽふん、と投げるだけですが。
ふと周りを見ると、いつの間にか明日菜が消えていた……気を遣ってくれたのでしょうか。
……或いは、単に不気味がったか。
飛んでいった枕を拾わないと。もぞもぞと動こうとして……床に、小瓶が置かれているのに気付きました。
持ち上げてみると、中にはマリンブルーの液体。そして、ラベルには[快眠薬。寝る前に一口飲むことby子日]と書かれていました。
……本当に、御世話になりっぱなしですね。
作ってくれた子日さんと、置いていってくれた明日菜に感謝しながら、私は今度こそ枕を取りに行きました。
……破けていたら、どないしよ……。
「……う、うぐ……」
「此の程度ですか。まぁ、始めから期待などしていませんが」
翌日。すっかり怠さがなくなった私は、ハクさんたちと共に訓練場……広い草原……に行きました。
それで、ハクさんと一対一で戦ってもろうとるんやけど……なんやこれ!!!
訓練!!? 何処が!!? イジメや、これはもうイジメや!!! 開始三秒でボコボコに殴られる、距離を取ったら顔に蹴りをいれられる、ウチの最強技『
なんやの此の人!!! 訓練で本気で斬りかかったのも初やけど、それを小指で止められたのも初やわ!!!
…………ゴホンッ!! 少し落ち着こうか。
……何より腹立たしいのは、辛辣やけど指摘してくることはもっともで、ちゃんとそれを改善できるように指導してくれていることです。つまり、先程はああ言ったが効果はある。
……これでは投げ出すこともできない。
「はい、ドリンク」
「あ、ありがとうございます……」
でも……キツイ。
私は何とか体を起して、明日菜からコップを受け取りました。
……あ、美味しい。
「い、何時もこんな訓練をしているんれふゅか……?」
「刹那の場合は、リハビリみたいなものだから……そうでも」
うう、また噛んでしまいました。そして……聞きたくなかった。
そう思い、何度か首を振りながら頭を抱えました。
「では、私は戻ります。マスターの御茶の時間が近付いていますので」
一方的にそう宣言して、ハク様は直ぐに消えてしまいました。
……ていうか、御茶の時間って……。
「いつものこと。しかも、日によって時間がバラバラで、多分榛名が御茶を飲みたくなったら終わっていってるんだと思う」
「……なんですか、それ……」
突っ込むことにも呆れながら、
「……明日菜」
「うん?」
「……こっちの“私”は……どうして、この姿でいられるのでしょう?」
ポツリ、と。無意識にそう聞いてしまい、逆に質問した私の方が慌ててしまいます。
でも、此処まで言ったら……もう、聞いてしまいましょう。
「白髪、紅眼……そして、翼も……みんな、バケモノの象徴のようなもの。なのに、どうして……」
明日菜は腕を組み、考え込むようなポーズをとります。
「……気にしてないだけ、だと思う」
「…………はい?」
予想外の一言に、思わず聞き返してしまいました。
「こっちの刹那は、化け物と見られても罵られても、榛名以外からの評価とか一向に気にしない人だから」
「……そう、ですか」
其れも、ある意味で強いと思う。私には、とてもできない真似だ。そう、周囲の視線や迫害に怯え、烏族の力を封じた私には……。
そう思っていると、パン、と頭を叩かれました。
驚いて明日菜を見上げると、
「ほら、模擬戦やるよ」
ずっと無表情の明日菜が、手を差し伸べていました。
「『
火と雷の属性を付加させた刀『
……く、殺しにかかってはいないが、本気なのに!!!?
「…………」
心の中で焦る私を見透かすように、刀を振る速度を徐々に上げる明日菜。私も応戦するが……速いッ!
くそ、そうだ『
なら……。
私は一歩下がり、刀に雷を帯電させます。
「『雷鳴剣(らいめいけん)・雷迅(らいじん)』ッ!!!!!!」
帯電させた刀で、高速で突撃……斬りつけるッ!!
「コラ」
「おぶぅっ!!?」
瞬間、脳天に激しい衝撃が襲いかかり……私は、意識を手放しました。
「全く、ロクに牽制も相手の動きを封じもせずに、馬鹿正直に真正面から突撃してくるなんて……貴女、
起きた私は、いきなり明日菜から説教を受けました……うぅ、済みません。
「……貴女の師は、何を教えていたのかしら……」
「——————!!」
その言葉は聞き逃せず、私は明日菜を思い切り睨みつけました。
えーちゃんは最強や!! ウチの師で……あの人を馬鹿にするんは、許さへん!!!
そう言葉に出そうとして……。
「ま、今の貴女なら仕方がない、か」
明日菜の心の籠って無い、諦観したような呆れたような声に、身体の熱が一気に冷めました。
「ど、どういう……」
「貴女、人を殺す覚悟、ないでしょ」
サーッと。まるで背骨を引っこ抜かれ、代わりに氷柱を突っ込まれたような感覚に、思わず歯がカチカチと鳴りました。
確かに、私は人を殺すことを肯定的にみません。ですが、全面的に否定もしません。いざとなればやる覚悟はあります。ええ、ありますよ!!
そう言おうとしましたが、口が渇いて頭がぐるぐる回って、上手く言葉を吐き出せません。
「貴女、何のために強くなりたいの?」
「え、あ、う、それは……えーちゃん、このちゃんたち……大切な人を、護るために……」
「ふーん、成程」
これっぽっちも納得していないような目で私を捉えながら、明日菜は何度も頷きました。
その後ろでは、いつの間にか近付いてきた子日さんが、興味深げに此方を凝視しています。
……見るな、この姿の私を……“私”の姿をした私を、見るな——————。
叫びたくとも、上手く舌が回らない。
そんな私を嘲るように、明日菜は冷たい目で私を見下ろします。
「だったら何で……力を隠すの?」
「え……?」
「こっちの刹那は言っていた。烏族は人間よりも総じて
「そ、それは……」
「夷さんなら、烏族にとって有効な戦術なども考えられるはず、そしてそれを貴女に伝授できるはず……現に、こっちの刹那はそう。翼の有効的な使い方とか、高い視力を駆使した戦法とかを、色々ハクに教わっている」
「う、ぐ、うぁ……」
「貴女の仲間も、いざ、貴女がそれだけの力を発揮できるのなら心の支えにできる。その効果は無視できない。仲間を信頼できる要因が増えることは、かけがえのない力の源になる」
「な、何を」
「なのに、貴女は何? 人になりすまして、自ら力を隠して……敢えて弱い者を演じている。もっとも、其れは其れで戦術にもなるけど、貴女の場合は……ただ、恐怖しているだけ。自分で自分の可能性を潰しているだけ」
「……でもっ!!! 私は化け物で……知られたら、えーちゃんやこのちゃんだって……!!!!!!」
何が分かる!!!
そう言いたいのをこらえ、私は必死に反論する。
その反応自体、図星だと言っているようなものだということに気付かないまま。
「そんなの、貴女の都合」
「え……?」
でも、その反論も、短い一言で切り捨てられた。
「自分勝手な貴女の都合。もし、封印してなければ大切な人を護れるのに、封印したせいで大切な人を危険にさらしたら?
結局、貴女は自分の事を優先しているだけじゃない。自分のことが大切だから、大切な人とやらがどうなってもいいんでしょ?」
「————————————————————ふざけないでください!!!!!!」
「ちょ、ちょっと桜咲さん!」
立ち上がり、目の前で馬鹿にするように口元を引き攣らせた明日菜に殴りかかろうとして、後ろから羽交い絞めにされました。
振り返ると、無表情の中に少しだけ焦りを浮かべて、首を振って駄目だ、と語る子日さん。
でも、そんなもの邪魔にしかならない。
「貴女に、何が分かるって言うのですか!!!!」
「こっちの刹那の覚悟」
「……え………」
あっさりと、淡々と言われ、私は振り上げていた拳を下ろしました。
「……こっちの刹那は、何で気にしないんだと思う? 化け物を見るような目で見られても、罵倒されても」
「そ、そんなの……」
狂ってるから。そう言おうとして、思わず息をのみました。
明日菜の目にも、一瞬だけ……狂気が見えたから。
「答えは簡単。刹那は、自分を榛名のための“剣”だと割り切っているから」
「け、剣……?」
「そう。榛名の思い通りに動く、榛名の敵を斬り捨てる剣」
「そ、それが————」
「剣は、他者の目なんか気にしない。剣に必要なのは————斬れることだけ、力だけ」
……思わず、絶句してしまいました。
「榛名は、そんなことを望んでいないのかもしれない。でも、刹那は、其れが榛名への一番の恩返しになると信じてる」
「……彼女、その辺りは従者に似てるんですよね」
明日菜、そして子日さんの話が耳に入ってくる。
「貴女は、剣になりたいの? 剣にならないことが悪いとは言わないし、私が貴女にそれを言う資格もないかもしれない。けど、中途半端に斬れる
「………………」
言い返すこともできない。いや、呼吸もできない。あるいは単に、呼吸を忘れただけだったのか。
「このままじゃ、貴女は壊れる。大切な人の傍にいたい想いと、護れない自分への嫌悪。そして自分がいることで大切な人に迷惑をかける……そんな“幻想”に引き裂かれてしまうでしょうね。
……ま、私は預言者じゃないから、わからないけど」
「そう……ですか」
自分でも、あっさり想像できたのが恨めしい。
「刹那の仕方が万事解決するとは思わないし、彼女も全能じゃない。正解は誰にもわからない。
……でも、それも一つの道であることは確か」
……そう、か。
そう、だったんだ。
私は……ずっと、逃げていたんだ。逃げることが、えーちゃんやこのちゃんたちのためになると錯覚して……逃げることを、正当化していただけだったんだ。
何だ。
覚悟何か無いやん。
唯、自分が逃げる理由の言い訳をしていただけやったんや。
だから……明日菜にも、あっさりと負けたのかもしれない。
「明日菜は? 子日さんは?」
「……まぁ、似た者通しかな。私もずっと榛名の傍にいたいと思ってる。榛名のためにありたい。そのために、この力を使いたい」
「私もです。思いもよらずこんな力を得てしまいましたが……それでも、兄さんの御役に立てるなら、悪くはありません」
即答する二人。
「力……」
護るためなら、悦んで化け物になってやる。
護るためなら、人だって殺してやる。
そんな目を、二人はしていました。ゾッとするような狂気……でも。
「私も……なれるかな」
まだ、こっちの“私”のように割り切れないのかもしれない。そこまで高く駈け上がれないのかもしれない。
でも……覚悟は、持てる。
持ってみたいと思う。
言い訳じゃない、本物の覚悟。
その正しい姿を、自分の目で見つけてみたい。
「……あ」
「? 何ですか?」
「うん……今、ちょっとだけこっちの刹那に似てたよ、その笑い」
「本当ですね。……あぁ、嗤いとか哂いとかじゃない方ですよ? キレイな方です」
「……そうですか」
その言葉を噛みしめ、苦笑する。こっちの“私”のやり方が、正しいとは言わない。わからない。
だって、ウチ頭良くないもん。
でも、私は私で。ウチはウチで。
自分なりの覚悟を……手に入れて見せる。
「……護りたい」
今まで、この言葉をずっと吐いてきた。でも、今はじめて、この言葉の意味を知った気がした。
「……よっし、頑張りゅ……」
「「……………………………」」
…………噛み癖を治す、覚悟も決めよう…………。
ゴロゴロゴロ……。
そんなことを考えていると、遠雷の音が響きました。
ピシャ!! ゴロゴロゴロゴロゴロ……。
空を見上げると、急速に空が黒くなってきます。
「「…………………………」」
一歩、また一歩とゆっくり私から離れていく明日菜と子日さん。
あ〜、これ、やっぱり……。
「あの……こっちの“私”に言っておいてくれませんか? 貴女を越せるようになりたいって。
其れと、明日菜さん、子日さん、此処にはいませんけど榛名さんにハクさん、今までありが————」
「多分こっちの刹那は貴女のこと嫌いだろうけど、一応言っておく」
「取り敢えずお元気で。縁があったらまた逢いましょう。……貴女が本当の身体の時に」
明日菜と子日さんの淡々とした声とともに、私の視界は閃光で埋め尽くされました。
ピシャ!!!! ゴロゴロゴロ……。
遅れて雷鳴が聞こえて、そして————————私は、此処から消えました。
「……もう一人の自分、ねぇ……」
本格的に夏の到来を告げる風。そんな風に頬を撫でられていますと、草木が揺れる音に交じり、相棒の声が耳を震わせました。
目の前で茶を啜る明日菜の呟き声に、私は顔をあげて彼女を見つめます。
楽しげとも興味無さげともつかない表情で、明日菜はふぅ、と息を吐きました。
「そんな貴重な経験、そうそうないと思う。……ね、“綺羅川 刹那”」
「えぇ。加えて、進んでしたい体験でもないでしょうね。
……あぁ、ったく、向こうの私め。随分と乱暴な使い方を……少し曲がったか…………?」
が、私はそれどころではありません。何時も使っている愛用の刀に触れて念入りにチェック、手入れをしている今、明日菜に取り合うのは億劫でしかありません。……其れを知った上で、訪ねてくる明日菜も相当性質が悪いですよね。
「……へぇ、
「……どうしたんだ? 明日菜、言いたいことがあるなら言って下さいよ」
無表情を崩さず、口元を少し歪めた明日菜に嫌みの一つでも言いたくなった私は、仕方なく手を止めて湯呑みに手を伸ばしました。
喉に程良い熱さの液体が流し込まれるのを感じながら、視線で明日菜に「早く言え」と促します。
「……別に。刹那があの人を……“桜咲 刹那”を自分だと認めるとは思わなかったから」
「認めざるを得ないでしょう、忌々しいですけどね」
夷さんに頼まれたこともありますし。そう、心の中で呟きました。
……全く、夷さんも甘やかしすぎなんですよ。貴方のような超弩級に凄い人が鍛えたのなら、
そんなことを考えて、ふと指で自分の髪を梳きました。生まれた時から変わらない、真っ白な髪が指の間でスルスルと滑ります。
向こうの私は、この髪を無粋な黒で塗り潰していました。その行為は度し難いし、今でも反吐が出そうなほど愚かな行為だと思っています。
「……白は、儚くて弱い色だ。どんな色にも簡単に染められ、負けてしまう。でも、だからこそ、どんな色よりも輝き、強く魅せることができる」
「……何の話? 刹那がポエムを語るなんて、珍しい事もあるのね」
「フフ、私は別に詩は嫌いじゃありませんよ? 特に、此の詩は……」
お父様が、私に送ってくれた詩。そして、ハク様を見て思わず納得してしまった詩ですから。
「あ、そうそう。……榛名がさ、今度夷さんに御礼に行くって言ってたよ」
「へぇ、そうなんですか」
「随分と反応が薄いことで。……向こうの刹那のこと、嫌ってないの?」
「大嫌いですよ。あいつの顔に、拳を叩き込みたいくらいには」
……でも、せっかく貴重な経験をできたのですし。色々と、話し合いたいこともありますからね。主に、言葉と刀と拳で。
どうせ貴女も、私に言いたいことがあるのでしょう? 話し合いは大切ですよ。決着がつかなければ、斬り合う口実にもなりますからね。
ふと、頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出してみます。
「私は……お父様の剣で、家族だ」
「…………本当にどうしたの? 当たり前のことを呟いて」
「……フフフ、当たり前、か……。あぁ、そうだ、当たり前だ」
そう、当たり前のこと。自明の理。確認するまでもない些事。でも、とても大切なこと。……なのに、何時から忘れていたのだろう。悲しそうな顔をしながら、私を叱ったお父様の顔を。
小首を傾げて私を見つめる明日菜を傍目に、私は胸の中で笑いました。
……あぁ、憂鬱です。
でも、御父様の傍にいるだけで、憂鬱など吹き飛ぶほどの幸せな気分になれる。出来れば、此の気持ちを味わっていたい、ずっと、永遠に、
「ま、そんなことは後で考えるか」
今は、此の限りなく幸せで、憂鬱な日々を満喫しておくとしましょう。一日一日が、お父様からのプレゼントです。
「あ、そうだ……明日菜」
「ん、何?」
「………………向こうの貴女と逢う時は、気をしっかり持った方がよいですよ?」
「えっ?」
その時、二人の明日菜のフォローに回るのは、恐らく私なのでしょうね……。
聞こえつつある憂鬱の足音にため息をつきたい気分に駆られながら、私は真っ青な空に視線を向けました。
「……はぁ……。取り敢えず……何時もみたいに、修業しますか」
憎たらしいほどに真っ青な空に、ぽつんと白い雲が浮かんでいます。
ホラ、綺麗ですよ、と心の中で呟き、勝手に自分で可笑しくなりました。
……あぁ、憂鬱です。
「刹那、それってどういう意m————」
「お〜い、明日菜〜、刹那〜」
明日菜の言葉を遮った声がした方へ振り向くと、お父様、そしてあの人に追従する形で歩いてくるハク様が見えました。
……そう言えば、今日は外でピクニックでしたね。
私は返事をして、軽やかな足取りで駆けて行きました。
こんにちは、皐月二八です。
私の我が儘によって誕生した此のコラボ企画ですが、無事投稿できたことを嬉しく思います。
また、こんな道楽に協力して頂いたケフィア様にこの場をお借りして、深くお礼を申し上げます。本当に有難うございます。
そして、活動報告にあげた広告にて楽しみだとコメントしてくれた方、そして本話を読んで下さった全ての方も、本当に有難うございます。
他の作者様のキャラを書かせて頂くというのは、なかなかよい体験となりました。
……あと、本話は何と19,000字以上となっています(空白・改行含む)。こんなに長い話を書いたのも実は初めてです(笑)。いや、長い話って難しいですね。
次話からはまた本編に戻ります。
御意見御感想宜しくお願いします。