修学旅行の大詰めです。
前半は子日、後半は明日菜視点でお送りいたします。
第肆拾漆話 妹と娘と遠い足音・止まった長針
「……それで、結局その
「……面目ない」
無表情のままがっくりと肩を落とした愚兄を見つめ、私は小さくため息をつきました。
いや、だって……ね?
「僕自身、まさか本山攻撃に参加する羽目になるとは思わなかったよ。てっきり陰陽師組の支援に回されると考えていたからね」
「まぁ、万事静観していた私にとやかく言う権利なんてありませんけど……フェイト兄さん、今年厄年ではないですか?」
「そうでないでほしい、と心から思っているよ。
全く、碌に動ける
心なしか、フェイト兄さんの顔に疲労とか諦観が浮かんでいる気がします。無表情ですけど。
「……そう言えば、聞いたかい?」
「何をです?」
「
「それは重畳ですね」
やれやれ、また兄弟が増えるのですか。私の本当の兄は兄さん————
ちなみに、私たちがいる場所は、京都の遥か上空です。空気中の水分を固めて床を造り、防風や保温・認識阻害などの効果のある水で覆っています。
その六畳ほどの空間で、私はフェイト兄さんと話していました。
「全く、こんな器用なことができるなら、君にも動いてもらいたいよ」
「私は戦闘能力自体は然程高くありません。御存知でしょう?」
前世が前世ですからね。好きで殺し合いの場になんて行きたくありませんし、能力だってこういうことに使えばいいではないですか。
まぁ、兄さんのためなら、喜んで戦場でも何処でもに行きますけど。
「高くない? つくづく君はとんだ喰わせ者だ。君ほど
愚痴を言う様に呟くフェイト兄さんを見て、私は静かに苦笑するのみでした。見かけ無表情でしょうけど。
「それで、フェイト兄さん、此の後の動向は?」
「あぁ、そうだね……予定通り、僕は連合から身を引く。後は何時も通り戦災孤児の保護や紛争の調停に入るつもりだ。
君も知っているだろう? 現在の連合の情勢を」
「内戦……ですか?」
“内戦”。そう呼ぶには余りに小規模ですが、連合加盟都市・国家の内の幾つかが帝国へ接近しつつあり、実際にとある都市が連合からの離脱……というより独立を宣言しました。
そして、その都市と連合の間で小競り合いが頻発しています。
さらに、連合からの独立をもくろむパイオニアな人々が“危険思想の持ち主”として連合より弾圧されたりしているそうです。
連合は情報統制をしていますが、やはり人の噂というものは徐々に広まってしまうもので、連合————正確にはメガロメセンブリア————に逆らった“反逆者”は殺される、として人々の反発と恐怖を煽っている、とのことです。
……まったく、崩壊していく大国の典型的例を見ていくようです。
「連合の崩壊は長きにわたる戦乱に繋がる可能性も否定できない。だから、連合の崩壊は此方としても歓迎できることではないのだけど————」
其処で口を切って、フェイト兄さんは一口紅茶を飲みました。
「————でも、その連合が市民たちを苦しめているのなら、話は違ってくる」
「でしょうね」
“魔法世界の崩壊”が何処かの従者のせいであり得なくなった現在、『
まぁ、世間的に言えば『
「結局は、それほど大規模な介入は避けるつもりさ。戦災を防ぐには戦いを止めさせるのが最も手っ取り早いけど、そのやり方を少しでも間違うと大きな悲劇を生みかねない。それに、僕らが表舞台に出るのもできれば避けたいからね」
「難儀ですね。私に何か命令は届いていますか?」
「今回の件で、連合が日本国、というより現実世界への介入を諦めていないことがはっきりした。君は日本、出来ればアジア方面に魔法世界の手が伸びないようにしてほしい」
「それは
私たちアーウェルンクス・シリーズが命令を受ける際は、
何れにしろ、私たちは
勿論、此れは独自に動かない、という意味ではありませんよ? 命令さえなければ、結構皆自由にやっています。
「いや、此れは僕個人の君への頼みだ」
「……諒解しました、出来る限りは。
しかし、フェイト兄さんも関西呪術協会の
簡単に連合の無能共に後れをとるとは思えませんが……」
「連合に一時居た僕にはわかるけど、彼らはある種の賭けに出ようとしている。行き詰った財政や国民のフラストレーションを、
「……本気で、現実世界に戦争を仕掛けるつもりなのですか? 現実世界の軍隊にとって、
「…………連合は現実世界を舐め切っているようだが、現実世界には連合傘下にない独立した魔術組織も多いうえに彼らには科学もある。その力を、連中は知ろうともしていない」
勘弁して下さいよ。世界VS世界の戦争なんて、文字通りの意味での“世界大戦”じゃあないですか。
こちとら平和を満喫してきた元日本人ですよ?
そんな投機的な連中の私利私欲とかのために元祖国が戦場になるなんて、迷惑極まりないです。兄さんとの日常だって過ごせなくなるかもしれないですし……。
兄さんとの生活を邪魔されるくらいなら、ソイツらの水分を全部抜いてカラカラのミイラにして粉微塵にして薬として売りつけてやります。需要あるかは知りませんけど。
フェイト兄さんの顔を見つめながら、私は心中でため息をつきました。
「勿論、現実世界に凄惨な戦争を持ち込ませるつもりもないよ。今後の活動方針は主にそれかな」
「成程」
取り敢えず頷き、私は空を見つめました。
……あぁ、
「それにしても————」
「はい?」
「黒幕の
首を僅かに傾げるフェイト兄さんに向け、私は逆に聞き返しました。
「え? 従者————
「お疲れさん、二人とも」
「……ありがとう」
顔を洗っていると、後ろから木乃香がやってきた。そして、開口一番これだ。
「木乃香、まずは挨拶からよ」
「おっと失敗やったな。おはよう、明日菜」
「ええ、おはよう」
そんな当たり障りのない会話をしながら、肩を並べて旅館の廊下を歩く。
「処で木乃香、実家には顔を出さなくていいの?」
「う〜ん、今顔を出しても迷惑になるだけやろうしなぁ。やろうと思えば転移ですぐに戻れるし、今日は止めとくわ。修学旅行中に家に顔出すのもちょっと……褒められたものでもないからなぁ」
さり気無く会話を隠蔽する術式を展開しながら、木乃香は困ったように顔を傾けた。
「まぁ、なんにせよ、本当に助かったわ。明日には、おk……関西呪術協会長代理が榛名さんに挨拶に行くと思うけど、宜しくなぁ」
「あぁ、明日は休みだったっけ」
「ウチが行ってもいいんやけどなぁ……ちょっと、用事があるから」
「用事?」
「事後処理の件で、ちょっとなぁ」
「そう」
特に聞きたいとも思わなかったし、聞いても意味がないと思ったから、私は詳しく木乃香に聞こうとしなかった。
「ところで、せっちゃんは?」
「さぁ。庭で走り込みでもしてるんじゃない?」
適当に返しつつ、ありそうだな、と思う。
……何にせよ、私たちの仕事は一段落ついた。後はハクの仕事だ。
ハクは黒幕共に制裁を与えた。おそらく、いや絶対、身の毛のよだつ程恐ろしい死を与えたに違いない。
自分たちで始末できなかったのは残念だが、実行犯たちを半殺しにできたことで良しとしよう。
あくまで、大切なのは榛名の敵を消し去ることだ。誰が、どのように消すのかなどさしたる意味を持たない。肝心なのは、そんなことじゃない。
だから、此れで良い。
私たちが楽しく修学旅行を過ごす。其れもまた、榛名の願いなのだから。最終日、精一杯楽しむとしよう。
相棒や友達とともに。
よし、榛名に思いっきり甘えよう。
色々な不安要素を残しつつ、修学旅行編はひとまず終了です。
ちなみに、ネギは本山が襲撃を受けたことを知らされましたが、犯人が連合だとは知りません。その後麻帆良に戻り、学園長室に乗り込んで学園側のアクションのマズさを怒った、というのが余談。
他に何が如何なったかについては、後々説明が入ると思います。
唯、明日菜にとっては榛名が無事なら他はどうでもいい。刹那も同様です。だから、西には興味を示しませんでした。
予告通り、次話からは連休編です。
御意見御感想宜しくお願いします。
それと、今月はかなり忙しいため、更新が遅れるかもしれませんが、御了承下さい。