今回、一気に話が進みます。
展開早くて済みません。おまけに今回も長いです。6,000字近いです。
ほぼ明日菜視点、最後にちょっとだけ第三者視点でお送りいたします。
第肆拾碌話 姫巫女娘と相棒の戦舞
「ん……来たみたいね」
耳から響いてくる音、そして視界に映る映像。それらから、関西呪術協会総本山にて戦闘が起こったことを確認する。
修学旅行三日目の夜。無駄に詩的な言い回しを使えば、“時が満ちた”とでもなるだろうか。正しく、そのようだ。
闇夜に溶け込むよう黒い戦闘服を着込んだ私と真名、そして刹那は、月の光を背景に、とあるビルの屋上にいた。
此の戦闘服は、ハクから貰ったものだ。其処らのボディアーマー————俗に“防弾ベスト”というやつ————など目じゃない耐久力や防火性・自動再生・保温などに、ステルス術式までついている優れモノだ。さらに、其々が私たちの魔力や気に適合しやすく、術式を何層もかけられる仕組みになっている。つまり、オーダーメイドだ。言うまでもなく、サイズはぴったり。
ハクは私たちを厳しく指導するし、捨て駒のように扱う。いや、実際に使い勝手のいい駒として、いざとなれば捨てられるだろう。
でも、私たちに与えてくれる道具は、本当に望んだものを望んだ以上に用意してくれる。
真名が、「此れだけ気前が良い
実際、真名はこれらの道具やら何やらに加えて報酬(現金とか榛名に逢う権利とか)を貰っているのだから、寧ろ大判振る舞いというべきだろう。
真名曰く、「碌に装備も支援も無しに馬鹿かと言いたくなるほど無茶な依頼をしてくる者も珍しくない」そうなのだから。
本山には、巫女に紛れた私の分身が、変装して情報を集めている。“分身”といっても“ちょっと高性能な式神”みたいなものだから、当然ハクのように完成度は高くない(ハクの分身でさえも、ハクにとっては“粗悪品”なんだろうけど)。
そして、分身の聴覚や視覚に入った情報は、リアルタイムで
「あ」
————と、急に送られてきている視覚・聴覚情報が途絶え、消えた。
「どうした?」
「ダメ、やられた」
敵の攻撃を受けたのだろう。
私の分身は、ハクのとは違って二兎を追って五兎も一〇兎も得ることはできない。アレもコレもと欲張ると虻蜂取らずになる。
偵察用の分身は、偵察機能に特化している。具体的に言うと、変装機能と情報収集・送信機能だ。おまけに分身そのものが
「しかし、よく本山に潜り込めたものだな」
真名が感心したように言うと、私は軽く首を振った。此の場合は、横に。
「さぁ、そこよ。普通はこんな事できない」
私がそう言うと、真名は真剣な表情になって顎に指を当てる。
「成程、態とか」
「十中八九そうでしょうね。本山の警備員は、巫女が一人増えて気付かない程間抜けじゃない」
此れがハクなら、周囲の人間を常に意識操作し続け、違和感そのものを消すだろう。でも、私にはそんな技術はない。いや、一般人に対しては可能かもしれないけど、魔法関係者や術師は常に意識操作の術に注意を払い、
ましてや本山の警備員ともなれば、自身に何重にも
「それで、本山は大丈夫なのか?」
「敵の数は一〇人前後だったから、何も問題ないはず」
見たところ、確かに高位の魔法使いもいたようだけど、結局のところ“数の暴力”には敵わないし、本山を護る人員だって精鋭揃いのはずだ。
ナギ達が大戦で活躍できたのも、一人一人の実力というよりは『
勿論、全員が一騎当千の実力者だったところも確かだけど、一騎当千は所詮
それを、チーム・ワークや分担などによって覆したのがナギ達、『紅き翼』。
正真正銘、一人で無双できる存在なんて、ハクくらいしかいない。
当然、“高位”とはいってもナギの足元にも及ばない連合魔法使い達には、数の優位を覆すことなどできはしない。おまけに連合魔法使いの場合、その高位な者も精々一〇人中一人程度。
「ふむ、ネギ先生は?」
「其れも大丈夫。本山内部まで侵入されることはないだろうし、ネギは今は寝かされている」
仮にネギに何かあれば、呪術協会は(一応)客人すら護れなかったとして恥を晒す事になるだろうし、関東魔法協会や連合に首を突っ込まれる原因にもなる。
「だから、真名は手筈通り木乃香の護衛をお願い。陰陽師の人たちと合同でね」
「先日、彼女のいる旅館を攻撃したのは魔法使いたちだったのだろう? なら心配いらないんじゃないか?」
「…………本気で言っているのか?」
刹那に三白眼で睨まれ、真名は肩を竦める。
真名の言うことにも一理ある。いや、二理も三理もあるだろう。
呪術協会所属の術師なら、
それに、木乃香の護衛の陰陽師二人も決して弱くはない。
しかしだからといって、護衛を緩めるのも得策とは言えない。いや、はっきり言って愚策だ。石橋はしつこいくらいに叩くのがちょうどイイ。
其れが分からなければ、傭兵として失格だ。
「冗談だよ。唯、仕事がなければ報酬も下がると思っただけさ」
「不満なら、ハク様との模擬戦をプレゼントしてあげましょうか?」
「……謹んで遠慮させてもらうよ」
笑顔で刹那が言うと、真名は顔を引き攣らせて首を振った。
刹那はそんな真名をジト目で睨みつつも、直ぐに作業を再開した。彼女は榛名が受けた依頼において、ミスするなどあってはならない、とでも考えているんだろう。
失敗は許されない。榛名の名誉のためにも。榛名に褒めてもらうためにも。
……まぁ、同感だけど。
「兎に角、依頼については諒解した。早速取り掛からせてもらうよ」
そう言って消えていく真名を横目で見ながら、私と刹那は顔を見合わせる。
刹那は先程から弄っていたコンパスのような道具を私に見せてきた。その針は、とある方向をずっと示している。地脈の流れを調べるための呪具だ。
その方向に二人同時に視線を向けると、湖が見えた。其処が、光で包まれる。
「……来たわね」
「……ええ、来ましたね」
私たちは向かい合ったまま、素早く装備を確認する。
「どうしますか?」
「榛名に危険を及ぼす可能性のある存在を、放置できない」
「同感です。では————」
「うん————」
「駆逐します」
「駆逐する」
そして、私たちは闇夜に向かい身を投じた。
「げ、もう来よったか」
いた。早速、いた。
「チィッ! 悪いけどあんたらはお呼びじゃないんや。此処は一旦動きを封じさせてもr————げふぅ!!?」
札を取り出したのを確認して、その脇腹に回し蹴りを叩き込む。そして、着物を着込んだ体が「く」の字に折れ曲がり吹き飛ぶ前に、気を込めた掌底を喰らわした。
「ぎっ————」
其の儘吹き飛び、口から血を吐きながら二転三転していく彼女を見つめ、小さく呟いた。
「——————榛名を狙う、盛りのついた猫」
前々から気に入らなかった。私が榛名の膝に座っている時によく絡んできて……年功序列という言葉を知らないのか、と言いたくなる。ていうか、空気読め。
大体、演技とはいえ陰陽師、それも召喚系術式を得意とするタイプが近接戦闘術を主とする私の目の前に姿を晒すとは。馬鹿じゃないのかと言いたくなる。
「……うん、少しは気が晴れた」
ピクリとも動かなくなった千草を見つめて、一人で勝手に頷いた私は、ふと刹那を探す。
すると、愛用の太刀を血払いしている刹那の姿があった。
「あれ、何かあった?」
「うん? いや、狗族の子供が挑みかかってきたから、峰打ちで吹き飛ばしただけだ」
「……その血は?」
「気を込めて殴りましたし、返り血くらい付きますよ」
「そう。で、その子供は?」
尋ねると、刹那は黙って刃の先である方向を指した。其方に視線を向けると、転がっている男の子の姿があった。
刹那はそのまま、子供、そして千草に自動回復を促す札を付けると私の方を見て、空を指差す。
其処には、式神らしきモノが敵意ある目で此方を見下ろしていた。
「刹那」
「諒解」
刹那は弓を取り出し、矢を
地上から空へと墜ちる流星の如く、要塞の対空砲の如く、放たれた矢は正確無比に式神を貫いていく。
銃声、いや射撃音が轟きそうな錯覚を与えるような光景だ。
湖の方を見ると、昼間のように輝き、神々しさと醜悪さを兼ねそろえたモノがゆっくりと手を動かしている。鬼神、リョウメンスクナだ。
「さて、倒せると思う?」
「馬鹿正直に正面から挑みかかる必要もないでしょう」
「確かに」
私には“黄昏の姫巫女”の力、魔法無効化能力がある。とはいえ、鬼神は別に魔力の産物ではないうえにアレも魔法は使わないだろうから、効果があるかは微妙なところだ。
“口寄せ”の術式で、一通りの武器を呼び出す。
そんな私の後ろでは、刹那が地面に、空にスラスラと術式を構築していく。
「明日菜、支援砲撃の用意、出来ましたよ」
言外に「突入は任せる」と言いながら、刹那はその場に膝をついて術式発動の準備に入った。
「ん、OK」
ハクから貰った太刀に術式を込め、ありったけの気を注ぎ込む。しかし、力任せに断つのではない。どちらかというと、相手の身体の接合部分を狙う————そんな感じだ。
「GO」
同時に、私は高く跳び上がった。
そのまま空中を何度も蹴り、移動する。脚に空間固形化の術式を組みこんで、踏んだところを瞬間的に足場にしている。単純故に効率の良い移動方法だ。魔法使いが好む箒と比べると小回りが利くし、トリッキーな三次元的動きもできる。
喩えるなら箒移動は戦闘機で、空間固形化移動は不規則に飛び回るUFOのようなイメージだ。
鬼神はそんな私を見つめるが、目の動きが私についていけてない。鬼神からすれば、私は目の前を飛ぶ蠅のようなものだろう。
しかし、私が蠅ではなく、凶悪な毒を持つ毒虫だということに、鬼神は気付いているのだろうか。
「————フッ!!!!」
気合を込めた一閃で、リョウメンスクナの八本の手足の内の半分を斬り落とす。
鬼神とはいえ、身体に神力が循環することで生命エネルギーを得ている。その“節”というものは、どうしたって弱くなる。
思った通り、真正面から刃を突き立てるよりかはずっと効果が高そうだ。
辺りに叩き付けられる凶悪なほどの衝撃波を掻い潜り、突風で飛ばされそうになるのを何とか防ぐ。
その間にも、刹那からの支援砲撃が着実に鬼神の動きを封じ込め、ダメージを蓄積させていった。
うん、イケそうだ。思ったよりも効果が高い。
と、一瞬でも気を抜いたのがいけなかった。
バキン!! と激しい音とともに、私の障壁に電流が走った。バーン! と高い音が響くと同時に脳が、いや全身が揺さぶられる。
「——————ぐぅう!?」
「明日菜!」
う、ぐ、予想以上の力、そしてスピードだ。反応しきれなかったなんて。
そして、戦車の滑腔砲から放たれた砲弾を真正面から受け止めても、持ち堪えられる戦闘服の障壁が揺らぐなんて……バケモノだ。まったく、ハク以外に感じたことのない理不尽さを感じる。
刹那なら、「憂鬱です」と呟いていること確実だ。
と、リョウメンスクナの残りの腕が全部消えた。
くるくると宙を回りながら吹き飛び、粒子の様に消えた。
後ろを見ると、着地する刹那の姿があった。あの一瞬のうちに作戦を変更し、鬼神を斬り捨ててまたもと居た位置に戻ったのだろう。
さすが刹那だ。剣術に限れば、私よりも強いし才能もある。こう見えても、私の方がベテランなのだが。
と、さらに後方から強力な援護射撃が来た。
式神を使った遠距離砲撃。そして、かなり高位の妖を駆使しての攻城砲のような重砲撃。それらがまとめてやってきた。
……呪術協会が侵入者の排除を終え、リョウメンスクナへの攻撃に入ったのだろう。封印担当の術者たちも、此方に向かってきているはずだ。
「————ハァッ!!!」
なら、手早く済ませなければ。
リョウメンスクナの首に、太刀を突き立てる。
それが、終幕を告げた。
しかし、私たちにとっての終幕までは、まだまだ長い。
「……終わったな」
両手を上げ、呪具などを捨てた術者たちを見下ろした。
中心人物らしく年輩の男に、白袴の青年、浅黒い肌の男————色々な面子が、疲れたような表情で私たちを見上げている。
……やはり、か。
「最初から、負けるおつもりだったのですね?」
「然り。勝算などあろうはずがない」
刹那の問いに、年輩の男が答える。
「負けるために……お父様を、利用したのですね?」
剣呑な光を目に宿しながら、刹那は震える声を抑えながら言った。
私も、似たような表情なのだろう。
おおよそ見当はついていた。
此の連中の行為は、どうにも破滅的だ。
自暴自棄になったのならわかるが、其れにしては変なところで周囲、特に一般人へと気を使っている。
リョウメンスクナを復活させた際も、彼らは直ぐに鬼神を暴れさせなかった。いや、制御しようとするのに精一杯だったのかもしれないが、其れにしては私たちへの妨害が少なすぎる。
勿論、綺羅川を敵に回したくなかったのだろう。しかし、それにしてももう少しやりようがあったはずだ。
まるで、止めてほしかったかのように。
止める口実を求めているかのように。
「……兎に角」
「ええ————」
私と刹那は、太刀を構える。
「全部、話してもらう」
「ええ。黒幕も、何もかも。そして————あとは、まぁどうでもいいですけど」
「榛名に迷惑をかけかけたこと。榛名を利用しようとしたこと」
決して許さない行為。許す気にもなれない行為。
「泣き喚こうが、後悔しようが————」
「泣き叫ぼうが、懺悔しようが————」
罪には罰を与えるのが鉄則。しかし、今回の場合は、罪が、業が、深すぎた。
「「許さない」」
呪術協会の者が来るまで、ほんの数分でも良いから……地獄を見せよう。
そう結論し、二人同時にかけ出した。
其れから数分後。
呪術協会から派遣された封印担当部隊と罪人回収部隊が到着したときには、半分封印された状態で放置された鬼神と、これまた半分死んだと思われるほどの重傷を負った強硬派実行犯グループが残されていた。
当然、事態の収集に大きく貢献した二人の少女の姿など、影も形もなかった。
其れからさらに数分後。
強硬派の黒幕として実行犯グループの家族を人質に取っていた
がっくりと肩を落とした少女たちは、其の儘姿を消した。
そして一方、
「天誅!! 神聖なる本山に土足で入り込もうとする愚者共め!!! 天誅ぅうう!!!」
「シ、
本山攻撃部隊に無理矢理加入させられたフェイト=アーウェルンクスは、薙刀を振り回して襲いかかってくる巫女さん邀撃班長に追いかけ回されるはめになったのは、完全なる余談である。
次回は補足・事後処理的なお話です。
ウチのフェイトは女難かもしれません(笑)。
御意見御感想宜しくお願いします。