今回は(珍しく)ネギの出番が多いです。
最初から最後までオール第三者視点でお送りします。
主人公勢の出番は皆無です、御免なさい。次回は明日菜たちサイドをメインに書いていきます。
第肆拾伍話 英雄の息子と闇夜の狼煙
その頃、ネギ=スプリングフィールドは地図を頼りに、関西呪術協会総本山に到着していた。
いや、正確に言うと運び込まれた。
狗族の少年、
来客用の寝室にて目を覚ましたネギは、目の前で自分を治療していた巫女に事情を話した。
「関東魔法協会からの特使、ですか? そのような連絡は受けていませんが……」
「え? 手違いでしょうか……?」
紅白の巫女服に身を包み、黒髪を揺らしながら困ったように首を傾げた巫女は顎に手を当て、唸るような仕種をした。
その反応を見て、冗談でもなんでもないと思ったネギは不安になる。
特使の件が呪術協会全体————少なくとも総本山内全体—————に知らされていなければ、自分は只の不法侵入者、良くて迷い込んだ客人くらいの扱いしかされない。
当然、一組織から派遣されてきた正式な特使と比べれば、地位は皆無に等しく、不審人物……“敵”ととられても仕方がないこととなってしまう。
そうなると、ネギは自ら安全の保証もないままに“敵地”に乗り込むという、何とも笑えない事態を引き起こしたことになる。冗談ではすまされない。
ちなみに、すでにネギは杖や手持ちの魔具などを預けさせられ————要は没収である————身を守る手段など何一つない。
おまけに回復したとはいえ戦闘直後であり、彼は寝かされたままである。
「僕の荷物に、親書はありませんでしたか?」
「さぁ、私は貴方の治療を任されただけですから」
巫女の返答を聞き、ネギも自分が場違いな問いかけをしたことに気付いて「御免なさい」と謝罪する。
此処は総本山であり、組織だ。各人に割り与えられた仕事がある。まるで機械を構成する歯車のように。身体を形成する細胞のように。
考えてみれば、目の前の少女(外観年齢上はそう見えた。いや、実際そうなのだが)が客人の荷物の内容と行方を把握している理由など無いのである。
長い黒髪を持つ、高校生くらいの年にしか見えない巫女は苦笑しつつ言葉を紡いだ。
「自己紹介がまだでしたね。私は
「あ、僕はネギ=スプリングフィールドと言います」
自己紹介を終えた後、梼原と名乗った巫女はゆっくりと立ち上がった。
「貴方が起きたことを報告してきます。言っておきますが、現時点では貴方は身元未確認の不審者でしかありませんので、あまり動き回らない方が賢明ですよ」
「はい」
寝ながら頷いた子供を満足げに見つめ、梼原は襖を開けた。
少女巫女が襖を閉じたのを確認したネギは、天井へと目を向ける。そして、その目を再びを閉じたのだった。
其れから数刻経った後、ネギは長と長代理のいる部屋に呼び出された。
其処は奥深い造りになっている畳の敷かれた部屋で、一段上がったところに屏風を背に長と長代理が鎮座していた。
前に絵で見た、ひな人形の一番上の台みたいだ。
そう思いながら、ネギは背を正した。
五〇人は軽く入りそうなほど広い部屋には、長と長代理以外にはネギしかいない。緊張して当然だろう。
上役数十人に囲まれてその視線に耐え続けるよりはずっとマシだっただろうが。
挨拶を済ませた後、ネギは“近衛”という苗字に妙な引っ掛かりを覚えながらも、事の事情を説明する。
「ネギ君、来てくれて何なのですが……実は、関西呪術協会は特使派遣について正式に了承していません」
呪術協会長
「ど、どういうことですか!?」
「つまりなぁ」
長代理
「ネギ君は、西と東の確執については知ってはる?」
「事前に調べましたので、少しは」
特使。つまり、関東魔法協会の代表となるということだ。自分のような子供がそんな大任を任されることに、ネギは疑問を感じていた。しかし、学園長が言うからには、何か深い事情があるのだろう。
其れならば、せめて恥をかかないよう、事前に情報収集くらいはしておこう。
そう考えたネギは、集められる限りの情報を集めた。
元々東洋呪術の縄張りだった列島に西洋魔法使いたちが乗り込んで居を構え、それ以来対立している……ネギが調べた限りで得た知識は、此の程度のものだった。
其れを口に出して説明すると、木乃魅はにっこりと微笑んだ。
「其れくらいわかっておるなら十分や。
ほんでな、ネギ君。はっきり言うとなぁ、ウチらは東西の対立を何とかしたいんよ」
「それなら……」
僕が持ってきた親書があるじゃないですか。そのための親書なのですから。
そう言おうとしたネギを、手を上げることで制した木乃魅は静かに首を振る。
「ネギ君。東と西の長い長〜い仲違いが、そんな紙ペラ一枚で終わると思うか?
そもそも仲が悪いのなら、東の言い分に西が素直に聞くやろか」
「あっ」
はっとした顔になって、ネギは思わず声を上げた。
そういえば、そうだ。本当に仲が悪いのなら、親書を渡した程度で改善されるわけがない。
子供とは言え、ネギは杖を持ち
つまり。
「西は東と仲良くする気はない、ということですか? でもさっき、何とかしたいって……」
「そうや。ウチは東と西の確執を何とかしたいと思うとる。
では、一体どないすればよいやろか?」
自問自答するように、木乃魅は何気なく呟いた。
「答えは簡単や。…………
「————」
目の前で楽しげに笑う妙齢の女性が何を言っているのか、ネギは一瞬理解ができなかった。
それは、つまり————
「せ、戦争を起こす気ですか!?」
自分の両親と過ごした時間はあまりない。しかし、それでもネギは、戦争がどんなものかを聞いていた。
当然直に見たことはないが、誇張でも冗談でもないことは雰囲気で察することができた。
戦争は、物語とは違う。
高潔なものでも誇らしいものでもない————殺し合いだ。
ネギにはイメージすることしかできない。そのイメージも、子供のみに許された幼稚なものだ。
しかし、少なくとも碌でもないことだということくらいならわかる。
しかも。
「だ、駄目です! 麻帆良には、僕の生徒が、学園長が、皆が!」
「ふ、あっはははははははははははは!!」
血相を変え、木乃魅に掴みかからんばかりに身を乗り出したネギを見て、長代理は扇子で口元を隠して笑った。
「な、何を!?」
「ネギ君」
身を震わせてクックと笑う木乃魅に代わり、詠春がネギに言葉を投げかけた。
ネギは自身が立ちあがりかけているのに漸く気付き、慌てて腰を下ろす。
流石のネギも、一組織の長代理に掴みかかれば、どうなるかくらいは想像がついた。
「今のは、あくまで最悪のシナリオです。我々とて戦争を望んでなどおりません。
しかし、悲しいことに、組織の長というものは常に最悪の状況を想定しなければならないのです」
「それは……」
その通りです。
と、心の中だけで呟き、ネギは喉を鳴らした。
……つまり、
どちらにしても、ネギにとっては何の慰めにもならない。
……もっとも、
一瞬、「戦争はいけないことです」と叫びそうになったが、寸でのところで堪えた。
所詮は異国人にすぎず、おまけに子供の自分が口を出しても何にもならないことくらい、かえって冷静になったネギの頭は簡単にはじき出した。
“正義の魔法使い”至上主義に染まりつつあるネギも、其れくらいのことは判断することができた。
戦争はいけないこと。それくらい、誰でもわかっているのだ。
其れが分かっているだけで戦争が起こらないのなら、世界はとっくに恒久平和が成立しているだろう。
心の中で歯噛みしつつも、ネギは目の前の二人に何一つ言い返せなかった。
「それに、ウチとしては東を潰しても旨味はないと思っとるんよ」
木乃魅も続ける。
「では、どうして親書を……」
「せやから、貰ったところで無意味やと言うとるんよ。此れで長が返事書いてネギ君が其れを持って帰ったところで、今すぐ仲良うなれるんか? 無理やろうなぁ、唯文交わしただけで。
勿論形式的には大事かも知れんけどなぁ、ウチらが考えあぐねているうちに、関東魔法協会は無断で特使を送ってきたんや。
そら、修学旅行くらいならええで? 京都は修学旅行の定番やし、京都経済にも少なからず影響を与える。日本人として、または日本に来た留学生として、此の雅な古都を知ることは損にならんはずや。
でもなぁ、
ウチらの許可なしに勝手に派遣? ウチらをナメとるん? そうとられても仕方がないとは思わへんやろか」
「確かに……」
早口で続ける木乃魅に追い付こうと、必死に頭を回転させ、ネギは思考の海に沈む。
其れが完璧に内政・外交のカリスマ近衛 木乃魅の術中に嵌っていくことだと気付かぬまま。
日本国政府や各魔法組織を相手取ってきた外交トップの座に位置する木乃魅にとって、頭がよいとはいえ数えで一〇の子供など、文字通りの意味で“赤子”であった。
おまけに、嘘八百や出鱈目を述べているわけでもない。
近衛 木乃魅は、まるで演説する独裁者の如く————話術で他者を魅了する技術に長けていた。
「しかも……昨日の夜」
「あっ……」
思いついたのか、ネギは顔色を変えた。
「例の仮契約未遂の際……東は、謝罪どころか報告もせんかった。犯人の引き渡しもなぁんにも……。ウチらの土地で起こったにも拘わらず……」
「ど、どうして……」
「どうして知っているかということやろか? ネギ君、自分たちの
「あ……」
「東は西に敬意を表さない。そう結論付けるには十分や。
其れは色々と無茶やと思うなぁ……」
「う……」
言い返そうにも言い返せないネギは、学園側の対応の稚拙さを呪った。
もっとも、自分も西にあの事を伝えようとは考えも及ばなかったし(そもそも伝える手段がないのだが)、学園側がどんな対応を取ったかを確認しようとも思わなかったのだから今更如何こう言えないだろう。
とはいえ、所詮は現場で働く下っ端に過ぎないうえに子供のネギに、其処まで求めるのは酷だろうし、責任は寧ろ学園上層部にあることは明白なので、誰もネギを責めないだろうが。
しかし、こういう時に咄嗟に自分を責めてしまうのも、ある意味無理からぬことだっただろう。
何しろ、木乃魅が暗にそういうニュアンスを込めて言っているのだから。
詠春は、そんなネチネチした苛めまがいなことをしている妻に顔を顰めつつも黙っていた。
普段はおっとりとした大和撫子な妻であるが、こういう公式の場では其れでは務まらないことくらい知っていたからだ。
「兎に角や……今のネギ君に出来ることは何もない。する意味もない。勿論、ネギ君と敵対する意味もない。
部屋を用意するさかい、今日はゆっくり休んでいってや。そもそも、ネギ君は正式には麻帆良所属じゃないからなぁ……その時点で、特使なんてしているのはおかしいんやけど。
あ、美味しい和食もあるから……ちょっと〜」
給仕班に向かって叫ぶ木乃魅は、何時ものおっとりとした表情に戻っていた。
ネギが夕食や風呂を済ませ、休んだ頃、長と長代理は僅かな明かりのみに照らされた部屋で静かに向かい合っていた。
一方木乃魅は、茶を啜りながら天井を眺めていた。
そして————
ドン!!
爆音、そして廊下に響く足音。
高級な襖が乱暴に開かれ、顔を出した巫女が息も絶え絶えに声を張り上げた。
「報告します!! 結界が攻撃を受けました、西洋魔法です!!」
瞬間、長と長代理は頷き合い、同時に立ちあがった。
隣の大広間に入ると、巫女たちがあわただしく動き回っている。
「旦那様、あとは————」
「ええ。戦闘事は私の仕事です」
力強く頷いた夫を見て、長代理はうっすらと頬を染めて熱い息を吐いた。その瞳は潤み、輝いている……演劇か何かの様である。もっとも、本人たちは至って真面目だった。
其れを見てスルーする巫女たちも巫女たちだが。
詠春は手をパンパンと叩き注目を集めた後、力強く声を張り上げた。
「合戦準備!!!」
その言葉に、全員が息を飲んだ。
「警備員は直ちに敵勢力の邀撃へ! 新人の者は手筈通りに得物を受け取りつつ補給・治療などの支援任務に移りなさい!!!
それと、各支部や同盟組織に連絡を!!!」
「はい!!!」
途端に、電池が切れたかのように静止していた巫女たちが一斉に動き出した。
武器が仕舞われていた部屋の封が解かれ、迅速に全員に札やら何やらが配られる。
「長、私は————」
一人の少女が詠春の前に進み出た。黒い髪の巫女……ネギの治療を担当し、彼の世話までしていた巫女だった。
「……
獲物を狩る猛禽類のように眼を鋭くさせ、右手に
彼女は、総本山に敵が攻めてきた場合の邀撃を担当する専門部隊————邀撃班————の指揮官である。
「貴女には、敵の主犯を捕えて頂きたい」
「仰せのままに」
梼原はその身を震わせた。其れが武者震いであるということは、詠春にも見て取れた。
「おそらく、すでに当直警備員が戦闘に入っているでしょう」
「はい、連絡を受けています。今は後退しつつ、足止めに成功しているとのことです」
「わかりました」
詠春が頷くのを確認し、梼原 柚姫は走り出した。
「詠春様」
今度は後ろから声をかけられ、長は振り返った。
其処には、背筋をピンと伸ばし、直立不動の姿勢で立っている壮年の男がいた。少なくとも、詠春よりはずっと年上だろう。しかし、服越しでもわかる鍛えられた身体は、見る者に無言の威圧感を与えていた。
「
東海林家現当主は、深々と頭を下げた。
「詠春様、木乃香嬢の方は間違いなく無事です。何しろ、此の私の
声を張り上げ、殺気の込められた瞳で長を見つめる当主。軍服でも来ていれば軍人、それも将官にしか見えないだろう。
もっとも、東海林家は軍の家系であり、今も東海林家男子には自衛隊に入隊しなければならないという掟がある。当主も当然その例にもれず、彼は退役した元自衛官だ。
作戦立案や戦闘指揮に限れば、詠春以上に優れていると言ってもいい。彼は京都全域の防衛の責任者でもあった。
「わかっています。
そう言って苦笑する詠春。
密かに、息子がいる東海林家当主を羨んでいるようだった。
「私はどうも、集団戦の指揮は苦手でしてね。昔は自分だけ突っ込んでいれば良かったのですが……長となると、そうもいかない」
「ふむ。では僭越ながら私が、邀撃戦の指揮というものを御覧にいれましょう」
顎髭を撫でつつ、悠然と呟いた歴戦の
木乃魅さんの発言とか、色々突っ込みどころあるでしょうね……。
スルーでお願いします(汗)。
今回も色々と長い……第三者視点が長くなるのはもう必然です、私の中では(泣)。この辺り、もっとちゃっちゃと終わるはずだったのですが……本当に御免なさい。
それと、梼原さんが自分を“新人巫女”と言ったのは、巫女になったのはつい最近だからです。戦闘経験はもっと前から積んでます。戦闘に関してはプロです。恐ろしい人です。
彼女は第肆章終了後もまた出番がある予定です。はい、予定です。
補足説明①:ネギVS小太郎戦
原作通りにネギと小太郎が衝突。ネギは単騎だったが、京都に行くに備えて魔具を多数持ち込んでおり、それもあって小太郎と互角に戦う。しかし、最後に態々勝つ必要もないと悟ったネギは小太郎の動きを封じ、結界を破壊して力尽き、呪術協会(非“強硬派”)警備員に回収される。小太郎はネギが本山に入るのを確認して撤退。
補足説明②:親書
東は特使派遣を通達するも、西側は拒否。困った東は再考を求め、西が議論している隙を突いてネギを派遣した。西も流石に、結論を出さぬうちにネギが特使として送られてくるとは思わず、強硬派と連合を見張らねばならなかったため対応が遅れ、後手に回った。
どうでもいいおまけ説明:本作オリジナルの呪術協会加盟家系
・
明治より続く軍の家系。特に旧陸軍(現陸自)との繋がりが深く、防衛省にコネを持つ。邀撃の術式に優れる。肉弾戦や近代武器(銃火器)の扱いも得意。比較的歴史は浅いが、優れた術師を多数輩出しているためかなりの重鎮。
・
甲斐(山梨)を護り続けてきた陰陽師の家系。その歴史はかなり古く、名門一歩手前といったところ。結界の術式に優れる。上役にも進出しており、その勢いはかなり高い。護りに徹した時こそ真価を発揮する家系である故、護衛や警備に向いている。
・
歴史ある京都の名家だが、今は没落して血族も断絶しかけている。陰陽師の家系。理由は戦争(WWⅡ)により、一族の者に死者が多数出たため。現場肌よりも指揮或いは分析などの参謀任務に優れる者が多い。その代わり、戦闘能力自体が優れる者は然程多くない。
・
本来は琉球(沖縄)を護り続けてきた家系だが、大正以降一部が本州に進出。陰陽道や神道術を学ぶ。土地の記憶を読む術式に長けており、地脈管理・調査によってかなりの成果を上げているが、琉球蔑視の傾向が抜けきっていない本州(京都)での地位はあまり高くない。中堅といったところである。
・
古い歴史を持つ神道術の家系。女性が多いのが特徴で、代々巫女を務める者が多い。しかし、戦闘術にも優れており、どちらかというと戦闘方面で優秀なものを多数輩出している。所謂女傑が多く、ある意味恐れられている家系である。
こんな設定を考えていました。気分転換も兼ねて。
御意見御感想宜しくお願いします。